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ANASTASIA  作者: 桜依 夏樹
Dear Moonlight 宵世界編
48/133

1-36 奇跡の代行者 2



 陽が昇らない深夜帯。

 厳かな白亜の城は暗い闇に包まれながらも一ヶ所だけ淡いオレンジの照明が昼間に負けないほどの明るさで中の人々を照らしている部屋があった。

 そして中にいる彼らもまた睡眠欲求に負けじと元気そうな姿を見せ、これからのことを話し合うべく集ったのだが────。


「これより第二回対策会議を始める! ってわけだからオリオンくん、そろそろ起きてくれないかな?」

「……あとじゅっぷん、くらい……」


 約一名ほど5時間程度の仮眠から目覚めていない男がいた。


「シキ、コイツはもうダメだ。放置して話を進めるぞ」

「そうだね、残念だけど仕方ないや」

「うぅーん……聞いてる、きいてるぞー……」


 アルブス城内にあるシキの私室に集ったのは僅かに四名。仮眠室から引き摺られてきたオリオンと引き摺ってきたリオン、シキに加えてクロエ。本来ならここに一颯とキャロルがいるべきなのだろうが、前者の彼女は敵の手中。後者の方──蒼剣の軍師と呼ばれた彼は、治癒が完了したものの意識が戻るまでには長い時間を要するとのことらしく不在。

 作戦会議には相応の手腕を持つ軍師がほしいところだが生憎そういった訳があり、一応キャロルと同じ役割を担うシキが代理で進行する形となった。

 とりあえず決めなくてはならない事柄は二つ、大まかな今後の役割と行動だ。

 数的不利は相変わらずだとしてもオリオンが戻ったため、戦力が目に見えて向上したのは事実。ただしシャムシエラというクロエも勝ち目があるかは微妙だと自称するほど強力な敵と対峙することを踏まえるとどっちにせよ勝率は絶望的だ。

 しかしそれは無策で突撃した場合の話。敵の剣士がどんな武器を持ち、どんなスタイルで戦うのかを見極めて適切な作戦を組み立てれば必勝とまでは行かずとも確実な希望が見えてくる。

 実際のところ、シャムシエラを無視して敵としては珍しく戦力にすらならない首領ことアクスヴェインだけを狙い撃ちにすればいい話なのだが、オリオンが決着をつけたいと騒ぐので致し方なしだ。


「シャムシエラの対異血脈(たいいけつみゃく)は一颯ちゃんの魔法を完全に無効化してるんだっけか。……ねえ、彼とあの人相性悪すぎない?」

「最悪と言っていい」

「そうだよね、いやよく戦いたいなんて宣ったな」


 恐らく彼女の武器より遥かに厄介だと思われる能力──″対異血脈″は異形の魔力を帯びた攻撃を無効化する魔法抵抗力(マギアプロテクト)の延長効果。

 オリオンとクロエは夢魔の血を肉体に通わせる半異形。最大の切り札と言って良い限定開花が魔力を消費する魔法攻撃という点を合わせて考えれば彼らがいかに彼女と相性が悪いかを理解できるだろう。いくら何人も追い付けぬ力があろうと種族が異形である内は自らが研鑽してきた剣技、格闘術、戦闘の技量のみで戦うことになる。

 一方のシャムシエラは魔法も限定開花も使いたい放題だ。しかも必殺の一撃がなくともリーチの長い大剣の攻撃と素早さ、これだけで十分脅威的と言える。

 ちなみにリオンは弓使いという有利性を利用した遠距離攻撃や暗殺を狙えるが、見つかって近付かれれば未来視も関係なく未知の遺装(アーティファクト)″魔剣・アロンダイト″の前には力負けする。よって夢魔はより戦いづらい、というだけで結局誰が相手でも一対一では到底敵わない。


「あの子の体重を軽く吹き飛ばせる馬鹿力も視野に入れるべきですね。全く、バルファス王朝時代って一体どんなバケモノを揃えていたのかしら……」

「そこは僕が強化補助するよ。あー、でも無駄かなぁ……」

「竜の因子か」

「そうそう! もうさぁ勝てる気がしないよー!」


 シキの生まれた一族″ディートリヒ家″は外見的特徴自体は残されていないが竜種、所謂ドラゴンと呼ばれる異形の血筋を受け継いでいる。彼女の二色の瞳に宿る異能力も元々は祖が持っていたものだと言われているが、その竜が存在した時期は何千年も前の話になるため真偽のほどがどうかは疑わしい。

 要はシキもシャムシエラとは対峙したくない側。種族としての関わりが薄くなったとはいえ本人の魔力じゃない、ただ借りただけの力すら寄せ付けない防御性に触れるには若干抵抗がある。もちろんプライドを傷つけられたくないという意味でだ。

 オリオンに力を貸すくらいは造作もないのにただの魔法抵抗力がこんなにも面倒に作用するなんて分かった途端に嫌気が差してきた。


「とりあえずやるだけやってみるよ。全部が全部無駄じゃないとは思うから」

「ありがてえ……」

「お寝坊さんめ、都合がいい時だけ返事するなよな」


 攻撃を強化する魔法は効かないと推測されるが、身体機能の向上なら直接的な関わりがないのでシャムシエラの対異血脈による無効化には引っ掛からない──はずだ。さすがにそれすら徒労となれば相手をするのも馬鹿馬鹿しくなる。オリオンでも明確な実力差くらいは理解はできるしその時は尻尾を巻いて撤退せざるを得ない。


「というか君、ファレルとか言いながらエレリシャスの子供でもあるじゃないか、弱点とかない?」

「知らん、そんな力は持っていない」

「えっホント? じゃあほらファレル公はなにか知らないの?」

「父上は……母上から受け継がれる才に期待したらしいが、心眼はともかく対異血脈に関して一切触れたことがない。まるで()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()……?」


 一応考え込むような仕草をしていたリオンが動きを止めた。いや、なにかを考えてはいるのだが今必要な最強剣士の攻略法ではなく全く別の事柄について目を向けている様子だ。


「なにさ、どしたの」

「……すまない、俺の事情だ。少し席を外すが気にせず話を進めろ」

「出たー君のめんどくさいトコだよそれ。早く結論出して戻ってきてね」


 どこか足取りが重そうなリオンは一旦外に出て、残されたのは一瞬出ていく彼を横目でチラ見した未だおねむなダメダメ剣士と比較的頭の良い女性陣だけとなった。

 そして残念なことに真人間がいなくなったせいで対異血脈の適切な対抗手段と結論は出そうにない。

 強いてそれらしい意見が出たとすれば彼がいなくなって数分後、ずっと地鳴りのような唸り声を上げていたシキが突然放ったシャムシエラの過去に関する一言だった。


「シャムシエラって子供がいるんじゃなかった……?」


 今更だが彼女がエレリシャス領を追放された原因は"悪魔の子を産んだから"のはずだ。よって彼女には直接血縁関係にある子供と、契りを交わした男性がいる。

 更に言えばエレリシャス家が定める悪魔とはどんな生き物なのか。十中八九異形なのは誰でも解る。この考察を正しく納得させられる重要な要素の最後の鍵は異形の種族がなんなのか、だ。

 ──シキはここまで条件を並べた上で、惰眠を貪る彼を見てこう言った。


「君さ、お母さんいたよね。誰だっけ?」

「…………しらね」

「あのねぇ……最初からおかしいって思ってたんだよ。なんで君だけ夢魔の機能が働かないのかなってさ。クロエ部隊長だって自分で抑えてるのに君はその素振りがない。それって、なんらかの方法で本能が封じられているってことにならない?」


 シキの主張は完全に憶測の域を出ない。

 しかし事実、オリオンは夢魔と思えないほど性的な欲求が欠けている。サキュバスやインキュバスは性質上どうしても性的接触には弱い生き物なのに、彼の場合見た聞いた触れたとしても大して欲を感じない。下手すれば人間並み以下だ。

 故に男だけでなく女の視線すら釘付けにするクロエのたわわな胸部に埋もれても嫌がるだけだし、10日間寝る時もずっと同じ屋根の下にいた一颯に効率的な回復手段という体の性的接触はしなかった。しなかったというよりは考えすらしなかった、だが。

 もちろん一颯に対しては相応の配慮はしていたけれど、それでも意識をするとドキリとするシチュエーションは何度もあったはずだ。だとしても彼は普通の男子だったら果たして色々な意味で我慢できているか怪しいアレコレもすべて冷ややかな目で見守ってしまう。

 そして夢魔として一番有名な精を吸う、精を吐くと言った性質もオリオンは()()()()()()()のだ。

 抑えていても定期的に欲求を発散させる必要があり、溜め込みすぎると無意識に暴走してしまう、と知識としては知っているが実は生まれてから一度もそんな行為をしたことがない。

 これらがアクスヴェインに拐かされた一颯が騙された言葉を「絶対にない」と断言した理由だ。


「どうかな、クロエ部隊長」

「私もその説は否定しません。むしろ可能性は十分にあるでしょう」


 ────オリオンの体内に対異血脈が流れている可能性。

 ないとは言い切れない。彼の母親を知る者はきっとマーリンだけで、この場の誰もが知らないのだから。


「てわけで君の身体を詳しく調べたいんだけど」

「なんだよその動機。俺がアイツのガキだってのか? そんなはずない、絶対にない」

「往生際が悪いぞ。服を脱げって言ってるんじゃないし、結果が違うなら違うで僕らは納得するから」

「嫌だ」

「こんの……似た者同士の頑固男め」


 ぷいっとそっぽを向かれてしまい、ただ触れて魔力を吸い出すだけの身体検査を実行に移すためにはご機嫌を取り戻す他ない。……と言いたいがオリオンは一度機嫌を悪くしたらしばらくは引き摺る面倒な性格だ。

 仕方がないため説得は後回しにして話題を移そう。

 続いては元凶について。

 イマイチ読めなかった真の目的が判明し、世界の意思を敵に回そうとしているのを知ってから彼らのアクスヴェインへの見方が少し変わった。無論、尊敬ではない。その動機が信じがたいほど馬鹿馬鹿しいと軽蔑しているのだ。

 愛する女がいる。それは結構。リオンだって明世界では華恋(かれん)を愛しているから否定したりはしない。

 問題は命を吹き返そう、生き返らせようという考えだ。魂の浄化と転生からなる世界のシステムをたった一人の人間がたった一人のために変えるなど許されているわけもない。

 しかも反逆の動機にはオリオンやクロエの存在があるなんて呆れを通り越して最早笑ってしまう。そりゃあ王と観る世界が違うことを頭ごなしに否定しようとは思わないし、異形が人を害する以上は嫌悪する気持ちが当人たちにも分からないわけじゃないが。


「どうする?」


 シキとしては、今のアクスヴェインにシャムシエラ以外でオリオンたちに対抗できる手札がないと思っている。

 これは本当にレオン・ファレルが手を退いたならの話だが、致命的ハンディを背負ったオリオンがギリギリとはいえ勝利できた16年分の魔法を余すことなくぶっ放つ融合体キャロルより明確に勝る可能性を持つ無銘の戦士はいないと確信があるからだ。

 何故か、正直に言ってアクスヴェインの戦闘または防衛に関する采配はあまり良いとは言えないのがアーテル王城の戦いで解った。

 シャムシエラを信頼してのことだろうが一人で二人を相手させたにも拘わらずそんなジョーカーを持っていたなら、彼はとっくにカードを見せ"絶対に敵わない"という恐怖を刷り込むことでこちらの心を折りに来ていただろう。


「バルトみたいなのがいないって確証は?」

「あるよ。クロエ部隊長の言っていることが真実ならね」

「……ごめんなさい。あの方は、家族を置いては行けないと……」


 バルト部隊長以外のめぼしい兵力は軒並みカエルレウムに避難した。

 幸運なことにアクスヴェインに付いた兵士たちは立場に不満を持った者ばかりで、隊長クラスの人物は皆クロエを信じ、王と貴族の警護に当たっている。内通者がいないこともマーリンの手で確認済みだ。

 しかし国に残ったバルトは決して愚か者でも裏切り者でもない。か弱き家族を守るために己を捧げ、最期まで我が子を想いながら死んで逝った姿は憐れなほど朽ちていたが、魂だけは揺るぎのない高潔な男だった。

 クロエが国と王を護るために払った犠牲を、彼は全て理解していた上で少しでも護ろうとしてくれたのだ──そう信じたい。


「じゃあ戦うべきなのはシャムシエラだけだな、分かった。これでやることは全部決まったぜ」

「えっ、なにするのさ」


 一人で勝手に納得し、勝手な作戦を構築し始めたオリオンにシキは訝しげな表情で詰め寄る。

 そして──。


「そりゃもちろん────全部纏めてブッ壊してやるんだよ」





 夜明けは近い。

 外の暗闇は薄く青と白がかかり、まるで終わりの始まりのようだ。

 あくびを噛み殺しながらシキの私室から出てきたオリオンは軽く上半身をほぐすために柔軟運動しつつ、これから始まる戦いの"準備"を始めようとしていた。


「おっ」


 まだ残る睡魔の仕業でぼやけた視界の先に現れた黒髪の彼を見つけて小さく声を漏らし、ステップを踏んで寄っていく。


「ようリオン、作戦会議もう終わって──」


 どうせここから先は嫌でも剣士としての側面で居続けなければならないから、いつものテンションで弄ってやろうという悪戯心で勢いよく肩に触れた瞬間、絶対に見過ごせない見逃せない違和感に気が付いた。

 オリオンと比べたらだいぶ白い肌に残る赤黒い痕跡と青い魔装束(スペリオルメイル)に点々と貼り付いた染み。

 動揺こそしたが、彼が何故出ていったのかを思い出して陰鬱な黄金色と視線がかち合った時にはなにが起きたのかを解っていた。


「お前、親父に……」

「言うな。──この程度、()()()()()


 「慣れている」。

 たった一言だが、この言葉でオリオンは思い出した。

 明世界に往くまでの15年で彼が一体どのような人生を歩んできたのか。父親になにをされてきたのか。


「リオン……それは、慣れちゃダメなやつだ。イブキは親に殴られてすっげえ落ち込んでた」

「環境の差違だろう。月見やお前は恵まれていて、俺はそうではなかっただけだ。父上の在り方を他人に理解されようとは思っていない」

「あぁクソッホントめんどくせえな……じゃああの時、お前はなんで逃げたいって俺のとこに来たんだよ!!」


 際限のない期待と何故か増えていく真逆の暴力──なにもかもを恐れ、怯え、逃げ出して、頼る宛はないと言っていた過去のリオンが唯一辿り着いたのは黒い国の紅い剣士。

 オリオンもまた、感情を殺すしか上手く生きる術を見出だせずに黙り込んだ彼の抱えた闇を理解しその内に秘めた誰よりも"らしい"人間性を認め、彼を望み通り明世界へ連れて行った。

 だが今こうして宵世界に戻ってきたらどうだ。

 月見家を通して親と子の在り方を学んだオリオンには、彼が慣れていることを全く理解できなかった。

 3年前に比べてリオンは随分と大人になり、当時は並ぶ程度だった背丈も追い抜かれているのに、上手く取り繕っているだけで中身の方は全然成長しておらず、まだ黒弓璃音には成れていない。踞って耐えるしかない彼の弱さがオリオンには透けて見えていた。


「──銀弓の魔術師、冠位などとは嗤える話だ。俺が所詮、父親には一生抗えない弱い生き物だと知ったら皆一斉に手のひらを返すだろうな」

「……それでいいのかよ」

「すまない。だが俺はあの日お前に救われたからこそ、理不尽に負けずこうして立っているんだ」


 藍色が見合わせる今は月夜より輝かしい黄金の瞳には彼の真意が宿っていた。

 "まっくらやみのせかい"の外から気まぐれにも手を差し伸べられ、必死にしがみついて、せかいに星が流れたから、彼はここに舞い戻っても己の運命を受け入れることができた。──兄のことも含めて。

 レオンはかつて必死に追いかけた人で、華恋が枯れた砂漠に咲いた一輪の花だったとすれば、オリオンはさ迷う暗闇の中に灯った(めじるし)だった。 


「リオン、ちょっと」

「なんだ」

「お前は──本当に辛かったら、泣いていいんだからな」


 ふんっと鼻を鳴らし、オリオンは空を見上げる。

 幼さが介在するあべこべな姿を隣で見ているとやはりどこか年上の大人らしく凛々しい気がした。


「さぁて!! 切り替えていくぜ、リオン! 早速頼みをしていいか?」

「あぁ本当に早速だな……なにをすればいい?」

「そんじゃまぁ……」


 直後、さすがのリオンも驚愕せざるを得ない衝撃の作戦内容が告げられた。

 本気でやるのかと何度も確認する彼と、やる気満々の彼はこの作戦の重要な鍵を握ることとなる。

 すでに王の許可は得た。あとは実行するだけだ。


「頼むぜ、親友(リオン)

「……あぁ、任されたぞ」


 拳を突き合わせ、二人はそれぞれの役割の下目的へと向かう。


 戦いは、ここから始まった。



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