由起のこと嫌いになった?
由起が冬威に急接近した真意が明らかに…
冬威はどうする?
冬威に心内を見透かされ戸惑う由起。
しかし冬威の澄んだ目にその心の内を打ち明け始める。
「ごめん冬威、由起、冬威を利用しようとしていたのかもしれない…」
そう言うと一気に思いを解き放つ由起。
由起の卒業と同時に別れを告げた元彼が復縁を迫っているのだと言う。
その男は、埼玉の由起の知人に所在を聴き尋ね由起との再会を画策している。
「ちょうど1週間前に埼玉の友達が連絡して来てくれたの。あいつがこっちに来て由起にやり直そうって迫りに行くって言ってるんだって…。でも由起はそんな気全然なくって、それでどうしたらいいかっていろいろ考えたんだけどいい考えも浮かばなくって…」
途切れ途切れ戸惑いながら由起が言う。
「そっか、それでお弁当箱取り違えてって感じ?」
「うん…そいつと冬威全然タイプが違うから冬威と一緒にいればあきらめてくれるかなって…ごめんね冬威」
かろうじで聞き取れるようなか細い声になる由起。
「ふ~んそうなんだ…。由起ちゃん気にしっこないよ? 俺でどうにかなるんだったらそれでいいじゃん!」
「冬威? 怒ってないの?」
「怒ってなんかないよ? むしろ頼られてうれしいよ?」
「冬威? なんで別れたか聞かないの?」
「由起ちゃん嫌なこと思い出したくないでしょ? わざわざ嫌なこと思い出して悲しい思いを何度もする必要ないよ」
「冬威…」
そう冬威の名前を呼んだ後、言葉が出ない由起。
「ううん…やっぱり聞いて冬威。由起ね、付き合って欲しいって言われてしばらく付き合ったんだけど…やっぱりなんか違って。何が違うって…あいつは由起のことなんか本当に好きじゃないって言うか…」
上手く表現できず濁す由起。
「う~んあれでしょ? 由起ちゃんの体だけが目当てっ的な?」
由起が言いあぐねていたことを事も無げに言い放つ冬威。
「う…ん、そんな感じ。だから由起会うの避けて、こっちの大学来るのと同時になし崩し的に別れちゃおうって…。でもあいつそれに気が付いたみたいでこっちにくる間際にどうしても会いたいって言うからきっぱり別れようって決めて会ったんだけど…」
由起が言葉に詰まる。
「まぁその手の奴の別れのパターンだと…思い通りにならなくって切れて殴るとかかな…」
「そう…どうしても別れるって言ったら由起の胸ぐら掴んで平手打ちされた…。だから由起思いっきり足を踏みつけて逃げてきちゃったの」
「それっきり会ってないんだ?」
「うん…怖いから避けて連絡も一切取らなかったんだけど。ごめんね冬威…でも由起、今の今までそんな嫌なこと忘れてた。冬威と一緒にいたら…」
「そっか由起ちゃん良かった。で? そいつがこっちに来るのが明日あたり?」
「うん…だから由起どうしていいかわかんなくて…」
「いつ来るのかなぁ~そ・い・つ」
「たぶん…朝一くらいだって教えてくれた子が言ってた。そうとういきり立ってるから逃げなって」
「由起ちゃんに憑り疲れた俺としては予定通り朝お迎えに上がって一緒にガッコ行くから安心しな?」
「でも冬威あいつはね…」
由起が慌てて冬威に何かを告げようとするがなぜか冬威がそれを阻む。
「おっと~由起ちゃんストップ! 冬威のお楽しみを減らさないでね? その先は何も言いっこなし! 大丈夫、明日朝俺が迎えに来るまでここにいな? そいつ由起ちゃんのマンションまでは知らないんでしょ?」
「うん…」
「だったらガッコまで一緒に行けば問題ない」
「冬威…」
「おっと! もうこんな時間。 由起ちゃん俺帰るよ。なんも心配しないで明日俺が迎えに来るの待っててね?」
「う…ん」
「じゃあしっかり鍵かけてね」
「冬威? ご飯食べてくれないの?」
「由起ちゃん今日はそんな気分じゃないでしょ? 明日さ全てが解決したらご馳走してよ? ねっ?」
「わかった…」
玄関先で靴を履きドアを開けようとする冬威を由起が引き止める。
「冬威?」
「なに? 由起ちゃん?」
「由起は冬威を利用するためだけにお弁当箱取り違えたんじゃないよ?」
「由起ちゃんそんなこと気にしてないから大丈夫だよ?」
「大丈夫じゃないの! 冬威…誤解しないで欲しいの」
「なにを?」
「冬威が信じてくれるかわからないけど…あいつにあきらめさせることが由起の本当の目的じゃなくて…。お弁当箱間違えて冬威に由起のお弁当食べてもらうことに本当の目的があったって言うか…上手く言えないけど…」
「由起ちゃん? 由起ちゃん俺のこと好きなんでしょ? 俺も由起ちゃん好きだよ? それで良くない?」
なんでもない様に冬威が言う。
「冬威…由起が言いたかったのそれ…。冬威のこと好きなことに嘘はないの…信じて」
「由起ちゃん? 最初から疑ってないから信じるも信じないもないよ~」
「由起のこと嫌いになった?」
「なんで? 今好きって言ったじゃん?」
「冬威の好きと由起の好きは違うんだもん…」
「なんも違わないって由起ちゃん?」
「冬威? 由起のこと計算高い嫌な女の子って思ってるんでしょ?」
「女の子は計算高いくらいじゃなきゃダ・メ・だよ? そうでなきゃ自分を守れない」
「冬威…やっぱり好き…」
「ありがと由起ちゃん。もうなんも心配しなくていいから、明日のご馳走のレシピでも考えて?」
「本当に帰っちゃうの…」
「また明日会えるよ~じゃね由起ちゃん! ちゃんと鍵かけてね?」
「わかった…」
「バイバイ~由起ちゃん!」
そう言うと冬威はドアを閉め立ち去って行った。
由起はしばらくは何も考えられずただ冬威の澄んだ瞳を思い起こしていた。
ごちゃ混ぜになった頭を何とか落ち着かせ簡単に食事を摂るとお風呂に入り普段は小一時間ラインや電話で話す女友達と連絡も取らず眠りについた。
小さな部屋が心細く広く感じられその片隅に冬威の影が落ちていた。
そして間もなく夜が明ける。
「由~起ちゃん! おはよ!」
インターフォンから冬威の声が聞こえる。
まるで小学生の様に冬威が由起を出迎える。
「冬威おはよう。昨日はごめんね…」
「由起ちゃんちゃんと眠れた? 全然ごめんねじゃないよ~」
「今日もお弁当作って来ちゃった」
「由起ちゃんうれしい! 由起ちゃんのお弁当すごくうまいし」
「ほんと? 良かった」
学校までの道のりを肩を並べて歩くふたり。
正門まで来ると明らかに違和感のある大きな男が待ち構えていた。
「由起っ! なんで電話にも出ない? ラインもはずしたろ?」
いきなり由起の前に立ちはだかり言い放つ男。
「もう関係ないでしょ? そこどけて」
男に目もくれず通り過ぎようとする由起の肩を掴もうとする大きな手。
「やめて! また殴るの? 触らないで!」
その手を払いのける由起。
「なんで俺を避ける? お前がちゃんと俺の想いを受け入れてくれないからああなったんだろ?」
「由起は殴られる覚えはないしもう二度と会いたくないから近寄らないで!」
「ふざけるな! なんで俺がわざわざ埼玉から千葉まで来たと思ってんだ! 話くらい聞けよ!」
「大きいお兄さん? 俺のお・ん・な・に朝から何絡んじゃってんの?」
冬威が由起と男の間に割って入る。
「なんだおまえ? 由起がお前の女? 笑わせんなお前みたいなチビと由起が付き合うわけないだろうが? そこどけろ。俺は由起とやり直すためにわざわざここまで来たんだからよ? お前なんかに構ってらんねーんだよ!」
「ふ~ん大っきくておバカなお兄ちゃん? 由起は女の子に暴力振るう男は嫌いだってよ? お前さ? 自分の欲を満たすために由起を取り戻しに千葉まで来たんだろ? 由起にもう一度振り返って欲しくて」
冬威が挑発するように男に言い放つ。
「それでお前わざわざ埼玉から千葉まで来ちゃたんだ? そんなに惚れてんならもっと大事にすりゃ良かったじゃん?」
「なんだお前? 俺とやろうってのか? チビのくせに?」
「お前はデカイな。カッコいいよ、羨ましい」
手招きしながら挑発する。
「なめんなチビが!」
そして身に着けていた白いポロシャツを脱ぎ捨てたその時いきり立った男が冬威に掴みかかってくる。
恐怖、というよりも冬威が酷い目に合うことから目を背けるように由起が目をつぶり叫ぶ。
「やめて冬威! 殺されちゃう」
が、地面にだらしなく横たわったのは大男の方であった…。
冬威はとどめと言い男のあられのない姿を写メに残す。
そして目を覚ました男に一言、二度と由起近づかないことを誓わせその場から立ち去らせたのであった。
「由起って言ってた…」
「ごめんごめん、呼びつけしちゃったね~」
「ううん、いいの…これからは由起って呼んで」
「え~俺ってそう言うの無理かも」
「由起って呼んで!」
由起が思いつめたような顔をする。
「わかったよ由起ちゃん」
「だ・か・ら~由起って呼んでって言ってるのに~」
「ははっ慣れないといきなり呼べないよ、ゆ・きっ」
冬威がお茶らけていうが由起は満足気だ。
瞬く間に冬威の武勇伝はキャンパスに知れ渡ったが当の本人は
「そんなの知らな~い。人違いじゃないの? それに由起ちゃんがそんな変な男と関わり合いがある訳ないじゃ~ん」
などと一向に取り合わないのであった。
「冬威…ありがとう由起を守ってくれて」
「由起ちゃんもうこれで心配ないね?」
「冬威? 由起って呼ぶ約束!」
「ん? ああ由起ってね」
「今日は夕ご飯食べに来てね? レポート一緒に終わらせたら由起ご飯作るから。それと午前中の講義が終わったら一緒にお弁当食べるの…体育館脇で待っててね?」
「ってもう目的は果たしたんだから由起ちゃん無理に付き合わなくっていいよ~。俺は由起ちゃんの力になれて大満足だし~」
「冬威? 由起のこと嫌いになった?」
「なんで? 嫌いになる理由ないじゃん?」
「だって…無理に付き合わなくてもいいなんて言うから…。由起はあいつを追っ払ってもらうことが目的じゃないって言ったよね?」
「言ったけどさ。由起ちゃんそんなの恩に着なくていいんだって!」
「もうっ! 冬威はどういう読解力してるの! 由起は結局、冬威に近づきたくてあいつを利用してお弁当箱を利用したの! だから…冬威が好きなの!」
「う~んそっか…」
「それに冬威言ったよね? 由起のこと守ってやんなきゃって…あれは嘘なの?」
「嘘じゃないし守ったじゃん?」
「だって毎日送り迎えするって言ったよ?」
「あっ! そうだったっけ…忘れてた…。じゃあ今日送ってくね! で明日の朝も迎えに行くからね~」
「冬威~! そ・れ・は・ど・う・い・う・こと!なの!」
冬威の頓珍漢なやり取りにとうとう由起が切れる。
「え? 由起ちゃんなんで怒ってるの?」
「由起ちゃんじゃない! ゆ・き・って呼んでって言ったのに~」
「そうだった。由起? なんで怒ってるのかわかんないよ?」
「冬威は~もうっ! 嫌いっ!」
「あれ? 由起って俺のこと好きなの?」
もうすぐ5月になろうとしている。
キャンパスには緑が生い茂り清々しい風が吹いていた。
冬威と由起の間にも新しい芽が吹こうとしていた。