由起 私と私
由起がついに冬威の家に突入!
由起と冬威の母が対面…
由起は大きく深呼吸をすると冬威が入って行った建物に近づく。
そして門の前まで来ると大きなバッグを置き帽子を取る。
顎にかかるくらいのショートボブを整えもう一度深呼吸をするとカメラ付きインターフォンに向かいボタンを押す。
『は~い、どなた?』
インターフォンから女性の応答がある。
「あ、あの私、冬威君の同級生で由起といいます…」
由起がおずおずと答える。
『え? 由起ちゃんってあのお弁当箱の子?』
「そうですそうです! お母さんにあの時のお礼がしたくて来ました」
冬威が自分のことを母親に話してくれていたことに勇気を得、またそのこと自体がうれしくなり由起の声が弾む。
家の中からバタバタと足音が聞こえ玄関の扉があく。
「あなたが由起ちゃん? さぁ門を開けてこっちにいらっしゃい」
冬威の母とおぼしき女性が手招きをする。
「あっはい、ありがとうございます」
そう言うとバッグを抱え玄関に進む。
玄関の前で初めて対面するふたり。
「えっ?」
ふたりが顔を見合わせ同時に声を上げる。
ドアの内側と外側のふたりは年さえ違うものの…
背丈の具合はほぼ同じ。
そして…
色白の肌。
これで一重? と思わず確認してしまうほど大きく切れ長な目。
筋の通った高めの鼻。
薄い唇にちょっとだけ突き出した細い顎。
少し張った肩に長く美しい脚。
と思わず見返してしまうほど共通点が多かったのである。
「由起…ちゃん? 私達前にどこかで会ったことあったっけ?」
「いいえ…お母さん今日初めてお会いします…」
「なんだか不思議な感じ…初めて会った気がしないわ…なんで…だろ」
「私も…なんだかそんな気がしてます…なんかまるで…」
しばしふたりで見つめ合う…。
「あら、ごめんなさいさぁ入って入って」
「あ、お母さんこれ…」
そう言うと由起はバッグから箱をだし冬威の母に渡す。
「これは?」
「お弁当箱に入っていたお菓子のお礼です…美味しいかわからないんですけどクッキー焼いてみました…」
由起が箱を差し出す。
「え~気を遣わなくていいのに、だってあの日由起ちゃんが冬威の分のお弁当も作ってくれたんでしょ! 冬威すごくおいしかったって帰ってから話してたわ」
「ほんとですか! 冬威、いえ冬威君お母さんにお弁当のことお話ししてくれてたんですか? うれしい!」
由起はかなり…かなり大げさに喜びを表現した。
「由起ちゃんお菓子とか作る子なんだ!」
「へたくそですけど…」
「私も好きなの! さぁ入って入って」
冬威の母に誘われ玄関に入る由起。
玄関を入ってすぐのリビングに通される由起。
「さぁここに座って、由起ちゃん? 今日は独りで来たの? ついさっき冬威も帰って来たんだけど…」
「あっはい、独りで…」
「そうなの! 全くあの子は気が利かないって言うか、こんな可愛い子を独りで来させるなんて!」
「あの…お母さん? 冬威君は?」
考えてみたら冬威に何の相談もせずにいきなり家に来てしまった事態に少し気が引ける由起。
「あぁあの子なら帰って来るなり部屋に行って…たぶん電車の中で読みかけの本を読んでると思うわ」
「冬威君本好きですもんね」
「ん? 時間的に同じ電車に乗って来たのよね?」
「ごめんなさい…私、冬威君には内緒で来ちゃいました…」
「そうなの? まっいいわ、こんなにきれいな…ん?なんか引っ掛かるけど…ん?わかった!」
「なにが…わかりましたか?」
冬威の母の反応に由起が恐る恐る問いかける。
「ごめんね、なんだか初めて会った気がしないと思ってたんだけど理由がわかったわ。 由起ちゃんちょっとこっち来て」
そう言うと由起の手を取りリビングの隅に立てかけてある大きな鏡の前にふたりで並ぶ。
「ほら! ごめんねこんな若くて可愛らしい由起ちゃんにこんなこと言うの気が引けるんだけど…」
「あっ…ほんとだ…」
由起が口元に手をもってきて小さく驚く。
「私達なんだか似てる」
ふたりで声を合わせて笑い出す。
「ね? 由起ちゃんもそう思う? よかったおばさんの独りよがりじゃなかった」
「そんな冬威君のお母さんきれいだから光栄です。ってなんか自分のこと褒めてるみたいで変かな?」
由起がそう言うとふたりで笑う。
「なんか…若い頃の私を見てるみたい…」
由起のことをうっとり見る。
「由起も将来、冬威君のお母さんみたいになるのならなんかうれしいです」
「由起ちゃん可愛いこと言うのね~可愛い~」
そう言うと由起を抱きしめ頬ずりする。
「じゃあ由起ちゃんが作ってくれたクッキーでお茶にしましょ、ソファーにかけてて」
「お母さん私お手伝いします~」
由起が母の後を追う。
「いいのよ由起ちゃん」
「お手伝いさせて下さい」
「そお? 由起ちゃんって家庭的なのね」
「独り暮らしで何でもやってますから」
キッチンに並び楽し気なふたり。
「由起ちゃん毎日冬威の分のお弁当も作ってくれてるんでしょう? 大変でしょごめんね」
「そんな、私が勝手に作ってるだけですから気にしないで下さい」
カップを取り出し並べながら話す。
「由起ちゃん? 冬威と付き合ってるの?」
不意に母親に確信を突かれるが由起はたじろぐことなく返答する。
「…由起の押しかけです」
由起が小声で言う。
「押しかけって?」
「由起が一方的に冬威君のこと好きで押しかけ女房です」
そう言うと自嘲的に笑う。
「ん? なんか納得いかないわね? こんな良い子に。で、冬威は何て言ってるの?」
「由起のこと好きって言ってくれるけど…由起の好きと冬威君の好きは違うって言うか…」
消え入りそうな声の由起。
「由起ちゃん! 由起ちゃんきれいでちゃんとお料理も出来て素直で良い子なんだからもっと自信を持って! それにしても…冬威め、彼女がいないと思ってたらこんな良い子にそんな高飛車な態度を取っていたとは…わが子ながら許せん…」
冬威の母が語尾を強め、その様子を見た由起が怯える。
「お母さん違うんです、冬威君は由起のことを守ってくれますしすごく優しいです、だからそんな風に言わないで下さい…」
ことさら冬威をかばう由起。
「由起ちゃん…なんて良い子なの…」
冬威の母が由起を抱きしめる。
キッチンで何やら強い連帯感が作られている。
何も知らない冬威は自分の部屋で呑気に小説の続きを読んでいるのであった。