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房総 Fugitive(逃亡者) もつれた過去現在未来

由起との辛い別れを終えた未来の冬威。

お気に入りの海辺の公園で感傷に浸っていたが…

突然冬威の前に現れ、追手から逃げることを申し出る逃亡者。

冬威は追手から逃亡者を守れるのか?


海沿いの公園にバイクを止めて海を眺めているタイムトラベル以前の未来の冬威。

金谷フェリー乗り場付近の公園で東京湾を行き来する大型タンカーや護衛艦を眺める。

公園のベンチが冬威お気に入りの場所だ。


由起との別れからまるで石ころにでもなった様な気持ちが振り払えない冬威。

東京湾を悠々と航海する巨大にして強大な船舶に想いを馳せる。


観光地であり漁師町でもある浜金谷には無論漁師さんは多いが捕鯨船や貨物船の乗務員であった海にゆかりのある人物もたくさんいる。


冬威は今や現役を退いた海の男たちから世界中を航海した武勇伝を聞くことが好きだった。

捕鯨船に乗り南極で見た空いっぱいに無数に広がるオーロラの話しや外洋を航行する貨物船の乗組員の話しはどれも魅力的だった。


『南極で見たオーロラ…あれは美しいなんてものじゃなかった…。美しすぎて不吉な気持ちになった。もしかしたら今頃日本で何か起こってるんじゃないかと不安になるくらいだったよ』


『捕鯨船は国によって船の性能が全然違う。アメリカの船は船足が早い。ロシアの船はのろまだ。だから他の国の船の前に待ち伏せして獲物を横取りするんだ。日本の船? 言うまでもない。俺達の船が最高だよ!』


『外洋を航海していると信じられないほど大きな波が来る。大型タンクローリーが大きな波と波の間に乗り上げて船体が真ん中でポッキリ折れるのを見たことがある…恐ろしかった。人間なんて大海原では無力だ』


『一回海に出れば半年は日本には帰れない…長い長い旅だよ…』


船乗りたちの話しはどれも刺激的で男のロマンに溢れていた。

冬威はそんな海の男たちの話を聞くことが大好きだった。

そして彼らがその武勇伝を語る時の自信と誇りに満ちた顔を見ることも好きだったのだ。


『どこから来た船かな…広い広い海を悠々と航行する。あの船に乗って広い海に繰り出して知らない国に行ってしまいたい…』

そんな感傷的な想いで行き交う船舶を見つめる冬威。


海風が冬威の髪を撫でる。

目を細めながら海の先にある街々にも目をやる。

東京湾フェリーが目の前を航行して行く。


すると冬威の目の前に不意に人影が飛び出て来る。

護岸を整備点検するために岩場に降りられるよう階段が整備された防波堤だが当然下は海。

そんなところから人が出て来ることは通常ありえない。


引き潮の時に岩場に磯遊びをするにもここは適してはいないからである。

逆光で顔が良く見えない。

しかしその人影は素早く冬威に近づきその隣に隠れるように座った。


「お願い追われているの…私を逃がして」

冬威の腕にしがみつきジッと見つめる目には不安な光が宿されていた。

「って誰に追われてるの?」

「そんなのどうでも良いから早く!」

「!」

逆行で見えなかった顔が冬威の目に映る。

『なんだろう…なんだかどこかで見た気がする…』

冬威が心の中で呟く。


「はやく! あのバイクあなたのでしょ?」

そう言いながら冬威の腕をグイグイ引っ張る。

「ああ、でもメットがひとつしかない…」

「そんなのどうでも良いよ! フードかぶって誤魔化すから! 早く!」

冬威を追い立てながらフェリー乗り場の方を気にする。

どうやらフェリー乗り場付近にいる追っ手から逃れるために潮の引いた浅瀬を公園に向かって来たようだ。

その足が濡れている。


「でもスカート…」

「もう! パンツくらい見えない様に自分で何とかするから早く走り出して!」

冬威の肩をグイグイ押しながらバイクに急がせる。


冬威が後ろに視線をやると黒塗りの車がフェリー乗り場の交差点に猛烈な勢いで進んで来るのが見えた。

国産高級セダンではあるがエンジンのポテンシャルはそこらのスポーツカーを大きく凌駕している車種だった。

「あの黒い車から逃げて!」

冬威は後部座席から腰に腕を巻き付かれたのを確認するとローで引っ張るだけ引っ張って加速する。

その異常な加速に違和感を覚えたのか黒塗りの車は国道から公園に接続する脇道に向かってくる。


「早く早く!」

 腰に回した手の片方を離して冬威の背中をバンバンと叩く。

「わかったからしっかりつかまってて!」

冬威は離された腕が再びしっかりと腰に巻きついたことを確認すると左右を素早く確認し停止することなく国道を右に飛び出す。

ちょうど黒塗りの車が飛び出て来た方向に戻る感じだ。

つまり国道を下り方面に飛び出した。


黒塗りの車もそれに合わせて右折し冬威の後を追う。

竹岡から浜金谷、保田までの間はほとんど脇道がない。

脇道に入ったところで袋小路になるだけだ。


左折すれば千葉方面。

しかし直線道路が多く最高速度と安定性では黒塗りの車にはバイクが劣る。

なおかつこちらは後部座席に乗車中だ。


冬威がとった下り方面へのルートもまた脇道は無い。

街中への小道はあるがここに飛び込んでカーチェイスもどきを演じれば地元住民や観光客に被害が及ぶ可能性がある。

そんな選択を冬威がする訳もなかった。


街中を抜け館山方面に下った場合狭いトンネルとカーブが連続する。

後部座席に搭乗している不利な状況は同じでも黒塗りの車が最高速度に達することは困難。

冬威はトリッキーな道を選択しポテンシャルの差を詰めようとしていた。


わずかな直線ではアクセルを全開にする。

黒塗りの車との車間は見る間に広がる。

が所詮一般道すぐに先行車に追いついて足止めを食らう。

だがトンネル内で一瞬対向車が途切れたことを確認すると先行車を素早くパスして前に出る。

当然一車線のトンネル。

しかもトンネル内で急カーブがあると言う極めて危険な海沿いの道路。

大柄な黒塗りの車に同じ芸当が出来るわけもない。


この方法で3つのトンネルを超えるころには黒塗りの車と冬威の間には数台の車が挟まっていた。

最後のトンネルを飛び出した冬威はバックミラーで黒塗りの車との位置を計ると短い直線でさらにスピードを上げ急カーブをクリア。


猛烈な風圧が冬威を襲う。

ヘルメットがひとつしかない状況で後ろに搭乗者を乗せるなど通常の冬威では考えられない。

しかし仮にもしそのような状況が生まれたとしても冬威の性格からいってヘルメットは搭乗者に被せるだろう。

今回冬威がその選択をしなかったのは追っ手から確実に逃げ切るために自分の視界を守るためであった。

スピードが上がった時の強烈な風圧にノーヘルでは満足に目も開けていられない。


元名のセブンイレブンを過ぎ小さなカーブを曲がると黒塗りの車から冬威のバイクが視界から消えた。

冬威はこの瞬間を逃さず急激にスピードを落とし小道を左に曲がる。

そしてすかさずアクセルを開け踏切を飛ぶように超えるとクランクが続く小道をよどみなく進む。


黒塗りの車がカーブを超えるころには国道からは全く見えない位置にまで進む。

振り切られた車は冬威のバイクを前方に追う。

なぜならその先にもブラインドカーブが存在し、直前までの車間距離から推計すると冬威たちがその先にまで進んでいると判断する方のが自然だからである。


ブラインドカーブを抜ければ『教習所か?』と言いたくなるような典型的なクランク。

国道にこのクランク状のカーブは驚愕である。


冬威の思惑通り、黒塗りの車は館山方面に向けてバイクを追い走り去って行った。


一方その頃冬威は横道にから更に住宅街に逃げ込んでいた。

もちろん袋小路ではなく普通自動車では操作に手こずる様な小道ではあるが循環可能な個所に潜んだのである。


「上手くまいたみたいだね。たぶんあのまま館山方面まで追っていくと思うから、この場合一番安全なのは…」

「さりげなく元の場所に戻る!」

後部から人差し指を立てて元気良くそう言う声が聞こえる。


「正解! じゃあ戻るよ」

「うん」

バイクは再び走り出し元来た道を引き返して行った。





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