冬威…由起は今、ちょっと嫌な女の子だよ…
冬威と由紀は、葵衣の未来を救えるのか?
そしてふたりの未来は…
「葵衣ちゃんの死亡推定時間というか意識が無くなったのは、だいたい20:30分頃だと思う」
「どうしてわかるの? 警察に聞いたとか?」
由起作った簡単な料理を頬張りりながら冬威が言う。
「あっ子ちゃんが葵衣ちゃんにラインして返信があったのが20:00、その後もう一度ラインして返信がなくてライン通話しても着信がなかったのが20:30だったみたい。だから意識が亡くなったのがだいたい20:30だと思って間違いないと思うんだ。あっ子ちゃん初めのラインで特に変わった様子がなかったから電話に出なくても気に留めなかったみたいだけど、すごく落ち込んでたよ…」
「そうだったんだ…あっ子ちゃんの気持ちわかる…。自分がも少し心配していればもしかして死なずに済んだかもって考えちゃうもんね」
「そうだね、葵衣ちゃんの死亡が確認されてからあっ子ちゃん随分落ち込んでたよ。俺も責任感じてる」
冬威が気まずそうに言う。
「どうして冬威が責任感じるわけ?」
気に入らないという感情をありありと込める由起。
「葵衣ちゃんが亡くなった日の午後、つまり今日の午後葛西と葵衣ちゃんの事を話したんだ。そしたら葛西、あっ子ちゃんのアパートに帰ってからそのこと話ししたらしくてさ、気になったあっ子ちゃんが連絡したみたい」
冬威の話を聞いて機嫌を直す由起。
「そっか、そう言う事か…。でも…あっ子ちゃん良いな…」
思わせぶりに由紀が言う。
「何が?」
「だって葛西君とあっ子ちゃんって一緒に住んでるんでしょ?」
「まぁ葛西があっ子ちゃんのアパートに転がり込んでるみたいな感じだよね」
「ふ~ん…葛西君ってちょっと強引な感じがするから由起は苦手だけど…彼女と一緒に住んじゃうなんて男らしい感じ…。誰かさんにも少しは見習って欲しいなぁ~。冬威? 由起の料理おいしい?」
そう言いながら上目遣いで冬威をちらと見る。
「由起の料理は最高においしいよ! 手早く作るよね由起って! でもさ半同棲だよ? それって男らしいって言うの? なんか違くない?」
「…うらやましいってこと!」
「何が?」
「もうっ冬威は鈍いな! 好きな人といつも一緒に居られたらうれしいでしょ?」
「そっかな…」
とぼける冬威。
「そっかな? そっかなってどういうことよ? 冬威は由起といつも一緒に居たいって思わないの? 由起の料理毎日食べたくないってこと?」
語彙を強め問い詰める。
「別にそんなこと言ってないって…由起の料理は毎日でも食べたいけど…」
そう言うと自分のわきのあたりを守るようにかばう。
そんな冬威を追い詰めるように由起が身体を寄せて言う。
「ど・う・な・の?」
「どうなのって…?」
「由起といつも一緒に居たいでしょ?」
そう言いながら冬威の二の腕を2本の指で軽くつまむ。
その動作に瞬間的に反応する冬威。
「はいっ! いつも常に一緒に居たいなぁ~未来永劫~」
「なんか調子いい感じだけど…まぁいいでしょう」
横目で冬威を見ると二の腕の指を解除する。
冬威がちらりと腕時計を見る。
『20:15か…1回目のあっ子ちゃんのラインは既読になっている頃か…そろそろ葵衣ちゃんの家に向かうかな』
「由起、そろそろ葵衣ちゃんの家に向かおうか」
そう言うと由起を促して立ち上がる。
「うん、急ごう。でもここからだったら葵衣の家はすぐだよ。由起も何回か行ったことあるし」
冬威と由紀が連れ立って外に出る。
「冬威?」
冬威の腕に絡みつきながら歩く由起。
「なに?」
「やっぱり冬威が言う様に葵衣にいきなり『アルコールと睡眠薬一緒に飲んじゃダメだよ?』なんて言ったら『なんで葵衣が睡眠薬飲んでるなんて知ってるの?』って不審がられちゃうよね?」
「たぶんね。仮に一般論としてそんな話しをしてもきっと真意はわかってもらえないだろうからやっぱり起きた現象から身をもって感じてもらうしかない。そうすれば二度と同じことは繰り返さないからね。だから絶対に葵衣ちゃんを救い出す!」
「死ななくてよかった葵衣の命を守らなきゃ!」
「由起、葵衣ちゃんの未来を取り戻そう!」
「そして冬威と由紀の未来もね!」
「そうだ由起、葵衣ちゃんにラインしておいて。そうだな『ドイツ語のノート見せて欲しい』ってな感じで」
「どうして?」
「いや、後になってさ『どうして由起が葵衣の家に来たの?』なんて不審がられないようにさ」
「なるほどね! 葵衣の家に言った根拠を残すってわけね」
「それに今ラインして既読になるようならもう少し時間を空けないとね」
「了解! 『葵衣お願いドイツ語のノート写させて。今から行くね』っと送信…。送ったよ冬威」
「既読になった?」
「う~ん…ならない」
携帯を見つめる由起。
「そっか…なんか複雑な気分だね…今更だけど、俺達には葵衣ちゃんが薬飲む前に止める事だってできたんだからね…」
「そうだね…。でも葵衣に確実な未来を戻させるためなら必要悪だよ冬威! 自信をもって葵衣の未来を取り戻そう!」
そう言うと握っている冬威の腕を強くつかむ。
「そうだね。っと時間20:25」
「葵衣の家もうすぐだよ」
大通りから少し入ったところに葵衣のアパートがある。
「あのアパートの2階…。明かりついてるね」
由起が指示した部屋には明かりが煌々と灯っている。
ふたりは刻々と迫るその時に向かって葵衣のアパートに進み葵衣の部屋の前に着く。
「ジャスト20:30.由起行こうか!」
冬威がそう言うと由起は葵衣の部屋のインターフォンを押す。
無反応。
部屋の中の音を探るが静寂が続く…。
「冬威、反応ないね…」
「薬が効いて意識がなくなっているんだ。念のためドアも叩いて呼び掛けてみよう」
冬威の指示で由起がドアをたたき葵衣を呼ぶ。
「葵衣? 葵衣? 由起だよ! 居る? 葵衣!」
その声に隣人が反応する。
「どうしたの?」
隣の部屋から出てきたOL風の女性が二人に声をかける。
「ごめんなさいうるさくして。友達の家に来たんですけど部屋に明かりはついていて中には居るようなんですけど応答がなくって…」
そう言うと隣人は扉を開けて葵衣の部屋の前までくる。
「インターフォンカメラ付きだからあなたの事知ってれば開けるわよね。お風呂とかトイレに入ってればここって反対側の小窓がそうだから明かりがついてるはずだけど、ここに来るとき明かりついてるの見えた?」
「いえ、私の家からここに来るにはちょうど反対側から歩いてくるんですけど部屋の明かり以外にはついていませんでした」
由起が見てきたままを伝える。
「おかしいわね…仮に寝ちゃったっていっても隣の部屋の私が気が付いて出てくるくらいだから普通気が付くはずよね?」
「すみませんうるさくしちゃって」
冬威が頭を下げる。
「ううん別に嫌味で言ったわけじゃないのよ。ちょっと心配ね。このアパートの大家さんすぐそこに住んでるから事情を話してみましょう。私も一緒に行ってあげる」
「すみません。ご迷惑おかけします」
冬威と由紀が一緒に頭を下げる。
「いいのよ、私にしたって隣の部屋で何かあったら嫌だもの」
そう言うと大家の家に案内をしてくれる。
アパートからほんのすぐそばの大家の自宅のインターフォンを押す。
「こんばんはどなたですか」
「すみません遅くに、201号室の柳瀬です。大家さん隣の女の子の様子がおかしいんです。ちょっと様子見てもらえますか」
「そりゃ大変だね。すぐに行くよ」
そう言うとバタバタと廊下を歩く音がする。
「柳瀬さん、どういうことだい。隣は学生さんだったよね?」
「そうなんです。お友達が訪ねてきて来たんですけど中には居る様子なんですけど応答がないんです。確かに部屋には居るはずです。私が返ってきた時にちょうど彼女も帰宅してましたから」
「そうかい、じゃあ何かあってもいけない。ちょっと確かめてみないとね…」
そう言いながら表に出てくる年配の女性。
「あれ? おばちゃん?」
年配の女性の顔が玄関の街頭で照らされた瞬間冬威が小さく呟く。
「おや? 冬威君かい? 冬威君のお友達の事だったのかい」
「おばちゃん俺の同級生の子なんだよ」
「そうかい、冬威君の友達じゃあなおさらほっとけないね。急ごうか」
「冬威? なんで大家さんのこと知ってるの?」
由起が小声で言う。
「だっておばちゃん学校のお掃除してくれてるじゃん」
「冬威君とは顔なじみだもんねぇ」
大家さんが微笑みながら言う。
「おばちゃんアパートのオーナーだったんだ! すごいね!」
「すごくなんかないよ、前は畑だったんだけど不動産屋がアパート建てろ建てろってしつこく言うから建てたんだけど畑つぶしちゃってやることなくなっちゃったから冬威君の学校の掃除の仕事に行ってるんだよ」
「そうだったんだ~。でもおばちゃんが大家さんでよかった!」
「そうだね~おばちゃんも冬威君のお友達の事となれば本気にならないとねぇ」
そう言いながらアパートの階段を難儀そうに上がる大家さん。
「おばちゃんありがとう!」
大家はもう一度インターフォンを押しドアを叩き葵衣に呼びかけるがやはり無反応。
「こりゃあやっぱりちょっとおかしいね…。この子は群馬の子だったよね? 親御さんの為にも様子を見てやらんとね」
そう言うとマスターキーで部屋を開ける。
「葵衣?」
ドアが開くなり大家の背中越しに声をかける由起。
しかしやはり応答はない。
部屋に歩を進める大家。
そのあとを由起続く。
「冬威はまだそこにいて!」
由起が葵衣の事を気遣い冬威を玄関先で待たせる。
部屋に入った大家と由紀が目にしたのは、ワンルームのローテーブルに置かれた赤ワインのボトルとグラス、薬袋そして座椅子からだらりと崩れ落ちフローリングの床に横たわる葵衣の姿であった。
「葵衣!」
由起が葵衣の側に駆け寄る。
「おやおや大変だ。具合が悪かったんだね」
「冬威! 早く来て葵衣息していない!」
由起の叫び声を聴いて冬威が部屋になだれ込む。
「由起どいて!」
冬威は葵衣をフローリングの床に横にすると口元に耳を持っていき呼吸を確認する。
『呼吸していない…』
そしてローテーブルの上に視線をやり薬の袋を確認する。
『赤ワイン…もうほとんど飲み切っちゃってる。薬! やっぱりマイスリー錠か、3錠分飲み殻がある』
「由起ちょっとあの座布団? こっちに持ってきて」
冬威が部屋の隅にある座布団を持ってくるよう指示する。
「はいっ」
由起は素早く指示に従い座布団を冬威に渡す。
受け取った座布団を葵衣の頭の後ろに敷く冬威。
「おばちゃん呼吸していない。由起救急車呼んで! おばちゃんここの住所この子に教えてあげて。由起、救急と連絡繋がったらハンドフリーにして俺が話をできるようにして!」
「ハイっ」
由起は真っ青な顔をしながらも気丈に返事をし冬威の指示に従う。
「冬威君この子大丈夫かね? 親御さんにも連絡した方が良いよね」
「おばちゃん大丈夫! 何とかするよ! でも…そうだね入院はすることになるだろうから親に連絡して入院先がわかったら再度連絡するって伝えた方が良いよ」
「冬威君わかったよ」
そう言うと大家は由起に住所をメモで残し母屋に戻る。
「大丈夫なの? 隣の部屋の女が玄関先から心配そうに言う。
「大丈夫です! 今救急車呼んだので出来たら救急隊員をここまで誘導してもらえたら助かります!」
「わかったわ」
そう言うと女は通りに向かって行った。
冬威は葵衣に心臓マッサージを始める。
葵衣はTシャツにホットパンツと薄着であった為そのまま心臓マッサージに移行した。
その間由起は救急車要請の電話をする。
「はい住所は…。症状については今対応しているものに代わります…」
そう言うと携帯をハンドフリーにして冬威の側に持ってくる。
「患者は19歳女性です。赤ワイン750mlをほとんど飲み切った上でマイスリー錠を3錠服薬しているようで呼吸停止。現在心臓マッサージをしていますが呼吸はまだ戻っていません」
状況を端的に説明する冬威。
「そのまま心臓マッサージを続けてください。10分ほどで到着できる予定です。家族はいますか?」
電話越しに救急隊員が指示を出す。
「いません、群馬県出身で独り暮らしの学生です。現在大家さんから家族に連絡してもらっています」
「痙攣等は見られますか?」
「痙攣はなく意識消失です。呼吸戻りません」
冬威が必死に蘇生術を施す。
「由起! 携帯そのままテーブルに置いて大家さんに家族と連絡取れたか確認して」
「わかった!」
そう言うと由起が部屋から飛び出していく。
「そのまま心臓マッサージを続けて下さい。人工呼吸できるようでしたら対応お願いします」
「了解しました」
冬威は葵衣の頭部を後ろに引き顎を上げて気道を確保する。
そして心臓マッサージをしていた手を止めるとと葵衣の唇を自身の唇で覆いゆっくりと2回息を吹き込む。
そして再び葵衣の右胸のあたりを垂直に素早くに圧迫する。
「1、2、3、4…」
声を出しながら必死に心臓マッサージを続ける冬威の額には玉のような汗が噴き出していた。
そして30を数えると再び2回息を吹き込みその後葵衣の口元に耳を寄せる。
『ダメだ…呼吸が戻らない…。もう1回、あきらめるな冬威、葵衣ちゃん頑張れ!』
そう心の中でつぶやくと再び胸部の圧迫に入る前に葵衣の耳元に力強く声をかける。
「葵衣ちゃん! 葵衣ちゃん! しっかりしろ! 絶対助けてやるから頑張れ! 俺は今度は葵衣ちゃんの未来を守るから! 葵衣ちゃんの未来を取り戻すから!」
冬威の声に葵衣の閉じられた眼がピクリと反応する。
『反応があった! いける!』
冬威が再びマッサージを開始する。
「1,2,3,4,5…」
30回の圧迫の後再び呼吸を吹き込む。
必死に蘇生術を施す冬威にはサイレンの音は耳に届いていなかったが2度目の人工呼吸を開始したころバタバタと足音がして由起の声が飛び込んでくる。
大家の家からアパートに向かう寸前に到着した救急隊員を隣の女に代わって由起が誘導していた。
「ここです! この部屋です!」
そう言うと救急隊員をいざない部屋に飛び込んでくる由起。
「あっ…」
由起が小さく叫んだ。
由起の目に葵衣に息を吹き込む冬威が映る。
しかし葵衣の口元に耳を寄せ呼吸音を確認している冬威には由起の姿は映らない。
葵衣は冬威の懸命の蘇生術が功を奏し、ごく弱くではあるが自発呼吸を取り戻していた。
そこに飛び込んでくる救急隊員。
「自発呼吸微弱ながら再開しました。患者は赤ワイン約750mlを飲んだ後マイスリー錠3錠服薬し呼吸障害を起こしたようです」
冬威が状況を駆け付けた隊員に伝える。
救急隊員は葵衣の口元に耳を当て脈拍を確認する。
別の隊員は血圧計で計測をし始める。
「呼吸微弱ながら再開。脈拍取れます」
「血圧上昇中。顔に血色戻っています」
「タンカお願いします。すぐに搬送します。酸素ボンベ準備」
「君が状況説明と蘇生術をしてくれたのかい?」
救急隊員が冬威に声をかける。
「はい」
「おかげで自発呼吸が戻ったようだね。あとは任せて。お疲れさん! 的確な蘇生術の施行だったね」
「教習所での講習が役に立って良かったです」
そう言うと部屋の隅に移り救急隊員の対応を頼もしく見つめる冬威。
その傍らに座り葵衣の様子を心配気に見ながら、冬威の肩をぎゅっとつかむ由起。
汗だくの冬威に気が付いた由起はポケットからハンドタオルを取り出して汗をぬぐう。
「ありがとう由起」
無言で冬威の方に頭をのせる由起。
「誰か一緒に救急車に乗ってくれる方はいますか?」
救急隊員の問いかけに葵衣の親との連絡を終え部屋に到着した大家が答える。
「親御さんと連絡が取れました。群馬から千葉に来るまでの間は大家である私が付き添います」
「おばちゃん大丈夫なの?」
「冬威君大丈夫よ。おばちゃんも携帯持っていくから。帰りは息子が迎えに来ることになってる。親御さんが来るまではおばちゃんが責任もってそばにいるよ。大家だからね」
冬威の側に近寄りそう言う大家。
「冬威君ありがとう。おかげで親御さんからの大切なお預かり者の娘さんの命が救えたよ」
大家は冬威に礼を言うと部屋の鍵を閉め救急隊員と共に救急車に乗り込んで行った。
救急車が通りに出ていくのを見守る冬威と由紀と隣の部屋の女。
サイレンがけたたましく、しかし頼もしく響き渡る。
冬威と由紀の耳には、葵衣の復活を高々と知らしめるファンファーレのように聞こえていた。
「声をかけて下さって本当にありがとうございました。おかげで友達の命を救えました」
冬威が隣の部屋の女に礼を言う。
「私は何もしていないわ。でもよかったお友達の命が助かって。それに私だって隣で若い女の子が亡くなるなんて怖いもの。こっちこそ助かったわありがとう。あなたの彼氏? 頼もしいね。うらやましいな、こんな彼氏だったらきっとあなたの事を何があっても守ってくれるわね」
そう言うと由起の肩をポンポンと軽く叩いた。
「じゃあね! 彼氏と仲良くね! 自慢できる最高の、あ・な・た・の彼氏よ」
「はい…ありがとうございます」
そんな女の言葉に複雑な笑みを浮かべながらも頭を下げて礼を言う由起。
蘇生術を施してる冬威の姿を目の当たりにした時の由起の小さな叫び声と複雑な表情を垣間見ていた女の気遣いであることが由起にはわかっていたのである。
女が部屋に戻ると冬威と由紀のふたりだけが取り残された。
「葵衣の未来…取り戻せたね…」
由起がぽつりとつぶやく。
その肩にどこか寂し気な雰囲気を漂わせているのが冬威にもわかった。
「本当によかった…葵衣ちゃんの未来が変わるね。おっともう21:30…か遅くなっちゃったね。おうちに帰ろう由起」
そう言うと由起の手を握りゆっくりと歩きだす。
「冬威…由起は今、ちょっと嫌な女の子だよ…」
由起は冬威の手を握り返すことなく弱々しく言う。
「どうしたの由起? 葵衣ちゃんの命を救えたのに元気ないよ?」
「…」
無言で返す由起。
そのまま無言で歩くふたり。
元気のない由起の様子に気が気でない冬威であったがどう声をかけて良いかわからずしばしの沈黙。
だがそんな沈黙にたまらず由起の横顔に視線を向けるとその瞳にきらりと輝く光の粒を見た。
「どうしたの? 由起?」
街灯の前まで来ると立ち止まり心配気に由起の顔を覗き込む。
その瞬間、由起の唇が冬威の唇に重なった。
由起は力なく握られるがままになっていた手のひらを振り払うと強く強く冬威を抱きしめた。
冬威もそれに応えるように、しかしそっと優しく由起を抱き寄せる。
時間が止まったかの様に重なり合って動かないふたり。
ぼんやりと優しい灯りがふたりをそっと照らし包んでいた。