破壊と創造の攻防 地球上の全ての命を守るために
冬威は柳瀬から未来のクライシスについて知らされる。
神の息・人の息とリンクしてきました。これで4作作品がひとつのテーマに収束してきました。
柳瀬の運転する車の中で情報の共有が成されている。
「未来を変える…そうよ私達は人類の未来を守るため、いいえ地球上の全ての命を守るために闘っているの」
「地球上の全ての命を守る…」
「そうよ、私は現時点から未来の仲間たちをバックアップしているのそして闘う相手というのが…」
柳瀬の言葉を遮って冬威が話し出す。
「さっきの柳瀬さんの話しから類推するとその相手というのがCERNの一部過激、急進的なグループとそれを支援する企業体ですね? きっと」
「その通りよ。当初は闘いなんて類のものではなく思想的論争? ううん争いとも言えない単なる議論だった様よ。単純にビッククランチがいずれもたらされるとしてその後の世界と創造主の目的は? みたいな。その議論に大きな変容をもたらしたのがCERN側に付く企業体が擁するシヴァと名付けられたAIが導き出した解なの」
「シヴァがどんな結論を導き出したんですか?」
「ビッククランチは宇宙を終焉に導き、終焉こそ創造主が求める結果だというものよ」
「確かにビックバン以降膨張し続ける宇宙が膨張しきった後にはビッククランチが訪れいずれ宇宙は一点に収束されると言う解も導き出されていますがそれが終焉を意味するとは思えません。ましてや創造主が終焉を求めているとはとても考えにくいです。僕はビッククランチのもたらす結果と創造主の最終的な目的は『全てがひとつになる』だと考えています。
「…」
柳瀬は絶句したまま車をゆっくりと路肩に止める。
車を停車させた柳瀬は冬威の手を握り言葉を発した。
「信じられない…私達の未来の仲間が擁するAIアートマンと今は人工的に仮眠状態となっているリーダーの解と冬威君の解はぴたりと符合している」
「僕には宇宙の終焉が全ての終焉を意味するとは思えないのです。むしろこの世界が始まり終わりに進んでいく中でその本来の目的が達成されていくといくとしか考えられない。およそ全ての生命活動や精神活動、社会的な移ろい、スポーツや恋愛や無機質な地質的な活動に至るまですべては『ひとつになること』に集約されているように思えてならないです」
「私達のリーダーであるセラも同様のことを言っていたわ。恋愛やスポーツのルール、各種規則や法律に至るまでその本質は『ひとつになること』なのだと…」
「宇宙全般の活動や真理がそうであるのならばそれに内在される我々の行動や思想もそれに準じて執り行われるのは至極当たり前の流れに感じます。仮に膨張する宇宙空間の中で時間の概念が伸び縮みしていたとしても内在される我々はそれを本質的に認識、観測することなど不可能。つまりそれに沿って抗わずに生きていくことが極自然なんです。というよりも認知は不可能」
「冬威君恐らく私達のリーダーであるセラは冬威君の精神活動というか思考的な活動に気が付いているわ。そしていずれ無意識の領域から冬威君にアクセスしてくるはず…」
「無意識の領域からのアクセス…ですか。楽しみです。ブロック宇宙論で言う過去現在未来が全て一揃いで既に存在していると仮定してその存在する場はどこでもなく我々の無意識の中に存在するとしか思えないのです。そこにしかこれらの空間を同時に内在させることができる場所は見当たらない。であるならばセラさんが僕にアクセスしてくるとすればやはり無意識の領域で間違いないと思います」
「無意識の領域…ユングの集合的無意識ね」
「全ての事象を破綻なく収めるとすればやはりその部分は否定できません」
「輪廻転生や仏教界で言う六道輪廻なんかもこの領域が内在しているんじゃないかなって…」
「物質的な存在や事象はむしろ万物の一面的な部分でしかないと考えています。つまり柳瀬さんが言うような六道輪廻の世界なども含めて全ては実在する。しかしそれは実は精神活動の中で具現化される極めて精神的な活動に他ならないのではないかと思っています。天国も地獄も修羅界も餓鬼界も全て人間の意志がどう働くかによって在りと在りと実体化すると言うような。つまり現実世界をどう生きるかで天国にも地獄にでもいか様にも変化し存在するといった」
「つまり天国も地獄も現実世界に内在されている…それを実体化させるのは意識がどう捉え行動に移すかって言うような類の認識?」
「極めてそれに近いと考えています。全ては意識の中に内在されている。そして生きとし生きるもの全ての意志がひとつになることこそが神や仏が求める最終形態なのではないかと。ですから終焉が目的とはとても思えないのです」
「CERNの捉える終焉は破壊によってもたらされるもの。私達は終焉を『万物がひとつになる』最終形態として捉える…」
「僕も同じように考えています。ビッククランチは『万物がひとつになる』最終形態。そして本質は意識が構成する空間に集約されると」
「冬威君…CERNは終焉こそ大いなる意志の目的と捉えている。彼らは実験により世界の終焉を人工的にもたらそうとしている」
「…」
冬威は無言になる。
「ホーキング博士をはじめ著名な物理学者たちはCERNの実験を危険視しているわ・例えばLHCの実験により「全てを飲み込むブラックホール」が発生する恐れである。CERNを取材している時に穏健派の研究者からも聞かれたんだけど統計的にヒッグス粒子があまりに不安定な為、仮に実験の中で安定状態に近づけることに成功すると、真の真空状態が生じ、より低エネルギーの真空が光速度で膨張することで宇宙全体が破壊されてしまう事態も想定できると言うの」
「…」
無言で柳瀬の話に聴き入る冬威。
「超高密度圧縮という事態も想定できるようなの。ブラックホールの生成を回避できたとしても、地球が直径100mほどの「超高密度球体」に圧縮されてしまう危険性あるというの。素粒子の1つであるクォークが超高速で衝突して崩壊することで、ストレンジレットと呼ばれる物質に自己生成するらしいんだけど、これが実際に起こった場合、全ての物質が高圧縮され、地球そのものがサッカー場程度の大きさになってしまう危険性があると言うの。幸いなことに実験はまだ成功していなくてストレンジレットはまだ検出されてはいない。だけどいつ実験に成功するかも分からないわ」
「そして、もうひとつは相転移に伴う宇宙の崩壊だと言うの。宇宙空間の真空は実際のところ「脆く、不安定」である可能性があるらしいわ。すると、大型加速器が粒子を高速で衝突させ、想像を絶する大エネルギーを発生させることで、相転移が引き起こされ、時空が切り裂かれるかもしれないというの。このレベルになると地球だけでなく、宇宙規模の惨事になるわ。CERNの実験は世界を終焉に向かわせるような危険な一面を内在している。大いなる存在の意志の成就のために終焉を自らの手で引き起こそうと謀っているのがCERNの一部過激派な様なの…」
「…」
「そして冬威君、私達には時間がないの! CERNでは昨年から大規模アップグレード工事が開始され、2026年までに従来の10倍のポテンシャルを持つ“高光度LHCが完成するわ。さらに次の構想としてCERN本体の4倍の規模を持つ超超大型加速器を2040年までに完成させることも明らかになったの。CERNは100億ドル、約1兆9百億円の予算をつぎ込み、全長27kmの現行LHCの約4倍の長さを持つ全長100kmの未来型環状衝突型加速器を建造することを予定しているわ。そして中国もLHCの後継機の建造を2021年に開始、2030年代には完成する…。私達はCERNの過激派グループをあぶりだしてこの実験が策謀にまみれたものではなく純粋に人類の進歩と繁栄のために使われる様にしなければならないわ! そのために危険な実験が人類の終焉を導き出すための手段として使用されない様に…そしてCERNの存在をきちんと見極め場合によっては秘密裏に破壊しなければならないの!」
柳瀬の説明を無言で聞いていた冬威が呟く。
「全宇宙全ての存在のために…無為な終焉を回避して輝かしい未来を手にするために…」
そこまで言うと冬威は一旦言葉を区切り天を仰いだ。
「俺は過去を変え今を変え必ず未来も変える! 未来を共に生きる由起や家族や仲間のために!」