冬威君…由起はずっと起きてましたけど…?
柳瀬の運転する車が金谷に到着する。
再会を約束し別れる柳瀬と冬威。
由起は冬威との別れの時を感じていた…
「柳瀬さんインター降りたら道なりに国道まで出て信号を右で。その先の左側にあるセブンイレブンまで送ってくれればそこからは歩きます」
館山道金谷インターチェンジで一般道に降りた柳瀬に冬威が言う。
「冬威君のお家まで送って行くわよ?」
「いやいやいや、850iでなかったらインター降りてすぐの道を左折してもらうところだったんですけど金谷の中道は狭いですから…この車ではちょっと厳しいですよ」
「そうなの…じゃあセブンイレブンまで行ったら連絡先交換ね?」
「そうですね」
交差点を右折し小さなトンネルをくぐるとまたすぐに信号がある。
その先の左側には金谷美術館。
右側にはラーメン店隠れ家敬ちゃんがある。
あさりラーメンにはこれであさり? と言いたくなるような大きな貝が7つも入っている。
毎日食べても飽きないし健康を害すことがなさそうなヘルシーなラーメンは絶品だ。
『由起とあさりラーメン食べたいな…梅乃屋ラーメンも。それから東京湾フェリーに乗って横須賀、高速バスに乗って横浜もいいな』
敬ちゃんと東京湾フェリー乗り場の方に目をやりながら心の中で呟く。
「冬威君…着いたわよ」
柳瀬が名残惜しそうに到着を告げる。
「柳瀬さんありがとうございます。うちはこの金谷セブンイレブンからだと線路の向こう側になります」
「わかった…じゃあ私の携帯番号教えるね」
そう言うと冬威に番号を伝える。
冬威はその番号で柳瀬に電話をかける。
「じゃあお互い番号を登録して…」
冬威と柳瀬が互いの名前を打ち込む。
「ラインもつながったわね…これで安心。冬威君、なるべく早く連絡してね…」
「柳瀬さんわかりました。柳瀬さんの婚期が遅れないようにね」
口元を歪めながら冬威が言う。
「もう! またそんなこと言ってからかって!」
柳瀬が艶やかな表情を作り冬威を責める。
「でも…本当に早く連絡頂戴ね…咲妃待ってるから…」
心細そうな顔で柳瀬が言う。
「わかってますよ」
そう言うと膝の上の由起を優しく揺すり起こす。
「由起? 金谷に着いたよ、起きて」
「う…うん…由起寝ちゃってたんだ…」
目をこすりながらゆっくりと起き上がる由起。
「乗り心地の良い車だから寝ちゃいましたごめんなさい」
「いいのよ由起ちゃん。車の中で眠るのって気持ちいいわよね」
「はい咲妃さん」
「え?」
冬威と柳瀬が同時に反応する。
そして冬威が由起のつねり攻撃に備え身構える。
「どうしたの冬威?」
「あ、いやなんでもない…」
そう言いながら由起の荷物を手に車外に出る冬威。
「柳瀬さんありがとうございました」
「ううん私こそいろいろ話しができてよかったわ。由起ちゃんお幸せに!」
「え? あ、はい…咲妃さんも早く良い人が見つかると良いですね」
「う、うん…由起ちゃん見たく良いパートナーが出来るのを祈ってて」
複雑な顔をする柳瀬。
「さようなら柳瀬さん、いずれまた」
「またね冬威君…由起ちゃん」
「さよなら咲妃さん」
柳瀬の車が国道に出て元来た道の方へ走って行く。
セブンイレブンの駐車場に残る由起と冬威。
「さぁ行こうか由起」
由起が車中で起きていたことには触れないようにと足早に歩きだす冬威。
「冬威君…由起はずっと起きてましたけど…?」
だがそんな冬威を由起が逃すわけもなく気に入らない顔をして横睨みする。
「あ、えっと…どの辺りから起きてたのかなぁ…」
空の方を見上げながら恐る恐る言う。
「冬威が『恋愛に年は関係ない』とか熱弁した後にいやらしい眼で柳瀬さんを見てた辺りから」
由起の指が冬威の腕にそっと添えられる…。
「別にいやらしい目でなんかで見てないだろ? 心外だな!」
話を逸らそうと試しに逆切れしてみる冬威。
しかし無駄なあがきとなるのは目に見えていた。
「なに? 逆切れなんかして! だいたいね『年上は嫌い?』なんて女の子が言った時にさ『恋愛に年は関係ない』なんて言う? おかしいでしょ? 気を持たせるみたいでさ! 咲妃さんきれいだったもんねぇ~冬威?」
由起が懐柔するように冬威に言う。
「な、何言ってんだよ由起? 俺は別にそんな意味じゃあ…」
「だいたい冬威は女心がわからなさすぎるんだよ! 『責任とって冬威君のお嫁さんにしてもらうからね』なんて甘ったるいこと言われてニヤニヤしちゃって!」
そう言うと、とうとう由起の指が冬威の腕をつねり上げた。
「痛い痛い痛いっ! 由起やめろって!」
由起の指を振り払う冬威。
「由起が寝てるからってそばに居るのによくそんな会話をしたわね! 信じられない!」
「別に他意はないよ、大人の会話っての?」
「な~に~由起を子供扱いして! またつねるよ!」
「あ、ごめんなさい反省してます…」
素直に引き下がる冬威。
「わかればよろしい…それに…『由起が悲しむような選択は二度としないって決めているから』ってきっぱり言い切ってたから…許す…」
そう言うと一転甘えた顔をして冬威の腕に絡みつく。
そんな由起を愛おしそうに見つめる冬威。
『もうすぐ帰るって言ったところは聞こえなかったことにしてあげる…』
由起が心の中でそう呟き悲しげな顔をするが冬威にそれは映らない。
今の由起にとって一番触れたくない話題であったのだ。
『未来を取り戻した由起のそばに居るのは、誰でもないこの俺だけですって言ってた…そうだよ由起の横にいるのはいつだって冬威。冬威じゃなきゃダメなの…。それで…冬威の横にいるのもいつも由起…由起なんだから』
冬威の腕に絡みつく手にギュッと力を入れる。
その様はまるで『もう二度と離さないんだから』と言っているかのようであった。
「由起? どうした?」
「ううん…なんでもない。もう少し車に乗っている時間が長くて、由起が本当に寝ちゃってたら、冬威が美しい年上の女性咲妃さんの誘惑に負けちゃってたんじゃないかな~って。そう思うとなんだか由起は悲しくて…」
そんな事を言いながら涙を拭う振りをする。
「なに言ってるんだよ? って由起? まさか泣いてるの?」
心配気に由起の顔を覗き込む冬威。
由起はわざと顔を背け冬威からその目が見えないようにする。
「由起ってば!」
冬威が歩くのを止めて由起の肩を掴み自分の方に向ける。
「べ~っだ! 泣いてなんかいないよ由起は~」
「オイオイ…勘弁してくれよ由起…」
「冬威はさ! ちょっと脇が甘いんだよ、女心わからない割に女心くすぐるようなこと言うし! アレわざと?」
非難がましく冬威に投げかける。
「別にそんなつもりないって! なんだよ女心くすぐるって? いつ俺がそんなこと言ったっての?」
「あ~だから女心わからない男は嫌なんだよ! もうっ帰ったらお母さんと美優美夏ちゃんに相談しよ!」
「ってそれやめて…収集つかなくなるから…」
「じゃああんまり滅多なことを由起以外の女の子に言わないこと! わかった!」
「わかりました…」
しょんぼりとした顔をしてそう言う冬威を見て由起が笑い出し、そんな由起を見て冬威も笑い出す。
「由起? 俺が愛してるのは由起だけだよ…」
「うん…冬威? 由起もいつだって冬威の事を愛してる…」
絡みついた腕の先で固く手をつなぎなおすふたり。
東京湾に夕陽が差し掛かっていた。
ふたりは寄り添い夕暮れの街を家路に急いでいた。