1-59 泡沫の夢 1
真っ白に世界が消えた中で、ちょっとした会話を思い出した。
「いいよなぁアンタは、なんだよその槍めちゃくちゃ強いじゃんか」
「武器は強ければいいってものじゃないのよ。というかアナタの方だって、かなり強力な剣だと思うけれど」
「ええー!? 絶対にそっちのが強いに決まってんじゃん、いいなぁいいなぁ」
一人で千人を相手取ってもこの人は勝つことができる──そんな確証を抱いていた彼が万物に勝る槍を羨むのも当然だと彼女も思う。
それでも彼女は槍を一度も持たせることさえしなかった。
理由は今となればなんとなく分かるが、当時の彼は知る由もない。
「大きな力には、大きな代償が付き物よ。だから簡単に貸し借りはできないわ」
なにを言ってるんだろうと言い訳にしか取れなかったかつての言葉が、こんなにも重い意味を孕んでいたことだって。
神は彼女の存在を許さない。
邪竜を殺すためだけに生まれ変わった彼女は、文字通り邪竜の死と共に終わるのだ。
理由は至極単純で、もしも討伐に成功したとしても彼女が第二の邪竜となり強大すぎる力による支配を望まないとは言い切れないから。
神々は、災厄と第二の災厄の候補を相討ちにするためだけに遥か昔に竜を倒したアーサー王には匹敵しない魔力と命、その全てを擲てば発動できる必殺の限定開花を秘めた聖槍・ロンゴミニアドを授けた。
あの人には最初から誰かと共に生きていく未来なんて存在しなかったのだ。
決められた運命、決められた人生、決められた役割だけをこなし世界の敵を屠るのが彼女に与えられた世界の理。
……だとしても、クロエ・メア・ヴィンセントは後悔しない。
何故ならば────。
「また会いましょう、愛しい子達」
こんなにも眩しくて愛すべき、世界は違えど共に在り続けた大切な子達がいたのだから。
竜の星が空から墜ちていく。
あれだけ輝いていた白夜のような光は一瞬にして消え失せ、今や弱い灯火だけがひょろひょろと揺れているだけに過ぎない。
もう魔法の防壁は影も形もなくなった。
魔力でできたものの効力が無くなる事態が意味するのは、たった今この時を以てクロエという女性が死んだという言うまでもない当たり前な結果だ。
「……くそッ」
それぞれが悲しみに暮れる彼らはどこまでも無力だった。
"犠牲を出さない"と目標を掲げるのは簡単だろう、しかし生死を賭けた戦いともなれば当たり前だがどちらかが死ぬのだ。誰も欠けずに生き残ろうなんて夢物語にもほどがある。
だとしてもたった一人を相手にここまでしてやられた挙げ句、まんまとほぼ無傷で生き残ってしまうなんて使命を掲げてここまで来たオリオンにとっては悔しくて仕方ない。
一目見れば分かるほど紅く崩れた手のひらが示す通り、死ぬことが前提だったクロエを除けば一番死に近かったのは自分で、彼女の意志があるからと言って一颯を止めておきながら、守りを破って飛び出してそれこそレヴィアタンの時のように限定開花を急所に撃ち込めば、あるいは大事な人達が生き残れる未来もあったかもしれない──と思ってしまう。
生き残れたとはいえ璃音だってどこまで再起できるか、巻き込んだ側として責任を感じないわけがなかった。
「オリオン、大丈夫……?」
「全然平気。槍が落ちた場所に行こう、姉さんもいるかもしれない」
本当は人の死慣れてない一颯が一番辛いはずなのに、剣士が弱い部分を見せてどうする。
弔う時間くらいはきっと残っていると今は悲しみをぐっと堪え、警戒の意図を兼ねて聖剣を握り締めながら瓦礫まみれの道を行く。
後ろは見ない。心配そうにしている視線をただでさえ感じているのに、顔まで見たらついに泣き出してしまいそうだ。
いつぞやの時に璃音には泣いてもいい、弱音を吐いてもいいと言った覚えがあるが言った本人はその領域にはもう立てないとずっと昔から考えている。
まるで勇者気取りだと罵られるかもしれないが、不特定多数を守ると決意した瞬間から悩むことはあれど他人の前で決定的な弱味を見せてはならないという彼なりの信念に基づいた決意の表れだ。
だから身内が死んだって涙を見せるようなことはない。
だからなにを見ても平気、なんの心配もない。
「────は、ハハ……」
そう、なにが起きていたとしても。
「女神アナスタシア、侮ったな。僕が、過去の僕と同じである保証がないのに……フフッ無駄に命を消費するなんて、あの人は本当に愚かな女だ!」
──身体中に穴を開けられても生きている邪竜がそこにいるとしてもだ。
「嘘……!?」
「なんてしぶとい野郎だ」
そこに立っている明星は、身体を串刺しにされた形跡自体は残っており全身は浄化の作用を持った光で溶けるようにゆっくり蒸発こそしているものの、口はこの通り動いているし思考や行動に支障がないように見える。
クロエは限定開花に失敗したのかと聞かれれば答えはNOだ。むしろ攻撃を受けたからこそ彼はこうして傷だらけで立ち塞がり、無事に生き残れたことを笑っているのだと思われる。
「おかしいと思うか、よく考えれば分かるだろう? アーサー王に倒された邪竜は確かに僕さ、しかし同時に僕は今世に新たな命として産まれ落ちた全く別の存在でもあるんだ。因果的消滅というのは明星東という形を成す僕には縁のない言葉で、彼女は完全に無駄死だったのさ」
邪竜ヴォーテガーンであり、同時に人間の明星東という側面を持っている彼はヴォーテガーンを殺した逸話があるロンゴミニアドに刺されてダメージは受けても、同一個体ではないため因果的消滅は果たせない。あくまで彼はかつて邪竜だったモノ、それは生まれ変わっても──いや転生したからこその利点だ。
最初からその点だけはよく理解していた明星は聖槍の存在を危険視してはいたが、人間として安全圏に立っている分未知の存在よりよっぽど安心感があった。
つまり、聖槍に関連するやり取りが始まってからの明星はほぼ演技を貫いていたことになる。
魔装束を身に纏うだけで高位魔法に匹敵するエネルギーを放つクロエの脅威性の高さが他二人よりも優先的に排除する必要があると判断したが故の行動だったが、まんまと騙されてくれるとは彼も思っていなかった。
そうしてクロエは彼の読み通り聖槍の限定開花を発現させ、無意味に命を散らしてこの世を去った。彼女は最期まで明星の真実に気付くことはなかっただろう、その方が幸せかもしれないが。
「彼女は強い人だ、認めざるを得ない。けれど最初から持っていた強さだから僕に負けたのさ。長い人生を僕のために費やしたのに、かわいそうだね」
たった五文字だ。この五文字を聞いた途端に頭の中に溜まっていたモヤモヤが一気に吹き飛んだ気がした。
最近は恥ずかしくて邪険にしていたが、宵世界に来て初めて手を差し伸べたのがいつか一颯にだけ話した彼ならば、そのことで悩み苦しんだところを救ってくれたのは道を示してくれたのは紛れもなくクロエだった。
なにをしても人並みの愛情を以て接し、姉としても先輩兵としてもその背中に何度も力を分けてもらったのを彼は忘れない。
故に許せなかった。
クロエ・メア・ヴィンセントが生きた道を、"かわいそう"という軽い一言でまとめられるのが。
「……」
「おや、なにか言いたいことが?」
声を張り上げろ。目の前の敵を許すな。
体がまだ戦えると言うのなら、そこにまだ邪竜が生きていると言うのなら、オリオン・ヴィンセントの使命はまだ終わっていない!
「テメエは、俺が必ず────倒すッ!!」
呼応するように輝いた聖剣は真紅の炎に染められ振り下ろされた。
風よりも速く夜闇の奥にいる竜に辿り着き、片手で抑え込まれながらも火花を散らし続ける黒夜の星の残されたエネルギーはかつて融合体キャロルを倒した時と同じく剣の中へ集束し、後を追って駆け出したオリオンの動力となって音を立てる。
そして唖然としていた一颯も動き出した彼の意思を汲んで青い結晶体に願う。
「先輩、力を貸してください!」
魔術師を型どっていた彼女の力強い意思に対し、追想結晶は優しくもやはりどこか似たような強さで応える。
ついに解き放たれた三つ目にして最も未知数な力を秘めていた青い閃光が少女を包んで弾けて消えた時、そこに立っていた一颯の姿は驚くべき変化を遂げていた。
左手には贋作遺装の銀弓・フェイルノート、そして魔装束は彼のものとはなにもかも違う。彼女は知らないが女性に変化したレオンが身に付けている和服もどきに近いものだ。
変身成功に喜びたいがそうも言っていられない。
彼がするように念じる。イメージで魔力を矢の形に変えて、それを弓に番えてしっかり標的を定め、撃ち放つ────!!
「あいつ……!!」
「よそ見してんじゃ、ねえッ!!」
矢そのものは御されてしまったが、追想武装が変化したことに戸惑った明星にできた隙は大きく一撃を見舞うには十分すぎた。
聖剣の輝きが握った手から痛いほど伝わってくる。ひびが入った身体が割れるほどの力を感じる。
「おッらぁ!!」
「ぬ、ぅぅ……!」
斬り上げた翼は元々穴ぼこだらけだったのがあってか、真っ二つに切り裂かれた。
ぼとりと重量感ある音が響き、そちらへ視線をやった明星の表情には余裕はあっても愉快さは感じられずむしろ怒りに近い。
片割れの翼を広げ、目の前から未だ離れないオリオンに向かってゼロ距離で羽根攻撃を浴びせる────が、さすがに二度目は簡単に食らわない。
なんと、剣に残った限定開花のパワーをジェットのように噴出し一瞬で空に舞い上がったのだ。
そんな馬鹿なと明星が目を丸くしたのも束の間、次は正面で青い光が迸り放たれた時にはもう遅くド直球の一撃を浴びせられた。
「ハ──これも、愛か……! 感情なんて、脳から発せられる信号のはずなのにッ人間は、その不安定な存在を奇跡に等しい力に……変えられるッ……何故!?」
彼からすればアクスヴェインもそうだった。
理解できない"愛"を抱き、20年も貫いて本来なら成し遂げられないような奇跡に至った。
確かに彼の愛に興味はあったが理解はできず、最初は自らの目的を果たすためだけに冗談半分で手助けしたはずが気付けばあの男は本気で馬鹿げた大魔法を完成させている。
目の前の彼らもそうだ。なんのために戦い、力を得たのかはその姿と奮闘ぶりでよく分かる。
先程より動きが速く、一撃の重さが違うせいで二対一という状況がより顕著に表れているように感じた。
今の彼らは、さっきより明らかに強い。
「僕は……お前たちの持つ、僕が理解できない感情を認め────ッ!!」
宣言も今の彼の耳には届かない。
上空から降り注ぐ大地を穿つ天の一刺しは明星を捉え、魔力を全開に放出させて逃げる間も与えずにもう片方の翼を貫いた。
「テメエのお喋りに、付き合ってなんかいられねえんだよ」
両翼を落とされた明星はついに膝をつく。
もう動けない、再生しようにもこれから待ち受けるのは聖剣・エクスカリバーの限定開花だろう。当然だが逃げ場など一切ない。
一方でオリオンも自らを襲う激痛に耐え、歯を食い縛り、魔力を再度聖剣へと流し込む。
恐らくこれが最後の限定開花になるだろう。
だが悔いはない、ここで明星を仕留め世界を守り仇を取れるなら剣士としてこれ異常ない最期と言い切れる。
「聖剣、解放────」
紅く燃える星の光は漆黒の夜空に抱かれて徐々にエネルギーを高めていく。
ほぼ目の前で動けなくなっている最大の敵に狙いを定め、闇に一際輝く白金色に渦巻きながら聖剣を振り下ろさんと構え──────。
「黒夜…………ッ」
ガシャン、と──。
身体の奥底で、鳴ってはならない音がした。
「…………僕の、勝ちだ……!!」
明星の声は聞こえてきたか。
色がなくなった剣は流星に至らず、世界が崩れ落ちる。
体内でなにかが割れた。なにが割れたかは判らないが、とにかくなにかがなくなったことだけが感覚として理解できた。
宙にふわりと浮いていた身体が地面に叩きつけられ、起き上がれない。
「オリオン!!」
一颯の声は分かる。ちゃんと判別できる。
よかった、なら大丈夫──自分に言い聞かせるが状況は中々悠長にしていられるものじゃない。
「時間切れだ……君は、死ぬ。僕ではなく、聖剣に殺されるのさ」
オリオンは今の交戦だけで一体何度限定開花を発現したのか、元々限界だった身体は連続して聖剣が発する呪いに耐えられなかった。
言葉だけでは伝わりづらいが、最も悲惨なのは戦う前の最初から侵食されていた右手だ。
ひび割れだけで済んでいたはずなのに今や完全に白い肌が消えて割れた箇所から覗いていた真っ赤な魔力の塊が手の形をしているだけとなっている。
肩の辺りもボロボロと崩れているので、恐らくだがアームカバーの内側も形だけの魔力に変化しているだろう。
「明星、先生……」
「月見さんもよく頑張った。悲鳴ばかり上げていた頃が……懐かしいよ。だから、見逃してあげよう」
「どこに行くつもりですか」
「宵世界だ」
「えっ」
「僕は宵世界へ行く。当たり前だ、本来僕は宵世界に産まれ宵世界で生きる存在。この傷を癒すにはちょうどいいし都合もいい」
今トドメを刺すのは簡単だ。
しかし、両翼を失い穴ぼこだらけの身体では下手をすれば一颯に敗北する可能性すらある。ならここは撤退し、傷を癒して再起してからもう一度叩く。それならオリオンは死んでいるだろうし一颯に負ける道理はない。
彼女だって愛する彼を放置してまで追いかけたりはしないだろう。それくらいは明星にだって分かる。
「僕は、必ず帰ってくる。だから……楽しみに待っていてね、月見さん」
夜空がぐにゃりと歪み、UFOのキャトルミューティレーションのような光を浴びた邪竜人は梓塚の空へと浮いて消えていく。
待て、と言う暇もないほどあっさりとした撤退に目撃した一颯は言葉を失った。
「……こんなことって……」
ここで明星を逃せば次はない。次に彼が現れる時は梓塚だけでなく明世界全体が恐怖と混乱に支配されるだろう。
どうしよう、どうしよう、どうしよう。
頭の中に浮かぶのは見たくもない最悪のビジョン。
誰も抗えない。
一人で戦っても勝てない。
きっと世界は終わって、希望のない未来だけが取り残される。
「やだ、そんなのやだよ……」
ぽたぽた落ちる雫は止む気配がない。
「まだ、止められる、から」
「オリオン……?」
「俺たちも、行こう……宵世界に」
ぐらり、ぐらり、と頭を揺らしながらなんとか上半身を起こしたオリオンは彼女の肩を借り、剣を握ると──ゆっくり空間を切り裂いて扉を作った。
「アイツが、遠くに行く前に……追いかければ……」
「でも、貴方そんな状態じゃ」
「大丈夫。まだ剣が振れる、魔力もある」
「違う!!」
違う。一颯が言いたいのは明星に勝てるかなんて話じゃない。
「オリオン、これ以上は……もう」
「──俺は剣士だから」
「私は!! 剣士じゃなくて、オリオンに言ってるの! 私の大好きな貴方に言ってるの……っ!」
彼を突き動かすのが剣士の使命なら一颯が止めるのは愛する彼自身だ。
もう時間はない、それでも動かなければまだ生きる道があるかもしれない。
わざわざ自分から命を削らないでほしかった。できる限り長い時間を生きてほしい、たとえ世界が救われなくても。
「イブキ、俺もイブキが大好きだ」
「…………」
「剣士だからって言ったけど、本当は俺個人が叶えたい願いなんだ」
「願い……?」
「イブキが幸せに生きてる世界であってほしい。いつまでも笑って、ばあさんになっても笑っていられるような……不安なんてない世界」
不特定多数を護る宵の剣士としてではなく、一人の個人としての願い──月見一颯がいつまでも幸せでいられる、そんな未来にすること。
「……ダメ、オリオンがいないと私……楽しく笑えないよ」
「バーカ。どっちにしろもうすぐ死ぬヤツにいつまでもしがみついてんじゃねえ」
「なによ、それ」
「……とにかくアイツがいる世界にはいつまでも俺がほしい未来は来ない、だからアイツをブッ倒す。最後の瞬間まで戦い抜いてやるさ」
月明かりが射し込み始めた夜はもうすぐ明けるだろう。
1月5日の日の出と共に、命が尽きる前に明星東という殻を被った邪竜ヴォーテガーンを滅ぼし尽くしてみせる。
「だからイブキ、一緒に宵世界まで来てくれ」
あの夏の日を思い出す。
七色の使者は彼女の来訪をたった一度だけ許可した。その後宵世界には行けないとも言われた気がする。
制約があるとされる剣士がもし一颯を宵世界に連れていけばどんな罰を下されるか分からない。
だが、少女の答えはすでに決まっていた。
「──行こう、一緒に」
彼の手を固く握り締め、宵の世界へ旅立ち、最後の戦いへと踏み出した。
◇
「認められない」
「あってはならない」
「許してはいけない」
「罰を」
「あの剣士に」
「相応の罰を与えねばならない」
宵世界において、神たる七の意思は絶対である。
七柱の神は本来二つの世界の過度な干渉を認めない。剣士はあくまで均衡を崩しかねない異形の存在を消すことだけがもたらされた使命であり、使命に反した行動は許されない。
ただでさえ問題ばかりを起こすオリオンは七の意思にとって邪魔だった。
アクスヴェインの一件以外にも、リオン・ファレルを明世界へ連れ出してしまったり、今に関しては月見一颯に恋をしているなど──あまりに度しがたい。
ならば今が好機だ。
月見一颯が宵世界の大地を踏むのは一度だけだと以前言った通り、二人まとめて消してしまえる。
「魔術師マーリン、馳せ参じよ」
「喚ばれなくても来ているさ、こう見えて耳ざといものでね」
虹色が満ちる光の世界に立つ魔術師は、普段より幾分か険しい表情で七の意思と向き合った。
「秩序の化身は無事か」
「あぁ。大した回復能力だ、僕は彼に場所を提供するくらいしか出番がなかった」
「そうか」
「あとオリオンに関しては処罰は待ってくれ、一颯ちゃんもね」
平然と言ってのける男は続ける。
「今や邪竜ヴォーテガーンを殺しきれるのはあの二人だけ、だから今回の侵入は仕方がないと僕は思う。それに……世界のバランスが崩れたら、君たちも危ういんじゃないか? 明星東は明世界の人間だ。君たちの成り立ちをこの世界に浸透させることは容易だろう?」
「……貴様」
「オリオンは手を下さなくても死ぬよ、一颯ちゃんはもうじき無害化するから僕が責任をもって明世界に帰す。処罰はそれからでも遅くない」
マーリンは知っていた。彼らの結末を、これから起こることさえも。
オリオンが死ぬのは決められた未来で、もう変えられない。それならばヴォーテガーンと相討ちになってもらった方がいい。
七の意思はリオンの快復を待つつもりだろうがそんな手間は事態を悪化させるだけ。
より効率的に、より確実に世界のバランスを元に戻す方法としてオリオン・ヴィンセントを利用しない手など存在しないはずだ。
「────よかろう、マーリン」
「認めよう」
「許可しよう」
笑みが溢れる。
そして、魔術師は振り返り花の世界を目指す。
「……さぁ、見届けよう。彼らの旅路、その終わりを」