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ANASTASIA  作者: 桜依 夏樹
Dear Moonlight 宵世界編
44/133

1-32 まだ終わりなく 1



 朝方の太陽が照らす白い国の城は一時の平穏を謳歌していた。

 リオンが片腕にしている銀腕・アガートラームの限定開花"治癒神の祈り"で止血と延命を受けたキャロルは一命をとりとめ、今しがたシキの研究室へと運ばれて最高峰の魔術師たる彼女が直々に本格的な治療を施している。全て終わればいずれ目を覚まし、今度は反省室行きだと彼女が笑っていたのは記憶に新しい。

 一颯についてはシキによって先んじて伝えられていたらしく、城の兵士から特に疑問を投げられることなく二人は疲れきった身体を引きずって客間へ向かっていた──が。


「オ・リ・オ・ン~!」

「う、ごッ……!?」


 ぽよんぽよんと柔らかな効果音が鳴りそうなほどたわわに育った胸を揺らして現れた軽装備の女性はなにを考えているのかオリオンに真っ正面から突撃し、彼が後頭部をしたたか打ち付けたのも気にせず強くつよーく抱き締める。

 後ろでその様子を唖然としながら見ていたリオンがうわぁ……と言い出しそうな顔をしていたのはまずは言うまでもない。

 緑に近い白い長髪は毛先が束ねられ、ライムグリーンの瞳がオリオンを映してきらきら輝く。更に髪の隙間から覗く長い耳は彼女がどんな種族なのかを如実に表していた。


「ね、ねえさ……くるしい……どいて、マジ……」

「ええ~! もっと再会を喜びましょうよ~! お姉ちゃん寂しくて死んじゃいそうだったんだから~!」

「それは、いんだけどっ……息が……しぬ……」

「え? …………あ、ごめんなさい」


 谷間に潰され完全に埋もれていたオリオンから体を離して立ち上がり、やっと後ろのリオンに気付いては「あらあら!」などと甲高い声を上げ彼の手を握った彼女はクロエ・メア・ヴィンセントといい、オリオン・ヴィンセントの義姉(あね)に当たる人物である。

 要はアーテル王国で政治を執り行う二十の貴族の内、ヴィンセント家の長女。以前行方不明になったオリオンを探して捜索隊の編成をアクスヴェインに掛け合い、断られて怒り狂った挙げ句アルブスの双璧に手紙を送ったという()()長女だ。

 このやり取りや先の行動のせいで、端から見れば成人済みの弟から未だに離れられないダメなブラコンにしか見えない女性だが、まず二人に血縁関係はない。それどころか彼女も父親の血は流れていないので、厳密にはヴィンセントの実娘とも言い難い。

 では誰の血が継いでいるのか────()()だ。彼女には()()()()()()()()()()

 似た例が近い内に起きるので、本来であったら母親は離婚を言い渡されるはずだと思う。ところがヴィンセント公の周りが絶句するほどのお人好しがあまりに凄まじく、判明した当初から十分受け入れていたそうだ。

 そんな彼女は修行の旅に出た際、たまたま見つけた伝説の槍と名高い遺装(アーティファクト)を発見し、元から備えている能力(スペック)の高さと遺装の組み合わせで、国に仕え始めた頃から"聖槍の女帝"と呼ばれ現アーテル王国の強さの象徴とされていた。

 さてここからが本題なのだが、オリオンはこの義姉がとても苦手だ。人柄は良くワガママを許してくれているし、別に嫌いではない。代わりに精神的な天敵と言っていい。

 なのでいつぞやに行った星宮高校で高町(たかまち)黒枝(くろえ)教諭を発見した時、オリオンは唖然とした。

 "何故、姉がここにいるのか"と。

 白みがかった緑の髪が色素を得ただけで空似とは思えないほどそっくりだったせいでついに仕事を投げ出して明世界に来たのかと思ってしまった。だから嫌いだ、なんて突き放すようなことを言ったのだ。いや、実際同じ人格の二人に挟まれたらさすがに嫌いにもなってしまうが。

 本当に他人の空似だと判ったことで、今後関わり合うこともないと安心した数日後──まさかこんな形で再会するとは、と隣で会話を続ける姉を見つめながら彼は今この瞬間にため息を吐いて痛打した頭も抱えた。


「……なるほど、現在の状況は概ね理解しました。存在は把握していたつもりだったけど予想以上の暴走ぶりね、驚きよ」

「まずなんで姉さんは生きてるんだよ。アイツの言い方じゃ全滅したと思ってたんだぞ?」

「なぁに? それってアクスヴェインにとっては私達が負けたという扱いなのかしら?」


 クロエに言わせてみれば、アクスヴェインの策謀によって二十席議会に参加している貴族や兵士たちは軒並み犠牲や捕虜になった、というオリオンの先入観がそもそも間違っていたらしい。

 彼女が無事な理由に通ずる事の発端は約10日前、オリオンにとっては一颯と出逢った始まりの夜が訪れた時より半日前に────否、更にそこから半年前まで遡る。

 最初にアクスヴェインの計画を知ったのはなんとクロエだ。身体検査と称して血液を抜かれたことが不自然だと感じ、彼の周りを密かに調査した。同じ半夢魔で、しかもアクスヴェイン側からは感知しづらいマーリンと結託して。

 それでも異形・融合体の存在や、王に反逆を企てている事実を知るまでには相当の時間を要した。立場上クロエ自身は気付かれても構いはしなかったが、彼なら君より両親の名を落とすだろうと魔術師に諭され、結局協力を得ることができなかったためだ。

 残された少ない時間の限りを尽くして証拠を集めた彼女は一ヶ月前、王にこの事を報告した。しかし王はアクスヴェインの首を落とそうとはせず、二十席議会に密に書を送り状況を見守るとまで言い切った。


「そしてマーリン様と私は貴方が失踪した当日に神託と偽り、議会貴族の一部と国王ならびに王女をカエルレウム連合公国ファレル領へとお連れました」

「ファレル領に……あぁ、それで父上が」

「ええ、エルシオン・ファレル公の協力を得たと国王から聞かされたのはおよそ半月前。準備や説得に骨を折って、結果的に最後までアクスヴェインの裏切りを信じなかった八席の貴族があの国に残りました」


 クロエはその後もギリギリまで兵士や召使い、残った貴族の説得を続け、貴族以外のブリュンヒルデをはじめとする大勢を避難させて自身も国を離れた。

 その間何故不在がバレず、爆発によって国王と議会貴族が死んだと言われていたかはマーリンが存在をちらつかせていた以上想像するまでもない。

 間抜けにも幻影に惑わされたアクスヴェインは見事に反逆を成功させ、都市を掌握した──と現在も思っているだろう。残念ながらアーテル王国の重役はほぼ無事だ。怪我ひとつしてない。


「そっか、みんな無事か……よかった……」

「オリオンにも伝えたかったけれど、連絡しようにも行方知れずになっちゃうから……」

「いいんだよ姉さんは気にすんな。でもな、……マーリンあの野郎!! なんでンな大事なコト黙ってたやがった!?」

「喧しい、突然キレるな」

「キレたくもなるだろこんなん!」


 彼は育ての親であるマーリンから件について一言もなにも聞いちゃいない。クロエは巻き込みたくなかったから黙っていたのだと解るし許せるがマーリンを許すとは言っていない。

 確かに異形・変異体との激闘とか度重なるトラブルとか色々あったが一颯を使ってアシストするくらいならなにかヒントをくれたって良かったじゃないかと言いたい。ヒントの有無でもしかしたらここまでの最悪な出来事の連続は避けられたかもしれないからだ。


「はぁ……アンタは城の人間だけを移動させたようだが、都市に住まう大勢に呼び掛けるには時間が足りなかった……その解釈で間違いないか」

「はい、さすがにアクスヴェインに見つかるわけにはいかず、子供たちや市民を……申し訳ないと思っています」


 本来なら守るべき人命を犠牲にした。それも全ては元凶を打倒した後のためだと思いながらも彼女は割り切れない。子供たちや死んだ者達、遺されて今もその時を怯えて待つ者達のことを考えただけで悪夢がせり上がってくる。

 だからエルシオンから息子のリオンが帰還し、捕虜の身柄を保護するべくアーテル王国への突入を考えていると聞いた時、すぐさまアルブスに向かうと決めた。何故かは分からないが大事な弟に会える気がしたから。


「……ん? 待てよ、姉さんが報告を聞いて来たってことは姉さん以外もいるってことじゃ……」

「あらら! よく気付いてくれました!」


 パンパンッと従者を呼び出すように手を叩いた彼女に呼応するがごとく、奥の扉が開いた。


「……げ」


 あからさまな声をあげて左手を庇いながら逃げようとするオリオンの首根っこを掴んだ親友は相変わらずなにをどう見ているか分からない表情で扉の先から現れた人物を見つめ、少しだけ目を丸めた。

 医者を彷彿とさせるような清潔感ある白い法衣に身を包んだ初老の男。

 リオンは以前この男に世話になった記憶がある。挨拶くらいはしたいので、じたばたと激しい紅いソイツをついでに掴まえたままにしておく。


「ジャック先生、付いてきちゃった」

「なんでコイツなんだよバカーッ!!」


 やめろはなせと呻きながら暴れるオリオンを無言のまま掴んで離さないリオンは近くにやって来た男性──ジャック・モーガンと空いていたもう片方の手で握手を交わし、軽く会釈する。微笑みながら握り返してきたジャックは「もう大丈夫だね」と言い、返事の代わりに差し出されたオリオンと向かい合って今度は苦笑した。


「君たちは仲が良いねぇ」

「べっつに仲良くねえし……」

「はいはい喧嘩するほどなんとやらっていうんだから」


 ジャック・モーガンはヴィンセント家に代々付き添う治癒魔法を得手とする一族の四代目。

 彼のような単純な怪我ではなく病気や内部の異常を治癒する者達は戦いには向かないが、町で自らの診療所を開き住民達の快復の手助けをする存在は、明世界でいうところの医者に該当する。先生と呼ばれる所以はそこだ。

 リオンが彼の世話になった理由は話せば長くなるが、赤と青の彼らを親友にまで至らしめたのはこのジャックがきっかけと言っていい。

 そして現在進行形で世話になっているのが────。


「オリオン、体調の方はどうだい」

「別になんとも……普通だし」

「本当に?」

「ンだよ二度も言わせんな、時間ねえんだから休ませろよ」

「そうかそうか──じゃあ()()()()()()()()左手もそこで見ようか」

「…………」


 一瞬、彼だけ空気が凍りついたのを感じた。

 いつから気付かれていたのか、いいや最初にオリオンの姿を目視した瞬間からわかっていたのかもしれない。

 ジャックはヴィンセント一族の病だけでなく多くの市民を診てきた天才でもある。いくら患者がいつも通りを取り繕っても、彼らの内部で蠢く異常そのものが"見た"だけで分かるのだ。


「わぁった!! 急いでやれよ!」

「よしよし、じゃあ部屋に入っていつも通りに」

「くっそー……」


 ぶつくさ文句を垂れながらも大人しく連行された彼の背を追うことなく不思議そうに見つめていたリオンに声をかけたクロエはある質問を投げ掛けた。


「あの子、向こうにいた時はどんな様子だったか知ってますか。身体に不調とか、訴えていませんか」

「詳しくは知らん……が戦いに出ない分毎日元気だったと月見が言っていたな。あの万年魔力スカスカの男が休んで回復に専念すれば頷けるが……不調?」


 オリオンの不調とは珍しい言葉を聞いた。

 バカは風邪を引かないとよく言うが彼ほどその言葉に相応しい逸材はいない。怪我もすぐに治すような男が病気を放置していたというなら先程ジャックと鉢合わせるのを嫌がっていたのがなんとなく分かる。それを差し置いてもどことない会話にあった違和感はリオンの思考を巡らせるには十分すぎていた。

 質問を投げ掛けたからには彼が察知しているとクロエも分かっている。いずれは義弟を知る人はみんな知ることになるのだから今告げたところでなにも変わらない。

 だからこそ彼女は声に出す。

 不器用で愛すべき弟を友だと思う彼ならば、と。


「実はあの子、────()()()()()()()()()




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