死んだと思ったのに
ジリリリリと鳴り響く目覚まし時計を、力任せに手探りで叩いて止める。
「バカ玲子!とっとと起きねぇと入学式そうそうに遅刻するぞ!!」
兄の怒声にまだ覚醒しきってない頭はそのままに起き上がる。
「入学式ぃ……?今は2月だろ何言ってんだ……?」
てかとっくに家なんか出てったはずの兄貴がなんでうちに…とベッドの横の大きな鏡を見ると
そこには、過去の、私がいた。
少し前に遡る。
「あーいってぇ……あのクソ野郎思いっきりぶん殴りやがって。」
少女は未だ腫れる頬に手を当て苛立ちのままに道端の空き缶を蹴り飛ばす。ガッと気持ちの良い音を立て、ブロック塀から跳ね返る。ヒッと小さな悲鳴が聞こえた方をキツく睨む。
宮田玲子は不良だ。それはもう間違いなく不良だ。弱い者から何かを奪い取ることが好きで、カツアゲなんかはしょっちゅう。喧嘩、万引き、恐喝、学校に来ても屋上か保健室、授業なんかまともに受けたことがなく成績も底辺をさまよう。勿論、よく見るありふれた御伽噺の不良のように雨に濡れた子猫を拾うようなことはしない。絶対にない。
だけど、今日は違っていた。もしかしたら殴られた拍子に頭がおかしくなっていたのかもしれない。彼女は道路へ飛び出した。
先程自分に睨まれ怯えていた少女が、大きなトラックに轢かれそうなのが見えた。その瞬間にはもう飛び出していた。
ドンッ
と嫌な音が響き、嫌な鉄の匂いが鼻をつく。ざわざわとした周囲の声と、その場に響く劈くような悲鳴。そして自分の突き飛ばした少女の見開かれた大きな目と震える小さなからだ。
あぁ、私は死ぬのか。
そう理解したと同時に徐々に意識はフェードアウトしていった。後悔なんて、なかった。
はずなのに。
「は、はああああああ!?!?嘘だろ!?!?」
これは夢なのか?
ぺたぺたと鏡を触る手はまだ小さく柔らかい。
鏡の中の私、私?も目を見開いて驚愕の表情を浮かべている。でも間違いない、この汚い、と罵られることの多かった灰色がかった色素の薄い茶髪、見るものに冷たい印象を与えるきゅっとつり上がった猫のようなグレーの瞳、間違いない、私だ。
まだピアスの穴も空いていない、私だ。
「だからなんでっ……!?死んだはずだろうが!!!!」
思わず鏡をドンと殴る。痛い。
「朝っぱらからうるせぇな!!!遅刻するって言ってんだろうが、よっ!!!!!」
ドタバタと兄が近付いてきて私の頭にゴンッと拳を振り落とす。
「いてぇ!!!何すんだよ馬鹿野郎!!!!てかなんでお前がここにいんだよ!とっくに家なんて出てったくせに!!!」
抗議の視線を込めてキツく睨みつける。
兄は、怪訝そうな顔をしたあと
「なんだ?夢でも見てたのか。お前、今日が小学校の入学式だってわかってんのか??」
いい笑顔をして
「いっ!!?」
もう一度、私の頭にたんこぶを作った。
「あ、兄貴、 今日って何年の、何日だ……?」
聞きたくない。
「はぁ?前からアホだアホだとは思ってたけどここまでとは…今は、2007年の、4月12日だ!!いい加減目を覚ませ馬鹿妹!!!」
え、は、はああああああああ!!!???
もう一度、私の叫びと、兄の怒声、それからゴツンッと鋭い音がこの古いアパートに響き渡った。