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ANASTASIA  作者: 桜依 夏樹
Dear Moonlight 宵世界編
60/133

1-47 月明かり




 ────まだ暑さ残る10月初頭。

 空に掻き消える数多の灰は、かつてこの世に存在してはならない怪異として人々が眠る夜を脅かす異界の使徒であった。

 風を纏って暗闇を貫く魔の一射が閃光を放つ。

 火花を散らして突き刺さる矢は異形の急所を悉く穿ち、悲鳴で大地を揺らすその口さえも黙らせる。

 こちらの世界の平均と比べれば長身にあたる自分より遥かに巨大な異形の者共に一切臆する気配はなく立ち向かうのは、リオン・ファレルと別世界でそう呼ばれていた彼と────。


「月見、交差点の奥に一体いるぞ」

「わかりました!」


 静けさに満ちた町中を疾駆する少女の影が風を切り、夜闇で身を隠していた小柄な異形を斬り伏せる。

 たった今、午前三時を回った真夜中の梓塚市は最後の一体を仕留めたことにより今夜の平穏を取り戻し、功労者こと月見一颯は肩の力を抜いてほっと一息ついた。


「悪くない動きだった。さすがに剣の重さは慣れたか」

「ありがとうございます。まだ振り回されないようにするのって難しくて、もっと体幹をしっかりと鍛えるべきなんでしょうか」

「ヤツのように強化魔法で底上げすれば大したことはなくなるだろう?」

「魔法……オリオンの追想武装だとあんまり得意じゃないんですけど……」

「それも慣れだな」


 アクスヴェインの一件以降、治療と処分が決まっていたオリオンは次の剣士の着任まで梓塚の異形退治を親友に依頼した。

 本人の扱い方はともかく弓という確実性のある得物で負傷する危険を最低限に抑えられるリオンは明世界行きを嫌がる代打を寄越すよりよっぽど効果的と判断したのだ。

 そう、あくまで経験豊富で宵世界出身のリオンに頼んだのであって──一颯を巻き込むつもりは微塵もなかった、はず。

 一颯が戦うことについて、決してリオンが提案したわけではない。

 彼女自身が望んでこの夜に立っている。

 遡ること約二ヶ月前、例の事件が片付いてから最初の夜に彼女は突然リオンの前に現れた。

 その時は半ば叱りつける勢いで今すぐ帰るように言い放ったが、まぁ素直に応じるわけがなく今日まで付いてきているのが実情だ。

 一月経った頃くらいからは彼もすっかり諦めてしまい、今では鍛練に励む一颯の戦闘行動について指導までし始めている。これでは先輩というより先生に近いか。

 一颯には一颯の事情があるし、オリオンにもなにかがあったんだろうと大人の対応で汲み取る他ない。

 ともかく今日の異形退治は終わった。

 あとはいつものように帰って朝を待つだけ────のはずだった。


「なんだか星が綺麗ですね」

「あぁ、珍しいな」

「今日ってなにかありました?」

「なにも……」


 七夕はとうに過ぎ、流星群が見られる等のニュースも報道されていない。

 しかし、今日はとても美しい星が夜空を彩っていた。宇宙という名の闇を煌々と照らし広がる星の世界はまさに、宝石箱をひっくり返した──と形容すべきだろう。

 梓塚に住む人々は深夜に星を観る機会はない。一颯もちゃんとした形で観測したのは一度だけだ。

 異形に支配された町ではただ立っているだけで食われかねない。その目で捉えられた瞬間、無惨に食い散らかされて死ぬことはほぼ確定したようなもの。

 だから見たことがなかった。


「あっ、流れ星」


 彼女が見つけたのは、星が揺蕩う真っ黒な深海の中を優雅に泳ぐ一粒の輝き。

 地球に辿り着かず砕けてなくなる最期の一瞬を切り取ったカタチは、不思議な光を纏って地上に降り落ちる。


「あの流星、様子がおかしいな」

「……たしかに……消えませんね」

「隕石──いや、まさか」


 速度を増し、うねりながら空を潜行する光が、黒き夜を裂く流星と化して大地を目指す。

 その様子にピンと来たリオンは眉間にシワを寄せ、淡く魔力を帯びた左手を翳し星を追うように伸ばすと最初は本当に薄く白が覆っていただけだったのに、星が落ちていくにつれ負けないくらい眩しく光輝く。

 どうやらリオンは魔力探知をかけたらしい。

 曰く、星の挙動があまりに不自然だったのがどうにも気がかりだったとか。


「月見、今からあの流星の着地点を伝える」

「もしかして行けって言うんですか!?」

「その通りだ」


 妙な笑みを溢したリオンが一颯に伝えた着地点は思いもよらぬ場所にあった。


 最初はドン引きしたものの、位置を聞いた途端そのままの勢いで現在地から反対方向に駆け出した少女は流れ星を追って夜闇を越えていく。

 住宅街を照らす灯りに影を残さず、ひたすら奇跡に向かって前進する姿を見送ったリオンはすでにいない。彼は明日の朝も早いため一颯に任せて帰宅している。

 しかし一颯自身はそんな出来事に不満を覚えたりしないし思ったりもしない。

 何故なら、彼女は今降り落ち行く輝きを夏が始まって終わり秋が近づきつつあるこの二ヶ月ずっと待ち続けていたからだ。

 追想武装の力で早々息切れしないおかげかいつぞやの全力疾走も真っ青な速度でアスファルトを蹴り、分厚い靴底が誰もいない世界に音を与える。

 流星はもう辿り着いただろうか。

 見上げた空に目映く満ちる光の中にその姿は確認できない。

 ──向かうべき場所は森林公園、丘の展望台。"彼"と出逢った運命の日に連れてこられた馴染み深くも懐かしい想い出の地。

 駐車場が整備された入り口から二百段ほどある階段を駆け上がり、躓きよろけながら頂上に着いたかと思えば今度は坂道に差し掛かった。当然のように走って登る。歩く時間も彼女には惜しいのだ。

 がむしゃらに走り始めてから早10分。

 最後の小さな階段を抜け、草木の隙間から覗く展望エリアに出てきた一颯は慌てた様子で辺りを探す。


「────あ」


 影を見つけた瞬間、急な風に吹かれた髪に視界を遮られたものの、彼女の瞳はその姿をはっきりと捉えていた。

 白い月明かりがスポットライトのように彼だけを照らす。

 鮮やかな青い長髪と対照的な紅い柔らかなマフラーがたなびく。彼を縁取る漆黒の装束は薄くぼやけた白い肌を鮮明にこの世界に描き出し、気配に気付いて振り返った顔の半分を覆う黒い眼帯があの戦いの記憶を痛々しく刻んでいる。

 長くも短い約60日という時間を経て、彼──オリオン・ヴィンセントは梓塚の地に再び現れた。


「イブキ、なにしてんだお前」


 開口一番にこれだ。

 人の気持ちも知らないで、散々心配させておきながら挨拶もせず暴言と言ってもいいほどよく刺さる一言を放ってくれた。


「アンタねえ……」

「あぁあえっと怒んなよ、シワ増えるぜ」

「そういうとこよ!」


 本当になにがあったんだろう。

 そう思えるほど、再会したのはなにも変わらないままのオリオンだった。

 ────なにがあったのか。

 まずはそれを聞き出さないとモヤモヤしたままだ。

 意外にも彼は簡単にその話について自分から切り出した。


「実は色々あって、こっちに留まることになった!」


 アクスヴェイン・フォーリスが起こした融合体や蘇生術に関する事件で、彼が何度も口にしていた"何者か"の存在。蘇生の技術を提供し、そうなるよう唆した──所謂すべての元凶というやつが、宵世界ではなく明世界にいる可能性が挙がったのだと言う。

 理由がいくつかある中で最も納得できた説は、梓塚に現れる異形・変異体についてアクスヴェインが関与を匂わせる発言をしていたこと。

 彼は融合体を作り出せても変異体を作ることはなかった。しかしゼピュロスをはじめとする四柱には関わっていると最初にオリオンに述べていた。

 アクスヴェインと梓塚に発生した異界の繋がりはなんらかの形で関連している。

 しかも25年という長い時間で、七の意思にも気付かれることなく宵世界から明世界に干渉し続けるには無理があった。剣士が明世界に赴くことにすら多くの制約を設けている神々が感知していれば犯人は確実に消されているはず。

 一颯はリオンが直接会わせてしまったため"藍のブラウ"に認識されていたが、抜け道としては明世界からの関与が最も疑わしいとアーテル王国やアルブス、カエルレウム等がそう判断した。

 となれば次は明世界に調査を送る必要がある。

 どうせ剣士の座は空席だ。新たに剣士になった者を梓塚に派遣すればいいと思っていたアーテル国王以外の各国要人を上手いように誤魔化して、王や姉に必死で頭を下げたオリオンは無事剣士という役職のまま梓塚で半年間の調査任務を与えられた。

 わかりやすくいえば、ラスボス探しである。


「しばらくはこっちにいるし、色々用意もしてもらっちまったからさ」


 半年の任期が終わるまで彼は宵世界に戻らないと決め、約束も取り付けた。

 必ず元凶を討ち果たし首を持ち帰り、二つの世界に起きたこの異常な現象を終わらせるのだと誓って自らの意思でやって来たのだ。

 もちろんこれらは建前ではなく本気だが、同時に会いたい人がいたから──選べたと言っていい。

 最後の、戦いを。


「これからもよろしくな、イブキ!」


 一夜限りの出会いがもう二度とないものと思っていたのはもうかなり前の話。

 踏み出した一颯は彼が差し出した手を握り締め、ここから始まる新たな半年間に想いを馳せる。

 きっと残酷だろう。痛いだろう。

 それでも長かった暗闇を割き未来ある夜明けがきっと来ると信じて、二人はまた歩き始めた──────。



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