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冬威には小さなトゲが刺さったくらいの事かもしれないけど…

浜金谷、東京湾フェリーターミナルにある『幸せの鐘』を打ち鳴らす冬威と由起。

永遠の恋は成就しふたりは時空を超えて結ばれる…

「冬威…もう未来に帰るつもりなんでしょ…」

寄りかかる冬威に向けて力なく言う由起。

「…」

そんな由起にどう答えてよいかわからない冬威が無言になる。


対岸の街に陽が落ちようとしていた。

海風も少し冷たく感じ始める。

しかし寄り添うふたりの間に風が通り抜けることはなかった。


「冬威? 冬威には小さなトゲが刺さったくらいの事かもしれないけど…その小さなトゲはいつまでも深く愛おしく由起の胸にあるんだからね。未来に帰ってもきっときっと今の由起のことを思い出してね…。忘れないで、由起のことを。ふたりで過ごしたこの時を‥。どうせまた未来で会えるからなんて言わないで。由起にとって冬威と過ごした時間は、特別なの…」

目線を合わせることなく切々と伝えた後、傍らの冬威の手を取り自分の胸に当てる。


「由起の胸に刺したトゲを未来に帰ったら必ず溶かしてね…」

「由起…」

そう名前を呼ぶのが精一杯な冬威。


「冬威は由起に何か隠している。でも由起はそれを聞かない。冬威が由起に言わないってことはきっと何か理由があるから…。それに卯月先輩、葵衣、由起それぞれ本来の時系列を踏襲しなければ根本的に事態が変わらないことが分かった…。だから未来の冬威も今はそう言う状態にあるんだと思う…」

冬威の方を見る由起。

その視線に冬威も応えるが言葉はない。


「それはきっと由起や美優美夏ちゃんが聞いたら心穏やかではいられないような事態…。だから冬威は敢えて言わない。だけど由起にはわかる、未来の由起を通して伝わってくる。薄暗い谷底で石ころみたいに横たわっている冬威の姿が…。由起はこれがいつ起きるのかはわからない。だけど冬威のその先の未来を変えるために通らなければならない事実…。由起がその時期を知ってしまったらきっと冬威がそうならないように引き留めてしまう。それだと根本的な解決にはならず冬威はまた同様の危険な目に合ってしまう…」

「…」

冬威の表情が強張る。


「でも由起はその時が来たらよく考える。冬威が教えてくれたことだよ。考えること、熟考すること、正しい選択をすること。そして何より『行動する』こと。由起はその時が来たら必ず冬威を助け出す! 冬威が由起を助けてくれたように…。時を超えて由起を助けに来てくれたように…今度は未来の冬威を必ず由起が守るの…」


そう言うと冬威の腕にしがみつく由起。

「由起…」

「冬威…」

見つめ合うがそれ以上何も言えずそして何もできなくなるふたり。


フェリーが久里浜に向けて出港した。

対岸の街の灯が一つまた一つと灯りはじめる。

誰かが『幸せの鐘』を鳴らした。


鐘の音にハッと我に返る冬威と由起。

「夕陽が沈んじゃう…冬威! あの鐘を一緒に鳴らすの!」

そう言うと由起が冬威を促し防波堤から『幸せの鐘』に小走りに向かう。


「早く冬威! 陽が沈む前にっ」

『幸せの鐘』の前まで来たふたりは一緒に小さな鐘を鳴らす。

その音はフェリーターミナルに鳴り響き、そして対岸にまで聞こえるのではないかというほどふたりの胸に響いた。


「これで、永遠の恋が成就するんだよね? 冬威?」

モニュメントの前で小首を傾げて問いかける。

「ああ、そうだね…」

見つめ合うふたりはどちらともなくお互いを抱き寄せ唇を重ねた。


永遠とも思える瞬間が黄昏時に刻み込まれる。

「冬威? 永遠の恋、で終わりにしないでよ?」

「ん? どういう事?」

「ん~やっぱり冬威は女心がわからないんだから…。恋で終わりにしないでってこと! わかる? 恋の先にあるゴールまでちゃんと由起を連れて行ってよ!」


「ん、うん…」

「『ん、うん…』ってちゃんとわかってるの! 未来永劫恋じゃあ意味ないんだからね!」

さっきまでのしおらしい態度が嘘の様に冬威に迫る由起。


「わかってるって…そんなにガミガミ言わなくったって」

「ほんとにわかってる?」

冬威に詰め寄る由起。

「わかってるよ、永遠に由起を俺のものにすればいいんでしょ?」

「…うん。由起だけじゃないよ、冬威だって永遠に由起のものになるんだからね?」

幼子の様な顔をして由起が言う。


「それは今だってそうだろ?」

「うん…冬威は由起のだから…」

そう言いながら冬威の胸に顔をうずめる由起。


「冬威?」

「なに?」

「急に今未来に帰らないでね」

「なんで?」


「今は嫌だ。今冬威に行かれたら由起は独りぼっちになっちゃう…おうちに帰ってお母さんや美夏美優ちゃんも一緒の時にして…」

心細そうな顔をする由起。

「そっか? 由起とふたりっきりの場面でドラマチックにって思ってたんだけどな?」

冬威がとぼけていう。


「だめ…それもロマンチックで良いけど…さみしすぎるし、冬威のことを大切に思っているお母さんや美優美夏ちゃんにちゃんとお別れ言って…」

「お別れったって本体の俺は残るんだから何も変わらないんだけどな…」

「もうっ! それはそうだけど違うでしょ! 今の冬威と未来の冬威、一緒だけど違うの!」

「そっか…違うのか…」

釈然としない顔をする冬威。


「どっちの冬威も大事な冬威だよ。だけどちゃんとお別れはしたいの」

「わかったよ由起」

胸の中の由起をしっかりと抱きしめる冬威。


『幸せの鐘』が夕陽に染まる。

冬威と由起はいつまでもその姿を刻み続けた。

永遠の恋は成就し、それは未来の冬威と由起にしっかりと届いていた。


引き合う魂は時空を超え、再び強く結びつくのだ。



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