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異世界人はスマートフォンとともに  作者: 愛裸ぶーゆ
終わらないプロローグ
12/12

奴隷馬車の夜

薄汚れた白いほろの隙間から見える闇の中

ランタンの灯りがたったひとつ揺れている

幻みたいに揺れている


もうずっと

眠いのに眠くない

お腹はたまに鳴っている?

それもよくわからない


私は今どこにいるんだろう?


いつもならもう布団の中で寝ている時間

パパとママにキスされて、幸せな気持ちでいっぱいになる

「おやすみアリス」

「おやすみ……パパ、ママ」

まぶたを閉じる

ちょっとのあいだだけ真っ暗になって、青空の中

かけ足で流れていくいっぱいのひまわり

頼りないロミイ

……きょうのおもいで


あしたも、きょうと同じくらい楽しいにちがいない

もっと楽しいにちがいない!

「いいかんがえ」がぞくぞくと浮かんできて、もうわくわくがとまらない


あしたはあれをしよう

ロミイにこんなことをしよう

ごはんはなにかな?天気はどうかな?晴れかな?雨かな?晴れるといいな。いや、きっと晴れだ。

晴れにちがいない!


嬉しさが胸に溢れてクスクスと声が出てしまう

シーンとしたお部屋の空気

ちょっとだけ恥ずかしくなって、なんとなく口元を布団で隠す……



ここはどこだろう?


ガタガタ、ゴトゴト……頭に響く


ガタゴトガタゴト……頭に響く


もうずっとこんな調子……今日の昼からなにかがおかしい


人が死んだ

血を浴びた


ママの叫び

金切り声みたいな最後の私を呼ぶ声

耳に頭に張り付いて、何度も何度も聞こえるその度に、心臓が冷たい波をかぶる。


千切れそうな、張り裂けそうな胸の痛み。

不快感の波。寄せては返す鈍い吐き気の波。

ああ、抑えなきゃ。

抑えよう。


一瞬冷たい波が心臓にかぶる。

一度だけ波はさーっと奥まで引いていく。

白い砂浜がずっとむこうまで見える。

水平線に黒いもの。

あ、津波か。そう思ったときにはもうどっちが上でどっちが下かわからなくなっていた。

ウッとなって胸を抑える。

カッと喉が熱くなる。

一度、二度、三度、胃が強く収縮した。

意識が軽くなって心臓が変にバクバクする。


「……アリス?アリス!」

ロミイの声。

「おじさん!おじさん!止めてよ。アリスが!」

「……んだよ……は?……チッ」おいっ、という声で馬車が止まる。

揺れが止まる。

「降りろよ」

「……え?」

誰がなんて言ったんだろう。頭がグラグラしてよくわからない。

「アリス……立てそう?ほら……」

ロミイに立たせてもらい、手を引かれるままにふらふら馬車を降りる。

道の端、川のそばに来たところで我慢ができなくなる。

草の上に膝をついて、吐く。


背中にロミイの手。

「大丈夫?アリス。ごめん……気がつかなくて……」

……。声が出ない。

ゆっくりと立って、歩く。川の水で顔を洗う。

「もうすぐキャンプに着くって言ってたよ。水浴びと、食事、それにアリスは服も着替えないとね。大丈夫。理不尽に酷いことはされないよ。僕らには価値があるんだから」

ロミイの努めて明るくした声。

「ねえロミイ……パパは、ママは今どうしてるかな?」

「それは……きっと大丈夫だよ」

「なにが大丈夫なの?なんでそんなことわかるのよ?ねえ、ロミイ……」

「……ごめん。僕にも…わからないよ、そんなこと」

ロミイは黙って俯いてしまう。


ロミイは……


ロミイの手をそっととって、握る。あったかい。

ロミイが顔を上げる。

私の目を見る。

彼の手がギュッと握り返す。

掌の中にちょっとだけ、あったかいものがうまれる。


この先のこと、みんなのこと、村のこと。何もわからない。でも、きっとなんとかなる。


渇いた心の底、埋もれてしまっていた懐かしさがグッとあったかくなる。

光が目に入る。水面がキラキラ反射していた。

顔を上げる。

山脈と空のあいだから陽がこぼれ始めていた。


「おい、そろそろ来い」

男に呼ばれる。立ち上がる。


馬車のランタンが消える。

鞭打つ音、馬の声。


速度が上がり、奴隷馬車は揺れる。

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