虹のたもとには宝が埋まってるんだよ…
葵衣のお見舞いを終えて歩き出す由起と冬威。
不意に降り出した雨と雨上がりの虹。
そして冬威の前に現れた謎の女の目的は?
冬威と由起は葵衣の入院する千葉メディカルセンターを後にする。
「あれ? 雨降ってきたよ冬威」
由起が空を見上げて言う。
「ほんとだ、天気予報見てこなかったけど降り出しちゃったか…」
そう言いながらやはり空を見上げる冬威。
「こんな時のために…じゃーん折り畳み傘~」
由起はカバンをガサゴソ言わせながら傘を出す。
「おっ由起って備えが良いね! さすが気が効いてる」
「でしょ~由起って三姉妹の真ん中でしょ。上が怒られるの見て怒られないようにして、妹の面倒見てってやってるうちになんとなくね! それでさパパに『由起は本当に気が効くしし間の良い子だ』って褒められるの」
そう言いながら小さめの傘を開き冬威に渡す。
小さな傘にふたりで並んで入り歩きだす。
「間が良い子って?」
「う~んパパが言うには由起は何かにつけてタイミングが良いんだって。例えばこの日はどうしても都合が悪い、なんて時に由起に絡む行事とかが急に変更になったり…別に由起がどうこうしたわけじゃないんだけどなんだか上手く事が運ぶんだって…。由起にはパパが由起を褒めたいだけみたいに聞こえたけど」
「なんかそれわかる気がする。由起って気が利いてるもんね」
「そっかな~」
などと言いながらも上機嫌な由起。
『ん?』
大通りを蘇我駅に向かうふたりをやや離れた場所から伺うような視線を感じる冬威。
辺りを慎重に見回すが怪しい影は見当たらない。
『気のせいか…』
「どうしたの冬威きょろきょろして?」
「ん? なんでもないよ。相々傘? してるとこ見られたらちょっと照れるな、なんてね」
「なにそれ? いいじゃん別に誰に見られたって! って誰か見られたらまずい人でもいるわけ?」
そう言うと由起はことさら冬威にくっつく。
「そう言う訳じゃないけどさ‥」
『葵衣ちゃんのパターンは一度過去に起きた状況を落とし込んだ上で回避した。これなら完全に未来を変えた実感が持てる。だけど由起の場合いは‥。二度と同じことをしない様にはしたつもりだけど葵衣ちゃんのパターンと比較したら弱いかもしれない。相手の出方に期待し過ぎと言うか‥。やはり最後の最後まで油断は出来ないな』
かたわらの由起を見つめながらそんなことを考える冬威。
「どうしたの冬威そんな顔して? 蘇我駅に着いたよ?」
冬威を見上げて言う由起。
「なんでもない。由起? 家まで送るよ」
「いいの? 由起は一緒にいられる時間が長ければ長いほどうれしいけど、誰かさんは違うみたいだから〜」
そう言いながら恨めそうに冬威を見る。
「そんなことないよ。俺だって由起といる時間は大切だよ」
「ほんとに〜」
「本当だって」
「なら許す」
傘を持つ冬威の腕に顔をすり寄せる由起。
「冬威? 未来の私達ってどうなってるの?」
「えっ?」
一瞬間が空く冬威。
未来では由起と二度と逢えなくなり自分自身も暗い谷底でどうなっているのかわからない状態とは口が裂けても言えない。
「それは未来でのお楽しみ~。先のこと知ってたらワクワク感やドキドキ感が無くなるばかりか、『どうせ未来はこうなるんだから…』なんて気持ちになった日にはいきなり倦怠期がやって来て…」
冬威は語尾をわざと濁らせる。
「いきなり倦怠期がやって来てどうなるって言うの!」
むきになって言う由起。
「それはわからないけどね~」
由起のことをからかう様なしぐさでおどける冬威。
しかしその時…由起の黄金の二本指が例の如く絡みついていた冬威の腕に延びる…
「いてててててっ」
「ど・う・い・う・こ・と! って聞いてるの由起は!」
「どうにもなりません…」
「よろしい…でもまぁ無事未来も取り戻したんだし先の楽しみにするかな」
『無事未来を取り戻せた…か。本当にそうしないとな…』
冬威は脳裏によぎる不安を振りほどく様に首を振る。
「どうしたの冬威?」
「なんでもないよ」
そう言いながら笑顔を見せる。
「あれ? 雨が止んでる…」
「ほんとだ」
「冬威あれ!…虹、きれい」
由起の視線の先に雨上がりの虹がかかっていた。
雨上がりのまだ雲の多い空にぼんやりと浮かぶ虹。
ふたりは曇天に儚げに浮かぶ虹を見上げる。
「冬威? 何か良い事ありそうだね。あの虹のたもとって由起のお家の辺りじゃない?」
「ほんとだ! そっか…」
冬威が呟く。
「そっかってなに?」
「虹のたもとには宝が埋まってるんだよ…」
「どゆこと?」
「だから~あの虹のたもとには宝物があるんだって!」
「だから~ど・お・い・う・こ・と・なの?」
由起が冬威の腕をトントン叩きながら言う。
「わかんないかな~虹のたもとには本当に宝物があるんだよ! だって由起のお家には由起がいるでしょ?」
「いるけど? 当たり前じゃん!」
「由起って案外鈍いんだね? 俺にとっては由起が宝物! なんだよだから本当に虹のたもとには宝物があるってこと!」
「…もう調子のいいこと言っちゃって冬威は~」
そう言いながらも満更でもない顔をする。
「冬威…?」
由起が急に不安気な顔をする。
「どうしたの?」
「冬威は未来でどうなってるの? お母さんが言ってた…冬威はまるで谷底にいるような状態なんだって…。でも由起の未来が変わればきっと冬威の未来も救われるって、だから由起に冬威を救ってって。そしたら由起の未来が変わったから冬威の未来も大丈夫だよね? それに冬威は卯月さんや葵衣の未来も変えたんだから…」
湧き上がる直感的な不安を冬威にぶつける。
「母さんの言うように俺はまるで暗い谷底の石ころみたいになってたよ…。だけど大丈夫だよ、由起が元気でいてくれれば俺の未来も明るいさ!」
敢えて底抜けに明るく言う冬威。
「良かった…由起は冬威がいない未来なんていらないから…」
そう言うと冬威の腕にぎゅっとしがみつく。
そんな由起の頭を反対側の手で愛おしそうに包む冬威。
『俺自身の未来…谷底に落ちていく中、俺が望んだのは自分の命が救われることでもなにでもなくただただ由起に再会する事だった…。俺の願いは既に叶えられている。これ以上何も望むことはない。俺自身の未来はきっと俺自身が変えるはずだ…』
冬威は由起の温度と感触をその手の平にしっかりと感じながら深く深く刻み込んだ。
もう一度別れの時が来たとしてもその温もりを決して忘れないように…
ほどなく由起のマンションに到着する。
冬威はしっかりと由起を部屋まで送り届ける。
「冬威…またね」
「由起…いつも一緒だよ」
「いつも一緒だよ。きっとだよ冬威」
つないだ手を名残惜しそうに離す。
冬威はマンションを出て再び蘇我駅へと歩き出す。
曲がり角を曲がったところでグレーのクーペが近づいて来たかと思うと冬威のそばで停車する。
音もなくウインドウが下がり声をかけられる。
「冬威君…よね?」
「…」
無言で警戒する冬威。
「私のこと忘れた? 葵衣ちゃんだっけ? 救急車騒ぎの時…」
車の中から声をかけて来たのは葵衣のアパートの隣に住むOL風の女だった。
「あの時の…すみません印象違ったのでわかりませんでした。えっと…」
「柳瀬よ、冬威君悪いけどちょっと車に乗ってくれる?」
そう言うと助手席に座る様促す柳瀬。
「その時は本当にありがとうございました…でも車に乗れって?」
警戒する冬威。
『BMW850i?…1200万円は下らない高級車…あのアパートの住民が乗ってる車としては似つかわしくない…何者?』
「私はあなたの秘密を知っているわ…そしてそれはあなたにとっても私たちにとっても大切な事なの。ううん…私達人類にとって大切なことね! とにかくここでは話が出来ないわ。あなたのお家、房総の方なんでしょ送りながら話すからとにかく乗って」
有無を言わせない物言いと自宅の場所が把握されていることにさらに警戒する。
しかし自宅を知られている以上相手の要求を拒むことが家族に影響を与えてしまう結果になるかもしれないことにも不安を覚える冬威。
そして一番重要なのは『あなたの秘密を知っている』という点である。
自分の力を知っているとは?
自分の能力を知っている人間は極わずか。
家族と由起。
そしてどこまで本気で捉えているかは疑問だが葵衣。
この女は一体どこで自分の能力を知ったというのか。
「心配するのはもっともだわ。でも大丈夫よ! とにかく乗って。こんなところでグズグズしていて万が一やきもち妬きの由起ちゃんに見つかったら…きっと悲しむわよ~」
由起の名前を出されたことに過敏に反応する冬威。
「由起には手出ししないで下さい。あなたは俺のことをなにがしか知っているようだ。だったらわかっていると思うけど俺達は誰であろうと仲間やその周辺の人間に手出しする連中を許さない…」
冬威が物静かに女に告げる。
「天羽HRのこと? 知ってるわよ。初めは天羽ハードロックってバンドの名前かと思ったけどね」
そう言うとさも可笑しげに微笑む。
冬威は仲間たちの事までも把握している女にさらに警戒を深める。
しかし…
「大丈夫よ私たちはあなたの敵じゃない。むしろ孤独なあなたの味方よ。そして力を、今のあなたの力が必要なの…」
女の真剣な眼差しに敵意は見受けられなかった。
そして由起に危害を加えると言った類の脅威も同様に感じられなかった。
「とにかく乗って! 細かいことは走りながら話すわ。あなたは私のアパート知ってるでしょ? そしてあなたは大家さんとも顔見知り。私の身元は隠しようがないんだからそんなに警戒しないで!」
ついに柳瀬という女は運転席から下り自ら冬威を助手席に押し込んだ。
冬威は抵抗することなく柳瀬の車に乗る。
それはこの女に由起や家族、自身に対して危険であるという匂いがせず、また自分の力が必要だと言うその言葉の真意を知りたいと言う欲求に負けたからだと言ってもいい。
そして孤独な自分の仲間だともいう。
人類にとって大切な事…
冬威は女の言葉に自分自身では解釈できない大きな理由があることを感じたのである。
「ありがとう私のことを信じてくれて…」
女がゆっくりとアクセルを踏む。
ふたりを乗せた車が静かに動き出した。