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葵衣の憂鬱 出会いの奇跡を信じて

冬威は再びタイムトラベルを試みていた。

葵衣との過去での再会。

再び訪れ巡り合った葵衣は今度も確信的なことを冬威に告げることはなかった。

一見なんでもない級友同志の会話の中に葵衣の深い悲しみが隠されていた。

冬威は葵衣に何を見ているのか…

「冬威はいつも元気良いね」

少し寂し気な表情を浮かべながら小さく呟くと長い髪の毛を掻き分ける。


学生達のにぎわう声にかき消されそうな小さなつぶやきを冬威は聴き逃さなかった。

校門近くの大きな木の下にちょっとした座れるスペースがある。

そこにたたずみ寂し気に呟く女の子の横に冬威が座る。


葵衣あおいちゃんどうしたの? なんか暗いね」

小柄で可愛らしい顔をしているが凛としてどこか威厳すら感じられる葵衣。


「別になんでもないけどさ‥冬威はいつも元気だなってさ。だけど冬威どうしてゼミの飲み会とかあんまり来ないの? それに独りでいること多いよね? 冬威は寂しくないの?」

そう話す葵衣の横顔はどことなく影を落としていた。


「あははっ、俺ってボッチに見られてるんだ。まぁ別に良いけど。もうそろそろいい歳になるしさ、独りでもちゃんと立っていられなくちゃなって、思ってるんだけどさ」

そう話しながらさりげなく腕時計に目を落とす。


自室で横になっていた冬威は、再び時空を超えていた。

自身に不意に身についた時空を超える能力がいつまで機能するのか常に懐疑的であった冬威は一刻も早く為すべきを成したかったのである。


『201x年5月10日15時30分‥時間的にはちょうどだ‥場所も会話の内容も初めの部分は当時のまま。ズレは感じられない』


「独りでも立っていられる様に‥か。葵衣も頑張んなきゃね」

そう言うと無理に笑顔を見せる。


「葵衣ちゃん? 独りで踏ん張るのも大事だけど、辛いことがあれば誰かに寄りかかったって良いと思うよ」

「冬威? なんか葵衣のこと知ってるの?」

葵衣が戸惑いの表情を見せる。


「俺はなんも知らないよ。だけど葵衣ちゃんなんか悩んでるみたいな顔してたからさ」

「そっか‥葵衣そんな顔してたんだ‥」


『葵衣ちゃん‥俺はなんの力にもなってあげられなかった。今回もまた葵衣ちゃんの苦しみを聴いてあげられそうもないね。だけど今度は前回とは違う。俺は葵衣ちゃんの力にきっとなれるはずだ』

冬威は葵衣の顔を見つめながら思う。


「冬威?」

「なあに葵衣ちゃん?」


「葵衣もちゃんと独りで立っていられる様になれるかな?」

口元に美しい笑みを浮かべつつどこか悲し気に言う。


「葵衣ちゃんなら大丈夫。それにね、独りで立ってなんて言ったけど本当は違う。独りで踏ん張って立っていたって本当は家族や友達や周りの人達に支えられて立っているんだよ。結局は人は独りでは立ってなんかいない。独りでって言うのは精神論の話だよ。葵衣ちゃん? 葵衣ちゃんだって独りじゃない。なんかあったら力になるから遠慮なく言ってよ」

努めて明るく、だが真剣な面持ちで言う。


「ありがとう冬威。じゃあ冬威に寄りかかっちゃおうかな」

無邪気な笑顔を見せて冬威に、体を預ける葵衣。

「そうだよ、いくらでも寄りかかっていいんだよ? こうしてこの学校で出会って同じ基礎ゼミにいる、『袖振り合うも他生の縁』だよ」



「葵衣それ知ってる! こうして巡り会うのは前世でも何か関わり合いがあったってやつだよね」

葵衣の顔が少し明るくなる。

「そうそう! そうやって考えると今周りにいる人との関係が違って見えてくるでしょ? 時空を超えてまたここで巡ってるんだからほとんど奇跡だよ」


「うん‥そうだよね。今こうして出会えた人との縁って本当に奇跡だよね、いろんなことあるけどね‥」

葵衣が含みを持たせて言う。

「葵衣ちゃん? 生きてるといろんなことあるよね? 良い事も悪い事も。でもさ、俺はいつも良い事があるように願ってる」


「良い事があるように願う?」

「そう! 良い『願い事』をしていればきっと良い事があるさ!」

「プッ冬威って能天気だね」

無邪気な冬威を見て葵衣が笑う。


「そうだよ葵衣ちゃん! 能天気能天気! 人生これ塞翁が馬だよ!」

「‥塞翁が馬か‥」

葵衣が呟く。


「何が幸運で何が不幸だったかなんて人生の途中じゃわからないよ、今の不幸が幸運につながったり逆だってある! 後になって見なけりゃわからない事が沢山あるさ。だとすれば若い俺たちには時間も武器だよ」

「時間も武器って?」


「時間が過ぎれば解決する問題も沢山あるってこことさ。後になって、あぁ、あの時は辛かったけどあれがあったから真実を手に入れられた! っとかね」

「真実を手に入れる‥」

葵衣がまた呟く。


「冬威、ありがとう。なんか少し元気が出てきたよ。‥冬威ってなんか変わってるよねやっぱ。じゃね」

そう言うと冬威に手を振り学校を後にする葵衣。

「じゃね、葵衣ちゃん」冬威も手を振る。


『あの時もこんな感じで別れた。会話の内容は前回とは全然違うけど、こんなんで何かが変わるとは思えない。前の時は当たり障りの無い話をして別れてしまった‥なんとなく元気のない事は感じてたのに‥』

葵衣が去った後も物思いに耽る冬威。


「冬威っ! 葵衣と何話してたんだよ?」

肩をポンと叩きながら冬威の横に座ったのは葛西だった。

「ん? 葛西、なんでもないよ…」


葛西は一度社会に出て働いたのち大学検定を経て入学してきた。

年上で社会経験もあることから冬威も一目置いて頼りにしていた。


「葵衣って俺と同じ群馬出身なんだけどさ、入学してから高校時代付き合ってた男と別れたんだってよ」


『そうなのだ、過去のこの時点で葵衣と話しをした段階で俺はこの話を知らなかったのだ。知っていたらどうなったかと言えばきっとどうにもならなかったとは思うが。なんにしろこの時点で葵衣の本当の心情を知らなかったのだ』


「そうなんだ、でも良くある話だろ?」

葛西は年上ではあったがいわゆるタメ口がどうのと言った細かいことを気にする小さな男ではなかった。

むしろ自ら『この年になったら年齢が上とか下とか関係ないでしょ? リベラルに行こうぜ? 俺は年が上だろうが下だろうが自分の思ったことを言うしね!』などと言い、同期の中では年齢云々でなくリーダー的な存在となっていた。

自信に満ちた言動に冬威も一目置いていた。


「それがさ葵衣結構落ち込んでるみたいなんだ、あっ子ちゃんが言うにはさ」

あっ子ちゃんというのは葛西が付き合っている女の子のことだ。

入学してしばらくしてから付き合い始め既に半同棲状態となっている。


「なんだかさ、別れた彼氏ってのが社会人だったらしくてさ、葵衣が入学と共に千葉で独り暮らしはじめたらあっさり別れを告げて来たんだってよ。あっ子ちゃんいわくだいぶ落ち込んでたって。まぁあれだろ? いわゆる『ヤリ捨て』だろ? 別れた男ってのも手軽に抱ける関係じゃなくなったから別れたんだろ。それを察したから葵衣も余計に落ち込んでるんだろうよ」

葛西らしい怜悧な分析だが言い得て妙だ。


「そっか…葵衣ちゃん大丈夫かな?」

「冬威は優しいよな? 恋愛は自由契約なんだぜ? 付き合うも別れるも当人同士の自由意志! 男と女はいろいろあんだからさ」

「恋愛は自由契約…か」

「そうそう、結婚してるわけじゃないんだからさ自由意志での関係! 何ら拘束力も持たないし責任もないんだよ。義務も権利もなし! 互いを縛る力なんて何もないんだよ」


「そっか…それって男に都合良い解釈じゃないか?」

「馬鹿だな冬威は、そんなんじゃ今時の女の子に負けちゃうぜ? 向こうもしっかりそのつもりだよ? ただ女の方が利口だし、うまく使い分けられちゃうから冬威も気をつけろよ? だけど基本恋愛は自由契約なんだからな! 変に色恋に縛られて苦しんだりするなよ? まぁなんかあったら俺がフォローするから遠慮なく言えよ」


「ありがと葛西、俺はそう言うの疎いから頼むよ…『恋愛は自由契約』か…。なんか気に入ったよ。女の子にもっと知ってもらいたいね」

「なんで?」

葛西が訝しげに言う。


「だってさ、葛西が言うように恋愛が自由契約なら、割を食う可能性が高いのは女の子だろきっと?」

「って冬威はお人好しで優し過ぎんだよ、今どき男も女もないって!」

「だけど…だからこそ葵衣ちゃんは苦しんでるんだろ?」

「まぁ…それはそうだよな…」

「葛西ありがと! いつも頼りにしてるよ」

「なんだよ冬威! 同期だろ! これからもみんなで楽しく行こうぜ! じゃあな」

そう言うと葛西はあっ子ちゃんのアパートの方へ向かって行った。


「冬威…」

「由起!」

由起が冬威に近づいて来る。

由起の目線が冬威の左腕に落とされる。


『冬威の左腕…白い腕時計がある…この冬威は未来の冬威…』

「由起、元気?」

冬威が何事もなかったように由起に言う。

「冬威、由起は元気だよ。冬威は大丈夫?」


「なにが? 大丈夫だよ由起!」

『冬威は由起がお母さんから未来から来た冬威の話しを聞いて知っていることを知らないみたい…。って言うことはあの日の昼間部屋で眠っていた冬威はタイムトラベルでこの日に飛んで来ていたんだね…どうしよう…由起が冬威のタイムトラベルのこと知っているって言った方が良い?』

思いを巡らし考えがまとまらない由起。

「冬威…」

由起が思いつめた顔をして冬威に話しをしようとした瞬間。


「おいっす! 冬威~元気かぁ~」

不意に冬威に話しかける人影。

「新藤君! 元気だよ~」

「おいっすって…」

由起があきれ顔になる。


「冬威~民法の講義にあの黒木メイサみたいな子また来てたぞ~」

茨城県出身の新藤は特徴のあるイントネーションで話す。

「え? あ、あそうなんだ~」

冬威が誤魔化すように話しを流すが。

「冬威は~ああいう子が~好みなんだな~」

呑気な感じで由起をいらだたせるようなことを言う新藤。

「…」

無言で冬威の方を睨む由起。


「あ、いやなんのことだろ? 黒木メイサって誰だっけ? ん? 新藤君時間大丈夫? サークルあんじゃないの?」

腕時計を指し示しながら新藤に告げる。

「おぉそうだった、ダメだこりゃ早く行かなきゃ遅刻だ! 冬威また!」

「またね新藤君」

新藤に手を振り見送る冬威。


「ははっ新藤君って面白いよね? おいっすっていかりや長介みたいだよね? いかりや長介知ってる由起?」

白々しく話を逸らそうとする冬威だが由起は誤魔化されはしない。


「黒木メイサに似た子が民法の講義に出てるんだ~。由起、黒木メイサのファンだから今度民法の講義受けてみよっと…。今年は受講してないけど…」

そう冬威の方を見ながらやはり白々しく言う。


「黒木メイサ…? なんか新藤君言ってたけど、ほら、俺って一番前の席で講義受けるからそう言う女の子がいるとかって見えないしわからないよなぁ~」

そう言った次の瞬間ギュウウゥ~っと音がするかと思うくらい腕をつねり上げられる冬威。


「いてててっ! 由起勘弁!」

「下手な嘘つくと許さないからね冬威! だったらどうして新藤君があんなこと言うっての!」


「いやいや話のタネだよ。別に似てるって話で俺はその子に声もかけたこともないんだからさ」

言い訳がましく言う冬威。

「そう言うことを思ってるってことが気に入らないのよっ!」

由起が冬威を睨みつける。


「由起のことが一番好きなんじゃないの!」

冬威の腕に二本の指を当てたまま由起が問いかける。

ほぼ詰問だ。

二本の指は冬威の返答次第ではまたその腕を強くつねり上げる事だろう。


「由起が一番好きに決まってるじゃないか~そんなの言うまでもないよ…ねっ?」

「ねっ? じゃない! ちゃんと言って!」

由起が軽く二本指に力を込める。


「由起が一番好きです!」

その気配を感じた冬威は極めて素直に由起に想いを告げることとなる。

「よろしい…」

そう言うと由起は腕を組み冬威を促して歩き出した。


「冬威…」

由起は目を合わせることなく冬威の腕に絡みつきながら言う。

「どうしたの由起?」

由起の様子を気にしながら冬威が返事をする。


「由起は冬威の力になりたい…。冬威が何か必要とすれば由起は全力で力になるから何でも言ってね…」

「…」

由起の思いつめたような言い方に無言になる冬威。


「由起…ありがとう」

「冬威…由起は…」

何かを言いかける由起。


「どうしたの由起?」

「ううん…なんでもない。由起は冬威が好き、世界で一番好きだよ。これからもこの先もずっとずっと」

「由起?」


由起は冬威の母である奈々から自分の未来について聞かされていた。

冬威が由起の元彼からの暴力を回避する前の過去において由起はその暴力によって酷い怪我を負い、結果的に精神的ダメージにより学校を辞めて引きこもりとなってしまったことを。

しかし今回のタイムトラベルで冬威が元彼の暴力から由起を守ったことによって未来が変わったことを。


由起は奈々から託されていた。

『由起ちゃん今度は由起ちゃんが冬威の未来を救ってあげて! 由起ちゃんの存在が冬威の未来を必ず良い方向に導いてくれるはず!』


由起は冬威の腕をギュッと強く握った。

「冬威…由起は絶対冬威から離れない、今度は由起が冬威を守る!」

そう言う由起の目は強くそして優しかった。


冬威はそんな由起の手をしっかりと握り『俺もこの手を二度と離さない』と強く願うのだった。  













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