ふたり一緒の未来じゃなきゃ嫌なの…
葵衣の死因について検証する冬威と由起。
葵衣を救い冬威と由起の未来を変えられるか?
「それはね、葵衣ちゃんは死のうなんて思ってなかったってこと。結果的に死に至ってしまっただけで」
冬威が傍らの由起に伝える。
「自殺じゃなかったってことでしょ? じゃあなんで葵衣は死んじゃったの?」
冬威の方に体ごと向いて問いかける。
「不眠症になっていた葵衣ちゃんはお医者さんから睡眠導入剤を処方されていた。そして就寝前にそれを服用していた。一方飲酒についても多量ではなかったとしても日常化していた。さっきも言ったけどマイスリーの致死量は3000錠から4000錠。普通医者で処方されるのは28日分が限界だから例えば100錠を一気に飲むにしたって4ヶ月くらい薬をため込まなきゃならない。仮に複数の医療機関を渡り歩いて処方してもらうとしたって4か所の医療機関で1ヶ月100錠程度。葵衣ちゃんは入学してしばらくしてから地元の彼氏と別れたわけだから…」
冬威の言葉を継いで由起が類推する。
「彼と別れて約1ヶ月…4か所の医療機関を渡り歩いても100錠が精一杯。致死量には遠く及ばないよね冬威?」
「その通りだよ由起。それに100錠一気に飲んだって普通は死なない様に製薬会社も考えてるってさ。吐き気や嘔吐で苦しむのが落ちみたいな。でも例外はいつだってある。それが飲酒と並行して服薬した場合だよ。このケースにしても死につながるのはかなりレアだとは思うけど飲酒後にマイスリーを服薬して死亡した事例はある。この時は遺族が保険会社に対して普通傷害保険契約に基づき死亡保険金の請求したんだけど裁判の結果は遺族が勝ち。つまりは飲酒後のマイスリー服薬による事故死が認められたんだよ」
「お酒と一緒に睡眠薬飲むと死んじゃうの?」
「いろんなケースがある。ゾルピデムっていう睡眠導入剤を30錠とプロチペンジルって薬物をアルコールと一緒に服薬して呼吸停止になった事例もあるみたいだけどこのケースではその後意識は回復している。反対に致死量とは程遠い3錠プラスアルコール摂取で相乗効果によりマイスリーの効能が異常に強く発生して呼吸停止に至って死亡したケースもある。致死量とは程遠いって言っても本来は一回の服用は二分の1錠から1錠みたいなんだけどさ」
「つまり葵衣はお酒を飲んだ後に睡眠薬を飲んで息が出来なくなって死んじゃったってこと?」
由起が要約する。
「恐らくそうだと思う…。当然医師から処方された時に飲酒との併用は禁忌だって説明は受けているはずだけど、きっと葵衣ちゃんはそれ以前にも何回か睡眠導入剤と飲酒を併用したことがあったんだろうね。でもその時はなんでもなかった。なんでもなかったって言う経験が段々と危機感を薄れさせて…」
「今夜も何も起こらないだろうって言う感じでお酒と睡眠薬を飲んで…」
由起が最後の言葉を嫌う。
「恐らくアルコール摂取後にマイスリーを服薬、薬の効果が異常に発生して呼吸障害を起こして死亡…って言うのが真相だと思う」
「葵衣は死ぬつもりなんてなかった…」
「そうだと思う。日常的な飲酒と睡眠導入剤の服用が感覚をマヒさせてしまった上にたぶん飲み続けた結果睡眠導入剤の効果も実感できなくなってきていたり、それからアルコールが入ったせいで気が大きくなっていて『薬、効かないから少し多めに飲んだって大丈夫よね』とか誤った判断をしてしまったのかもしれない。その結果呼吸停止状態に陥ったと言うのが本当のところだと思う」
「じゃあそれを教えてあげれば…」
至極全うなことを言う由起の言葉を冬威が遮る。
「たぶん…それじゃあダメだと思う。普通で行けばそれが一番良い解決策。葵衣ちゃんも何も苦しまないよ。だけどそれだと『は? 何言ってんのあんたに何がわかるの? 私のことは私が一番わかってる』とか、表面上はわかったふりしてくれると思うけどたぶん実感してくれない。それからもう一点の不安は…これは由起や卯月先輩にも当てはまると思うんだけど…」
今度は冬威が言葉に詰まる。
「由起や卯月さんにも当てはまるって?」
自分の名が挙がったことで当然他人ごとではない由起。
「つまり時を司る意志みたいな機能があったとして、起こったことの根本的なエッセンスがきちんと解消されない場合結局その事象は一旦は回避できたとしても結局元の結果に収束していく…みたいな」
「つまり元を断たなきゃ結局元通りの結論になっちゃうってこと?」
他人事ではない顔をする由起。
「そうなる可能性も否めないってこと。だから油断しないでね。俺も絶対油断しない!」
冬威の表情が変わる。
「冬威…由起怖いよ」
心細そうに冬威にもたれかかる。
「あらゆる可能性を仮定して対抗しよう。だから前にも言ったけどちょっとでも違和感があったらすぐに連絡ね!」
冬威が片目をつぶりながらわざと軽く言う。
「うん…冬威…由起は絶対に元の未来に戻るのは嫌っ! 由起のことだけじゃなくて冬威の事も含めて、ふたり一緒の未来じゃなきゃ嫌なの…」
「大丈夫だよ俺は命に替えても由起を守る」
「命に替えてじゃダメでしょ! 由起と冬威は一緒にいなきゃだめなの!」
その言葉に突き動かされる様に由起を抱き寄せる冬威。
ふたりはひとつになって未来を見据えていた。