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悔恨のワインディングロード 暗黒の谷底から光り輝く由起の元へ…

未来から過去へ時空を超えた冬威の苦悩。

暗黒のワインディングロードで死の谷底に落ち行く冬威が最後に願った『願い事』が奇跡を起こす。

何も知らない由起は冬威を二度愛し、冬威はもう一度由起と向き合おうとしていた。

ベッドに横になる冬威。

窓からは5月の明るい陽射しが差し込み海風がカーテンを揺らしている。

時空を行き来する冬威は疲弊していた。


しかし泥のように横たわる冬威の眠りは浅かった。

その眼球は瞼の中で忙しなく動き回り苦悶の表情を浮かべている。

左腕には窮屈そうに白い腕時計がしっかりと巻き付かれている。


「う~ん…由起…」

そう由起の名を呟いたかと思うと不意に目を覚ます冬威。


『夢…か。もう解決したはずなのになんでまた由起が苦しむ夢を見るんだ…』

眩しい日差しを避けるようにうっすらと目を開けた冬威が心の中で呟く。


『過去を変えても完全な解決にはならないのか? 別の形で元々のシナリオに近い状況に寄せられていくとか…。なんにしても卯月先輩のケースでは時間はほぼ同じだったけど場所に変異が見られた…。もしかして由起を元彼の暴力から回避したことによって何かが少しずつずれてきているとか? だけど…もしそうなら…俺自身の未来、って言うか現実の時間にも変化が起きて…フッそんな都合の良い話しはないか…』

目覚めた冬威は自嘲的に口元を歪めるが、その表情はやはり苦悶に満ちていた。


『だとすればより慎重に事の成り行きを見守らなければ…。由起も、卯月先輩も、それからもう一人…。俺が自責の念に苛まれどうしても変えたかった過去。しくじらない様にしなければ』

冬威の表情が苦悶から強い決意に満ちた顔つきに変わる。


『由起にも過去の事実を伝えるべきなのか…もう少し良く考えよう。俺自身も疑ってたような事態だからな…夕べ父さんと母さんに本当の俺のことを打ち明けた。未来から来たなんてこんな突拍子もない話絶対に信じてくれないと思っていたのに、あっさり俺の言葉を受け入れてくれた。親ってすごいな…。俺の様子の変化にちゃんと気が付いていた。それに父さんと母さんが今の俺の存在を認めてくれたことでこの状況が俺の夢や妄想でないことが確認できた。俺は俺の願いを叶え、過去に戻ることが出来たんだ』

冬威は寝返りを打ち天井から壁に視線を移した。


『この能力は俺の強い意志が生みだしたと言うよりは、自責の念、消えない後悔を消し去りたいって言う男らしくない子供みたいな『願い事』が叶ったんだって思う。母さんが言っていた『強く願えば叶わないことはない。どんなに非現実的なことだって受け入れて解決しようと願うことで事態は必ず変わる』って言葉に救われたな…。でもぐずぐずしていられない。この能力がいつまで使えるかなんて何の保証もないんだから』


『でも…この力に気が付くことが出来て本当に良かった…。そうでなければ由起や卯月先輩を救うことが出来ず俺は未来永劫自分の行動に後悔を残したまま生きなければならなかった…いや、それは正確な表現じゃないか‥』


時空を超える能力はふとしたことから発動した。

冬威は悔恨を胸に抱き常に鬱屈とした想いに支配されていた。

時間が経てば経つほど濃密に凝縮される苦い後悔の念。


夜の暗闇はそんな思いを増幅させた。

そんな鬱屈とした感情を振り切るかのように毎夜バイクを走らせスピードの陶酔に浸った冬威。

闇を切り裂く様にひたすらスピードに身を任せる。


そもそもバイクに乗ること自体いたずらに死亡率を上げることに他ならない。

守ってくれる囲いも覆いもない乗り物に剥きだしの体のまま跨りスピードに耽る。

しかしライディングに集中するこの瞬間だけは全てを忘れ暗闇の淵に悔恨の念を振り払うことが出来た。冬威は夜ごと街灯もない峠道のワインディングに遊んだ。


時に現れる短い直線にアクセルを全開にする。

メーターの針が真上から右方向にどれだけ傾けられるか。

道路の終わりとメーターに交互に注意を払いながらまるで死のゲームに挑むような心境にさえ自身を追い込んだ。


ただでさえ死に近づく乗り物に跨りことさら危険にその身を晒す。

生と死の臨界点はやがて冬威に追いつきその哀れな魂を捉えた。


深いブラインドカーブでの一瞬のブレーキの遅れが冬威をアスファルトに叩きつける。

暗闇の疾走では対向車の存在はライトの有無で容易に判断できる。

対向車との遭遇といった意味での緊張感は削がれ、代わって驕りが生まれる。


『まだ大丈夫だ、もう少し奥まで突っ込める…』

普段の冬威であれば自分のイメージ通りに無意味な挑戦を怜悧にクリア出来ていた。

しかしこの夜の冬威はいつもの冬威とは違っていた。


過去に置き去りにした悔恨の念が闇に走らす逃亡者を許さず追いついてきたのである。

由起、卯月…そして…。

冬威の脳裏に彼女たちの明るい屈託のない笑顔と苦悩の表情が代わる代わる現れては消える。


まるで闇の中に映し出されたように鮮明に克明に。

『忘れないで私たちのことを…』

冬威に直接飛び込んで来る悲しげな声が叩きつけられたアスファルトに刻み込まれる。


左腕に巻き付かれた白いデジタル時計が衝撃に喘ぐ。

冬威の体はアスファルトから滑り出し、闇夜に白く浮かぶガードレールの切れ目から深い谷底に落ちてゆく…。


一台の車も行き交わない山深い峠道。

『あぁこれで終わりか…結局俺はあの時の後悔の念を何も払拭出来ないまま終わるのか…』

ゆっくりと流れる時間の中そんな思いが冬威の胸をよぎる。


転倒したバイクが地面に落ちるまでの時間は一瞬だ。

しかし多くのライダーが経験しているようにその瞬間は時としてゆっくりとまるでスローモーションのように流れる。


谷底に落ちゆく冬威は猛烈な速度で落下しているのにもかかわらず同様の感覚に在った。

永い永い一瞬の中冬威が胸の中で叫ぶ。


『ダメだ! このまま終われない! 俺は過去から逃げ続けた挙句、こんな谷底で終わる訳にはいかない。戻るんだ! 戻ってもう一度由起に逢うんだ。過去を、今を、未来を変えるんだ!』

冬威がそう強く念じた瞬間左腕の白い腕時計がまばゆい光を発し冬威の体を包み込んだ…。


あまりに強烈な光を浴びた冬威は反射的に目をつぶりその後一瞬気を失ったようになる。

冬威が次に目を開けた時、目の前に広がっていたのは懐かしくも辛く悲しい想いを残したキャンパスだった。


キャンパスは明るい陽の光に輝いていた。

悔恨と苦悩に満ちた暗闇のワインディング。

その谷底に落ちたはずの自分がなぜかつてのキャンパスにいるのかが全く理解できずに戸惑う冬威。


激しいコンストラストのギャップに目が眩む。

まばゆい光を疎ましく避けるように細めた目の先に冬威は見た。


谷底に落ちゆき薄れる意識の中、他のどんな願いでもなく強く強く再会を願った若き日の光り輝く由起を。


「冬威? どうしたのそんな顔して? こっちこっち体育館の脇に良いところがあるんだからさ! そこでお弁当食べるのっ」

由起に手を引かれてキャンパスを歩く冬威。


『由起! 由起! 由起! 』

叫び出しそうになるのを必死に抑える冬威。

握った手の先に由起がいる。


自らの死の淵にして強く願ったのは他のどんな『願い事』でもなく由起との再会だった。

その由起が温もりと輝きを持ってそばにいるのだ。


冬威は狂いださんばかりに由起を引き寄せ、強く抱きしめたいと言う衝動をなんとかなだめる。

そして自分の手を引き先を歩く由起に、その目から流れ落ちる涙が悟られなかったことに安堵する。


『由起! 由起! 由起! 俺は今度は間違わない。自分の気持ちに素直に行動する。何のためらいもなく取るべき行動を取るんだ。どんな価値観にも囚われることなく俺は俺の意志のまま今度こそ正しい行動を取る!』

冬威の胸に張り裂けんばかりに湧き上がる強い想い。


ふたりは再びキャンパスを共に歩く。

引き起こされた奇跡を知る由もない由起は屈託のない眩しい笑顔を見せる。


暗黒の谷底に落ちようとしていた冬威には全てが眩しすぎた。


そして、何も知らない由起は冬威を二度愛し、冬威はもう一度由起に向き合おうとしていた。







 

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