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ANASTASIA  作者: 桜依 夏樹
Dear Moonlight 宵世界編
59/133

1-46 星空下に出逢い、そして



「はぁぁ!? あんにゃろなに勝手なことほざいてくれてんだ!!? ふざけやがってキャロルのクソ野郎ッ!!」


 彼は存外に元気であった。そらもう誰よりも。

 ちょうど昨日の今くらいに倒れ、冬の流行り病にかかったように寝込んでいたはずなのに一颯がいざ顔を合わせたらこんなにも元気だとか──本当に大丈夫なんだろうか、このオリオン・ヴィンセントという人物。


「あーくそ寝てられるかッ!! 今すぐアイツ斬り飛ばしてやっから覚悟しやがれッ!!」

「なに言ってるのおバカ!」

「いって!」

「いくらライバルだって言ってもこれは心配の言葉でしょ、感謝しなさい」

「む、むむむむぅ……」


 頭をこつんっと拳で軽く殴られたオリオンはこの一発で色々が急激に冷めたらしく、子供みたいに頬を膨らませた後そっぽ向いて柔らかなベッドの中に埋もれてしまった。


「なにをしているんだお前達は……」


 ────彼らが辿り着いたここは花の楽園。

 夢魔にしてかつての予言者、魔術師マーリンが管理する二つの世界の境界線。

 昼夜はあれど時間の概念に縛られず永久に花咲き誇る美しき大地は、魔術師の屋敷がある森に囲まれた円形の花畑と森の外に存在する"記憶再現空間"という二つの要素で形成されており、世界と世界の間に在るため本当に小さく薄っぺらな異空間ではあるが、環境汚染等の外的要素によって毒されることなく成立した神秘は濃密な生命力──即ち魔力はこの理想郷の"生きる力"を無限に造り出している。

 つまり、ここは明世界の何十倍何百倍も生きやすい。

 都会から大自然の中に行くと"空気がおいしい"と感じることがあるのと同じく、余計な害を吐き出すモノがない楽園は現代日本と比べれば心地好さが段違いだ。

 では、存在が同じ条件で成り立つもう一つの異界"白命界(はくめいかい)"はどうなのか──。

 膨大な魔力が満ち、時間を失った星空と水晶に覆われた氷結の冥界は、残念ではあるがヒトが生きられる環境ではない。

 そのものが死者を迎えるために白命霊によって魔改造されているせいか、許可なしに人間が踏み入れば絶凍の死をもたらす。精霊たちは神に従事するといった役割的な理由があるためあまり影響を受けないらしいが。

 なんにせよ、どちらの世界も主の許可なく侵入しようとすれば排除される物騒な場所。

 当然のように悪いモノが目を掻い潜って入り込むこと自体がありえないのだ。もしそんな事態が起きようものなら19年前のユーサスと同じ道を歩むことになる。

 そして、こんなにも清らかな空気が溢れる世界はオリオンにとって生まれ故郷も同然。

 今は離れているとはいえ16年間暮らしていたところでなら魔力の回復も宵世界で療養するより倍近く捗る。ゆえに元気なのだ、持て余す程度には。

 昨日の内にマーリンが施した体内時間の巻き戻し──という名のごまかし──によって深夜の時点で幾分かマシな状態になった彼は、二人が訪れるまでゆっくりと眠っていたわけではない。むしろ元気が有り余り、余計な真似して一颯を困らせていた親代わりをぼこぼこに殴り倒していた。


「元気そうで安心した、一時はどうなるかと」

「悪ぃ……気抜いちまったせいだな」

「その気持ちは分かるわ。私もお城に来たらなんだかホッとしちゃったもの」

「じゃあ、()()()()ってコトで」


 照れ顔のままひょこっと顔の上部だけを見せるオリオンにズルさを覚えておデコに強烈なデコピンをかます。

 「痛ッ」と小さな悲鳴を上げながら飛び起きた彼にもう一度とびっきりのをお見舞いし、なにがなんだか分かっていない様子にもやもやを増幅させられたむっつり顔を近付ける。


「なーにしやがる!!」

「な、に、が! おあいこよ! 全ッ然おあいこじゃないから! ホント、ホントにアンタは……どんだけ心配したと思ってるのよ、バカじゃないの」


 シキに言われていたように、いつも通り気にしないように接するのを心掛けるつもりだったのに、なにも変わっていないオリオンの姿を見ていたら上手くいきそうにもなくなった。


「……ごめん、あんま気にしたことなかったけど、イブキの反応が普通だよな……悪かった」

「……そう思うならお詫びの一つくらい用意して」


 元々花の楽園に連れていくと一颯に約束したのはオリオンだ。

 今回の来訪は彼ではなくマーリンが開いた扉から来たため実質ノーカンとはいえ、どうせ気まぐれな魔術師の悪戯かなにかが邪魔をして、二人一緒にここへ来る機会なんて二度となかろう。

 なので甘えるなら今、この奇跡的な瞬間しか残されていない。 


「へいへい。でもちょっと待て、先にリオンと話してからじゃダメか?」

「いいわよ、先輩ほったらかしでかわいそうなことになってるから」

「え……?」


 リオンが立っていた扉辺りを恐る恐る見つめると────。


「なにも言わん、言わんがな……」


 二人から露骨に目を背けて独り言をぶつぶつ続ける現在彼女と強制離れ離れ期間約一週間経過中のあわれな彼が、たしかにそこに。


「あ、あぁ……」





 花畑を一望できる小高い丘。小鳥のさえずりが聞こえてきそうな木陰の隅で膝を折る一颯の頬を掠める花薫る風は鮮やかな髪をすり抜け、緩やかに世界を流れて時の波間に消えてゆく。

 目映い太陽に目も眩みそうになりふと右手で光を遮り瞳を閉じた彼女の横顔を見つめ、胸のどこかでこの光景を永遠にしたくなった。

 ────できなくはない。しかし実行すればあの男と同じ結末を迎える。

 それはいけない──と、ぐっと息を呑み草原を踏んで歩み寄れば、大地に刻まれる音に耳を貸した彼女の視線を一身に受け、麗しいラベンダー色の眼が視界に収まった。


「待たせて悪いなイブキ」

「別に待ってないよ、飽きなかったし」

「だろだろ?」


 オリオンは一颯がいる左隣に座った。右だと彼女の姿がよく見えないからだ。

 マーリンの屋敷が小さく見えるほど遠い場所にあるこの丘はオリオンも小さい頃から気に入っている。

 今は歩いて10分もしないが、大人の目が自分を見つけられないくらい離れた世界に行ってみたい、という幼い頃の願望が十分に叶えられる距離感が懐かしい。

 幼少の彼はここに来る度に世界にたった一人きりになったような錯覚を覚え、すぐ少し寂しくなって屋敷に駆け戻るほんの僅かでとてもすごい大冒険を繰り返していた。

 泣きながら魔術師にすがり付くと、男は困り顔で日の当たる暖かな場所に連れてきてくれて一緒に昼寝をしてくれた──そんな思い出がある。

 一颯との待ち合わせ場所に指定した理由も深い意味はなく、単純にこの場所に来たかっただけ。オリオンが久々にここで陽に当たりたかったのと──ついでに彼女にも自分が生まれ育った狭くて広い花畑を見せたかった。

 ただし……見せたかっただけでなにも考えてはいない。

 この状況で最も重要と言って差し支えない"なにを話すべきか"が、一時間近く時間があったにも拘わらず全く思い付かなかったのだ。

 マーリンが言うには「普通の人間を楽園に留めるのは二時間かそこらが限界」とのことで、これから思考しようにももう30分程度しか残されていない。

 よってオリオンは一颯が話題を振るのを待つ姿勢をとった。

 大概の女の子はおしゃべりが好きだ。一分でも沈黙は作れない、なおブリュンヒルデは除く。

 だから今か今かと待っていて──。


「ねえ」


 ほら来た。

 一颯なら必ず期待に応えてくれると信じていた。

 こっから上手く会話を繋げれば10分くらいは余裕で話していられるはず。


「私、オリオンのこと好きよ」


 ────────。


「えっ」


 ────────。


「だから、好きなの。ライクじゃなくてラブの方。ちゃんと伝わってる?」


 ────言葉の意味は分かる。

 月見一颯の好意を、剣士としてではなく一人の男として受け止める日が来ると宵世界でゴタゴタがあった頃から確信があり、心の底ではずっと待っていた。

 もちろん、オリオンも一颯が好きだ。

 彼女は守るべき人であり、同時に世界の誰よりも特別な人。

 一颯がいつから好意を持っていたかまでは定かではないが、運命に照らされた夜に出逢い、確かな時間を歩み、いつしか胸に宿った知らない感情の正体をオリオンが知ったのは──つい最近のことだ。

 しかし愚かな男が"愛"ゆえに引き起こした災厄で、異性に抱く"好き"の意味を理解し、様々な"愛"を知ったオリオンは考えた。

 "この気持ちは間違っているんじゃないか"と。

 自らが一颯に向ける情は彼らと同じように醜く歪んでいて、いつかセレーニアのように魂を縛り付けてしまうかシャムシエラのように誤った方法で彼女を手に入れようとするのでは、と恐れて想いを閉ざそうとした。

 ところが、彼に反して彼女の想いは違っている。

 文字通り世界を越えた少女の恋心はどこまでも真っ直ぐで、いとおしく、目を離せなくなるほど輝かしかった。

 間違いなんて起こさせない。

 世界で一番大好きな彼を信じている。

 その想いが知れたのは今ではなく、それより少し前。


『さぁ立ち上がって、最愛の人』

『私ではなく、"彼女"が貴方を待っています』


 シャムシエラとの戦いにおける聖剣の外装を消し去った夢の中で、沈みゆく意識を掴み上げた何者かがそんなことを確かに言った。

 この言葉はオリオンに対する一颯の信頼の表れでもある。

 そうじゃなかったら、わざわざこんな奇跡が起きるわけがなかったからだ。

 ────誰が言ったかは問題じゃない。

 "彼女"の正体が誰であるかが重要で、それも今の告白と少女の信頼を繋ぎ合わせてようやく謎が解けた。


「イブキ、だったんだな。俺に呼び掛けてくれたのは」

「……なによ藪から棒に。もしかして話題をそらしたいとか」

「ちち、違う!!」


 またジト目でおでこに狙い澄ました一颯の指先にビビり、クールを取り繕って説明しようにも状況が状況だったせいでうまいこと話すことができない。

 でも確かなのだ。

 夢の中で声をかけて、死の淵から救ってくれたのは紛れもなく月見一颯本人であり──全く異なる存在でもある。

 そしてオリオンが好きになったのはちゃんと目の前にいる彼女で、その意思を伝えたいのに言葉がしっかりと纏まりそうもない。

 ならいっそカッコつけない方がいいんじゃないか。

 とりあえず想っていることすべてぶつけて、すっきりしてしまったらあとは流れるように解決するのではないかと信じて大きく息を吸い──。


「……好き、だ。──俺もイブキが大好きだ」


 ついに本心を口にした。


「でもさ……遅すぎるよな。分かってるだろ? もう身体(こっち)は限界で、いつまた倒れるかわかんねえ。こんなんじゃ俺、イブキに応えてやれない。だから、もっと早く逢いたかっ────」


 最後まで言わせなかったのは一颯だった。

 清らかな小川のせせらぎと風と草が揺れる音だけが空に響き渡る。

 呼吸を止められたような感覚の仕業か、それとも二人の時間だけが本当に止まってしまったのか、刹那が永遠にも思えるほど交わりは長く続く。

 真っ白で前も見えなくなった左目には、この瞬間だけは愛する少女の姿が映っているような気がした。


「──はい、これで文句ないでしょ」

「……マジかよお前」


 相思相愛の女の子にここまでされて文句を言ったり尻込みするヤツなんているわけない。

 ……と言えど、意外と奥手で勝手に悩むタイプの一颯から更に踏み行った行動に及ぶなんて思いもしなかった。

 オリオンは夢魔でありながら異性との接触がほぼ未経験なので余計にドキリとしてしまう。


「なにを言われても私はあなたの隣にいる。オリオンがいなくなる日……私がいなくなるその日までずっと、ずっと一緒にいるから」


 彼女だって遅すぎたことくらい承知している。

 だとしても勇気ある一歩踏み出したのは全てが終わってから後悔しないためだ。

 彼の命が尽きて終わるその日が訪れ、動かなくなった姿を見てから泣き叫んでは想いは伝わらない。──遅くたって今伝えれば、彼は聞いてくれる。話してくれる。想いを通わせることができる。

 それを感じ取ったオリオンも、応えられる範囲で彼女に心の声を届けたかった。


「分かった。俺も全部落ち着いたら必ずイブキに会いに行く、約束だ。絶対梓塚に戻ってくる」


 戦う彼に元々退路はない。

 いくらアクスヴェインの事件を解決しても、梓塚には未だ多くの異形が地上を蔓延り続け、退治できる者もそう簡単に名乗り出たりはしないだろう。何事もなければオリオンがこれからも夜を守り続けることになる。

 しかしこれから療養を終えてアーテルに戻れば明世界で起きたアレコレに関する罰を受けるのだ。今までありえない損害で迷惑をかけてきたが、王の常識が正しければ今度こそ剣士の称号を剥奪されるはず。

 こんなこと一颯には言えないけれど明世界に行くのは金輪際ないかもしれない。

 でも、それでも、何年かかっても会いに行こう。

 ただ戦うために在る命に恋をして、剣に呪われ死ぬだけの運命を変えてくれた優しい人に。


「待っててくれよ、イブキ」


 ────楽園に咲きし大輪の花が誓いを結ぶ彼らを祝福する。

 想い描いた通りの未来にはならないだろう。

 残酷で辛い結末が待っていよう。

 だが、星空煌めく異質な世界で出逢い導かれた二人でならどんな運命も恐るるに足りない。


 時折り、月見一颯は思うのだ。

 彼と出逢わなければなにも始まらず一生を閉塞感の中で過ごしていたんだろう、と。

 オリオン・ヴィンセントは懐かしむのだ。

 追想の衣を纏う者に出会う予言は本当に幸運をもたらしたんだ、と。


 なにもかもがきっと本来なら巡り会うことない二つの世界、交わらない二人の奇跡が結ばれるまでの道筋だった。

 予言者はそう、記録する。



 ──────最後に、彼女が駆け出した夏は急速に過ぎていった。



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