未来が大きく変わり始め、それは現在にも変化を与え始めていた
目覚めた冬威と由起美優美夏との間に交わされる新しい絆。
未来が変わり現在にも影響を与え始めている。
「雅樹さん…冬威に白い腕時計を渡した子のことなんだけど…」
由起、美夏、美優が部屋に行った後、雅樹と二人リビングに残った奈々が考え事をしている。
「冬威に腕時計を渡したかと思ったら急に消えちゃったって子だろ?」
「そうそう、急に消えちゃったってことはたぶんまた別の時空に飛んで行ったってことよね。だとすると冬威が言うように腕時計自体にはタイムトラベルの機能はない…」
「そうだね、腕時計の機能ついては冬威や俺達の仮説通りだと思うよ」
「その女の子は何のためにこの時空に来たのかって考えてたんだけど…」
「追っ手から逃げてたって言ってたよね?」
「うん…」
奈々が深く考えるような仕草をする。
「追われていたのはきっと本当だと思うけど…その子はきっと冬威に白い腕時計を渡すためにこの時空に飛んで来たんじゃないかしら…」
「何のために?」
「う~ん…はっきりした事は言えないけど、恐らく未来で冬威の影響を強く受ける人…冬威の未来が無くなると困る人、みたいな」
「冬威がいないと困るってとこで考えると一番の極論としては、冬威の子供とかだよな? でもその場合冬威の未来がなければタイムトラベル自体出来ないだろ?」
奈々の横顔を見つめながら雅樹が言う。
「そうね、その子が冬威の子供だとすればそう言うことになる。でも今の段階で3つの仮説が成り立つと思うの」
「三つの仮説?」
「そう、まずひとつめが冬威は谷底に落ちたけど命は助かった。その結果未来の冬威はその後結婚し子供を持つ。その子供が白い腕時計を持って来た」
「なるほどね…未来の冬威が助かった証だとすれば親としてはこんなにホッとすることはないな…。だけど奈々? その場合白い腕時計の子はわざわざタイムトラベルをして冬威に腕時計を渡す意味が俺には良くわからないな」
「そうなのよね…タイムトラベルをする必然性としては弱いのよね…」
「ふたつめは?」
「ふたつめは、ブロック宇宙論からなんだけどブロック宇宙論からすれば過去現在未来は既に完成形として存在している。だから過去が変わっても未来には影響されない。ってことよね?」
「そうだね俺は懐疑的だけどね」
「そうよね…理論通りなら未来からわざわざ冬威に時計渡しに来る必要はなくなる…」
「でもさ、ブロック宇宙論での過去現在未来の捉え方ももしかしたら不安定なもので過去の事象によって何らかの『揺らぎ』みたいなのが生じて確定的な未来が徐々に変化してしまう可能性だってあるかもしれないよね。つまりブロック宇宙論で否定されている因果律も絶対的ではなく実は徐々に変化が生じてくる。つまり白い腕時計を持ってくる段階では存在し得たけれども放っておいたら冬威の存在が無くなると同時に…みたいな」
「それもありかもしれない、だとすれば彼女が過去に飛来する必然性が理解できる」
「奈々? もうひとつの仮説は?」
「三つめは、未来のあの子が冬威の状況によって個体として存在しなかったとしても量子レベル、つまり魂やエネルギー体としては存在していて量子体としてタイムトラベルをした。その場合あの白い時計にはきっとそう言った機能も内蔵されていると見ていいと思う」
「なるほど…肉体を伴う生命体として存在していなかったとしても量子レベルで存在さえしていれば過去現在未来に同様に移動可能か…」
「そう、それにこれだとあの子がタイムトラベルをして冬威に時計を渡す必然性も見えてくる。恐らくふたつめとみっつめ辺りもしくはその二つが融合したような感じだと思う」
「親としてはひとつめが一番安心だけどね…」
「そうね…でも冬威はきっと大丈夫」
「俺もそう思うよ奈々、冬威の未来は今劇的に変化を遂げていると思う。それに伴ってその先の未来からの働き掛けも生じて…さらなる変化を呼び起こし結果その未来からの影響が今の冬威にも影響を与える」
「連鎖的に時空が揺らぐわね…」
「きっと良い影響を与えてくれるよ」
ふたりはしっかりと手を握り合う。
その視線は未来の冬威に向けられていた。
その時二階で歓声が上がった。
「ん? 何かあったのかしら?」
「女の子三人だとにぎやかだね」
そう言いながら雅樹が笑う。
「おにいちゃん! 目が覚めたの?」
「冬威寝過ぎ…」
「冬威…」
「なんだか楽しそうな声が聞こえてきたから覗きに来ちゃったよ」
そう言う冬威の腕には白い腕時計は巻き付いていなかった。
「冬威…ちょっとお願いがあるんだけど…」
由起が冬威にすり寄ってくる。
「どうしたの由起?」
「あのね、前に冬威言ったよね? 何か嫌な予感がしたら…って」
「あぁ、例のフェイスモードの時のね」
美夏と美優をチラリと見ながら軽く微笑む冬威。
『この冬威は今の冬威。ふたりの冬威はある程度記憶を共有しているのね‥』
由起が心の中で呟いた。
「そう、それでねもしもの時の為にお互いに携帯の位置情報を共有しておいたらなって…」
「え~それってお互いにいる場所がわかっちゃうって奴でしょ~」
冬威が引きまくる。
「お兄ちゃん? 由起ちゃんに居場所がわかると都合が悪い事でもある訳? ってそうだ! 美優とも共有しよ! 由起ちゃん…ダメ?」
美優が由起の顔色をうかがいながら言う。
「美優ちゃんダメなわけないよ~。そうだね! みんなで位置情報共有しておけばきっといつか助けになる時があるかもしれない! 美夏ちゃんも共有しよ!」
「え~…。って別に美優とはいつも一緒だし由起ちゃんに位置知られて都合悪い事なんて一つもないし、冬威が不意にいなくなると美優が狼狽えるから冬威の位置が把握できるのは助かるし…あたしもいいよ!」
呆気なく同意する美夏。
「じゃあ由起と美優ちゃんと美夏ちゃんと冬威で位置情報共有ね! 何か異常があったらきっと4人のうちの誰かが気が付いてくれる!」
「由起ちゃん名案! これでなんだか安心だし、みんな繋がってて仲良しで美優嬉しい!」
「おいおい…俺の気持は?」
「な~に! なんか都合悪い事でもあるの?」
由起美夏美優の三人が同時にそう言いながら冬威を睨む。
「あ、いえ別に大丈夫です…」
三人の気迫に負けて冬威が言う。
「じゃあそれでいいね! 冬威?」
「4人一緒だね! 由起ちゃん!」
「そっ! これで何があっても心配ないね! みんな!」
「美夏もなんだかうれしくなってきた!」
「まぁ…結果的には大事な三人の女の子を守れるから俺にとっても都合が良いか…」
「でしょ~」
再び三人の女の子が声を合わせて言いその後に笑い声が続く。
その笑い声は階下の雅樹と奈々の耳にも届いていた。
眠りから目覚めた冬威を中心に未来が大きく変わり始め、それは現在にも変化を与え始めていた。