小さな宝箱 浜金谷散策 そしてスパイ大作戦! 美夏&美優
箱庭みたいな浜金谷の街を散策する4人。
自宅に戻った冬威、由起、美夏、美優。
美夏&美優のスパイ大作戦!
たっぷりと鋸山を堪能してクタクタになった4人はロープウェイに乗り下山した。
目の前に広がる東京湾と街並み、そして新緑の大パノラマ。
後ろを振り返った由起は切り立った鋸山に別れを告げた。
冬威、美夏、美優との楽しい思い出が出来た。
ロープウェイ乗り場から冬威の自宅まで歩いても15分とかからない。
この街は海に面して横に広がり奥はそれほど深くない。
最寄りの駅から南北の広がりも大多数の住民は15分もあれば駅に着く。
過疎地域の観光地にしては都内からのアクセスが良いため日帰りでトレッキングに訪れる外国人観光客がとても多い。
この地域で他に外国人が歩いている姿を見るエリアはないと言って良い。
老舗のかぢや旅館では東京湾でとれたカニ料理が堪能できる。
鋸山登山道に向かう手前には、美味しいコロッケを売っている肉屋さんや本格的な窯焼きのピザが食べられる店もある。
小さな街には小さな美術館と小さなプールもある。
東京湾フェリー近くのフィッシュと言う土産物店は連日満員御礼。
鋸山バームクーヘンが名物だ。
満員御礼と言えば、黄金アジのフライが食べられる食堂さすけも連日行列ができる人気店。
都内や埼玉県など東京近郊からのドライブ客が多い。
横須賀からカーフェリーに乗ればわずか45分のクルーズではあるがちょっとした旅行気分が味わえる。
横浜と木更津を結ぶ東京湾アクアラインを使えばものの一時間で行き帰りが出来る。
ただ…木更津アウトレットが盛況なため帰りの交通渋滞は否めないのだが。
華美ではないが若者から家族連れ、外国人まで楽しめる街。
カーフェリー、JR内房線の電車、ロープウェイ、鋸山、そして東京湾がいっぺんに見ることが出来る箱庭のような街。
それが浜金谷なのである。
そんな金谷の街を4人は歩いて自宅に向かう。
道々で冬威は地元の住民と声をかけあっている。
「よう! 冬威! 珍しいな可愛子ちゃん連れて!」
「おっ! 美夏ちゃん美優ちゃん今日も可愛いね!」
「冬威君コロッケ食べてきなよ!」
国道から一本入った小路には観光客や地元住民が行き交う。
入り組んだ住宅地には金谷石で作られた石垣が見られる。
かつての江戸城にも金谷石は使用されている。
「冬威、由起なんだかこの街が好きになっちゃった」
由起が上機嫌に言う。
「夏の終わりには花火が打ち上げられるよ。小っちゃいけどプールもあるし夏になったらまたおいでよ」
そう冬威が言うと、
「冬威何言ってんの? 夏前にもちょくちょくおいでよ由起ちゃん~」
「そうそう! 美優たちと遊ぼっ!」
「うれしい美夏ちゃん美優ちゃん~。お母さんはずっと一緒に居なって言ってくれてるし~なんか由起すごくうれしい」
「ずっと一緒! それ良いねぇ~」
双子が声を合わせて言う。
「おいおい…盛り上がりすぎだって」
冬威が心配気に言う。
「なに? なんか文句あるの?」
3人の女の子が声を合わせて冬威に言ったあと一斉に笑い出す。
もうすっかり三つ子の様に仲良くなった3人だった。
「ただいま~」
そう言うとバタバタとリビングになだれ込む美夏と美優。
「おかえり、もうすぐお昼ご飯出来るよ」
奈々がキッチンから顔を出す。
「お母さん行ってきました」
由起が奈々に声をかける。
「由起ちゃん楽しかった?」
「もうすっごく! 私金谷が好きになっちゃいました」
「よかった~じゃあやっぱりここに住んじゃいなさいよ!」
「はいっ! ぜひお願いします」
「由起ちゃん一緒だったらあたし達もうれしい~」
双子がそろって言う。
そんなやり取りを微笑みながら見つめる冬威。
「母さんちょっと疲れた…少し部屋で休むよ」
冬威がカウンター越しに奈々に言う。
「…」
奈々が無言で冬威の顔を見る。
「冬威…大丈夫なの? あまり無理はしないで…」
奈々は何かを察したかのように冬威に声をかける。
「大丈夫だよ母さん…」
「じゃあみんなお昼ご飯までちょっと休みな~」
「は~い」
自室に向かう冬威の後をなぜか由起と美夏美優も追う。
冬威が部屋に入りドアを閉じようとするとまず美夏が、そして美優が、最後に由起が入ってくる。
「ってリビングで何か冷たい物でも飲んできなって。俺はちょっと休むから」
そう言うと冬威はベッドの横になる。
「大丈夫お兄ちゃん?」
美優が心配気に言いながら冬威の左腕を確認する。
『お兄ちゃん…今は腕時計つけてる。腕時計着けてる時のお兄ちゃんはなんだか雰囲気違う気がするんだよね…。これはあれしかないね』
何かを企むような顔をする美優に気が付く美夏。
『美優…あれをやる気だね…よっしゃ協力するよ』
そう心の中で呟くと美優に視線を送る。
驚くことにその目線だけで双子はかなり複雑な意思の疎通を可能にしていた。
美優が自分の携帯を取り出し操作をしたかと思うと美夏も素早く携帯を操作し始める。
一連の動作が終わると美優はさりげなく携帯を冬威の部屋に置く。
そして
「お兄ちゃん疲れてるんだね。美優と美夏はリビングに行くよ」
そう言うと双子は部屋を出ようとする。
「あっ待って由起もすぐに行くからね」
そう言うと由起はベッドのそばに座り冬威に話しかける。
「冬威大丈夫?」
心配気な由起の顔はどんどん冬威に近づいて来る。
「大丈夫だよ、ちょっと疲れただけだから。ごめんね由起」
「ううん、そんなことない…」
由起は冬威の額に手を当てる。
「熱はないの?」
「平気だよ。って由起ちょっと待ってて…」
冬威がベッドから起き上がりちょうど対面にある小さなテレビ台の上から携帯を取り上げる。
「由起? これ覚えておいて」
冬威が美優の携帯を由起の目の前に持ってくる。
すると画面がパッと切り替わる。
電話が切れたのだ。
「それって美優ちゃんの携帯? 美優ちゃん置いてっちゃったの?」
「わざとね」
「えっ? どういう事?」
「双子の悪戯だよ。こうしてフェイスタイムで電話をした状態でここに置いておくと、通話相手になってる美夏の携帯からこの部屋が監視できるってわけ」
「え~美優ちゃんスパイ見たい!」
由起が感心したように言う。
「って感心してる場合じゃないって。俺に気が付かれたってわかったから電話切ったな美夏め」
「やっぱり美優ちゃん美夏ちゃん冬威の事が気になるんだね。由起、冬威の部屋に残って気分悪くしたのかな?」
「そこは気にしなくていいよ。これは日常茶飯事の双子の俺に対する悪戯だから」
「そうなの?」
「そっ」
冬威が短く言う。
「それより由起に覚えておいて欲しいのは、双子のこのやり方!」
「どういうこと?」
由起がポカンとした顔で言う。
「もし万が一これから由起が密室や移動できない状況でピンチにあったら相手に気が付かれないようにフェイスタイムで電話して。画面は対面に切り替えて受話音量を消音にしてね。それでそれとなく部屋に置くんだ。対面通話なのに由起の顔が見えない時は俺は由起にピンチだって判断するから」
冬威が大真面目に言う。
「ってそんなピンチが由起にある訳ないじゃん冬威~。心配し過ぎって言うか、映画とかドラマじゃないんだから~」
由起は冬威の言うことを取り合わない。
「万が一だよ…由起油断しないで、女の子は絶対油断しちゃダメだ。それに万が一って結構あるんだって、だから『これはちょっといつもと違うな、なんか違和感あるな』って思ったらこの方法で俺に電話するんだよ。そしたら俺はその情報から色々想定して必ず由起を助けるから」
冬威は本気だ。
「わかったよ冬威、何かあったらこのやり方で冬威に着けを求める。それで相手に分からないように会話の中でそれとなく状況を伝えればいいんでしょ?」
本気な冬威に気が付いた由起が返答する。
「そう! そうだよ由起。俺はどんなピンチからも由起を必ず救い出したいから。もしもの時のために美夏と美優の悪戯スパイ大作戦を覚えておいてね」
「わかったよ冬威」
由起が笑顔で答える。
「じゃあ由起リビングに行ってるね。携帯のことは知らないふりしておくから冬威がフォローしてね」
「わかったよ、って由起はほんとに心配しなくていいよ? 双子のいつもの悪戯だからさ」
冬威は言い終わると軽く目を閉じた。
今度の眠りには腕時計のアラームをセットすることはしなかった。
冬威は束の間深い眠りに落ちた…