人は生きた様にしか死ねない…だとすれば逆説的に死様も決まってくるはずだ
奈々の想い、雅樹の想い、美優の想い、そして美優を思う美夏の想い。由起は家族の冬威への想いを受け止め冬威への想いを強くする。
「お兄ちゃんなかなか起きてこないね…」
美優が心配気に二階の冬威の部屋の方を見上げて言う。
「冬威だいぶ疲れてたみたいだからな、なんでか良くわからないけど」
「たぶん冬威は今の冬威が眠っている状態の時に他の時空で活動していることが多いんじゃないかな…。つまり今、活動している冬威は常に覚醒状態に近いことになる。だから疲れているのかもしれない…まぁ別の時空で眠る場面もあるとは思うけど…」
奈々がそう言いながらやはり心配気に二階を見上げる。
「冬威…」
由起が思わずつぶやく。
「どっちにしても結局どこにいても何かしらに首突っ込んでるよ冬威は」
「だね…」
美夏と美優が妙に納得した顔をする。
そんなふたりをまじまじと見る由起。
「当たり前だけどやっぱり美夏ちゃんと美優ちゃんってそっくり…話し方が一緒だったらどっちがどっちかわからない」
由起がそう言うと双子は顔を見合わせて笑う。
そして…
「それじゃあ由起ちゃんややこしいだろうから…」
そう言うとチラリと美夏の方を見た後に自分の髪をかき上げてポニーテールにする美優。
『美優…』
美夏が何かを受け取ったかのように美優に視線を返す。
「これなら見分けがつくでしょ?」
ポニーテールの髪の毛を触りながら美優が言う。
「これならバッチリわかるよ美優ちゃん。美優ちゃんポニーテール似合う」
「美夏だって似合うよ」
そう言いながら自分もポニーテールにしようとする美夏。
「美夏~それじゃあまた一緒になっちゃうでしょ!」
「あっそっか。じゃあ美夏はツインテにしようかな」
「ツインテも可愛いよね~由起も髪が長かったらやりたいな」
「逆に美夏は由起ちゃんみたいなショートボブにしたいのに美優が反対するんだよね!」
「だって美優は…お、」
美優が何か言いかけてやめる。
「美優はあたしとピッタリおなじ、じゃないと嫌なんだよな?」
美夏が美優をフォローするように言葉をつなぐ。
「そう! だってせっかく双子なんだからさ」
「なんだよせっかくって」
美夏がそう言うと三人の女の子が一斉に笑い出した。
非日常的な会話が続く中、女の子らしい会話にホッとする奈々と雅樹。
しかしその心中は未来の冬威の事を案じていた。
由起の過去を変えたことで未来の冬威にも確実に良い影響があることを祈っていた。
ブロック宇宙論において因果律はある意味否定されているがそれでも冬威の未来を信じたかった。
暗い谷底で石ころの様に横たわっているであろう我が子。
だが未来の冬威の精神活動が極めて正常であることに一縷の望みをかけていた。
もしもその命がこと切れていたのであれば何らかの変異が観測できるはずだと。
「小っちゃい頃から可愛かったんだろうね美夏ちゃん美優ちゃん」
由起がふたりの顔を交互に見ながらため息交じりに言う。
「由起ちゃん! お兄ちゃん寝てる間にお部屋でアルバム見よ!」
美優が美夏に視線を送りながら言う。
「みたいみたい~」
「よし! じゃああたし達の部屋に行こ!」
そう言うと由起を促し二階へと向かう三人。
「冬威を起こさないようにね…」
奈々がそっと三人に言う。
「は~い」
三人一緒に返事をしながらそっと階段を上がって行く。
「冬威…大丈夫かしら…」
「大丈夫さ、夕べの話しではバイクで転倒して谷底に落ちたって話だったけど…。既に過去が変わっている。未来の冬威にも良い影響が出ているはずだよ。俺達はかつてふたりっきりで時空から隔たれた異空間に置き去りにされた。俺達は異空間から脱出するのに誰の手を借りることも出来なかった…。だが奈々とふたりで考え行動し切り抜けて今がある。あの時の俺達と違って、冬威にはたくさんの仲間がいる。それはきっと未来でも一緒だ。今の冬威の生き方がきっと未来の冬威を助けてくれる。それに未来の由起ちゃんはほぼ確定的に存在しているはずだから今のふたりの関係から派生したふたりの関係がきっと何らかの影響を与えて冬威を救ってくれる。人は生きた様にしか死ねない…だとすれば逆説的に死様も決まってくるはずだ。今の冬威に谷底で石ころの様に死んでいく様は似つかわしくないと思わないか?」
そう言うと奈々の肩にそっと手をやる雅樹。
「雅樹さん…冬威は私達の子。きっと窮地から這い出してこられるわよね?」
「大丈夫だよ、俺達が今こうして生きていることが全ての証だ。冬威は、俺達の子は必ず蘇る。現に時空を超えるなんて離れ業を繰り出して過去を変えているんだからね! きっとこの先にも、もっと信じられないことが起きるさ! その時こそ俺達親の本当の出番なんじゃないか?」
「そうね…しょげてなんかいられない。蘇った冬威はきっとまた誰かを救う為に立ち上がる。その時のために私達もね!」
夫婦は固く手を取り合った。
由起、美夏、美優の三人は双子の部屋でアルバムを見ている。
ポニーテールの美優がアルバムをひっぱり出して来る。
「由起ちゃん見て、これが赤ちゃんの時の美夏と美優~」
「かっわいい~え? この隣の男の子冬威?」
「そうそう! 冬威だよ! あたし達が生まれてからってもののまるで警備員みたいにそばにいるんだよ」
「お兄ちゃんはあたし達双子が生まれた時からずっと『妹は僕が守るっ』っていつでもそばにいてくれたの」
双子がうれしそうに昔話をする。
「そうなんだ、冬威可愛い~。でもその気持ちわかる気がする…」
「ん?」
双子が同時に反応する。
「だってふたりとも本当に可愛いもん~。由起にも妹がいるから冬威の気持ちはわかるけど…こんなに可愛い双子ちゃんならその気持ちは2倍以上だね」
「あはは、そっか! 2倍か~だから冬威いつも疲れてんだ!」
「それは美夏がお転婆だからでしょ? 美優はお兄ちゃんに心配かけるようなことしないもん!」
拗ねたような顔をする美優。
「美優はお兄ちゃんっ子だからなぁ」
美夏が茶化すと、
「美夏だって冬威冬威って引っ付いてるくせに!」
「美夏は引っ付いてなんかいないぞ! コブラツイストはかけるけど!」
「美夏ちゃんコブラツイストってなに?」
「プロレス技~」
「お兄ちゃん自分で美夏に教えてその技をかけられてんの」
あきれた様に言う美優の顔を見て皆で一斉に笑い出す。
「あっ美優、由起ちゃんのクッキー持ってくるね!」
そう言うと立ち上がり部屋を出る美優。
部屋を出る瞬間チラッと美夏を見る。
その視線に美夏も敏感に反応する。
「美夏ちゃん、美優ちゃんって冬威の事好きなんだね~」
「だね、もちろん美夏も冬威の事は好きだけど美優は冬威の帰りが遅くなったりするともう大変だよ…『お兄ちゃんに何かあったんじゃない!』とか言って」
「そうなんだ~冬威は幸せ者だね! こんなに可愛い妹に愛されて」
「それに由起ちゃんにもね」
「やだ美夏ちゃんったら~照れるよ由起」
そう言いながら美夏の肩をポンと叩く由起。
「美優遅いな…由起ちゃん、美夏トイレに行ってくるね!」
そう言うと部屋を出る美夏。
独りになった由起がアルバムを眺める。
由起の見るアルバムは美優が編纂したものの様で双子と冬威が写ったものばかりだった。
『美優ちゃん冬威の事が本当に好きなんだね…』
美優の想いが伝わってくるようだった。
「由起ちゃんごめん独りにして。美優の奴遅いな!」
美夏がトイレから帰ってくる。
「アルバム美優ちゃんが作ったの? なんだか冬威の事が大好きって伝わってくる…」
由起が呟く。
「そうだよそのアルバムは美優エディット。由起ちゃん、美優は本当に冬威の事が好きなんだよ。いっつも冬威の事心配して。だけどさ美優が冬威の事を心配するのは、冬威がそれ以上にあたし達のことを心配して守ってくれてるって知ってるからなんだけどね。由起ちゃん? どうして美優が髪の毛切りたがらないか知ってる?」
「ロングヘアーが好きだから?」
「まぁ好きは好きなんだけど、ほら美優って女の子っぽいじゃん? でも本当の理由は冬威が髪の毛が長い女の子好きだからなんだよ」
「え? そうなんだ冬威って髪の毛長い子が好きなんだ…」
そう言うとしきりに自分の髪の毛を触る由起。
「本当はね。ってそう言いながらもあいつは見た目で女の子選んだりしないから別に髪の毛が長かろうが短ろうがあんま関係ないんだけどね」
「本当に?」
引きつった顔で聴き返す由起。
「本当だよ由起ちゃん。だけどさ美優はちょっとショックだったみたい」
「美優ちゃん何がショックだったの?」
心配気な顔で聞く由起。
「冬威が連れて来たのが髪の毛の短い子で」
「そうなんだ…ガッカリさせちゃったかな…」
今度は悲し気な顔をする由起。
「そうじゃないよ由起ちゃん。冬威が髪の毛長い子が好きだって思ってこだわってたからさ」
「…」
「由起ちゃん? 冬威は美優のことを本当にナイトみたく守ってくれた。美優はそれをすごく感じていて冬威の事を頼りにしてるし冬威の為になりたいって考えてる。由起ちゃん…冬威の事をお願いね。ママが言ってたように未来の冬威を守ってね。きっとそれはあたし達じゃなくて由起ちゃんにしかできないことだと思うの。由起ちゃんおにい…冬威の事を救ってね」
由起の手を取って必死に言う。
『美…優…ちゃん?』
由起が心の中で呟く。
そして、
「うん…由起に何ができるかはわからないけど由起は冬威の為に頑張る! 由起は冬威に助けてもらってばかりだから…でも由起は冬威の為にううん、美優ちゃんや美夏ちゃんのためにも由起が出来ることを全力でするからね!」
「ありがとう由起ちゃん。由起ちゃんが未来で元気なら冬威も暗い谷底にいるみたいに生きるようなことはないって言ってた。由起ちゃん美優のためにも冬威の事をお願いね」
「美夏…ちゃんわかったよ! ふたりの大切な冬威を由起はしっかり守るからね!」
由起が美夏の肩にかかった髪を振り分けながらギュッとその両腕を握る。
「美優は由起ちゃんのことも大好き。冬威のそばにいるのが由起ちゃんで良かったって思ってる。だから由起ちゃんこれからもあたし達とも仲良くしてね」
「もちろんよ! 由起の方がお願いしたいくらい! 由起はふたりのことが大好き!」
ふたりは軽くハグをしてお互いの頭をポンポンと叩く。
「それにしても美優の奴遅いな! 由起ちゃんちょっと下に行ってみて来るね!」
そう言うと伏し目がちに部屋を出る美夏。
『美優…ちゃん…よね、今のは。ポニーテールじゃなかったけど、今のは美優ちゃん。美優ちゃんごめんね大事な冬威を取られちゃったって思ってたんだね…でも冬威は由起にとっても大切な人。由起は命がけでふたりの大切なお兄ちゃんを守るからね…』
由起は扉の向こうに消えて行った美優に誓う。
『冬威…冬威の未来を今度は由起が必ず守るからね…』
扉の外で待っていた美夏に抱きつく美優。
美夏が美優の肩を強く抱く。
そして無言で視線を交わすとお互いの髪形をチェンジする。
ポニーテールに戻った美優とポニーテールを下した美夏はしっかりと視線を合わせうなずくと再び扉を開けて部屋に入って行った。