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ANASTASIA  作者: 桜依 夏樹
Afterglow Restart&Reunion.
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2-14 空を落とす




 白き国の空に我が物顔で鎮座する赤き戦艦は、30日の間に一度も本国へ帰投することなく上空を旋回し続けている。

 地上に降りれば物資や戦力は増えるだろうが、空なら賊の襲撃は()()()()()

 まず人間は空を飛べる種族ではなく、魔法で一時的に浮力を得ても脳が事象を受け付けないので微々たる程度にしかならないのだ。

 つまり雲の上を優雅に泳ぐ戦艦には決して辿り着けないだろう、と将軍は高を括っている。

 それ以外に、彼は結論が出てから帰りたいのもあった。何故にファレルの当主候補だった青年が、本来一族をかけて守るべき神器の隠し場所をなにも知らないのかがあまりにも疑問で違和感だからだ。

 現当主エルシオン・ファレル公は厳格、故にプライドも高い。毒薬を盛られ瀕死とはいえ、それ以前から神器を秘匿し続けることでただ勝ち逃げるだけ人物だとはとても思えなかった。

 ──エルシオンにはなにか裏がある。身内にさえ言えない秘密が宝玉にあるのか、あるいは()()()()()()()()()()()()()()()()

 ともかくなにも分からぬまま帰国して、皇帝陛下が満足するわけがない。

 まぁ、彼にとって今はそれよりも重要な楽しみがあるので元より帰るつもりなどさらさらないのだが。

 そろそろ一月経つが、部下に任せきりにしている別件は果たしてどうなっているのだろうか。

 投与しているのが新薬とはいえど被験者はいない。強いて言えば"彼"がその立場に当たるだろうが、効果がどれほど変化したかなどはやはり銀腕の限定開花(レミニセンス)のせいか効果が作用し始めたかが比較しづらいらしい。

 銀腕──だけでなく、もしかしたら精神力の問題もあるのかもしれない。しかしそれを砕くのが赤の将軍たるベレーの性癖……ではなく趣味と実益を兼ねた役割でもある。


「アー、アー。監視兵サン、報告を頼むヨ」


 将軍が片手に握る端末からはザザッと走るノイズを挟み、機械を介した男の声が入った。

 明世界的に言うなら所謂"通信機"の類いだ。魔法を否定するこの国では念話ではなく大気中の魔力を振動させ、いかなる距離であろうと特定の機械同士でなら通話を可能する技術を得ている。


『こちら…………報……は………………』

「ウゥン? 全く聞こえないヨ、ノイズ調整はしているかネ?」


 将軍からの声は届いているらしいが、どうやら兵士側の端末からの発信はノイズがかかっているようだ。

 彼は兵士に対し機能で魔力との調律を促し、しばらくすると再び端末にノイズが走る。


『……礼しました…………ていま……しょうか』

「……コレは機械のトラブルのようだネ。まぁイイヤ、そっちに出向くから用意して待ってるんだヨ」

『…………り……した』


 やはり、昨日まではなんの問題もなかった端末が今日に限って異様なトラブルを起こしてしまった。

 艦内の空気に魔力が足りていないのかもしれないが、それではベレーの機械が正常に作動している理由を説明できない。なので、恐らくはしばらく地上に降りて技術班に点検させていないことが原因の故障だろう。

 別に面倒ではないがこの椅子から離れるのは自分の体重のせいで難儀な男は、仕方なく重い腰を上げて、自室前で待機していた護衛を連れて船内の一番奥へと向かった。


 捕虜の輸送に使う部屋や牢屋が多くなっている最奥エリアは、意図して照明や窓が少なくなっている。

 明かりという視覚的な安心感を奪うため、時間経過の感覚を失わせるためなど理由はごく一般的にあれこれあるものだが、今の彼には全く関係がないことだろう。

 男がやってきた部屋の奥には、最初の頃に比べてすっかり気力を失った彼──リオンがいた。変わらず拘束され、がくりと項垂れているため意識があるかどうか分からない。

 僅かに射す明かりに照らされた肌は青白く、右腕にはアザのように腫れた注射痕が痛々しく残され、銀腕の治癒が働いているのか少しだけ発光している。

 アガートラームの加護が機能しているので死んでいるわけではないだろう。

 半月前ほどから何度もあったことだが、意識がないフリをして上手くやり過ごそうとしているかもしれない。あるいは本当に諦めているかの二択だ。

 ベレー将軍はそんな様子を気にも留めずにずかずかと歩み寄り、物見(ものみ)心眼(しんがん)の発動を妨げていた対魔眼用の目隠しを頭が揺れる勢いでバッと取り払った。

 こんな状態では未来視があろうがロクに機能しないだろうという見解が元の行為だが、確かに意味はあったらしい。

 透けてしまいそうなほど虚ろな金の瞳が突然の出来事にひどく驚いている。


「オヤオヤ、期待でもしたのカナ。キミにはザンネンだろうけど助けは来やしないヨ」

「……誰も……期待、なんて……」

「ソウ? 素直でよろしいネ、やっぱりキミが一番のお気に入りダ」


 別段臭うわけではないがとにかくやたらと生ぬるい息と共に発せられる気味の悪い声は何度聞いても慣れそうにない。慣れたくもないが。

 まるでお気に入りのおもちゃで乱暴に遊ぶ子供のような将軍は、なんの意図があるのかも分からない行為を繰り返しその度に不快感で反射的に瞼をキツく閉じるリオンの反応を楽しんでいる。

 最初の時も同じ行為に及んでいたので考察するまでもないが、やはりと言うべきかベレー・ボセージョという男は"軸"が完全にズレた人間だ。

 抵抗しようとすればするほどコイツはその全てを愉しむだろう。

 だが自らの身を委ねてしまうのは防衛本能が許さない。どうやっても無駄なのだから諦めようとしても、害を及ぼす接触があると脳がマズいと判断して一気に意識が醒めるのだ。──これは父親からの虐待が原因だと思われる。

 それらを繰り返し繰り返し、結局彼は精神的にも疲弊して追い詰められていく。

 堪え忍ぶしかないのが現実だ。向こうの気が済むまで、やりたいことをやらせて怯えているしかできないのが歯痒くて仕方ない。

 一通り満足がいくまで愉しんだ将軍は一度離れると、これまたにこやかな笑顔で話しかけてきた。


「……さぁて、キミに特別な提案があるんだヨ」

「…………」

「前にも言ったヨネ? ヴェルメリオには記憶を覗く技術があるって。もしも更に記憶を弄くることができたら、どうしよっかァ?」


 ──リオンは記憶に関与する技術があるなら覗くだけというのは不自然だったからある程度の候補を挙げていた。

 そしていつかはこの男がそういった凶行に及ぶことも、ちゃんと頭の中では覚悟を決めていた。


「まぁ正確には記憶を消す、だけどネ」


 記憶とは記録でもある。

 買った服を着ない時はタンスにしまうのと同じく、必要なときだけ中から取り出すか、もしくは一般常識や染み付いた習慣等は常に着用しているのと同義だと言えるのではないか。忘れるのは"無くなる"というより無限に広がり続けるタンスの奥深くにしまったせいで取り出せなくなってしまうと表現すべきだ。

 しかし"消す"は完全に失う、つまり無くなると同じ意味を持つ。そうなればいくらタンスを漁っても二度と見つけ出すことは叶わない。

 と、大それた説明をしても彼にとっては失うものなど大して多くはないだろう。

 胸に秘めたる過去の想い出はすでに無くしたものばかり。強いて挙げられるものがあるとすれば、それはこちら側ではない別の世界で過ごしたたった数年の日々くらいで、帰ってきた今となってはそれも忘れてしまった方が未練なく終われるものだと自覚している。……だとしても。


「キミ、兄と仲が良かったって話も聞いてるヨ? 他にはないのカナ? そう、たとえば……恋人とか」

「…………()()()、そんなものは」

「嘘は良くないヨ。私は言ったよ、記憶を覗く技術もあると。最終的な決定権は我々にあるのサ」


 だとしても、"彼女"を忘れて無きモノにはできやしない。

 不馴れで奇妙であり、それでも幸福でもあった。表情に上手く表せていたかは分からないが彼女にだけはその様子が伝わっていたはずだと今でも信じている。

 失うものは多くない。忘れたら楽になれる。

 よく分かっていても、たとえそれが永久の安らぎになり得るとしても──愛していたあの日々だけはやっぱり忘れたくはない。


「安心してイイんだ、キミがとっておきたい大事な記憶は残してあげるヨ。その上で、一番重要な要素が私になるんだけどネ」


 全てを消し去り新しく作り替えるのではなく、すがれる記憶をあえて残すことによって絶望を増幅させ意識を上書きして支配する。

 これがベレー将軍のやり方、至極単純ではあるが効果的だ。

 元は誰かに愛されていたその人が絶対的な孤独におとされた時、別の誰かが"愛した"なら依存の対象になり得ると言えないだろうか。

 ただしそんなものが成立したとしても純粋な救い手ではなく意図した堕落への誘いに過ぎない。


「前口上はココまでにして、そろそろ行こうカナ」

「……どこに」

「サァ? あ、兵士Aクン? 暴れられるのはキライだからそうだネ、とりあえず()()()()()()()()()。どうせ生えてくるんデショ? なにせ神造遺装だもんネェ」

「ッバカなことを、そんなわけが……」


 ない────とは言えない。


 アガートラームはあの即死級の致命傷でも延命措置を施し、話によれば時間はかかるが部位の再生も可能らしい。今の皮膚に関しては死にかけていたから急いでパーツを作っただけだ。

 だからと言って切り落とされた時に走る激痛はなくなったり誰かが肩代わりするわけじゃない。

 痛いのは嫌だ、人の子であるなら当たり前だろう。


「将軍閣下、用意ができました」

「じゃあ始めて。固定しているから暴れる心配はないヨ。……頑張って耐えてネ?」


 口元を大きく歪ませ、男が愉快そうに嗤った。

 先程まで背後で控えていた兵士の手には鋭利かつ強度のありそうな刃。確かに骨だろうが筋肉だろうが肉を捌くように切り裂けるような気がする。

 なにがそこまで面白いのか全く理解できないが、将軍だけでなく周囲二人の兵士も心なしか笑っている気がして心臓を直接掴まれる感覚に襲われた。

 ──ここまでか。

 諦めるまでに時間はかからなかった。

 痛みに耐えることはできても耐えるのが限界だ。恐らく魔法を無効化する方法も他に用意しているし、その間で対抗する手段はほぼない。

 隙ができれば──、はあくまで理想論だ。

 一ヶ月経っても"誰も来ない"ということはすでに救われない身であると宣告されたも同然。……そもそも望んでいたのが間違いだったかもしれないが。

 あれほど見えない見えないと思っていて、視界が広がることを望んでいたのに今は目を背けたくて必死になっているのが嫌になってくる。

 さぁ瞼を閉じて、今なら視える未来から目を背けずに────。


 ────未来?


「…………剣……?」


 黄金の光は確かに捉えた。

 未来の像を、ビジョンを、直後の瞬間を。


 輝ける剣(クラレント)が駆け抜けた世界を視た。


『閣下ッ!! 敵襲ですッてガァッ!!』

「なにをっ!?」


 その瞬間、目映く瞬く閃光が暗闇を包み込んだ。

 一瞬すぎる出来事に思わず思考が止まったが、晴れた輝きが消え失せた時に真実が明らかにされていく。

 腰を抜かして震える将軍、切り伏せられ血まみれで倒れた兵士たち。そしてもう一人。

 褪せない白銀を靡かせる黒い髪の男は将軍が落とした簡易照明に照らされ、しかも暗闇に慣れた瞳にならはっきりと視認できる。

 最後に自由を奪う全てを切り裂いた彼は、煙を振り払い剣を薙いだ。


「────兄、上」


 見たこともないほど冷徹な眼差しのレオン・ファレルは、立ち上がろうとして崩れ落ちた弟にはなにも言わず、部屋の端で怯える肉だるまを一目見た。


「ひ、ヒィィ!!? 待って、待ってヨ! まだなにもしてないから許してェェ────!!」


 小物の臭いをまるで隠さなかった将軍は言葉をかける間もなく逃げ出した。

 今の態度からして戦力として数えられてないのははっきりしたのでむやみやたらと追う必要はない。元より追う気もない。

 だから彼は、揺れが響き鉄が軋むこの空の船で今できる最善の選択選ぶ。

 あの日あの時できなかった──やらなかったことを、今ならできると信じて腰を下ろし…………。


「遅いッ!!」

「ごッ──!?」


 まさに一閃。

 白銀のクラレントに勝るとも劣らぬ右の拳がレオンの頬を正確に射抜いた。

 一見すると疲弊し弱っているようにしか見えないリオンのどこにそんな力があるのか全く理解が及ばないが、とりあえず助けに来た側の兄は倒れている。


「な、な、なにをするんだ酷いぞ……」

「なにが酷い、だ。一体今更なにをしに来た……なんて聞いても助けに来たと言うんだろうな」

「あぁ……その通り、だけど」

「ふんっ余計な世話だ」


 ……と強がっていてもレオンがちらちらと見る限り、外見的にそこまで変化がないように見えるが顔は青白いし右腕にはなにか濃いアザのような腫れのような────。

 無理もない。一ヶ月の空白は確かに彼を傷つけて、それをなにかと理由付けて放置してしまったのが事実だ。

 なにをされたかなど今は聞くまでもなく、とにかく保護して離脱するのが最優先。

 それでもその前に話しておくことがある。


「すまなかった、リオン」

「元より兄上に期待なんてしていない、勘違いするな」

「──全部思い出した」

「…………なにを」

「リオンは俺が約束を守れないと言った。その意味が、ようやく分かったんだ」


 忘れていたあの言葉、自らが選んでしまった最悪の裏切り。彼自身が掲げた夢の果てを見つめ続けていたリオンの心を深く傷つけ、弟の声に出ない本心の叫びを愚かにも善意に見せかけて踏みにじった。

 苦しみもがいたことにすら目を向けず、ただ才能に嫉妬し続けた結果彼らは互いに互いの全てを失い、絆を壊してしまった──もちろん壊したのはレオンの方。


「俺はお前を裏切って、勝手に恨んで追い詰めて……本当にすまない」

「……だからなんだ。口だけならいくらでも言えるだろ」

「あぁそうだな、だから行動で示す。言ったはずだぞ、俺がリオンを守ってみせるって」


 リオンは露骨に嫌そうな表情をしている。そりゃあそうだろう、こんな説得力のない説得はオリオンだってしなかった。

 それでも彼は話を続ける。


「なにを言ってもいい。文句でもなんでも、余計な世話だと言われても受け入れて、それでも俺は守ってみせる。今度こそ、──()()()()()()()()()()()()()


 右手を強く握り締める手は暖かく、冷たくなった心にはあまりに優しすぎる。

 壊れたモノは治らない。もう昔のように在ることは叶わない。

 レオンは信用のならない兄だ。一度は自らが課した約束を破りリオンを恐怖と絶望の谷底へと突き落とした。殺そうと反逆者の真似事までしていた。だから信用なんてしたくない、今すぐに手を離せと殴ってやりたい。

 ────だとしても、もしも"先"があるのなら、あの日が過ぎてからも心のどこかで願っていた"未来"が見られるなら、もう一度信じてみたいとずっと思っていた。

 なので彼は諦めた。諦めて、自分に素直になってみるのだ。


「勝手にすればいい」


 不器用で曖昧な、真っ正面からまだ信用できていない彼の精いっぱいを受け止めたレオンは静かに微笑み、そろそろ来るであろう増援へと意識を向ける。


「立てるか?」

「一人で立てる。あまり子供扱いするな」

「もう大人だからな、分かってるさ」


 ふらつきながらも立ち上がったリオンはなんやかんやと言いながらも左手はそのままに、銀色の剣を携えたレオンと共に部屋の外の音を窺う。

 お世辞にも広くはない廊下を走る数人の足音はあの将軍の差し金だとしたらあまりにもお粗末だ。つまり、彼らの作戦が上手くいっている証拠と言っていい。

 実は、先ほどベレー将軍に入った通信の襲撃は()()()()()()()()()()()()

 今この瞬間にも外ではタレイアが大暴れしているだろう。彼女とて一ヶ月間ディアの手伝いだけをしていただけではなく、それなりの戦闘訓練をシャムシエラ指導の下で行い、現在に至っている。

 彼女が甲板という目立つ場所で撹乱し数を引き受けることで、負傷しているであろうリオンを連れてでも即離脱しエタンセル・ローランをギリギリまで回避できるように念入りに計画したのだ。

 まぁ、実力や手数ではレオンの方が上回ることくらい見て分かるはずだが現場が混乱しているのだと解釈しよう。


「俺が先に行く、いいな?」

「任せる」

「よし」


 ガチャガチャと鳴る音がギリギリまで近付いてくるのを待ち、レオンは銀剣・クラレントの幻想魔法を放つ。

 廊下からは次の瞬間に「ぐえっ」などと間抜けた声が上がり、バタバタと兵士たちが串刺しにされて倒れ行く。少なくとも迎撃するような音はないため、この中にエタンセルはいないようだ。

 外が落ち着いたことを確認した彼は、普通に立っていてもふらついているのが見て分かる弟の手を握ったまま廊下へと躍り出て、まずは全力で無理なく駆け出した。

 場所が密室で階段がひとつしかないから追い詰められるとでも踏んでいたのか、敵の数が少ない。

 さすがに上層に出ていけば兵士はいたが、それでもレオンに敵うような奴はまずいなかった。

 全ては剣に触れるまでもなく幻想に切り刻まれ、その死体を踏んで目的の場所へと向かう。一目散に、一生懸命に。


「一体どこに向かっているんだ……!?」

「すぐに分かる! それとも、走り疲れたか?」

「こんな時に冗談を言うな!」

「ははっでももうすぐだ、しっかり掴まれよ!」


 この船は浮いている、よってここは空だ。逃げ場なく、退路もない。というかどうやってここまでやって来たかも分からない彼がなにをしようとしているのかは謎も謎だ。

 さぁさぁ走れ。

 立ちはだかる敵をなぎ倒し、斬り倒し、血でできた道を突き進め。

 その先にある道はない。

 だってここは空だから、人はこうした船を用いなければ空を飛べない。後に起きるのは重力に身を任せて叩きつけられてしまうことだけ。

 レオンは最後の扉を開く。タレイアが暴れまわるのとは逆方向の甲板に出て、空に浮かぶ雲を上から眺めて不敵に笑う。


「タレイア、離脱する」

『待ってたわぁ! こっちもすぐに行くからゴーよぉレオンくん!』

「あぁ!」


 念話による簡単な会話を終えたレオンは何故か異様に疲れているリオンに微笑みながら、大丈夫かと問う。


「別に……問題ない」

「そうか。じゃ、後ろ向いてくれ」

「……? こうか?」

「そうそう。リオンの体重ならまぁ、いけるか」

「は? なに言って────」


 指示された側がなにがなんだか分からず困惑するのを尻目に、肩を腹の辺りに据えて力強い声を上げたレオンは体格で上回っているリオンを軽く抱き上げ、一歩ずつその足を踏み出して走り出す。

 繰り返すが道はない。あるとすればそこには空だけだ。


「え、兄上待て、なにをッ!?」


 あわてふためくリオンの声は残念ながら届いていない。当然と言えば当然、これも作戦の内だから彼には慌てる必要すらないわけである。

 幻想の剣が甲板の厚い柵を断ち、最後の道を作り上げた。

 そして──レオンは木の床を蹴り飛ばしふんばりを効かせながら、まるで鳥のような優雅さで無限に広がる蒼い世界へと()()()()()


 尊大な空の城から雫が溢れ、大地に向かって落ちていった。


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