真理に近づくんだ! 愛する者との未来を守る為に!
柳瀬の運転する車が高速道路に向かう。
車中ではCERNに関する冬威の仮説形成がなされていた。
「冬威君この資料見て」
柳瀬は冬威にファイルを手渡すと再び車を車線に戻し進む。
「これは?」
ファイルを手に取る冬威。
「CERNの資料よ、目を通してみて」
ファイルをパラパラとめくる冬威。
冬威の目に数枚の写真が目にとまる。
柳瀬は国道を右折し館山道蘇我インターに車を走らせた。
「柳瀬さんこの写真は?」
信号待ちで車が止まるなり柳瀬に写真を見せる冬威。
そこにはシヴァ神の像とCERNのマークが写っていた。
「CERNの研究棟の前に建っているシヴァ神の像よ、そっちはCERNのトレードマーク」
「シヴァ神ってヒンドゥー教の破壊と再生を司る神ですよね? それでこのマーク…6がみっつ重なって構成されている…つまり悪魔の数字666…」
「そうよ、破壊の神と悪魔の数字…」
「欧州の研究所、しかも最新の素粒子研究所にインドの神とはミスマッチですね。そして悪魔の数字666。これって何の意味があってやってるんですかね?」
冬威が唇の端を歪めながら言う。
「冬威君…? 何が可笑しいの?」
シニカルに口元を歪める冬威。
「だって柳瀬さん? CERNは素粒子の衝突実験でブラックホールを作ったり時空を切り裂いたり? 圧縮したり? つまり世界の終焉を人工的に作り出そうって言うんですよね?」
「まぁ…そんな感じかな…」
「そんなとんでもない陰謀を企ててる連中がなんでわざわざそれを標榜するように違和感のある像を立てたりロゴマークにわざわざキリスト教社会を逆なでる様な物を採用するのか全く理解できませんね」
「…」
冬威の指摘に無言になる柳瀬。
「普通、大それた悪事を働く場合その真意をひた隠しにすると思うんですけどね。目的を遂行するのに邪魔が入るのは合理的ではない。つまり世間に違和感を与えない方が良い。もし俺が同じ立場だったら絶対そうする。だから…庭にはハトのモニュメントでも立ててロゴマークは大型ハドロンの中にニコニコマークでも書きますね。その方が世間を欺ける…大事の前の小事? 的な?」
「なのにCERNはわざわざ破壊と再生の神を祀りさも大型ハドロンで行われている実験が世界を終焉させるようなイメージを彷彿させ、666の数字をこんなにわかり易くマークにする…。俺には意味が分かりません。人類に対する嘲笑? 挑戦? どっちにしても理解できない」
「確かに言われてみれば…そんな気もするわね…」
柳瀬が思わずつぶやく。
「今、ユーチューブでCERNについてアップされてる映像見ているんですけど…思った通りこれらのソースを使用してCERNが宇宙を破壊しようとしているとか悪魔の儀式を行っているとかまことしやかに騒ぎ立てられていますね」
「そうね…私もCERNの取材している最中にそんな映像を何度も目にしたわ…」
「柳瀬さん…考えられます? 人為的にビッククランチを引き起こして世界を終焉に導こうなんて壮大な実験をしようとしている連中がそんなわかり易い事するって? CERNに出入りしている研究者なんてきっと各国で最高の頭脳を持った人材だと思うんですよね。当然こんな巨大な研究装置をはじめに作った人たちなんかもうこの領域ではきっと世界1.2を争う人たちなわけでしょう?」
「確かに…」
「ですよね? で、ここまで引っ張っておいてなんなんですけど…俺がこれらの状況から導き出す仮説としては…。CERNはわざと怪しげなエッセンスを散りばめ、在らぬことを疑わせ、世間の一部オカルトマニアを騒がせる…。オカルトマニアはマイノリティーです。つまり科学的な根拠なく壮大な妄想をしていると言うのが世間の大部分の評価です。従って彼らが面白おかしく、もしくはさも不安気に取り上げて世界の行く先を危惧すればするほど…」
「世間は『そんなわけないさ…オカルトマニアの妄想だよ…』って言う評価を下す…わね」
柳瀬が冬威の真意を見抜く。
「正解です。柳瀬さん? CERNの創始者たちは世界随一の頭脳を持っていますね。世間を欺く心理操作もまた一流です…結果的に本質的な部分を露わにしながら遠ざけている…」
「…」
柳瀬が再び無言となる。
「柳瀬さん? CERN…やはりとてつもなく手強い相手だと思います。そしてシヴァ神、666これらのエッセンスを散りばめたのは恐らく科学者の発想ではないでしょう…その先を行っている組織、もしくは頭脳集団、秘密結社と言った類? 俺は、シヴァというAIを所持している企業体のバックにいる組織、彼らが敵の本体だと言う仮説を立てましたが…」
「冬威君…私達AIアートマンを所持する組織もそう睨んでいるわ…あなたはたったこれだけの材料を元に仮説形成して独りで導き出したのね…」
「ただ理解できないのは『なぜそんなことをする?』って言うシンプルなとこです。企業体って言うのは何を犠牲にしたとしても永久に利益を追求することにその本質と存在意義がある…。しかし彼らが今取っている行動はそれと合致しない。だとすれば彼らの真意は一体何なのか? ここに疑問が残ります。まぁわかり易く言えば『誰が得をする?』ってとこなんですけどね?」
「世界の終焉が彼らの言う創造主の目的、望みだとしてそれを叶えることに何の意味があるのか…目的が達成した時にそこにあるのは破滅、消滅。意識としての存在とかひとつになると言ったエッセンスを除外して極めて俗物的に考えた時ですけど…」
冬威はそう言うと無言になり考え込む。
「世界の…いや宇宙の再生…。この辺りが彼らの目的であったとしたら…俺達は勝てないかもしれませんね…」
「どういう事なの?」
柳瀬が不安気に言う。
「目的があまりにもピュア過ぎる…もっと欲にまみれた俗物的な動機であればやり様もありますが、盲目的に新世界への期待や想いだけで行動しているとすればこんなに厄介なテロリストはいない…彼らは彼らの信じる者の為に全てを投げ出すでしょう」
そう言いながら流れる景色に目をやり、間を開ける冬威。
「柳瀬さん? 彼らはヒンドゥー教とキリスト教のエッセンスを前面に出しているけど…これもフェイクかな? もしかしたらもっと別なところに価値観をおいている組織なのかもしれない。う~ん…考えれば考えるほど事の真意が見えなくなる…」
「確かにそうね…」
そう呟きながら車を右折させ高速道路への順路に進む柳瀬。
「柳瀬さん? 仮説を形成するにあたってもっと情報が欲しいです…もしかしたら奴らは終焉をもたらす実験の過程において抽出できる成果物を想定しているのかな? その為に優秀かつ急進的過激なグループを心理的に操作して研究に投資しているのかもしれない…。だとすれば仮説が立て易いけど…」
「冬威君、私達の得た情報は全てあなたに伝える様、組織から言われているの。冬威君には全てを伝える」
柳瀬が強い意志を持って言う。
「いずれにしてもタイムトラベルを彼らはまだ確実な物としていないはずだ…。だとすれば量子レベルでのそれを実現している俺達に勝機はあるし、こちらの組織の成熟具合によっては小さくは組織の、大きくは人類の恒久的な進歩の循環が形成できる…」
「恒久的な進歩の循環って…?」
高速道路に向かい車を走らせる柳瀬がチラリと冬威の方を見る。
「俺はただで世界の終焉なんて迎えさせない…得たものをさらにバージョンアップして終焉までの間に限りなく真理に近づくんだ! 愛する者との未来を守る為に!」
冬威の脳裏にありとあらゆる仮説が巡り収束しようとしていた。