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ANASTASIA  作者: 桜依 夏樹
Prologue
6/133

0-5 Prologue.5



 夏休みが目前に迫った学校での授業は午前中だけ。昼過ぎには放課後を迎え、それぞれが部活動に励んでいた。

 そんな放課後の冷房の効いた2年A組の教室に取り残されたのは一颯とこのA組の担当教師。

 机に置かれたプリントには「進路希望相談」と大きく書かれ、進路希望の欄にはなにも書かれていない状態だ。

 担当教師の井上は深く深くため息を吐き、机越しに外を見つめる一颯に言った。


「月見なぁ…進路プリント未提出者お前だけだぞ。どうする気だ」


 どうやらこの空白のプリントは一颯のものらしい。

 高校の2年生の夏にもなれば約1年半後に控えた受験や就職に向けて進路を問われ始める。人によってはその希望次第で今後の生活が大きく変化し、場合によっては実現不可能な進路希望も出てくる。教師にとっては彼らの未来のために、たとえ不可能があったとしても親身になって行動を始めなくてはならない時期だ。

 しかし一颯は進路に対し希望がない。大学に入るとか、こんな資格がほしいとか、なにがしたいとか…この時期に持つべき将来の夢と呼ばれるものは何一つ持たず、未来のビジョンも浮かんでいなかった。


「授業態度はともかく成績は良いし出席日数も申し分ない。お前なら良い大学にも行けるだろう? なにか不満でもあるのか?」

「別にありません」

「ならなんで進路希望を書かないんだ」

「特にやりたいことないですから」


 じゃあ大学に入ればいいじゃないか、と異様なほど勧めてくる担任に嫌気が差す。

 確かに現代日本では大学を卒業するか否かで社会でのスタートが大きく変わる。現在なにも希望がないなら大学に行き、その後の未来を考える時間も増やせる。しかし一颯は、高校生活で決まらない将来をたかが四年…いや三年ほどで決められるのか、と思う。

 よく大学に通うようになってから態度や性格が変わる──所謂デビューを果たす女子がいると聞くが、結局それができなければ高校時代と変わらない日常を過ごすことになる。それさえも彼女にとっては面倒だった。

 単刀直入に言えば、一颯には現状から自分を変える気がないのだ。デビューしようと思わないし将来の夢は持たない。流れに任せた人生を過ごしたかった。


 井上は一颯の反応の悪さにもう一度深くため息を吐く。

 その時、教室の扉が開いた。


「井上先生いらっしゃいますか?」


 深緑の長い髪を整えたスーツの女性が開いた扉の隙間から体を覗かせる。


「あぁ高町先生、どうかしましたかね?」

「会議の時間です。河野先生がお待ちしていますよ」


 時計は14時20分を指している。会議10分前であることを忘れているであろう井上を呼びに来たらしい。

 高町黒枝(タカマチクロエ)は井上の椅子の背凭れを引く仕草をして彼の起立を促した。


「そうでしたね…では高町先生、月見の指導の続きを頼めますかな」

「月見さんの?」

「いやはやまだ進路プリントが真っ白らしいので、申し訳ない」

「そうですか。分かりました、お任せください」


 「それじゃあよろしく」と最後に言い残し、井上は高町が開けたままだった扉から部屋を出た。

 彼が座っていた席には代わりに高町が座り、不貞腐れた一颯と向き合って一呼吸置きプリントを手に取ると先程まで井上に向けていた貼り付けたような笑みをやめた。


「そうよね~…こんなプリントに、1週間以内に将来の希望書けなんて無理に決まってるわよね~。どうせ頭ごなしに否定してくるんだからこんなの書きたかないわ」

「…高町先生もしかして学生時代の話ですか」

「ま! そうね!」


 そう、貼り付けた笑みをやめて本気で笑い始めた。

 高町黒枝は教師だ。しかしこのプリントにはなにか因縁でもあるのかと思うレベルで嫌っている。空欄のプリントに対して溢した愚痴が最たる証拠だろう。


「月見さんも早く帰りたいでしょ?」

「え、まぁ…」

「わっかるわ~! 面倒よね…大丈夫、長く話さないから」


 ウォッホン、と絵に描いた咳払いを一回して正面を向き直しプリントを机に置いた。


 話の内容は極めて解りやすい。提出日は夏休み明けでよいこと、もし夏休み中に思い付かなかったのなら適当に「進学希望」と書けばいいこと、その二点だけが伝えられた。

 夏休みは1週間後…7月25日から8月31日までだ。その間に将来について心変わりしたのであれば、どんな内容でもいいと高町は言う。たとえそれがニートであっても、と冗談を付け加えてだ。

 内心一颯はホッとしていた。プリントの未提出は親にも伝えていなかったし、進路の話で一度揉めたこともあった。夏休み明けまでならそれこそダラダラと過ごした後、特に気分を害さず後者を選べばいいのだ。

 一颯は「わかりました」とだけ言って席を立ち、帰宅の準備を始めた。


「ねえ月見さん、一つ聞きたいの。いいかしら?」

「なんですか?」


 カバンと教科書を持ち振り返った時、高町の表情は今日で一番の神妙な面持ちだった。

 もしかして授業中に寝ていたことを咎められるのではないか…。焦った一颯はもう一度席に座ろうとしたが、高町は制止してこう言った。


「月見さん、───彼氏はいるかしら」

「…はい? い、いませんけど」


 なんの冗談かと目をぱちくりさせる。新手の誘導尋問か?あるいは不純異性行為の取り締まりか?彼女の中で知らない思惑が働いているのではないかと疑念が生じる。

 しかし高町にそんな意図はない。ただ単純な疑問だった。───そう、三十路前の女性が抱えたあまりにも生々しい疑問だ。


「じゃあ、誰かイイ男性知らない? 年齢は18歳以上27歳以下で、…年上のお姉さんが好きっていう男性よ? どうかしら?」

「せ、先生…?」

「いや、そんな都合よく知り合いにいるわけないわね…ごめんなさい」


 高町黒枝、28歳。独身。彼氏いない歴28年。


 学校で最も有名な"噂"だ。

 さっぱりとした性格と母のような優しさがあるにも関わらず、高町は出逢いに縁がなかった。未だに運命の人やら赤い糸を見たことない。最近は男に飢え、口癖は「結婚したい」だ。

 28歳なんてまだまだ若いのに何故結婚を急ぐのかは不明だが、とにかく男女関係に関する話題には狼のごとく食らいつき自らも話題を提供している。

 これを目の前で見たのは一颯も初めてだ。なんなら授業中以外、高町の前で交際や恋愛なんてワードはタブーなので誰も言いたがらない。高町としては、年頃の女の子と二人きりになったことで隙ができたと思ったのか。


「引き留めちゃったわね…また月曜日に会いましょ月見さん」

「はい、また月曜日…」


 頭を抱えて教室を出ていく背中にはどこか哀愁が漂い、その姿を見て次第に一颯の語尾も弱くなった。

 一人教室に取り残され、美人教師の裏の顔に唖然としたまま数秒の時間を置いて教室を出る。

 嵐のように過ぎ去った女のことを思い出すことは不毛だから…そうあれは夢だ、夢に違いない。彼女はそう思うことにした。

 というか高町は一体なにをしにきたのか、本当に井上を呼ぶことが目的だったのかは疑わしい。もしかしたら本当に残った女子と恋バナを展開させるつもりだったかもしれない。

 とにかく話は纏まった。さっさと帰ってまたネットサーフィンでも始めたい。明日は土曜日だから学校もない、夜更かしし放題だ。少しずつ沈んでいた気持ちも良い方向に向かい始めた。


 朝来た時のようにロッカーで荷物を纏めて、下駄箱から靴を取り出し履き替える。

 校舎の扉を開け、涼しげな屋内から出ていった体は炎天下の太陽に晒されてなにもしなくても汗が出てくる。暑い、かなり暑い。いくら夏休み前であっても日差しが一番きつい時間に帰す学校も中々の鬼畜ではないか。

 ぼやいても太陽を覆い隠す雲はない。一刻も早くバス停に向かうため歩き始めた。


「あっ! 一颯せんぱーい!」


 校舎の裏、校庭に向かう道から華恋が現れた。ピンク色の長い髪が走るリズムに合わせて揺れているのがまた随分と可愛らしい。

 今朝の話によれば華恋は弓道部を見に行っている。どうして校門前に出てきたのだろうか、カバンは持っていないので帰宅ではないはずだ。


「華恋どうしたの」

「いや~麦茶が切れちゃいまして!あまりの暑さに璃音も一気飲みですよ!」

「補充?あぁいうのって大体ボトル一本貸し出すんじゃないの?」


 どの学校でもよくあることだ。夏になると体育系の部活には給水用のボトルと部員分の使い捨てプラコップが貸し出される。小柄な華恋がそれを持っていたらすぐに分かるが、どこを見てもそれらしきものはない。代わりに華恋の手には白い財布が握られている。


「実は璃音ってば学校で作るお茶苦手で…仕方ないので私が買いに来たのです!」

「買いに行けとは言っていない」

「うわぁ璃音!?」


 後ろからやってきた璃音に頭を小突かれ、財布を落とす。

 朝とは違い弓道着に身を包んだ彼を見て一颯は胸が少しだけときめいた気がした。それが異性に対する恋心なのか、ただカッコいいと形容される男性を前にして条件反射的にきゅんとなっただけかは判らない。

 華恋が落とした財布を拾い上げ、付いた砂を払うと彼女の両手に返した。


「華恋は俺の母親か」

「えー! 璃音を支えるのは私の役目ですからー」

「百歩譲って買いに行くのはいいが、お前が金を出すな」


 どうやら財布は華恋のものらしい。

 喉が渇いたが麦茶が底をつき、空になったペットボトルを見た華恋は「じゃあ私買いに行きますね!」とだけ伝え、璃音が止めるのをガン無視して自慢の足の速さで道場から消えた。それを追いかけた璃音がたった今追い付いた。…までが一颯に会うまでの流れだ。

 学校の先輩だとしてもただのお隣さんに飲み物を奢る勢いとは…と感心した。そして呆れた。


「華恋ってば、先輩困らせちゃダメでしょ」

「困らせるつもりじゃないですもん」

「あのねぇ」


 ぷいっとそっぽ向く華恋にもう一声かけようとしたが、直前に璃音がもう一度頭を小突いた。


「華恋は周りを見なさすぎる。機微には気付くんだからもう少し慎重にな」

「璃音がそう言うなら…」


 一颯の時には反論したのに璃音になるとこの身の翻しようだ。女の子とは末恐ろしい。


 暑い中で駄弁るのも体が持たない。本来の目的である水分の補給を済ませて二人が弓道場に戻る。

 華恋に「このまま見学に来ませんか?」と聞かれたが断った。やはり無関係な人間が入部もせずに入るのは気が引けたからだ。


「…月見、だったか」


 去り際、璃音に声をかけられた。名前は華恋なら聞いたらしく、呼び方に少し自信がなさそうだった。


「今朝は悪かった」

「いや、気にしないでください。私もよそ見してたし…」

「この後時間はあるか?」


 半ば食い気味に放たれた言葉に対し、えっという単語にすらならない文字に本来付かない濁点が付いたような間抜けた声が出た。

 学校内で一番のイケメンと称される男からそんなことを聞かれたらドキッとしない女子はいない。そこに関しては一颯も例外にはならなかった。確かに予定はない、しかし今朝会ったばかりで話したこともまともにない先輩または友人のお隣さんとどこかでお話ししたり出掛けたり…考えただけで暑さでやられた脳はショートしかけている。


「な、ないです…」

「そうか。なら一時間ほど校内で待っていろ。詫びをさせてくれ」

「いいいいいやいいです!! 大丈夫ですから!!」


 異常どころか怪我なんてどこにもしちゃいない。わざわざ先輩からお詫びをもらうだなんてできない。夏なのに顔面真っ青な一颯は慌てて腕を前に伸ばし上下にバタバタさせる。

 しかし相手はそこで押し負けるような男ではなかった。なんと彼女に華恋を同行させようとしていた。生粋の後輩属性を持った少女は首輪もないのに飼い主に付いてくる純粋で愛らしい子犬のように離れない。これなら一颯は家に帰れなくなる。策士だ。本人がどう思っているかはさておき一颯視点ではかなりの手練れに見えた。

 このまま続けてもいつかは押し負けて敵わない。そんな風に感じたら申し訳なさを原動力にした心はすぐに折れた。


「わわっわかりました…! 帰りませんから、そのどちらで待てば…?」

「涼しい場所ならどこでも」

「弓道場行きますか!!」

「駄目だ、あそこ暑い」


 弓道場にはこの温暖化のご時世に扇風機三台しか置いていないらしい、しかも一台だけ夏に入る前から故障中。二台の扇風機しか稼働してない道場内は外の日差しが入り込み生暖かい風が吹く。そりゃあ麦茶も進むわけである。


 結局華恋は付いてくることになり、璃音と別れた二人は校舎に戻り食堂で暇を潰すことにした。そこなら帰宅部が部活動している友人を待つ場所としてよく使われているので問題ないですよと華恋は言う。


「ねえ華恋、ほんとに黒弓先輩となんの関係もないの?」

「ふぇ?」


 朝ははぐらかされてしまったがあれだけ目の前でいちゃいちゃされたのだからいい加減に二人の関係を知りたい。

 適当なテーブルに腰かけて「そーですねえ」なんて思わせ振りな口調で彼女は話し始めた。


「実はですね? 私、璃音の彼女してるんです!」

「はぁ!?」


 無意識に声を荒らげたが周囲が一気に自分を見ていることに気付き、二人揃ってこそこそと続けた。


 華恋曰く「お付き合いを始めて半年くらい」らしい。入学する少し前までは本当に仲が良いだけのお隣さんだったが、二人の距離は徐々に縮まり、ある出来事をきっかけにお付き合いすることになったとか。

 これを聞いて一颯は漸く納得した。その辺歩くだけで女子をメロメロにさせるような男と恋仲で、しかも自覚になしにいちゃつくなら上級生とは限らずあらゆる女には疎まれても仕方ないと。もちろんただの嫉妬をいじめに発展させた時点でその女たちの性の悪さは知れる。彼女にとってそんな連中はクズも同然だった。

 たとえ自分が黒弓璃音に恋をしていて、失恋したのが今明らかになったとしても華恋を守ったことに後悔はない。ただ雷に撃たれるような衝撃というものを初めて味わったくらいだ。


「なんか…なんとなく解ったわ」

「おおー!! ご理解いただけましたな!」


 人前であまりくっつきすぎないように一言かけたかったが純粋すぎる後輩の笑顔にその気はすっかり失せた。注意したところで恐らく原因は華恋ではなくもう一人なんだろうとも一颯には理解できていたのもある。


 それからはまた朝と同じく他愛ない会話だ。夏休みはなにをするとか今日の授業で担当教師がドジッたとか、内容は高校生ならありふれたもの。

 自嘲気味に進路のプリントについても話したが一年生なのにすでに進路が決まっているらしい華恋には上手いこと同意は得られないどころか、逆にプリントの提出期限が過ぎていることを叱られてしまった。ふわふわしているようで妙にしっかりしているのが彼女の良いところだ。


 話していると時間があっという間に過ぎていく。出入りの激しい食堂には気付けば二人と五人組の男女だけが残されていた。

 五人中四人は制服を着崩し、濃い化粧やら装飾やらと校則を明らかに破っている彼らは不良というよりは所謂"パリピ"と呼ばれるタイプの人間らしい。適当な動画サイトで流行りの音楽を流しながらぎゃーぎゃーと喧しい声で話している。


「なぁオイオイ! マジヤベエ話なんだけどさ聞いてくれよ!」

「オマエいっつもそれじゃん? ホントにヤバイヤツなの?」

「今回はマジもマジ! 本気なヤツ!!」


 「実は俺見ちゃったんだ」とお決まりな台詞から彼の話は始まった。


 時刻は深夜3時頃。偶然にも目が覚めた彼は外から"音"が聞こえ、カーテンを開いて外を覗いたらしい。しかしそこにはなにもいなかった。

 気のせいだと思いベッドに戻ろうとした時、…外に人影が一つ。

 性別は判らないが、長い髪と赤い服、手には刃物と思われる何か。いくら深夜だからと言ってもこんな非常識的な人がいるわけがない。それに、この町で深夜に家から出る馬鹿な奴はいない。

 カーテンの隙間から長い髪の人影を覗いていると、それは大きくジャンプし、屋根を駆けて消えていった…。

 果たして、普通の人間のジャンプ力で地面から二階建ての一軒家の屋根へ跳べるものか…?

 見てはいけないモノを見てしまった気がした彼は大急ぎでベッドに潜り込み、眠りに就いた。


 次に目覚めたのは今朝7時過ぎ。部屋から廊下に出てくると、玄関には母親と警察の姿。


『松田屋の前が大変なことになっている』


 母親から、例の松田屋の話を聞かされた彼は顔面蒼白になった。


「……って、話なんだけど…」

「こッわ…」

「うわっムリなんだけどぉそういうのほんとムリぃ」


 声がでかくて少し離れたテーブルに座っていた二人にも聞こえていたが、よくある怪談話はかなりゾッとする。シンプルに怖かった。


 しかしこの話。この地域に限り、ただの怪談話ではないのだ。


「もしコレがあの都市伝説と関わってるとしたらさぁ? 超面白そうじゃね?」

「えぇ~もしかしてぇ肝試しでもするのぉ?」

「分かってんじゃねえかオマエ、もちろん全員行くよな?」


 語り手が広めた話は他の三人の好奇心を擽った。この流れでは今夜彼らは肝試しをするようだ。


「だ、だめだよ…夜中に出掛けたら…」

「なぁに雪子ビビってんの?」

「違うよ…危ないから…」

「ウワサはウワサだしぃトシデンセツ?だっけ?アレもどーせウソだからさぁそんなビビんなって」


 先程から集団に馴染めていなかった少女の言葉も彼らには届きそうもない。むしろ彼女も他の女子から声かけされ、同行を強制されていた。

 きっと彼らと雪子の関係は友人、とは違うのだろう。一颯と華恋は少し嫌な気持ちになった。


 そもそも雪子が心配しているのは夜歩きや不審者との遭遇などではない。もっと危険で命に関わる出来事だ。


 梓塚市には奇妙な都市伝説がある。否、この地域に住む人間にとっては都市伝説ではない、真実だ。

 1990年のある日を境に梓塚には"怪物"が現れるようになった。

 怪物は深夜12時から夜明けまで町を徘徊し、人間を見つけると襲いかかる恐ろしい存在だ。

 90年代には怪物の存在を信じない人々が怪物に襲われ命を落とす事件が絶えず、未だに遺体が見つからない者もいる。この異常現象は関東地方のニュースで取り沙汰され、93年頃に一度怪物を倒そうと県警や自治体が動いたが、結局死傷者を多く出し彼らの特性を知ることしかできなかった。

 怪物に対抗できる手段がないと理解した人々は深夜帯に家から出ることがなくなった。彼らは家に入ったり、破壊行動をすることは何故かなかったのだ。

 気付けば梓塚市の夜は、人気がなく怪物が闊歩する異空間と化していた。


 これは梓塚に住むなら誰でも知っている。だから雪子は止めた。()()()()が怪物に襲われることを恐れて。


 話を聞いていた二人も都市伝説については知っている。本当は止めるべきなのだろうが、下手に関わりを持てば巻き込まれかねない。

 声をかけたがる華恋を制して一颯は首を横に振った。


「あんなこと言ってるけど、どうせ口だけだから」


 どうせ彼らは本当に肝試しなんて行かない。なんだかんだと言っても最終的には自分の身が一番大事なのだから。




 古くなった時計が午後16時を指し、チャイムが鳴り響くと同時に璃音がやってきた。

 華恋の待ってました!という顔が恋人らしくて乙女チックだ。


「すまない待たせた」

「いえ、黒弓先輩もお疲れさまです」

「お疲れさまですっ!」


 合流した三人は食堂を出て校門に向かう。道中で華恋がさっきの都市伝説の話を始め、璃音は少しだけ表情を曇らせながら短く相槌を打っていた。


 時計は午後16時4分を指している。

次回でプロローグは終わりです。

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