2-12 アフターグロウ 3
レオンが14歳、リオンが10歳の春先に末弟にして現在の当主候補ジュノン・ファレルは産まれた。
父親にかなり似ている二人とは違って母親にそっくりで、顔立ちや見た目は女性的。それはもう、同じ両親の遺伝子を持って産まれたとは思えないほどに。
しかしどれだけ彼が女性的であっても関係ない。
三人目の子供を作ったという事実が示すのは、リオンに当主は任せられないとエルシオンが暗に認めたということ。彼もまた、兄と同じく不出来な失敗作であった。
そもそも誕生記念で与えられた贋作遺装が"弓"だった時点で最高のジョークだと嗤われていたリオンがここまで頑張ってきたことがおかしかったのだ。
ようやく解放される──、きっとそう思っただろう。実際に一時期の苛烈すぎる教育方針は明らかに鳴りを潜め、ジュノンが一歳になる前にはいつものように腫れていた頬は白い普通の肌に戻っていた。
だが安心できるような日々の訪れと同時に、彼はレオンと同じく父に存在を無視されるようになっていった。
逆に言えば父の関心が薄れたことで自由度が一気に高まったと言っていい。
あの約束をした日からだがますます図書館に引きこもり、明世界の知識を豊富に得続け、異様なまでにこことは全く違う異世界に詳しい少年へと成長を遂げていく。
そして兄──レオンはといえば完全に独学で剣を学び、時々弟が本を読むのを眺めている毎日を続けてきた。
相変わらず二人の仲は良い。いや、以前より精神的な余裕ができたおかげでますます仲良くなっているとルミエールの当主にも言われるほどには信頼関係が完成している。
このまま月日が過ぎ、決定的な手立てが見つかれば彼らはいずれこの島を出て新しい世界に向かうことだろう。
その夢を彼は忘れなかった。信じていた。
必ず叶う、大人になったその時に兄と共に旅立つ夢は────。
ある日、リオンを宛先に一通の招待状が届けられた。
それは言わずもがな、彼が今日も身に付ける銀腕・アガートラームに関わる森聖領域"ヴェール"の女王アルメリアからの提案である。
カエルレウム連合公国御三家の跡継ぎということもあって、関わりのある各国はレオンやリオンのことをよく知っている。アルメリアもまた、アーテル王国を介して海の先の島国の存在を知り兄弟たちを知った。
兄弟について特にリオンは本来発揮できる才能が"弓"にあると察知した彼女は、その才能が後世に遺すものが必ずあると信じて義手──ヌアザの聖腕とも云われるアガートラームを贈呈すると言い切ったのだ。
最初こそ今まで腕がなくても問題なく生活できていたと渋ったリオンだったが、半ば父に強制させられたのとちょっとした考えがあってでその提案を承諾する。
宵世界では名が知れた神造遺装を失敗作とはいえ才能があるリオンが手にすることに周りが歓喜する一方で、レオンはこの義手の装着についてかなり不安を抱いていた。
弟が変わってしまう────気がする。
こんなのはただの予感だ。根拠なんて一ミリもない。
しかし10年間兄弟として過ごしてきた兄としての勘と言うべきか、部外者にとってはたかが他人の片腕が増える程度なのにどことなく嫌な変化の兆しを感じ取ってしまう。
それでも、どこか喜んでいるように見えるリオンを無下にはできず、出発の日にはちゃんと笑って励ましながら送り出した。……船が苦手なのも加味して。
そこからの半年間は全く落ち着かなかった。
エルシオンの元には一応ヴェールから逐一報告があったらしいが、レオンのところにはそんなものは一つも入ってこなかったからだ。
仲良しなんて甘ったれた関係を心底嫌っていた父のことなので意図していたのかもしれないが、成功したのか失敗したのか帰ってくる時期も一切伝えられず、どこかから聞き出そうとしても母親さえ知らない始末であった。
「女神様、お願いします……リオンを守ってあげてください」
立場のせいか、これも父親の仕業か、彼はどれだけ心配しようと国から出るのが難しい。
だから毎日ひたすら祈り続けた。
必死に、無事に帰ってきますようにとひたすら夜空に浮かぶ月に住まう女神アナスタシアに願いを告げ、一人で毎日を過ごしそして半年後にようやくリオンが帰ってくる旨を聞かされたのだ。
その日だけは港町に行く許可を得ることができた。どうやらライラとエリザからの今までに強い進言があったらしいことはもちろん知らない。
──半年前に別れ、次に見たリオンは真っ先にレオンの元へ駆け込んだ。
両腕をいっぱいに広げて兄の胸に飛び込んできた彼は本当に元気そうで、ちょっぴり泣きそうになっていたレオンに対してこう言った。
「俺やっと兄上と同じになれたんだ!」
片腕がないということは常人より劣っている部分があるということで、リオンは両手でなんでもできる兄に自覚はないが劣等感を感じていたのだろう。
彼にとって魔法の才能なんてものは初めからどうだっていい。誰に言われることもなく努力し続けたレオンこそが遥かに上の存在で、才能を無駄遣いする"両手"ができて初めてリオンは兄と同じ領域に立つ資格を得たのだ。
「そうか。これからは一緒に頑張ろう、リオン」
当たり前になり過ぎてて気にしたこともなかったが、リオンが産まれた時にエリザが言っていた「愛せるか」とはつまりこういうことだったのだろう。
隻腕であることをなにも気にせず、その存在が自然体であり当たり前になれるのが正解だった。
たとえリオンが劣等感を抱いていたとしてもレオンはそうは思わない。兄として、ありのままで接することこそがエリザが懸念していた"愛情"の注ぎ方だったのかと、──気付かされた時にはもう遅かったのかもしれないが。
銀腕を得たことにより、彼らの絆は更に深まった。
しばらくはとにかくいちゃついていたとしか言いようがない。仲が良いとかいう次元の問題ではなく、運命の赤い糸が繋がっていたのが兄弟同士だったみたいな……そんな雰囲気が彼らを包んでいるのだ。
幸せそうな二人は一緒にいるだけで幸福を感じていて、いつかなんて言わずに形はどうあれすぐにでも島からいなくなりそうだった。
だが、幸せだったのは最初の一年ちょっとだけ。
アガートラームを得る条件として提示されたのは誕生祝いに与えられた弓を用いて、魔法を磨くこと。リオンは魔術師の宿命とも言える進化のためにこれからの月日を費やすこととなる。
魔法の才は優秀だと知ってはいても、銀の腕を用いるとなれば今までとは明らかに勝手が異なるはず。
リハビリ──ではなく、慣れるまでの訓練は半年間でしていたから扱い自体には問題はなかったが、少なくともそれまでだ。魔法の詠唱や魔力の同期は一から学んでいくことになる。
ここからリオンは驚くべき成長を遂げていくことになった。
『銀弓操作』。
リオンが得た転換魔法の究極系。
魔力ではなくその身に流れる血液自体を矢に転換し、まるでミサイルのように撃ち放つ擬似的な限定開花。
銀腕・アガートラームの限定開花"神域の加護"で定義しなければそんな芸当はできない。
よって必然的にリオンだけの特別な魔法となった。
輸血はもちろん、流れ出す血を自由自在に操ったり固定させて武器にする等の変化魔法はないわけではなく、ただ強いて言うなら血液=生命力を魔力転換もせずに全くの別物にしてしまうのは前例がない。
前述の血を用いた攻撃は魔力を使って血を操る術に過ぎず、魔力を通さなければ流れる血そのものが自分からどうにかなることなどないのだ。
だからこそ銀弓操作は凄まじかった。
魔力を行使させているのは銀弓・フェイルノートとそこに神域の加護を付与する銀腕・アガートラームだけ。矢には──種も仕掛けもあるけどない。
破壊力が異常なのも大きいだろう。ただの血液が、他国の城から屋敷をひとつ吹き飛ばすほどの威力があるなんておかしいのだ。
神から与えられた最高峰の才能はそれだけではない。
"物見の心眼"は産まれた時から開眼しており、銀腕の第二の限定開花の自動治癒で死ななければ何度でも復活する。
最早対異形もしくは対集団において完全に敵がない状態だった。
────誰も彼も、手のひらを返した。
おお素晴らしい! ファレルの彼はグリモアの域にも辿り着けるだろう! と、誰もが賛美する。誰もがその功績を讃える。
エルシオンですらその魔法の全容を初めて知った時には衝撃を覚えたと言う。
この世に産まれ落ち、二度と産まれることがない奇跡の魔法はしかして宵世界の神──七の意思の目にも届いてしまった。……本当に、届いてしまった。
七の意思は選んだ。
リオンを、死後に世界の秩序のため魂を捧げる役目に。
冠位とは神が選びし人の総称であり栄誉。しかし同時に、死した後その魂を転生させることなく世界を脅かす存在の殲滅……即ち秩序の継続のために消費するというある意味での死刑宣告でもある。
魂は地獄に落ちない限り白命界で浄化され何度も転生を繰り返すが、秩序に選ばれた者は二度と浄化などない。無為に消費され、すり減り、最後は壊れて霧散してしまうのが定め。
なのに選ばれれば拒否権はない。それは七の意思が宵世界を支配する絶対の神であることを証明していた。
────というのは当時の彼からすればまだ知らぬこと。この七の意思に関する事実を知るのは少し先になる。
当人、つまりリオンは汚い大人や周囲になにを言われても心底どうでもよかった。
七の意思に戴冠に呼ばれた時すらも話をまともに聞いていたかは怪しいくらいで、その姿を見たからこそ白命の主はこの若造を認められなかった可能性はある。
「いつか全部無駄になる。生きている間は兄上と穏やかに、一緒にいられればそれでいい」
そう言ったのはいつのことだったか。
14歳の時に父は当主候補を再びジュノンからリオンへと移し替えるに至った。無論、冠位の魔法を得たからこその判断であり完全な手のひら返しである。
彼はその時も拒否権がなかった。
でもいつかは──いつかは────いつかは──────夢だけを見続けて、いつまでも兄の背中を信じていた。
…………しかし、レオンは違った。
リオンが変わってしまうその予想は当たってしまい、彼はいつしか追われる側ではなく追う側になっていたから。
初めは喜ばしいと確かに思っていただろう。新たな魔法を誕生させたことを心から祝福し、誰よりも彼と喜びを分かち合っていただろう。
でもレオン自身はなにも変わらない。
幼い頃からリオンのために剣を振るったのに、守ろうと思っていたはずなのに、今の強くなった弟には兄の持つ守護の銀剣は必要いらないんじゃないか──?
銀腕を得て帰ってきたリオンは自分が「同じになれた」と言った。
……いいや、同じだなんてとんでもない。
あの時からすでにレオンは弟より遥かに劣っていたのだ。姿から中身まで完全なる劣化版であり、必要のない存在になるのは確実に決まっていた運命だった。
そう気付いてしまった日から、彼の胸を突き刺す言葉で表しきれない喧しい感情はおかしなくらいに膨らんでいく。
弟を愛していたからこそ余計に重く重く知らない悪意に侵食されてしまう。
反してなにも知らないリオンは昔から変わらずほぼ毎日のようにすり寄ってくる。愛らしく、いつまでも子供のような様子で屈託のない笑顔を向けてくる。
あぁ、なんてことだろう。嫉妬や劣等感が渦巻く心の奥に新たな感情が産まれつつあるのが嫌というほど分かるのだ。
再び当主の候補になったリオンは下手をすればジュノンが産まれる前より酷い有り様なのもよく知っていた。エルシオンはそこまで至った彼だからこそより完璧な存在に仕立てたいのだとレオンは解釈している。
それからゆっくりと時間は過ぎていき、いつもなにかに怯えるような素振りを見せ始めたリオンは見れば明らかなほど疲弊し、兄に会いに行くことがなくなった。
逆に言えば今のレオンにとってこんなに好都合なことはなかっただろう。
ここまで思っていても愛情そのものを失うことがなかったせいか、「その笑顔を見せるな」なんて口が裂けても言えなかったのだから自分から消えてくれたのは本当に好都合だった。
二人は顔を合わせなくなった。いいや、正確には合わせる機会がなくなった。
彼の金色の瞳が真っ黒に淀んでいくのが誰にでも分かる。疲れているようだが話しかけられれば受け答えは普通にするし、行動は引き込もって本を読むくらいで昔とあまり変わっていないが、メタ的に言えば現在のリオンに近づいていってるのが現状だ。
レオンの方は相変わらず、■■■のために剣を振る。その強さが■■■との未来を輝けるものにできると信じてひたすらに修行を続けた。
そして、花薫る季節に似つかわしくない豪雨が降り注ぐその日が訪れた。
「……誰だ?」
誰かが部屋を二回ノックする。
夜もだいぶ更け、一部の使用人やこんな時間まで起きている変わり者以外は寝静まっているだろう。
そんな変わり者こと部屋の主であるレオンはノックした何者かに返事を返してみるが反応はない。使用人なら返事をする前に名乗るので違うのは確実だが、それ以外となると少し見当がつかない。
仕方がないので自力で扉を開き相手を確認することにした。
「一体誰がこんな時間に……って」
ザーッとだけ単調に鳴る雨が脳に染み付く。
そこにいたのはリオンだった。最後にまともに顔を合わせた時より少し痩せ、覇気がないのは見間違うはずもない。
目を合わせずになにを考えているかよく分からないまま扉の前で突っ立っている彼は数秒後、兄の声で気付いてようやく言葉を発した。
「話を、聞いてほしい」
さすがに断ることはできなかった。
明日にしてほしい、と告げるのは簡単だったが明日にはもう会えない予感がしたのだ。
部屋に入ってからリオンはしばらくなにも言ってこない。自分から話がしたいと言ったのに無言のまま立ち尽くしている。
なにを伝えたいのかが分からない以上は無闇に話しかけるのもなんだか申し訳なくなる上、レオンから話すことなんて正直に言えばないと言っていい。
とりあえず足が疲れるので座るよう催促しようと手を伸ばす。──その時だ。
「懐かしい気がする」
「……えっ?」
「何年も兄上の部屋に入らなかったなって、思っただけ。最近はこうして話もしなかったから特にそう感じるのかもしれない」
「まぁ、確かにそうだな」
やんわりとだがリオンは笑顔を見せ始めた。兄との対面や二人だけの空間というのもあって緊張が解れていったのかもしれない。
これに関しては少し面食らったレオンにも同じことが言える。
外は一向に落ち着く様子を見せてはくれないが、二人はいつもと同じ他愛もない会話をすることで、ちょっとずつ、本当にちょっとずつここ最近の時間の穴埋めをしていった。
昔に比べて二人とも大声で笑うことはない。くだらないことで話を広げたりもできない。夢を語り合うこともままならない。
だとしてもこの時間は■■■にとって本当にいとおしかっただろう。
できることなら永遠にしたかった。この部屋だけが残ってあとすべての世界がなくなっても構わない、と、なにもかもの時間が止まってしまえばいいとも。
……しかしそれはできない。
できるとすれば、新しいまだ見ぬ世界で改めて始まる日々に慣れてからだ。
だから彼は切り出した。あの日の『夢』を叶える力を知った今ならできると信じていたから。
「──兄上、ちょっとした悩みなんだ。聞いてくれないか」
「どうした? なんでもいい、話してくれ」
「……実は……」
リオンは以下のような言葉を告げた。
知っての通り父は厳しい、ことあるごとに殴られるから痛いし傷は絶えない。今はすぐに治るから傷が残る心配や処置の必要がないのは分かっている。
ただ、昔もだったが最近は特に疲れを感じるようになった。
さっきもそうだったように気が付いたら意識が数秒間途切れていることは当然のように発生し、魔法の精度も火を見るより明らかなレベルで低下した。
精度が落ちるということは父の思惑通りの成果が出せないということに繋がる。上手くいかない、なにもかもが上手くいかないと苛立つ父はまた血で染まることになる。
それらが絡まった結果として、悪循環が無限に繰り返されていく。
限界は近い。
いずれ殺される気がして、震えが止まらない。
なのに誰もが父を賛美する。素晴らしい子を産み出したファレルの当主に喝采を送り続けてその裏で苦しむ影には気付かない。
"自分"はカエルレウムの御三家という魔法の才に恵まれた選ばれし存在に産まれるべきだったのだろうか。
これらに耐えられるのが当たり前なことで、簡単に根をあげてしまう"自分"は軟弱者なのだろうか。
────たかがファレルの当主になることがそんなにも栄誉あることなのだろうか。
…………聞いてしまった。父に、死んだ後の、その魂の行き先を。
このまま生き続けたとしても、生きている間になにも残せないだろう。「あぁ優秀な当主が死んでしまった」で終わってしまうだろう。
勝手に決められた婚約の相手にもそれが正しいのかを問われ、ワケも分からず答えることができなかった"自分"がこのまま進み続けるのは彼女が言う通り正しいか?
もしも正しくないのなら、いっそ逃げてしまいたい。
ここじゃない遠くへ、誰も辿り着けないような世界へ、一緒に島を出ていきたい。
"助けて"。
遠回しではあったが彼は確かに告げたのだ。
あの日、兄が夢見続けてきたまだ見ぬ世界への夢を今こそ果たそう──と。
「……辛いんだ。ここにいるのが辛くて、もうダメなんだ」
────レオン・ファレルは思ってしまった。
なんて贅沢な悩みなんだろう、と。
なんの才能もなく、守る側にも回ることができないただの無能に成り下がった彼がリオンの悩みを聞いたところで最初から解決できるわけがなかった。
なにが辛いだ。その辛さのおかげでお前は一生をなんの無駄もなく生きることができる。
それ以上の正しさなどない、間違っているはずがない。
逃げる必要は端からないはずだろう。
彼はほんの少しの時間で沸き上がった嫉妬心で『夢』を失った。
「────よかったじゃないか、選ばれて」
「…………なんて」
「だってほら、キツいのは今だけだ。いつかお前が当主になったら誰も文句はないし言ってしまえば自由だろ? そこまで難しいことは考えるな、大丈夫だ。頑張れよ、リオン」
ぽんっと肩を叩くと同時に、レオンの言葉に驚いていたリオンの表情は薄暗く俯いて次第に読み取れなくなっていく。
内心怒りが勝っていたが、それでもこんな表現を使ったのは後のリオンが言う"善意という悪意"なのだろう。彼はなるべく微笑んですべてを言い切ったつもりだ。
ふるふると震えていたリオンはゆっくり深呼吸を繰り返し、吹っ切れたらしく突然顔を上げて不器用に笑顔を作った。本当に不器用で下手な笑みだった。
「……そっか、そうだな。その通りだ」
「大丈夫だ。いざとなったら頼れる人はいるだろ? 安心しろ、お前が思ってるより味方は多いから」
「分かった……ありがとう、兄上」
そう言ってリオンは兄の手を肩から離させた。……触れた手が震えていたのは気のせいだと思うことにする。
「部屋まで送ろうか?」
「いや、いいよ。あんまり子供扱いするな」
「もう14だからな。分かってるさ、ちゃんと寝るんだぞ」
「分かった。分かったから」
まだ心配し足りないような口調で話し続けるレオンを遮り、扉を開けたリオンは最後に振り返りこう言ってきた。
「おやすみ、じゃあな」
「……? おやすみ、リオン」
いつかこうやってまた話そう、の意だと思っていたレオンはそのまま出ていき廊下をふらふらとさ迷う弟の姿が見えなくなるまで見守ってから眠りに就く。
彼には特に変わった様子はないと自分の心を騙しながら。
次の日、雨が止んだ朝にリオン・ファレルは姿を消した。
──最後に"彼"が見たのは、朝日が昇るまでベッドで丸まり絶望でひたすら泣き続けた小さな背中。
それと聖剣の輝きを宿した青い髪の剣士の優しい手に導かれ、この宵世界から消えていく心の凍りついた弟の姿だった。
◇
目が覚めた。
急激に流れ込む記憶の欠片は脳を満たし現実の現在を金の瞳は見据え、彼は人知れず己の無能さを痛感し、涙が伝った気がした。