美夏、由起、美優 夕闇の密談…
由起、美優、美夏が東京湾を眺めながらそれぞれの想いを語る。
夕陽が沈みはじめ辺りに薄暗闇が広がる。
美しかった海はその輝きを潜め、代わって対岸に宝石のような街の灯がともり始める。
オレンジ色の柔らかい灯かりに包まれた露天風呂には3人の白い肌が美しく浮かび上がったが、反対に細やかな表情の移ろいは読み取りにくくなっていた。
そのことがかえって由起、由起だけでなく美夏や美優の心を開かせているようだ。
「由起の周りには今まで冬威みたいな人っていなかった、由起は冬威のそばにいてもっと冬威のことが知りたい…。冬威が何を考えているのか知りたいの…」
由起がポツリポツリと語り始める。
騒がしい双子が鳴りを潜め由起の話しをじっと聞いている。
「冬威は由起のことを好きだって言ってくれたの…。でも由起にはわかってる、冬威の好きと由起の好きは違うって。冬威は『何も違わないよ』って言うけどやっぱり違うの…」
そう言うと悲し気に口をつぐむ由起。
そんな由起の姿を見た双子達が顔を見合わせた後話し始める。
「由起ちゃん? 美優は、冬威の好きと由起ちゃんの好きに何の違いもないと思うよ」
「そうだよ由起ちゃんだいたいあいつは捨て猫からおじいちゃんおばあちゃんまで誰だって好きなんだからまともに聞いてたらだめだよ?」
「ん?」
由起の目が斜め右に動き天井を凝視する。
「違うでしょ美夏! それじゃ何のフォローになってないって!
「あっそっかそっか~」
しんみりした雰囲気に耐えかねた美夏が頭を掻く様な仕草でおどける。
「でも美夏ちゃんが言うこと間違ってない…。冬威は本当に誰にでも優しい、由起も冬威に助けてもらったし」
再びしんみりと由起が言う。
「でもさぁ~誰にでも優しいって、結局誰にも優しくないってことに通じない?」
「は? 何言ってるの? それは美夏の考え方おかしいよ? お兄ちゃんは優しいし誰にでも優しくありたいっていうのがお兄ちゃんの強さだと美優は思う」
ふんわりとしたイメージの美優が美夏に食ってかかる。
「そっか~美夏おかしいか…。でもなんかさ好きな人には『自分だけ優しくしてもらってる、自分は特別扱い』って感じさせてもらいたいよな~美夏なら」
あっけらかんとした顔で言う美夏。
「そりゃ美優だってそう思うけどさ~」
結局寄り添う双子姉妹。
「美優ちゃんの言うこともわかるし美夏ちゃんの気持も良くわかる…。冬威の強さって美優ちゃんが言う通りだと思う。でも…美夏ちゃんが言うように、由起だけに特別優しくして欲しいって思っちゃう」
「それが当たり前だよ由起ちゃん! 冬威がヘタクソなんだって!」
「ぷっ、それは美優も思う。お兄ちゃんそう言うとこ不器用だよね」
「でもさあんま難しく考えなくても良くない? って美夏は思うよ」
「そうだよ。それに由起ちゃん毎日お兄ちゃんにお弁当作ってくれてるんでしょ? 普通好きじゃない子のお弁当なんて食べないよ? もし美優が男の子だとして…やっぱり嫌いな女の子のお弁当なんて絶対食べないもん!」
「うん…それは冬威も言ってた。『嫌いな子が作ったお弁当なんか食べるわけないし!』って」
由起と美優が共感する。
「いやいや甘いなお二人さん! あいつはそんなこと言っても絶対誰が作ったものでも食べるって! そう言うやつだよ…」
美夏が達観したような顔で言う。
そしていつものように視線で美優にメッセージは送らずに、薄く目を閉じたまま『無理すんなって…美優』そう心の中で呟く。
「もう~美夏はさっきからどうしてぶち壊すの!
「あっごめんつい…」
「でも…由起もそんな気がする…冬威は人が傷つくのを最大限回避しようって考える人だと思うから」
由起が対岸の灯かりを見ながら呟く。
そんな由起の横顔を見つめる双子姉妹。
「由起ちゃん? 今の由起ちゃんの横顔…すごくきれいだよ」
「うん、美夏もそう思った…」
「え? なにふたりとも~」
由起が両手で頬を覆って照れる。
「由起ちゃんは何も心配しなくっていいと思うよ。 美優と美夏も味方だし…それにお兄ちゃんのことをそんな風に想ってくれる人なら…きっとお兄ちゃんだって好きになると思う…」
そう言う美優の顔は、少し淋し気だった。
「そうそう~そ・れ・に・由起ちゃんには…」
横目で何かを企むような目をする美夏が由起の胸をツンツン突いた。
「きゃっ! 美夏ちゃん、H!」
「由起ちゃんにはこのおっきなおっぱいがあるから大丈夫~」
美夏がおどけて言う。
「もう美夏はさっきからふざけてばっかりいて~」
そんな美夏を美優が咎める。
「でもさ美優…最近の冬威ちょっと変わんない? 前にもまして理屈っぽくなったって言うか…」
「そう? お兄ちゃん前からそう言うとこあったよ?」
「それはそうだけどさ…」
「う~んでも…言われてみれば少し雰囲気違う時あるかなぁ…」
美優も同意する。
「まっ勘違いか! 冬威は前からあんな感じか」
結局美夏自身が否定する。
「由起ちゃんあんまり気負わない方がいいよ? 身内が言うのもなんだけどお兄ちゃんはやっぱり優しい人だからさ」
美優が慰めるように由起の肩に手を置く。
「ありがとう美優ちゃん…そうだね! 由起はへこたれないで冬威に押しかけて憑りついちゃうから!」
「だから~由起ちゃんお化けじゃないんだから~」
双子が声を合わせそう言うと3人は一斉に笑い出す。
「由起ちゃん、もうあたし達3人は仲良しだから何かあったら相談してね? ねっ美夏!」
「そうそう! 冬威が由起ちゃんのことを悲しませるようなことがあれば美夏と美優が許さないから!」
「ありがとう美優ちゃん美夏ちゃん」
「裸のつき合いが3人の絆を深めたね! 由起ちゃん、美優!」
「美優思うんですけど、裸のつき合いなんてなんか男の子みたいじゃない?」
「今どき男も女もないだろ? 美優っ」
そう言うと美夏が由起と肩を組む。
それを見た美優も由起と肩を組み3人がひとつながりになった。
「冬威は優しいやつさ。でも危なっかしいからあたし達がそばにいてやらないとね!」
「そうそう! お兄ちゃんはあたし達のこと守ってるって思ってるだろうけど!」
「ほんとはあたし達が守ってるんだからね~」
双子が声を合わせて言う。
「あたし達がいるから冬威は無茶をしない」
「お兄ちゃんは、自分の価値観や行動規範の他に、あたし達に危害が加わらないって言う縛りの中で行動してる」
「だから今のところちゃんと生きてるんだよ。そうでなきゃ冬威の性格じゃあ今頃とっくに死んじゃってるよ」
「そうなの?」
由起が不安な顔をする。
「そうだよ由起ちゃん。お節介で困ってる人ほっとけなくて、自分に何の得にもならないことにも首を突っ込んで…それで時には反対側にいる人たちから恨まれたり…危ない目に合ったり」
「そうそうあいつは美優が言うとおり、お節介でお人好しでバカ正直で後先考えずに人のことばっかり考えてて…」
「それで…優しいあたし達の兄貴っ」
最後のフレーズは双子が声を合わせて言う。
「由起ちゃんもあたしたちの仲間だよ? ねっ美優」
「そうそう、お兄ちゃんは由起ちゃんのことをもう私たちと同じに考えてる。だからあたし達の仲間っ。つまり由起ちゃんもお兄ちゃんのセーフティーネット」
「由起が冬威のセーフティーネット?」
「そうだよ由起ちゃん、冬威はたとえどんなに過酷な状況でもあたし達や由起ちゃんがそばにいれば、あらゆる手を使ってそのクライシスを乗り越える。結果的に冬威も助かるってわけ!」
「つまりあたし達の存在がお兄ちゃんを活かす原動力っなの」
「冬威の…原動力…」
由起が呟く。
「そう、冬威のセーフティネットで原動力! それが今のあたし達!」
美夏と美優が声を合わせて言う。
「きっとこれからも…って言うより今も何かしら考えてる冬威が無茶しないようにね」
美夏がそう言いながら由起を見つめる。
夕闇が3人を包み、密やかな想いが海に向かって流れてそそぐ。
3人の想いは海を流れ、やがて大地にも降り注ぐだろう。
冬威と由起と美優と美夏。
それぞれの想いが大きな海に沈んでいく。
壁の向こう側では冬威が遠い過去に想いを馳せるような目で、腕時計を見ていた。