1-48 ある男の独白
ヒトの感情は力がある。
その中でも"愛"という感情は時にあり得ない奇跡さえも可能にする──と、僕は認識している。
アクスヴェインについて、彼の印象は悪くなかった。たった一人のために奔走する哀れな姿に関してはむしろ応援していたと言っていい。
どうしてか、って笑えないわけがないからだ。
私欲に溺れ死者にしがみついて、世界平和を望みながら自分が好しとしないモノは排除しようと徹底する。そのクセ、最終的にはその害悪たる異形を利用した術に頼ろうと必死になった。
馬鹿馬鹿しいにも程がある。今世では大臣らしかったが、前世はとても素晴らしい道化だったんだろう。多分だが。
「他人の不幸は蜜の味」とかなんとかいう言葉を考えた人間は天才だと評価したいね。今の僕が思うアクスヴェインの死を言い表すのにこれほど相応しい言葉は存在しない。
さて、僕の意見は述べたが君はどう思う?
────そうだ。君だ。僕は君に聞いているんだ。
とはいえ返事を期待しているわけじゃない。したかったら方法はいくらでもあるだろうが、少なくとも僕に興味がない。
君はただ、僕という存在が発する声に耳を傾けてくれればいい。
僕が何者か知る必要はない。名乗るつもりもない。誰も僕を殺すことは叶わない。
どうやら僕は今あちらから来た剣士に狙われているらしい。
全く死に損ないの分際でよくも吠えたものだ。任期は半年だと言ったようだが、はたして本当に半年もこちら側に居られるかな?
運良く生き残れたとしても、殺されるつもりは毛頭ない。
たとえ僕の正体を知られようと、相手は所詮は偽の剣士。聖剣に食われて死に体になるような男が、あの恨めしく、憎らしい"王様"と同等の勇者になどなれるはずがないだろう。
七の意思は剣士に協力する素振りがなく、銀弓の魔術師と呼ばれていた黒弓璃音もたかが冠位を得た程度。神の操り人形に負けるほど落ちぶれてはいないとも。──そうだ、僕が殺して彼が本当に神々の下僕になる姿を見るのも一興と言える。
……強いて脅威を挙げるなら、"愛"だ。
僕は"愛"という感情に興味を示しながらも、同時に無限を秘めた奇跡の矛先を向けられる事態を恐れている。
女神アナスタシアは孤独な少年を愛した。
愛された少年もまた女神を愛し、結果──世界は終わり再編された。
そんな力を前にした時、僕は生きていられるだろうか。それだけが気がかりだ。
オリオン・ヴィンセントと月見一颯、彼らを相手取ることは容易であると断言しよう。しかしそこに"愛"が加わった時、……全く、恐れて足が震える。
人間の体は不便なものだ。
かつての"我"ならば、こんな事象は起きなかった。
ただし、明世界の人間に転生したこと自体は好機としか言いようがない。僕は忌々しい神々が失せた世界で、待ち望んでいた支配権を握る時がようやく訪れた。
転生から25年経った。イリヤ・レヴィナスも現れ、女神アナスタシアは力を失っている。
これを絶好のチャンスと言わずになんと言う?
僕は再び支配しよう。君たちの世界を、宵闇に浸る世界をも。
────────次に放つ変異体はコイツに決めた。
実験はいつにしようか。
明日?
明後日?
そうだ、記念日はどうか。
神代に刻まれた異形を喚ぶのは特別な日にこそ相応しい。
もうすぐ訪れる。
僕にとって、特別な日に──ね。