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ANASTASIA  作者: 桜依 夏樹
Afterglow Restart&Reunion.
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2-6 愛と過去と優しさと 3



 衛兵の制止する手と声を無視し、屋敷に飛び込んだ二人は地下にある儀式の間へ足早に向かった。

 やたらと長い長い階段を駆け抜け、地の深い底も底に造られた仰々しく扉に塞がれたその空間に出てきて真っ先に入ってきたのは──不思議な輝きに包まれて両手を掲げた女性の姿。


「曾おばあ様!!」


 叩きつけるようなタレイアの叫び声が届いたか、振り向いた女性は百を越えているとは思えないほど美しく、まるで女神のように清らかな宝石の瞳で一族の末端を見つめている。


「そろそろだと思っていましたよ、タレイア」


 彼女はネレイス・ルミエール。

 年齢は今年で119歳。すでに宵世界全体で見ても平均寿命と世間一般で認知されている最高齢を大きく上回っているが、見た目だけならまだ40代に差し掛かったかどうかといった容姿をしている。

 緩やかなドレス風の装束を身に纏い、紅を差し、午後の散歩を楽しむ貴婦人のごとく穏やかに微笑む姿はあまりにも自然すぎて、タレイアが彼女を「曾おばあ様」と呼んだことにはレオンも驚きを隠しきれなかった。

 悪い言い方に聞こえるだろうが、彼女はなんだか永い年月を生きる魔女のようだ。

 そんな印象が残る女魔術師ネレイスは自らの立ち位置をずらし、部屋の奥に設置された姿見より少し大きいくらいのなにも写らない鏡を見るよう二人に促す。


「ここです」

「──待って。曾おばあ様、これは路地ですよね? なにも、誰もいません」


 ネレイスの魔力を帯びた鏡に映ったのはプリマエアリゾートの商業地区辺りの路地裏。

 人通りはほぼ皆無、陽の光があまり差さないせいで気味が悪くは見えるが、だからこそなにもない。


「いえ、在ります。どうやら感知されぬよう、上から隠匿の魔法を重ねているようですが……私の"眼"は誤魔化せません。近付けば貴方達にも見つけられることでしょう」


 彼女は確かにそこに在りながらあたかも存在しないかのように振る舞う"なにか"についてよく理解しているらしい。

 恐らくリオンであれば今ここで聞いた情報だけを頼りにすぐ見つけられるだろう。

 過大評価な気がしなくもないが、昔はそれだけ優れた能力があって当主にもなれると目されていたわけだ。


「ここにリオンがいる、そう解釈すればいいのですか」

「えぇ、います。そして貴方達の前に現れた異形の片割れもいることでしょう」

「二対一なんて卑怯な真似を……」

「いいえタレイア、それは違う。そうでもしなければまともには勝てないと判断した彼らは"正しい"と考えるべきです」


 ネレイスの言う通りだとレオンも思う。

 名も知らない奴らは、たとえ今は弱っているとしてもリオンが七の意思の"お気に入り"だと重々承知し、その理由もよく理解した上で単身ではなく二人で来た。

 一人きりにしてしまったのはこちら側の落ち度だが、そこから時間稼ぎと更なるかなり厭らしい魔法による分断を同時に行ったところを見ると相当のやり手である可能性は高い。今から例の路地裏に行ったとしてもやや頭が切れると思わしき連中にならとっくに想定されている動きだろう、そう易々と通してくれるか。

 なんにしても強行突破するしかない。搦め手で行動を撹乱しようとするならこちらは剣を抜くしかあるまい。


「先に行くぞ!」


 場所さえ分かればこちらのものだ。

 魔力感知が下手なレオンでもしらみ潰しに路地を伺って怪しい場所を斬ればなんとかなる。


「ちょっ、ちょっとぉ!?」

「無用な若さは時に大きな過ちと繋がります。……ですが、彼らはその過ちが必要でしょう」

「つまり……?」

「追う必要はありません」





 ぐるぐるぐるぐる。

 くるくるくるくる。

 道を進めば新たな道が、その道を進めばまた同じ道が目の前に広がる巨大な迷宮。

 かの神話のラビリンスはアリアドネの糸なくしては脱出も侵入もできぬ怪物の住み処だったが、術式による再現である以上は自己が保有する魔力の分にしか拡がらず維持できる時間も短いはず。

 しかし発動したのが異形で、かつ迷宮に通ずる者──ミノタウロスだった場合は話が変わってくる。


「っ、またか……!」


 頭上を見上げればそこには暗雲。黒く分厚い雲が天井なき迷宮の全域に敷かれ、不定期的に鳴り響くゴロゴロという音が聞こえてくると同時に始まるのだ。

 目映く輝きを放ち、黄金より美しい黄金色が映すのは上空から数秒後に降り注ぐ無数の雷。

 それらが落ちてくる前にリオンはその場から離れ、回避行動を取り続ける。別に動くだけなら大した労力ではない、攻撃は見えているし心眼自体はそこまで魔力を消費することもないから。

 だが問題はさっきからこれを繰り返していること。脱出しようとは思っているのに全く集中させてもらえず、稲妻が落ちて焼け焦げた跡で現在地を覚えても気付けば同じ道を歩いている。

 繰り返すが、動くだけなら大した労力ではない。

 しかしリオンも人間だ。長時間動き回り、思考力を巡らせ更には心眼と回避、疲労するための要素があまりに多い。

 あの浮浪者じみた敵はこんな状況の彼をニヤニヤしながら安全圏で見守っていることであろう──と考えたら余計に腹も立つので実に面倒くさい。


「……戻ってきてしまったな」


 降ってくる雷によって方向感覚をずらされるのも致命的だ。回避に専念していると一本道でもどちらの道から来たのかが曖昧になり、結局今のように迷ってしまうのがオチ。

 本の上からなぞるわけではないリアルな迷路というだけですでに難易度が高いのに、攻撃までされたら本当に脱出できなくなるだろう。

 そして例の雷から推測するに、やはりこの迷宮を発動させた男の正体は"ミノタウロス"だと思われる。

 ミノタウロスの別名"アステリオス"は雷光を意味する名。

 元々のラビリンスに雷の仕掛けは存在しないので多少は魔法の術式による改造を受けているらしい……が、本人でなければこんな罠は用意できない。

 異形としてのミノタウロスは不可視世界から時折出てきて、こうして人間のような姿で人喰いを行うとかつて本で読んだことがある。

 先程も言ったが、普通の魔術師が再現した迷宮なら魔力量にもよるが時間で解決できた。

 ところが同個体ではないとはいえ、同じ名を持つ異形が発動しているとなれば少なからず"補正"というものがかかる。

 やはり原因を取り除くしかリオンが脱出する方法はない。

 まずは進むのだ。止まっていても出口は自分から開いてなどくれない、それが残酷な迷宮が突きつける一種の絶望だと胸に留めておきながら。


「いっそ破壊できたらいいんだが……」


 銀弓操作(ブラッドヴァリー)を使えば壁どころか迷宮そのものをぶち壊せる自信がある。

 それができないのは銀の腕が使えないから、左腕がまともに動きやしないからだ。フェイルノートはリオンの方で管理しているので取り出すくらいはできるが、限定開花(レミニセンス)クラスの一撃を片腕で放つのは不可能。

 今のリオンが使える戦闘的なスキルは簡易の魔法と精度が心許ない銀弓(ぎんきゅう)のオート発射くらい。

 壁にヒビを入れるならともかく破壊までは無理だ。


 ぐるぐるぐるぐる。

 くるくるくるくる。

 鳴り落ちる稲光を避け続け、ついに疲労が全身に表れ出した。

 すでに三時間ほど歩いた気がするが実際にはそんなに時間は経っていないかもしれない。時計や太陽が見られない今ではその感覚も薄れて曖昧になっている。

 裂けるような音と焼けるような痛みが一瞬身体を掠めて大地を抉り抜く。疲れて息が荒くなり始めた辺りから、タイミングが視えているのに雷の攻撃を完全に回避しきることができなくなってしまった。

 休むな。休むために止まってはいけない。

 迷宮で停滞するということは気力をなくすことに他ならない。歩きながら冷静になるのが最も休まるはずなんだから、座り込んだりせずに前進だけはし続けるべきだ。


 進め、進め、進め、進め。


 道はまだある。元の場所に来てもとりあえず行き止まりにはまだ引っ掛かったことがない。

 焦らなくても進めるなら出口に近付けている可能性は高いはず、落ち着けばダメージを受ける確率は下がっていく──だから冷静に、壁を伝いながら進むのだ。

 上から音がしたら未来を見つめて、せめて被弾する数が少なくなるよう努める。

 数秒経った未来に降り注ぐ無作為な雷は、冷静さを順調に失っていく彼の肉体をいとも簡単に貫き、上手くサイドステップで回避しようとしたその左足首に突き刺さった一撃は、アガートラームで治癒できないリオンには致命的なダメージとなった。

 ──思ったように足が動かない。

 右は動くのでゆっくりなら歩けるだろうが、今までの軽やかな動きで雷を避けることはできない。


「うぁ……!?」


 立ち上がる瞬間に足元がぐらついた。

 そのまま重力に逆らえず身体を強く床に叩きつけ、早く起き上がろうという気が急速になくなっていく。

 そうしてふいに昔のことを思い出す。小さい頃、腕が片方しかなくてなにかをやろうとしてもうまくいかないことが多かったあの頃──こうして転んだ時に支えてくれたのは誰だったか。


「…………」


 銀腕さえあればこんな惨めなことにはならないのに、と胸が痛くなる。逆に言えば、銀の腕がないリオン・ファレルはこの程度という事実に彼本人がようやく気付き始めているのだ。

 自力じゃ治癒魔法も使えず、すべてを神造の叡智に任せきりにしてきた魔術師がこの世で神に見初められた人間だなんて笑わせる。

 所詮は身体が欠けた未完成品の人間、一人じゃなにもできない。

 御三家で産まれてからずっと罵られ続けてきた理由が大人になって、同じ状態に戻ってから分かり始めた。

 結局──誰かの手に引かれていなければ歩けない、それがリオンの本質だ。

 だから今日も誰かが来るのを待って、誰かが手を差し伸べるのをこうして地べたに這いつくばって待ち続けて────。


「リオン……!!」


 あぁ、声がする。

 どこかでいつまでも待っていたような誰かの声が。


「大丈夫か!?」

「……なんだ、兄上か」

「なっ、なんだってなんだ。ひどいぞリオン」

「別に」


 そっくりなのにちっとも似ちゃいない白い装束の兄はいつものように人の気も知らずに微笑んでいる。

 よくぞこの危険な迷宮を傷ひとつ負わずに一人で駆け抜けたものだ。さすがは天性の大馬鹿兄であると言っておくべきか、とりあえずは褒めるとしよう。


「タレイアは?」

「後から来るはずだ。俺にとってはタレイアを待つよりリオンを探す方が優先だぞ」

「そうか。それで、出口は?」

「……あっ」

「……やらかしたな」


 曰く、慌てていたから事前準備もなにもしていないとのことだ。

 見た目でラビリンスだと解るのだからアリアドネの糸とは言わずとも近いものを用意しようと思わないところがなんというかレオンらしさに溢れている。

 仕方がない……とは言えないが、二人いれば多少探索が楽になるだろうし、レオンには来た道をなんとしても思い出してもらおう。ミイラ取りがミイラになったとか洒落になっていない。


「傷が深いな、動けるか」

「これくらいは許容範囲だ、馬鹿にす──ッ」

「強がってもいいことはないぞ、少し休もう」


 起き上がる度につまずきそうになるのを見かねたレオンは無理矢理だがリオンを壁の近くに座らせて一旦休息を取るよう促す。

 一人ならともかく二人でならまぁ多少はいいか、と腹立たしくはあるが肩の力を抜いた彼は上から見下ろしてくる忌々しい兄を見て、妙なことに気がついた。もしかしたら偶然かもしれないので本人に聞くつもりはないが──目が、輝いていたのだ。

 レオン・ファレルは不適合者(ルーザー)ではないが無能である。

 これは現行の御三家ならジュノンのような幼子以外は誰でも知っている情報で、本人もコンプレックスにしている。

 物見の心眼は能力の発動時に瞳が発光する不思議な現象があり、これがないレオンは一般人と同じで瞳がきらきらと輝いたりはしない。

 ……ただの見間違えだ。自分の目が未来視していたからちょっと視界が明るかった可能性もあろう。


「リオンは諸々が落ち着いたら行きたい場所はあるか?」

「なんだ急に」

「聞いただけだ。気になるというよりは、話題がそれくらいしかない!」

「……明世界に帰る」

「……明世界……?」


 当たり前だがリオンは愛する恋人ともう一度あちらの世界で暮らしたいと思っている。

 ファレルの家のゴタゴタが解決し、七の意思に許されるのであれば再び梓塚へ往き彼女と死ぬまで幸せに生きて、もし再会するならあの少女には友の形見を渡さなくてはならない。

 本当なら一ミリだって戻る気がなかった宵世界に来たのはオリオンの最期の姿に憧れたからであって、決して兄や父と永住したくないし考えただけで吐きそうだ。

 それはレオンも分かっているだろうに、何故そんなにも不思議そうな顔をするのか。


「──そうかそうか、明世界に」

「今度はなんだ。突然笑うな気色悪い」

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「…………待て、なにを言っている」


 おかしい。おかしい。おかしい!

 今そこにいるのは本当にレオンか? レオン本人なのか?


「なにもおかしなことは言っていないだろ? 俺はリオンの兄、だからな」


 そうだ。だからこそおかしい──分かっている。

 だというのに疲労に加えた安心感から来た眠気で瞼が閉じるせいか、これ以上口答えやら反抗やらができそうにない。


「大丈夫、今は疲れて混乱しているだけだ。ちょっとだけ休んで冷静になれ。だからおやすみ、リオン」


 囁く声の優しさが耳から通じて脳に余計な信号を送りつけてきた。

 絶対に眠ってはいけない、あれは罠だ。確実に目の前のレオンは敵が化けた姿だというのに体は言うことを聞きやしない。


 あぁこれはまずい。


 薄くぼやけて黒い世界に消える視界が最後に捉えたのは、妖しく笑みを浮かべる兄だった。


「────」

「……こんなものかな」


 ────すやすやと寝息をたてる彼を見て笑っているソイツは確かにレオンの姿をしている。本物と何一つ違いはない。


「ご苦労だった、さすがの変化技術だ。見分けがつかなすぎて攻撃しそうになる程度にはね」

「それはどうも。最高の誉め言葉として受け取っておくよ、ミノタウロス」

「あぁそうしてくれたまえよ。……さぁて」


 急に曲がり角から現れたあの男、つまりミノタウロスはレオンらしき人物に労いの言葉をかけた後、ぐっすりと眠っているリオンに近づいて身体を引っ張りあげようとする。

 ──もう分かるだろうが、彼らはヴェルメリオ帝国の差し金だ。大量の人肉と大金を報酬にすると提示され、実際に半分をすでに預かった状態でターゲットたるリオンの行方を追ってプリマエアリゾートに先回りしていた。

 半人半異形の二人組である男たちは互いにこの迷宮と変身を得意とし、先程までレオンを足止めしていたのもこの今は彼に変身している奴の方だ。

 帝国軍はアルブスの国内では戦闘行為を行わないと停戦協定で結ばれているため、兵士が来ることはない。しかし傭兵なら雇い主が帝国であろうと軍の所属ではないので関係がなく暴れまわることができる。

 協定の穴に漬け込んだ卑劣な作戦だがこれもまたあちらの頭のよさだ。

 見事に騙されたリオンはこうして間もなく浚われてしまいそうで、気をよくした男もまたベラベラとよく喋る。


「全く、お兄さんも人間だ。兄弟愛なんてものを持っているからこうな────」


 途中で響いた強烈な破裂音。

 なにかを潰すような気持ち悪いぐしゃりという音で、ミノタウロスの声は掻き消された。

 一瞬すぎてなにがなんだか分からなくなった状況で、片割れの男はリオンを見る。

 ちょうど彼は右腕を持ち上げられていて、震えながらもよく見ればそこにあるのは──銀弓・フェイルノート、と矢で串刺しにされ血肉が吹き飛ぶ相棒の崩壊した顔面。


「ミ、ミノタウロスッ!?」


 断末魔も上げられぬまま力を失いするりと崩れ落ちた牛男はすでに死んでいる。矢の当たりどころが悪いので即死だ。

 そしてミノタウロスの死は迷宮結界の解除にも繋がる。

 男につられて崩れたリオンは弓を右手に握り、崩壊しつつある迷宮の淡い光と男の死体を見つめながらこう言った。


「俺は兄上がいて安心するとは思わない。なにをされるかも分からないのに、眠ってなどいられるか」

「じゃあお前、芝居を……?!」

「あぁ、俺が近付けないなら奴を近付ければいい。この至近距離なら確実に当てられる」


 レオンの様子がおかしいことに気付くまでは少しだけ眠ってしまいそうではあったが、なにせ彼はあのワードを口にした。絶対に兄が言わないあの言葉を、だ。

 だからリオンはこれを逆にチャンスだと受け取った。

 出口に近付くのが難しいなら、このレオンが敵なら、必ず隙を見せた時にミノタウロスは現れる。しかも赤の国の刺客ならば自分に触れてくるのは確実なので、そこまでいけば銀弓・フェイルノートのオート発射でも外すことはない。

 代わりに偽物レオンには対策されてしまうがそこももう問題ないだろう。


「くっ、リオン・ファレルお前は────ア、ッ!?」


 もう確実にレオンのものではない異形の爪を見せた生き残りは鋭く尖ったそれを彼の脳天めがけて振り落とさんとするが、突如として背中を突き刺した白い痛みに邪魔をされた。

 吹き出す血飛沫はミノタウロスの肉片と同じようにリオンに降りかかり、気に障った彼に睨まれて視線を背に向ければ────。


「悪趣味な変装だ、俺の姿でリオンに近づくなんて羨ましい奴め」

「そ、な……レオン・ファレルが、も、来て……」


 変化の魔法が途切れ、おぞましい怪物の正体を露にしたその男に突き刺さる銀剣は闇を裂くよう月の輝きに照らされた刃で異形を両断する。

 腹から上に切り上げられた怪物は見事に二つに割れて中身をぶちまけ、辞世の句もなくふらふらと三歩ほど歩いてから地面にぐしゃっと潰れて死んだ。

 観光都市とは思えないほど血生臭いにおいが漂う路地裏に、気付けば兄弟だけが静かに向き合っていた。


「……リオン、その」

「兄上は、そこまで俺に優しくはない。そこを間違えたな」

「えっ、リオン?」


 レオンはリオンを家に連れ戻そうとしていたのを覚えているだろうか。

 明世界に行くことを許すはずがないのだ。

 自分勝手で弟さえも離さない兄が──と、はじめからリオンはそれを分かっていたから変化を見破ることができた。


「……戻ろう、一緒に」


 彼はなにも言わず、彼はなにも謝れず、その場を後にする。

 都市に穏やかさと静かな夜が訪れるのと共に路地裏の血だまりは少しずつ夜風に溶かされ消えていった。



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