地獄を除けっ! 冬威、由起の決死の地獄覗き! 鋸山編
鋸山をトレッキングする4人。地獄覗きで美優がとっさに作ったカップルの偽ジンクス、地獄覗きアタック!『地獄覗きで海を背にしてほっぺを付けて写真を撮るとそのカップルは結ばれる』にチャレンジする。
『地獄を除くからカップルがうまく行く』という理由付けを美夏も作り後押しする。
鋸山の切り立った岩壁の前でたたずむ冬威、由起、美夏、美優の4人。
各々滑らかに切り取られた岩肌に触れている。
由起と並んでいる冬威の横顔を見つめる美優。
『お兄ちゃんの横顔…なんだろう…印象が違う、美優の気のせい?』
そんな美優の様子に気が付き同じように冬威を見る美夏。
『美優は何か感じたんだ…美夏にはどういうことなのかはわからないけど…たぶん美優と同じ違和感は感じる…なんなんだろう?』
美夏が美優に視線を送る。
美夏の視線に気が付いた美優は『なんでもない』という風に首を振るが、それは『確信が持てないから』と言う意味であると美夏には伝わっていた。
『やっぱり美優は何か感じてるんだ…。冬威のこととなると美優の方が全然勘が働くからな』
美夏が心の中で呟く。
「さぁ頂上に向おうか」
そんな双子の思惑を知ってか知らずか冬威が声をかける。
「由起ちゃんここからちょっと足場が悪いから気を付けてね」
美優が由起を気遣う。
「冬威~ちゃんと由起ちゃんをエ・ス・コー・トっ! しなよ~」
美夏が肘で冬威の脇腹をつつきながら流し目でからかう。
「わかってるよ」
照れくさそうにそう言う冬威を由起が愛おしそうに見つめ、微笑む。
冬威も美夏、美優も不思議な思いでいた。
由起と冬威、そして双子との心理的距離が一気に近づいたことにである。
通常の双子であればこうはいかないことは冬威のみならず当の本人である双子姉妹も十分承知している。
双子との距離感だけではない冬威もまた由起との距離感が大きく変わったことを実感していた。
この感覚に関しては3兄妹ともに言語では表現できないまでも強く実感していたのである。
わずかな時間で関係性を作ったと言うより、取り戻したかのような感覚に近かった。
それはまた由起の中でも想起されていた親近感であった。
それぞれの想いを胸に頂上へ向かう。
「由起ちゃんもうすぐ!」
双子が声を合わせて言う。
「ほんとに! 由起頑張る!」
そう言ってからほどなく登山道の終点料金所に着く。
「うわぁ~おっきな仏像…」
左手の岩壁に彫られている仏像を見上げる由起。
百尺観音である。
「鋸南町側には東洋一大きな大仏の彫り物もあるんだよ」
美優が言う。
「それから日本寺っていう1300年も前に聖武天皇の勅詔を受けて建てられた由緒あるお寺もあるんだよ~」
美夏も得意気に言う。
「1300年前って…聖武天皇って奈良の東大寺とか大仏とかを建てたり、墾田永年私財法とか制定した人だよね、すごいね鋸山って」
うんちくを披露しながら頂上へと向かう一向。
まもなく頂上に着く。
「さぁ…行こうか由起ちゃん~」
頂上まで登り切った時美夏が恐ろしげに言う。
「え? なぁに? 美夏ちゃん? もう頂上に着いたんじゃないの?」
「違う違う、あれあれ…」
美優が前方に見える岩の突起を指さす。
「あれが…鋸山名物地獄覗きだよ…」
美夏が青い顔をして言う。
「由起…高いとこ得意じゃない…」
「あたしも~」
双子も声を合わせて言う。
「そっか~じゃあ行かなきゃ良いんじゃん。別に義務じゃないんだから」
冬威が事も無げに言う。
「そ・れ・じゃ・ぁ・だ・め・で・しょっ!」
なぜか3人の女の子が声を合わせて言う。
「え? どう言うこと?」
冬威が困惑する。
「さぁさぁ由起ちゃん冬威! 行った行った~。美夏は怖いから絶対行かないけど」
「はいはいっ、お二人さん先に進んで進んで~。美優は高いとこ嫌いだから行かないけど」
そう言いながら冬威と由起の背中を押す双子姉妹。
「あっ、ちょっと待った…美夏美優? 俺も高いとこあんま得意じゃないって知ってた?」
「うんうん知ってる知ってる」
双子が声を合わせてうなずく。
「じゃそんな無理して地獄覗きしなくても良くない?」
そう言いながら由起に助けを求める。
「残念ながらダメなんだなぁ~冬威」
「ここは絶対はずせないでしょお兄ちゃんっ」
「ダメみたいよ…冬威…」
由起が不安気に冬威を見上げる。
「え? なんで?」
「もう、ほんっとに女心わかんないよねぇ~」
3人が声を合わせて冬威に言う。
「由起ちゃん、地獄覗きの先で海の方を背にしてほっぺたくっつけて写真撮るとそのカップルは結ばれるってよ? 名付けて『地獄覗きアタック』ってね」
美優が由起にウインクをしながら言う。
『美優? そんなの聞いたことないけど? また無理しちゃって…でもまぁ美優がそう言う気持ちなら…』
「そうそう地獄を除くからそのカップルはうまく行くってね。覗くと除くをかけたんだな。どうにも上手いね! 山田君、美優に座布団三枚持ってって!」
美夏が美優を後押しするように付け加える。
「え~そうなの? どうする冬威?」
由起がそっと冬威を見る。
「美優美夏? 笑点の大喜利か? 俺そんなの聞いたことな…いててっ、ってなんだよ美夏!」
冬威が美優たちのジンクスを否定しようとすると美夏が影で冬威の背中の辺りをつねる。
「つべこべ言わずさっさと行ってきな冬威!」
『美優が気を利かせて作ったジンクスなんだからどうしても乗ってもらうよ冬威!』
心の中で美夏が呟く。
そんな美夏を見て美優が微笑む。
「って俺はほんとに高いとこ苦手なんだって~」
「もうっ冬威の意気地なしっ! 美優ちゃん美夏ちゃんがせっかく言ってくれてるんだから行くよっ!」
そう言うと由起が冬威の手を取りズンズン地獄覗きの先へと進む。
『ほんとは由起も高いとこ苦手…』
決死の思いで先に進む由起。
由起の青い顔に気が付いた冬威が由起を制して先に進みだす。
『大丈夫?』
視線で由起に問いかける。
由起は言葉を発せずにただうなずくが不安気だ。
何とか地獄覗きの先端まで来たふたりは海を背にして、ほっぺを付けて、携帯で写真を撮った。
引きつった笑顔のふたり。
そんなふたりを遠巻きに美夏美優も写真に写す。
「冬威? ドキドキする…」
「由起? 俺ももうドキドキだよ」
ふたりで顔を見合わせる。
つないだ手が一層強く結ばれていた。
そんなふたりの姿を見ながら美優がギュッとこぶしを握る。
美夏はそんな美優の心の内を見逃さずそっと肩を抱き自分に引き寄せる。
「写真撮れたんでしょ~。早く帰っておいでよ~そんなとこでいちゃいちゃしてないで~」
美夏が冷やかすように言う。
「由起ちゃんやったね! ジンクス成功!」
美優が由起にガッツポーズを送る。
「美優ちゃ~ん、怖いよ~」
そう言いながらも冬威のそばで笑顔を見せる由起。
鋸山、地獄覗きで冬威と由起の距離がまたグッと縮まった様だ。
鋸山は知らんぷりでそびえ立っている。
遥か彼方から人の営みを見守り続けた大きな山は、繰り返される人と人との心のやり取りをそっと包んでそびえ立っていた。