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由起 JR内房線の旅

冬威を追って内房線に乗り南へ南へと進む由起!

『君津~君津~内房線館山行きにお乗りの方はお乗り換え下さい~』

電車が君津駅に到着する。

下り列車はこの君津駅で乗り換えが必要だ。


館山行き千倉行きの電車に乗るためにはここで乗り換えるのであるが接続が悪く20分ほど待たされることもしばしばだ。

おまけにここから先は線路が単線となるため上下線の交換で数分間電車が停車することも珍しくない。


『ハッ…いけない寝ちゃってたんだ…。乗換え…?』

電車の心地良い揺れにすっかり寝入ってしまった由起が構内アナウンスで目覚める。

隣りの車両に居た冬威を探すが既にさっきまでの座席に姿はない。


慌てて車両から降り冬威の姿を探す由起。

っとほとんど目の前といって良い程の距離にある青いベンチに冬威が座っている。

なぜか2番線に到着した電車に背を向けるように1番線側のベンチに座る冬威

しかしそのおかげで由起は冬威に見つかることなく距離を取ることが出来た。

『危ない危ない…こっち向いて座ってたら完璧に見つかってた…』


冬威といえば相変わらず食い入るように本を読んでいる。

『ってそうでもないか…本しか見てないよ…』

由起は階段下に素早く移動し物陰で下り電車を待つ。


『なんか初めはドキドキしてたけど…ちょっと虚しくなって来た…このまま冬威のところに行っちゃおうかな…』

由起は思わず冬威に駆け寄ろうと一歩が出る。


『ってダメダメ…この辺りで由起が姿を見せたら絶対帰らされるからね冬威の性格じゃあ』

そう思い直し再び物陰に潜む由起。


ほどなく下り列車がホームに到着し再びそれぞれ乗り込む冬威と由起。

『…退屈…冬威…毎日こんな感じで通学してるんだ。乗換え面倒…』

君津市街を通り抜けた電車は単線のエリアに向かい直走る。


『でも…日常ってこんなもんだよね…そんなに毎日毎日ドラマチックなことがある訳じゃない』

電車の走る単調な音を聞きながら由起はそんなことを考えていた。


電車は住宅街を抜け車窓には段々と畑や田んぼが目立ち始める。

風景までもが緑に統一され単調になる。


JR佐貫駅手前、東京湾観音近辺の木々に藤の花が咲き誇っている。

季節は5月に入っていた。


「きれい…」

由起が思わず声を上げる。

『マザー牧場…そう言えばいつだか冬威が言ってた気がする…モウモウモウモウ、マザー牧場の牛じゃないんだから、とかなんとか…ここのことだったんだ』

駅の看板を見てそんなことを思い出す由起。


由起は冬威を目の中に入れておくため4人掛けの席に進行方向と逆に座っているのだがその視線の先に真っ白い巨像が立っていた。

山の頂上に立つ真っ白な像。

『あれなんだろう? 後で冬威に聞いてみよ…』


佐貫駅を発車した電車はさらに南に走る。

停車するたびに冬威が降車しないかハラハラする由起であったがここまで冬威はピクリとも動かずひたすら本を読んでいる。


佐貫駅を通過した電車は緑の中を直走る。

緑が途切れた先に東京湾の広がりが飛び込んで来る。

「海! 」

思わず声を上げてしまう由起。


『いっけない…思わず子供みたいに声あげちゃった…って電車に乗ってる人少ないからあんまり恥ずかしくないけど。海…きれいだな』


上総湊駅を出てから鉄橋を渡り竹岡駅までは海が見え隠れする。

国道127号線に沿って走る直線では右手に東京湾が広がり、時間帯によってはオレンジ色の夕日に染まる富士山を眺望することが出来る。


『海か…夏になったら泳ぎに来たりしたいな…。ん? 冬威が動き出した』

これまで眠っているかのように本に向き合っていた冬威が竹岡駅を過ぎた辺りから動き出す。


『そろそろなのかな? 由起も準備しなきゃ。 降り損なったら大変だからね』

由起が大きなバッグを持ち返しいつでも降りられる体勢を取る。


『浜金谷~浜金谷~』

電車は海の見える駅に停車し冬威がゆっくりと降車する。

由起は冬威の車両から一両前に座っていたので冬威の視線の先に自分の姿が入らないよう注意しながら降車する。


『おっきな山、岩山なの?』 

冬威から姿を隠しながら改札へ向かう階段を昇る由起の目にのこぎりの様にギザギザな岩肌を見せる山が見える。

その山に沿うようにロープウエィが行き来している。

階段頂上部からは海に向けてカーフェリーが停泊しているのも見えた。


『おっきな山に海それで電車にロープウエィにカーフェリーってなんだか箱庭みたいなところに住んでるんだね冬威って…』


改札を出る冬威を見失わないように由起が慎重に歩を進める。

『ここまでくればもう帰れって言わないだろうけど…冬威のことだからまだ油断はできない…』

由起は冬威を見失わないよう距離を取ってその後を進むが…初めは周りに居た観光客や地元の住民が徐々に少なくなり身を隠すことが難しくなってくる。


冬威が不意に振り返れば一発で由起と見破られてしまうだろう。

それでも慎重に後をつけ曲がり角をまがったところで一気に距離を縮めて冬威に近づく。

物陰に潜み冬威の動向を窺う。


曲がり角をまがって10mほどに建つ洋風の家に冬威が入って行くのが見える。

『よしっ! とうとう着いた…あとはここでもう少し間を開けて…千秋ちゃんの情報通りなら由起の作戦通り…。って荷物やっぱり重いな。でももう少しの辛抱。ここまでしないときっと冬威は由起を連れ帰りかねないからね…』


物陰に潜みタイミングを計る由起。

周囲は5月の緑に囲まれ、藪の間からは海がわずかに見えカーフェリーが停泊しているのが見える。

大きな山と上空を飛ぶトンビが由起のことをそっと見守っていた。







 








 






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