俺は由起を、由起との未来を失うわけにはいかない
かつて冬威が倒した由起の元彼の逆襲…
冬威は由起を救えるか!
「よう…お前奈美だよな、ちょっと顔貸せよ」
「え?」
蘇我駅に向かって歩く奈美は後ろから声をかけられたかと思うとその腕をねじり上げられ車に押し込められる。
「ちょっとなにするの!」
そう言って見上げた先に見覚えのある大男の顔が飛び込む。
「ここでお前に会えるとはラッキーだったな…」
そう言うと助手席のドアを閉め素早く運転席に乗り込む。
そして車から抜け出そうとする奈美を阻止するように急発進させる。
「なんであんたがこんなとこにいるのよ! 降ろしてよ!」
「ちょっと協力してもらうぞ…」
「ふざけないで! こんな事されて誰が協力なんてするのよ!」
「だまれ、俺は本気だ…」
そう言うと大男はカッターナイフを奈美の首筋にあてる。
「…」
絶句する奈美。
「おまえ由起の住んでるところ知ってるな?」
「し、知らないわよ。あたしはあの子のこと嫌いだからね」
「嘘つくんじゃねぇ…」
大男は奈美の襟元をグッと握りにじり上げる。
「やめてよ」
その手を振り払おうとする奈美。
「大人しく言うこと聞いてりゃ手荒な真似はしねぇ。逆らえばどうなるかわかってるな?」
「…」
奈美は再び無言になる。
この大男は奈美の地元で極めて女癖の悪いと評判の輩だった。
奈美とこの男は出身校が一緒ではなかったが、男は女癖や素行の悪さで、奈美は地元でちょっと名の知れた金持ちの娘としてその界隈で知らない者はいなかった。
この男のこれまでの悪行を知る奈美はこれ以上逆らない方が賢明だと判断した。
「由起のところに行って何をする気…」
嫌いだと言い切ったもののやはり気になる奈美。
「あいつに借りを返すんだよ…」
「借りって?」
「そんなことはおめえには関係ねぇ」
「もしかしてあんたなの? うちのガッコで冬威にボコボコにされたってのは?」
「ふざけんな! 誰がボコボコにされたって! あのチビ冬威って言うのか…あの野郎卑怯なことばっかりしやがって…まぁ良い、あんな野郎を相手にしている暇はねぇ。奈美、さっさと案内しろ」
「案内したところで由起の部屋に行けなきゃどうしよもないでしょ? 女性専用の学生マンションだからセキュリティー固いよ。いきなり部屋になんか行けないって」
奈美が諭す様に言う。
「うるせぇ俺に指図するな! …だったらお前これから由起に電話しろ…そうだな、授業のノートを貸してくれとかなんとか嘘でも言って部屋まで取りに行くって言え!」
カッターナイフをちらつかせて奈美を脅す。
「早くしろ!」
ナイフの刃は車の振動一つで呆気なく奈美の首筋に入る距離にあった。
奈美が男の指示に従ったことを誰もが非難しがたいであろう。
奈美は携帯電話を取り出すと由起に電話を入れる。
「もしもし…由起? あたし、奈美だけど…。ごめん行政法のノート貸してもらって良い? うんうん…大丈夫。すぐ着くよ。ごめんね。ありがとう」
『由起気が付いて…行政法はあたしもあんたも休まず受講してるってことを。あの教授、ノート提出とか高校生みたいな課題出すからサボる奴ほとんどいないんだからさ…あんたのことは嫌いだけど、面倒事はもっと嫌いだよ…』
「うまく言ったか? あいつなんて言ってた?」
「わかったって…。あたしが部屋に取りに行くことになった」
「よし、じゃぁ俺もついて行くからな」
その頃由起は奈美からの電話に困惑していた。
『奈美が由起のノートを借りる? 考えられない…あの子由起のこと毛嫌いしてるし…由起も奈美のことは嫌い…。それに…行政法の講義休む子なんていない、奈美だっていつも受講しているはずなのに…なんかおかしい…』
部屋の中をうろうろと歩きながら逡巡する由起は、冬威との会話を思い出していた。
『ちょっとでも違和感を感じたら…美夏と美優の悪戯スパイ大作戦…ね』
ほどなくして由起の部屋のインターフォンが鳴り響く。
ピンポーン
電話の受話器を取り応答する由起。
「由起? 奈美…ノート取りに行くからセキュリティー解除して…」
「あ、うんわかった…」
そう言うと由起はプッシュフォンの#を押した。
自動ドアが開き奈美と大男がマンションのフロアに入り込む。
『確か3階の角部屋って言ってたよね…』
エレベーターに乗り込む二人。
ほどなく3階の由起の部屋の前に着く。
「由起…奈美だよ」
奈美はドアをノックする。
「あ、ちょっと待ってて…」
由起は携帯電話をテレビ台の上に置くと玄関に向かった。
『いくら女の子の奈美とはいえ油断せず、冬威の言いつけ通りドアチェーンはかけたまま…』
そう心の中で呟きながらドアミラーで奈美の顔を確認する。
そして少しだけドアを開ける。
がその次の瞬間ドアを乱暴にこじ開けようとする手が差し込まれた。
突然のことに驚いた由起がドアを閉めようと力を込めた瞬間大きな足がその間にねじ込まれた。
それでもドアを閉めようとする由起の前に髪の毛を掴まれた奈美の頭が挟み込まれその喉元にカッターナイフが突きつけられる。
「由起! 奈美がどうなってもいいのか? お前の出方しだいじゃあこのまま…」
そう言うと奈美の喉元にカッターナイフをさらに近づける。
「やめて! 由起! 助けて! 警察呼んで!」
「黙れ奈美! 由起! 警察なんて呼んだらこの場で奈美は死ぬぞ…」
ドアの隙間から由起をジッと睨みつける大男。
「…わかったから奈美を離して! 」
由起はドアチェーンを外す。
大男は喉元からカッターナイフを外すと奈美を玄関に押し込め自分もなだれ込むように侵入する。
「聞き分けが良くなったな由起…ほらお前も中に入れ!」
そう言うと奈美を立ち上がらせ部屋の奥へ進む。
「いい部屋じゃねーか由起…」
そう言うとカッターナイフをちらつかせながらソファーに座る。
その傍らには奈美を抱えいつでも傷つけられると言った顔をする。
「由起…ごめん…こいつにナイフで嚇されて…」
泣き出しそうな顔の奈美。
「奈美…ゴメン由起のせいで…」
「ハイハイ、残念だったねお二人さん…」
「あんたこんなことしてただで済むと思ってるの?」
「こんなこと? お前らが俺にしたことの方が問題だろ? あれから俺も良く考えたんだよ…冬威? とか言うチビが俺にしたことは立派な脅迫罪だってな、だからよ借りを返しに来たってことよ」
「何が目的? 謝れって言うなら土下座でもなんでもするから奈美を離して!」
「土下座? 誰がそんな面白くもないこと…あの冬威ってチビには随分な目に合わされたからなぁ~お前にも俺の屈辱を味わってもらうか…」
そう言うと下卑な笑みを浮かべながら奈美の上着のボタンをナイフでそぎ落とした。
「やめて!」
由起が男に飛びかかろうとする。
「おっとストップ! それ以上近づくと…」
男は奈美に刃を向ける。
「由起…逆らわないで、あんたは地元に帰ってないから知らないだろうけど、こいつ地元で女関係でトラブル起こして大学退学させられてんのよ、やけくそなんだよ。だから…」
「黙れ奈美! 余計なこと言うんじゃねぇ!」
奈美の目の前に刃を突きつける。
「…」
恐怖のあまり口をつぐむ奈美。
由起は奈美がインターフォンを押す直前冬威に電話をしテレビ台の上に置いていた。
「って柳瀬さんいきなり力説してすみません…。でも俺は時空を超えて過去を変えられたんです。後悔してもし切れなかった過去を変えて大切な人を守れた。俺は由起を、由起との未来を失うわけにはいかないんです。だから…」
その時冬威の言葉を遮るように携帯電話の着信音が車内に響く。
冬威は画面をスライドさせ応答するがその画面には由起の部屋の壁が映し出されていた。
『フェイスモード…そして由起が映っていない…由起に何かあった…』
冬威が心の中で呟く。
「柳瀬さん、急いで由起の学生マンションに戻って下さい!」
柳瀬の方を振り返り必死で言う冬威。
「冬威君? 何があったの?」
「由起に危険が迫っているんだ!」
「わかったわ、高速道路にのる前で良かった…冬威君? 人類の恒久的な進歩の循環? について後でちゃんと教えてね?」
「もちろんです柳瀬さん。でも今は一刻も早く由起の部屋へ!」
柳瀬は車を急転回させるとアクセルを踏み込み元来た道を引き返し始めた。