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アイネクライネ 冬威と由起はかつて超えられなかった夜をふたりで超えて行った  

葵衣の未来を救った冬威と由起はふたりの未来もつなげられるのか。

葵衣を死の窮地から未来へとつないだふたりは高ぶる気持ちをぶつけあうように…


ヤフーブログ ニャーの神殿で検索してブログを見てもらえると、アイネクライネと米津玄師さんへの想いを知っていただけより物語の世界観を知ってもらえると思います。

良かったらのぞいて見て下さい^_^

「ここまでは何も異常はないわね…」

エレベーターを降りると由起が神妙な面持ちで左右を確認する。

「もう平気でしょ大丈夫だよ由起」

「ダメだよ! 由起はなんか嫌な予感がするんだよね…」

そう言うとドアを開け冬威に先に入るよう促す。


「冬威…先に入って侵入者がいないか確認して…」

「わかったけど…人がいる気配もしないけど…」

灯かりを付けるとトイレやバスを確認し部屋に進む。

その間に由起が玄関のカギをしっかりと閉めドアチェーンまでかける。


「オイオイ鍵までしっかりかけちゃったら不審者いても退避できないでしょ?」

「エヘ、そうだった…。でも冬威ならやっつけちゃうからむしろ不審者逃げない様にって」

部屋の明かりをつけるがやはり人などいない。

ベランダに面したガラス戸もきちんと閉まっている。


「大丈夫だね…誰もいないよ」

「よかった…ホッとした」

「でもそうだよな、ちょっとした違和感や嫌な予感がしたら気を付けないといけないから、由起またそんな時は遠慮なく行ってね」

「そうだよ~さっきはなんか面倒くさがったりして! ちゃんと由起を守ってもらわないと! 時間の神様が元の未来に戻そうって必死かもしれないんだからさ…って冬威がそうやって言ったんだからね!」

冬威を睨む由起。


「ごめんごめんそうだったね」

「もうっこれからはちゃんと素直に言うこと聞いてよ!」

拗ねたような顔を見せる由起。


「おっともうこんな時間! 駅まで走らなきゃ!」

腕時計を見ながら冬威が慌て部屋を出ようと体の向きを変える。

しかし冬威の服の袖をしっかり握って離さない由起。


「冬威? こんな日に女の子独りで夜を超えさせようっての? もしかしたら人が一人死んじゃったかもしれない場面に立ち合って心が不安定なのに…。そんな女の子を置き去りにしていくの?」

ことさら心細そうな顔を作る由起は、白い薄手のニットとタイトなミニスカートから伸びるしなやかな四肢をこごませ、さも不安であることを強調する。


「って葵衣ちゃん死なずに済んだんだから別に怖がる必要ないだろ?」

「そう言う問題じゃないよ! ああ言うことがあると女の子は不安なんだよ…今日は帰らないで」


「そんなわけにもいかないだろ? あっ…もう終電無理…。まぁ平出の家にでも泊めてもらうか」

腕時計を見てあきらめの表情になる冬威。

「平出君の家に泊まるくらいなら由起のところにいればいいでしょ!」

「そりゃまずいよ…。まぁ由起が納得するまではそばにいるよ…」

「…」

由起は気に入らないような顔をして無言だが再び何かを企んでいるような目をしている。


「ちょっと家に電話するね」

「あ、うん」

そう言うと冬威は自宅に電話をかけ事の経緯を伝える。

「あ、大丈夫、美優美夏にもうまく言っておいてね。じゃあ」

冬威が電話を切る。


「どうだった?」

「あ、うん大丈夫ちゃんと連絡した。あとは平出に連絡して…」

冬威が携帯で電話をしようとするが由起が阻む。


「それは後でも良いでしょ? 平出君はいつだって泊まらせてくれるだろうから」

「え? でもバイトだったらいないじゃん」

「大丈夫だよ」

強引に冬威の行動を阻む由起。

その時冬威の携帯にラインの着信音が連続して鳴る。


「どうしたの冬威? すごい勢いで着信してるよ」

由起もその様子に気が付く。

「たぶん…双子が家族ラインに連続送信してるんだよ…ほら」

そう言うと冬威が携帯の画面を見せる。


『お兄ちゃん! どうして帰って来ないの? 美優達が心配じゃないの?』

『冬威! 電車がないなら走ってでも帰って来い! 美夏なら走れるぞ!』

『お兄ちゃんご飯食べたの?』

『冬威やっぱり走って来い! そこからなら4時間もあれば走り切れるぞ美夏なら!』

『お兄ちゃんお友達の家に泊まるの? ちゃんとお布団あるの?』

『冬威! 美優があたふたするから急に泊まるとか言うな! 帰って来い!』

『お兄ちゃん明日の朝のご飯は?』

『お兄ちゃんお風呂入った?』

『お兄ちゃん変な人いない?』


「ほらね…。全く」

「本当だ…美優ちゃんすごい心配してる…」

由起がバツの悪そうな顔をする。


「いつものことだから大丈夫。今頃母さんがなだめてるよ」

「うん…冬威? お腹減らない?」

「大丈夫だよ、由起は?」

「由起もなんだか胸がいっぱいって言うかあんなことがあったから何となく気が競ってお腹減らない」

「だよね…」

「ココアでも飲もうよ冬威。今いれて来るね」

そう言うとキッチンに向かう由起。

「ありがとう由起」


ローソファーに体を預け今日一日を振り返る。

『これでまたひとつ過去の悔恨を取り返すことが出来た。葵衣ちゃんの未来が取り戻せた…未来の俺も何か変わるといいな…』

そんな事を考えながら今まで頭の片隅から離れることはなかったが心の底に押し沈めていた未来の、つまり冬威にすれば現実世界の自分に気持ちが行く。


『あの谷底に落ちたのであればただでは済まない…。しかもあの時間にあんなところを通る車なんてありやしない。俺…今頃どうなってるのかな…。まだ…死んではいない様だけど…』

そんな事を考え少し暗い気持ちになる。


「冬威? どうしたのそんな顔して…」

そんな冬威を見咎めて由起が声をかける。

「なんでもないよ由起」

薄暗い想いを振り払うように笑顔を見せる。


「ココア飲む?」

「ありがと由起」

由起が冬威のそばに座る。


「冬威なんだか思いつめたような顔してた…」

由起の顔が冬威の目前まで近づく。


「でも…冬威? 由起も今日はなんだか変な気分…。もしかしたら葵衣あのまま死んじゃう可能性だってあったんだもんね…」

そう言うとさらに冬威に近づいて行く。


「冬威…」

由起は熱い目で冬威を見つめるとその手を取って自分の胸に持っていく…

「由起?」

「由起はなんだか怖い…。葵衣の未来を取り戻せた、卯月先輩の未来も変えられた。冬威は由起の危機からも救ってくれた…」

「ああ、俺も過去の悔いを取り戻せてホッとしているよ…」

由起の胸にあてられた自分の手の所在に困惑しながら冬威が答える。


「由起は怖い…。過去の悔いを取り戻せた冬威は目的を果たして未来に帰っちゃうんじゃないかと思うと…」

「…」

由起の言葉に言葉を失う冬威。

それは冬威自身も考えていたことであった。

目的を果たした自分は自分にとっての『今』でどんな状況に在ろうとそこに帰らなければならない時が来ると。

過去での由起や妹達との生活に浸りきっていた冬威にとってもそれは辛い別れであった。


「由起はこの間不思議な体験をした…。未来の由起は今の由起の中に入って来て『もう冬威を離さないで、ずっとそばにいるのよ』って心の中で語りかけて来た。未来の由起はすごく幸せそうな顔をしていた…。今の由起と未来の由起は自然にひとつになっていた。冬威も今こんな感じなんだろうなって思ったよ…」

「そっか…由起も未来の由起を感じてたんだ…」

「冬威も?」

「ああ、未来の由起を見たよ。すごくいい顔してやわらかな光に包まれていた。俺は由起の未来を取り戻せたって確信したよ…」

「冬威?」

「ん?」

「冬威…由起のそばからいなくならないで!」

由起が思いつめた顔で言う。


「由起? 俺はいつだってそばにいるよ」

「そうじゃない! 冬威に未来に帰って欲しくないの…」

「無理言うなよ…今の俺だっているんだよ? 由起のそばには必ず俺がいる。未来の由起にもそれが伝わった。俺達の未来はもう取り戻されているよ」

「わかってる! だけど…由起は冬威と離れたくない…」


「由起? ちゃんと理解してる? 俺達はひとつだ。俺も由起も未来で必ずつながっているんだ」

「…」

今度は由起が言葉を失う。

理性ではわかっていても感情は違うところにあるのだ。


「冬威…」

由起は胸にあてた冬威の手を強く押し付ける。

「だったら元の世界に帰る前に…由起に冬威を残して…」

由起が唇を寄せてくる。

ふたりの唇が再び重なった。


「冬威…由起は…初めてじゃないから、気にしないで…来て…」

おずおずと言うとかたわらに置いてあった照明のリモコンを操作して部屋の灯かりを落とす。

窓から入り込む街灯の光だけがぼんやりとふたりを映し出す。


「由起…」

理性で抑えていた冬威の由起への気持ちが解かれていくのがわかった。

冬威は由起を強く抱きしめた。


しかし次の瞬間由起の体がギュッと固く閉ざされるのを冬威は見逃さなかった。

そして由起の耳元にそっと唇を寄せる。


「由起? 初めてじゃないなんて嘘だね?」

「…」

由起は無言のままゆっくりとうなずき冬威から顔を背ける。


「良かった…安心したよ」

そう言うと冬威は、ゆっくりと由起の体を離した。

「どうして止めるの?」

由起が不安気に言う。


「由起が初めてだからめんどくさくなったの?」

「そんなわけないだろう?」

そう言うと冬威は由起の頬を両手でそっと覆う。


「由起? 俺は本当に由起のことが愛おしい。俺が未来から由起の元へ飛んできたことが全てを証明している。普通の愛情じゃあそんなこと起こり得るわけないだろう? 聞いたことある? そんな話?」

「…」

小さく首を横に振る由起。


「だろ? 未来の俺にとって由起との最後の思い出は由起の作ってくれた弁当を食べたところまでだ。その後ふたり一緒の未来は無かった」

由起は冬威に両頬を優しく包まれながらうっとりとした目で聴き入る。


「だけど今、俺達はこうしてふたりで過ごしている。俺達の未来はつながった」

そう言うと愛おしそうに由起の首元に口づけ耳元に向けて愛撫する。

由起の髪をまさぐりながらゆっくりと呼吸する冬威。

由起の体からにじみ出てくる匂いを味わうように吸い込む。


由起は目を閉じその愛撫に応える。

「由起は俺のものだ。これから先ずっと…。由起?」

「はい…」

「俺が未来に帰っても誰にも指一本触れさせるなよ?」

冬威が荒々しく言う。

その指は由起の髪を優しくまさぐっていた。

由起は瞳を細めゆっくりとうなずく。


「由起、愛している…とても言葉では言い尽くせない。体のやり取りなんかじゃ伝えようもないくらいにどうしようもなく愛している…。俺達は奇跡だ、俺は俺と由起の未来を切り開いた。俺達は特別な『ふたり』なんだ…」

冬威は由起を力強く抱きしめ抱え上げるとそっとベッドに横たえる。

由起は全てをまかせるように身を委ねていた。

その顔には何の不安もなく安らかな笑みがたたえられている。

冬威は由起のそばに横たわりゆっくりと唇を由起の上に重ねた。


ふたりに言葉はいらなくなっていた。

安堵の中でしっかりと手を繋ぎ安らかな眠りがふたりを夢に誘うまで、見つめ合い何度も唇を重ね合った。

いつしか深い幸福感に包まれながら、ひとつになって眠りに落ちるふたり。

朝が再びふたりを照らすまで、時が止まったかのようにひとつになる。


冬威の腕に抱かれた由起は幸福そのものであるかのように至福の微笑みを浮かべ続けていた。

冬威もまた由起を腕に抱き刹那に最上の時を深く刻み込んでいた。


冬威と由起はかつて超えられなかった夜をふたりで超えて行った。

ふたりの未来は今確実につながろうとしていた。






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