タイムマシンが既に存在していたとしても誰もそれを明かさないはず
タイムトラベル、タイムマシンの存在について語る冬威。
由起との別れを意識し始める冬威。
「いずれにしても…タイムトラベルの能力もしくはテクノロジーを手に入れた人間は絶対誰にも言わないでしょうね」
「なぜ?」
「中世の魔女狩り状態になって排除される。つまり危険視されるかそうでなくても疎まれる。だってそうでしょ? 時空を飛び越えて自在に流れを変えられる人間がいたら、もしかしたら過去の自分を殺されるかもとか、過去の株式の情報を得て不当に利益を上げているんじゃないかとか…人っていろんなこと想像しますよね? 異質なものに対しては容赦なく差別するし排除する。命を奪う事だって躊躇しない。人類の歴史の中で綿々と行われていたことです…」
「…」
タイムトラベラーである自身について語る冬威の分析に言葉を失う柳瀬。
「タイムトラベラー側からしても自分の能力を不当に利用しようとする存在が出て来ることも考えられますし、もっと単純な感覚で言えば…宝くじが当たった人って世間に言いふらしたりしませんよね? だいたいは? うかつに口にすれば人間関係が崩れたり金目当てで近づいて来る人間に騙されて利用されたり…」
「なるほど…そうね、人の羨望って妬みと紙一重だものね。そう言われると理解しやすいわ」
「タイムトラベルって能力自体、宝くじと比較にならないくらい利用価値のある能力ですからやたらに口にすることは生き難くするだけ。そもそも言う必要もないですからね。だから仮にどこかの国の優秀な科学者がタイムマシンを開発していたとしても決して世間に発表することはないでしょう。究極の万能兵器であり莫大な利益を生む宝の源ですからね。タイムマシンが既に存在していたとしても誰もそれを明かさないはず。個人であっても企業や国家であったとしても…」
「確かに…都合の悪い他国のリーダーの存在を過去に戻って消したり、価値のある歴史的な発明を横取りしたりやりたい放題だものね…。そんなことが出来るテクノロジーを持っていることは誰にも秘密よね…」
「タイムマシンを保持していることが他国に知られれば…各国はそのテクノロジーを求めて是が非でも手に入れようとする。だから本当は今現在、タイムトラベルのテクノロジーは存在しているかもしれない。そう言われれば不可解なこととか、いきなりとんでもない発明がされたりとか結構ありますよね? でもそれがタイムトラベルによって引き起こされたものかどうかなんて、タイムトラベルを主体的に行った存在にしか本質的にはわからないはず。だから我々はそれと知らずに生きているだけ…みたいな」
「なんだか空恐ろしい話になって来た…。でも言われてみればそのとおりね…。タイムトラベルのテクノロジーは開発されても決して世間には公表されない。私もそうだと思うわ。冬威君…タイムマシン、私も既に存在してるんじゃないかって気がして来たわ」
「タイムトラベル自体が極めて危険なツール。誰かの幸運は誰かの不幸に繋がりますからね。悪意のある何者かの手に渡れば主観的な選択で世界はとんでもないことになる。さらにそのテクノロジーが複数の意志によって動かされれば同様に世界は混迷する…。ってその混迷した状況が今だったりしてね」
皮肉っぽく笑う冬威。
「柳瀬さん…俺は本来の時空に帰った後、基本的にはタイムトラベルはしないつもりでいます。一番の願い事であった由起の未来を取り戻した今、あとは時の流れに逆らうことなく自然に生きることが一番の幸せだと思うからです。それに…誰かに利用されて取り返しのつかないことになるのも避けたい」
「…」
冬威の言葉に再び無言になる柳瀬。
「そう考えると‥セラさんの組織の活動が、この時空間に存在する全ての意志にとって真に正しい選択をなのかもう一度しっかり見極めなければいけない」
「冬威君、その心配ないわ。私達の組織は利益を追求するための企業体ではない。利益という点ではセラさんが人工睡眠前までに残したテクノロジーだけで十分に満たされている。私達は純粋にこの宇宙を守りたいだけなの」
「…」
今度は冬威が無言になる。
「柳瀬さん…考える時間が欲しい。俺が本来の時空に帰った後もう一度逢いましょう。少なくともその時点でCERNの実験により終焉が訪れたと言う事実はない」
「わかったわ、でも冬威君…あなたの能力が必要なの。あなたの力が、冬威君自身や由起さん、そしてあなた達の子供たちにとって必要となる時がきっと来るの」
「柳瀬さんわかりました。全ては俺が元の流れに戻ってから…そう遠い未来じゃない。って柳瀬さん俺を実家まで送る目的のひとつはこの後の再会のためでもあるでしょ?」
冬威が見透かす様に言う。
「そうね、いずれまたあなたと再会するその日の為にでもあるわ」
悪びれることなく言い切る。
「柳瀬さん心配しないで、俺は本来の時空に戻ったら必ず柳瀬さんに逢いに行きますから。だからその時にもっとセラさんの組織やCERNについて教えて下さい」
「当然よ…。でも冬威君? そしたら私あのアパートから引っ越せないよ?」
「そう言うことになりますね」
可笑しそうに言う冬威。
「ちょっと冬威君がもと居た時空って何年後? 早く逢いに来てくれないと私お嫁にも行けなくなっちゃうよ?」
「あはは、それはお気の毒様」
「もう! 他人事みたいに言って! そんな事になったら責任とって冬威君のお嫁さんにしてもらうからね!」
八つ当たり気味に柳瀬が言う。
心なしか眠っているはずの由起の眉間が上がったような気がした。
「いやいやそれは無理でしょ」
「年上の女は嫌い…?」
ルームミラー越しに眉を下げわざと子供っぽくも艶やかな視線を送る柳瀬。
「恋愛に年なんか関係ないですけど…俺は由起が悲しむような選択は二度としないって決めているから」
きっぱりと言い切る冬威。
「そっか、そうだよね。って冗談よ冗談。でも…世の中何が起こるかわからないからね~」
そう言いながら悪戯っぽい視線を送る。
「って柳瀬さん、回りくどいことはやめて連絡先交換すればいいだけじゃ? 例えば携帯番号とかラインとか?」
「あっ…その通りね…じゃあ後で交換ね。それなら私は携帯番号変えなければ冬威君からの連絡を待てばいい」
「柳瀬さんがお嫁にいけなくなるような事態になるなら、しょうがないからもう一回タイムトラベルして逢いに行きますよ」
笑い出すのを必死に抑えて冬威が言う。
「な~に~その言い方! どうせ私は行き遅れてますよ~だ!」
柳瀬がいじけた様に言うとふたりで笑い出す。
あらためて柳瀬の姿を見る冬威。
長身に『局アナか?』 と見間違うような美貌は年齢不詳なイメージだ。
コロコロと良く変わる表情は時に幼子の様に時に魔性の女の様にと変幻自在。
これでもかと言うくらい大きな二重まなこと筋の通った美しい鼻は人の目をよく引く。
柳瀬を見つめる冬威。
由起の眼元がピクピクと引きつるように動いた気がした。
「冬威君…未来には、いつ帰るの?」
柳瀬が由起には聞こえない様にと小さく問いかける。
「もうすぐ帰る」
「そう…由起ちゃん淋しがるわね」
柳瀬はまるで自分が淋しくなるような顔をして言う。
「俺が未来に帰っても由起のそばに俺は居ます。もちろん本来この時空にいるべき俺がね!」
そう言うと膝の上の由起の方を愛おしそうに見る。
「そうね…冬威君はずっと由起ちゃんのそばにいる」
「このまま…この時空で由起のそばに居たいって衝動は抑えられません。だけどそれは間違っている。俺本来の時空に戻ってそこからもう一度生きなければ…」
「未来の由起ちゃんだっているんだからね!」
柳瀬が冬威の悲痛な想いを和らげるように言う。
「そうです! 未来を取り戻した由起のそばに居るのは、誰でもないこの俺だけです」
由起の手の平が冬威の膝にそっと添えられた。