う~ん…遥はさ、愛とかよくわからないけど、 なんか痛い思い出?
冬威が白い腕時計を手に入れる経緯と遥との出会いのエピソード。
冬威のバイクが停まった。
「ちょっとここで待ってて」
そう言うと冬威はバイクを降りて走り去る。
ほどなくしてヘルメットを持って戻って来る冬威。
「はい、これ被って」
そう言うとヘルメットを手渡す。
「わざわざ取りに帰ったの?」
「そうだよ、危ないからね。どうする? どこまで送ればいい?」
「う~んさっきの公園!」
「さっきはああ言ったけど‥さすがにあいつらが戻ってきたらまずいでしょ?」
「でも、海が見えるところが良い」
「…金谷のもうひとつの公園は袋小路だから追手が来たら逃げられないしな~」
「海が良い!」
冬威の服の端を握りグイグイ引っ張りながら言う。
「わかった、じゃあ乗って」
後部座席に乗車したことを確認するとゆっくりとギアをつなぐ。
周囲を見渡しながら追手が戻って来ていないことを確認しながら慎重に走る。
そして国道に出ると速度を上げて登り方面に進路を取る。
海沿いの国道を流すように走る。
浜金谷、竹岡と海沿いをひた走る。
富津警察署を右手に見て橋を渡ると最初の信号を左折する。
JR内房線のガードをくぐり上総湊海浜公園に着く。
ゆっくりと走らせ海岸線の散歩道にバイクを乗り入れた。
「ここらで良いかな…」
しばらく走らせた後バイクを停める冬威。
「到着、海が見える公園。ここならまぁ普通見つからないし見つかっても反対側の公園まで散歩道を走って逃げられる。当然あんな大きな車はここには乗りいれられないからね」
と、冬威の言うことを聞いているのかいないのかバイクを降りると海に向かう女の子。
「う~ん海っ! やっぱり海はいいね!」
しがみついていた体を伸ばすように腕を上げる。
「海が好きなんだ。でもさ、なんで海に入って逃げたの?」
いきなり海から現れた意味を聞く冬威。
「だって車は海に入れないでしょ?」
「…」
「なに? なんで無言?」
「いや、確かに車は海に入れないけどさ…車から降りて追いかけてきたら捕まるでしょ?」
「奴らが追って来たら海に潜るか泳いで逃げる!」
自信満々な顔で言う。
「本気かよ?」
あきれた顔で笑う冬威。
「本気だって! ってそのくらい軽いよ」
「勇ましいね…ところでなんで逃げてたの? なんか悪い事した?」
散歩道に座りながら言う。
隣りに女の子も座ると冬威の背中をバンバン叩く。
「こんな可愛い女の子が悪い事すると思う? ほんとデリカシーないよね! 普通さ、そう言う風に思わないよね?」
「って痛いって。じゃあなんで追われてたんだよ?」
「内緒だよ!」
「あのな、それが助けてくれた人への態度?」
あきれた顔をする冬威。
「助けて当たり前でしょ? これは義務だから!」
さも当然という顔で言う。
「そりゃあ困っている人がいれば助けるのは当たり前だけどさ…」
不服そうな声で言う。
「そうじゃなくて当たり前なの!」
「なんだよそれ…まっいっか、俺もなんだかおもしろかったしさ」
「まぁそのうちわかるよ…」
「何が?」
「なんでもない」
「しっかし暗い顔してたよね」
「ん? なにが?」
「さっきベンチに座ってた時のこと!」
「あぁ…」
「あ~あ、しょうがないな…」
そう言うと隣に座る冬威の背中をバンっと音がするくらいに叩く。
「痛いって!」
「人生そのうち良い事もあるよっ!」
「は? なんだよそれ?」
「だってさ、この世の終わりって顔してたよ」
「…」
見透かされたような気持になった冬威が無言になる。
「またそんな顔して…」
冬威の横顔を見る。
「そんな顔してたらロクな未来にならない…今が変われば未来が変わる。未来が変われば今も変わるんだよ?」
「なんだそりゃ…」
冬威がぼそりと返す。
「しょうがないな…。まぁいいや遥が来たからには大丈夫。未来は必ず変わるから」
「遥って言うんだ」
「そうだよ、別に覚えなくてもいいよ。覚える必要もないくらい当たり前に遥になるから」
「なんだそりゃ? さっきからわけわからないな」
「わからなくてもいいの。それよりこれ、この腕時計預かってて」
そう言うと遥は白い腕時計を冬威に示す。
「…」
無言で時計を見つめる冬威。
「次に会った時に返してもらうから、その時にわかるように常に着けててよ!」
「時計? なんで俺が預かる必要があるんだよ…」
「いいから預かってて! 絶対にいつも身に着けててね!」
遥は冬威の腕をガッチリつかんで言う。
「わかったよ。いつまで預かればいい?」
「次に遥に会うまでずっとよ!」
「それっていつまでだよ?」
「そこは気にしないで! でも待ち合わせる必要も約束する必要もないから」
「は? どういうことだよ?」
「必然だからそのまま何も考えず自然に生きてて。でね、この先死ぬ様な目にあった時は最期にどうしても叶えたい願い事を思い出して! きっと叶うから! そしたら人生変わるよ」
そう言うと声を出して笑う遥。
「なんだよその死ぬ様なって? 縁起でもない…」
「だから、何も考えずにあるがままに生きていればいいよ! 遥が言うとおりになるから。さっきも言ったけど死ぬ様な目にあったら必ず、どうしても叶えたい『願い事』を言うのよ」
冬威より遥に若い女の子がまるで母親の様に命じる。
「なんだよそれ?…」
不服そうな冬威。
「って言っても宝クジ当たりますようになんてのじゃなくてさ。う~ん…遥はさ、愛とかよくわからないけど、 なんか痛い思い出? 思い出した時胸が痛くなる様な‥愛? わかる?! あるでしょ? ちゃんと思い出してよ! じゃないともう遥は悲しいよ? ちょっとボーっとしたとこあんだからさ冬威は!」
「ん…なんで俺の名前知ってるの?」
怪訝な顔をする冬威。
「は? 知ってて当たり前でしょ? そんな事より! もう一度やり直したい事くらいちゃんと思い出してよ! そしたらちゃんと未来が変わるんだからさ! 遥は変わってもらわなきゃ困るの!」
真顔で捲し立てる遥。
「知ってて当たり前って…。まぁいいやわかったよ。そんなに必死に言うってことは本当に大切な事なんだろうからさ」
「よしよし…わかればいい」
遥が馴れ馴れしく冬威の肩を叩く。
そんな遥をあらためて見る冬威。
すらっと伸びた白く長い手足。
小さな顔に黒めがちな大きな目、高い鼻。
ショートボブの横顔が知的だ。
親しみのある庶民的な感じのせいかどこかで見たことがある様な気がしてならない冬威。
馴れ馴れしい感じもどこか愛らしく憎めない。
「冬威、遥は冬威に会えてうれしかったよ…助けてくれてありがとう」
「なんだよ急にあらたまって?」
「冬威? 遥は可愛い?」
「は? 何言ってんの?」
「いいから! 遥のこと可愛いの?」
「…可愛いよ」
「…」
無言になる遥。
「冬威? ちょっとアッチ向いて目をつぶって…」
「なんだよ今度は?」
「いいから!」
そう言うと遥は白い腕時計を外す。
遥は冬威を後ろから抱きしめ白い腕時計をその顔の前に突き出す。
「冬威…この白い腕時計を必ず身に着けていて…。未来は必ず変わるよ。冬威? 約束だよ、ちゃんと遥との約束を守ってね…」
遥が冬威に白い腕時計を渡す。
それをしっかり受け取る冬威。
「冬威…会えてうれしかった…必ずまた会えるからね…そんな顔しないで未来をみて…」
「…」
なぜか遥の声が段々遠くなっていく。
それと同時に後ろから絡められた遥の腕の力が薄れていく…
「遥…?」
冬威が目を開いて遥の方を振り返る。
しかしそこには遥の姿はなくただその手の中に白い腕時計が残っていた…