タイムトラベルによる無限ループ進化
館山道を金谷インターに向かって走る柳瀬のBMW850i。
緊張からの解放で眠ってしまった由起。
冬威と柳瀬はタイムトラベルの可能性について語り合う。
「冬威…柳瀬さんどうして『良かったふたりとも無事で』って言ったの?」
柳瀬の車の後部座先で由起が小声で呟く。
「普通カップルで警察署なんていたらなんかすごい事あったって思うでしょ? 由起だって?」
「うん…まぁそうだけど…」
腑に落ちないと言った顔をする由起。
「由起ちゃん何があったかは聴かないけどふたりとも怪我も何もしていないと思ったからああ言ったのよ」
そんな由起の憶測を吹き消すように柳瀬が言う。
「あぁ…ごめんなさい他意はないんですけど…」
そんな柳瀬の気遣いをを察して由起が言う。
「冬威君とりあえず館山道にのったけどどこのインターで降りたら良い?」
「柳瀬さん金谷インターで降りてもらえたら助かります」
「了解…じゃあ行くわね」
そう言うとアクセルを踏み込む柳瀬。
しばらく無言となる車中。
由起は窓の外の風景を眺めている。
『前は電車だったから高速道路の風景新鮮…だけどなんだか眠い…』
隣りに冬威がいるという安心感もあってかいつしか微睡み始める由起。
「…」
小さく寝息を掻きながら冬威にもたれかかり眠る由起。
その由起の体をそっと受け取り横にする冬威。
自分の膝の上に由起を横たえるとしっかりと肩の部分を支える。
「寝ちゃったみたいね由起ちゃん…」
バックミラーで由起の様子をうかがう柳瀬。
「ですね…かなり怖い目に合いましたからね」
「でも無事彼女を救ったわね…」
「はい」
「あなたは葵衣ちゃんを救い由起ちゃんを救った。未来のあなたの状況にもきっと変化が出ているわね」
柳瀬は由起を起こさないようそっと言った。
「だといいんですけど…」
窓の外の風景を眺めながら冬威が呟く。
「きっと変化が出ているわ。そうでなければ遥の動きが説明できない。あの子あなたに腕時計を渡した後に私の家を拠点に大学に様子を見に行ってた。冬威君の未来がどうなっているかは聴かないけどきっと遥は変えなければいけない過去をこの時点に見つけたってことだと思う…」
「柳瀬さん鋭いですね。遥は俺に言った『死ぬ様な目に合ったら必ず願い事をしろ』って。そして俺はこの時点に戻ることを選んだ。由起にもう一度会うことを望んだんです。俺は由起の危機をどうしても救いたかった…。由起を失ってからの俺はまるで抜け殻でした。失ってから由起の存在の大きさを思い知ったんですね…」
「失って気が付く…そんなものね…でも『願い事』は叶った。 だとすればあなたの未来も救われる。ってそうでなきゃ遥の動きも無駄になるし、私達も困るわ! 冬威君と由起ちゃんはこの先の未来の世界の為に重要人物なんだから」
柳瀬が興奮して言う。
由起の肩がピクッと動いた。
「なんか…全然実感持てませんけどね…」
そんな由起の肩を優しく支えながら言う冬威。
「まぁいいわ。それはそうと『人類の恒久的な進歩の循環』って?」
「あぁ…つまりタイムトラベルが可能となった段階で移動可能な最も先の未来から最も古い過去にテクノロジーを移行させる事で進歩が循環的に促進されるってことなんですけどね…」
「…」
無言の柳瀬。
「極端な表現をすると…。1000年後のA時点の進んだテクノロジーを1000年前B時点の過去に持って行く。すると本来であればB時点から1000年経過しなければ得られなかった技術をB時点の段階で得ることが出来る。そして進んだテクノロジーを手に入れたB時点が高い水準で過ごす1000年後のA時点でのテクノロジーはさらに進化したものになる。すると1000年後のA時点でのテクノロジーはそもそもの水準よりも更に高い物になるはず。そしてそこからまたB時点、つまり過去に戻りさらに進んだA時点でのテクノロジーを持ち込む…」
「なるほど…過去の水準を高くすることでその先の未来の水準をさらに高めるってことね」
「限界はおのずとあるとは思いますけど、理論上タイムトラベルが可能となった段階で最終的な破滅地点、地球の場合で行けば太陽が今のような状況ではなくなる約5億年後までに何らかの解決方法を取らなければいけなくなるはずなんですがその地点までにかなり高い水準までテクノロジーを引き上げることが可能になるはずです。しかし本来の破滅時点はもっと手前になると思いますが…」
「それはどう言うことなの?」
柳瀬が不安気な顔をする。
「人類の種としての寿命が5億年も持つとは思えないので…。この点についても恒久的な進歩…う~ん無限ループ進化とでも言いましょうか、その状況が可能となれば回避できるかなと…」
「無限ループ進化…」
柳瀬が噛みしめる様に言う。
「『タイムトラベルによる無限ループ進化』とでも言いましょうか。俺や遥はタイムトラベルがある程度可能となっているけど、無限ループ進化にあたる様な動きは取れていない。仮に俺たち以外にタイムトラベラーがいて俺と同じ様な発想を持って行動に移していたとしても…当の本人以外きっと誰も気がつけないから感知不能と言えば不能。しかし自分が主体的にそれを行えば感知できると思うんですよね。だから主体者として意図的に過去を進化させないと変化も実感できない。本当は既に他のタイムトラベラーが行動しているかもしれませんけどね」
そう言うと皮肉な笑みを浮かべる冬威。
「ややこしいですよね。わかり易く言うと…つまり…自分以外の行動で未来から過去に新しいテクノロジーが持ち込まれても持ち込んだ本人以外には気が付かれることなく自然と融合されてしまうと思うんです。他の人間にはその時点で発見された衝撃の技術! 的に捉えるからね。そう考えると時々『えっ! こんな発想、技術って今まで聞いたこともない』ってな進歩って時々ありますよね? 既にそう言う循環って起きているかもしれませんね…」
「う~ん…冬威君の言うとおり空間に内在されている私達には時空を俯瞰的に眺められるのは少なくとも過去だけ…。現時点での変化は肌で感じられたとしてもそれがそもそもの物なのか未来からのテクノロジーによっての物かなんてわかる訳ない…」
柳瀬はキツネにつままれたような顔をする。
「そう言うことですね」
「なんだか…壮大な話しね…」
「タイムトラベルの技術を人類が持てたとしたらそう言うことになると思うし、それをしないのならあまり意味のない技術だと思うんです。過去に戻れるということは永遠に繰り返すことが可能になることだとも捉えられますからね。ある意味、無限に時間が使えるってことです」
「人類はタイムトラベルのテクノロジーを手にした瞬間から、無限に近く進化する可能性を秘めていると思うんです」
冬威の目は遠く未来を見つめていた。