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ANASTASIA  作者: 桜依 夏樹
Dear Moonlight 宵世界編
34/133

1-23 望まぬ開幕 3



 厳かな表情を絶やさない白い王国。訪れた者を優しく包む太陽は今、雲の裏側に隠れて見えなくなっている。

 しかし、そこで生活を営む住民は信仰するべき陽の光が届かなくとも日頃の活力を忘れたりはしない。また明日は輝くであろう日輪の加護を願い、いつもと変わらぬ生活を送るのだ。


「やぁやぁ二人ともよく来たね! 待っていたよ!」


 兵士に連れられ二人がやって来た応接室には、香り豊かな紅茶と菓子に加え、大きな帽子の下に珍しい色を隠したお下げ髪の見知らぬ女性の姿があった。

 上手く褒めようにも言葉の見当たらないほど美しい二色の眼、まるで絵画の中に生きる偶像のような乳白色の肌を包む空と雲の法衣は髪色以上に派手なのに、とても落ち着いた印象を与える。一颯と同世代と思わしき女性はまだ少女と呼べる年齢なのだろうが、身に纏うたおやかな雰囲気が幼さを阻害し大人としての像を引き立たせていた。のだが────。


「いやぁ僕から出向きもせず悪いね、結構遠くから来たでしょ? お疲れさま。お菓子いっぱいあるからお腹が膨れるまで食べてよ」


 ──と、第一印象を全て台無しにするまでが彼女の悪癖である。


「えっと、貴方は……」

「あっ自己紹介忘れてた、ごめんごめん」


 貴族や王族の娘と推測できるほど育ちの良さそうな風貌と佇まいと異なり、快活な女子学生を連想させる口調で話すのを見ていると一颯でも話しかけられそうな親しみを感じる。

 しなやかな指を開いて差し出された手のひらは下手に強く握ろうものなら崩れ落ちそうなくらい冷たくて柔らかだ。


「初めまして、アルブス王国顧問錬金術師──シキ・ディートリヒです」


 ────森聖領域ヴェールでの一件があってから一日が経過している。

 強引という言葉が生易しいほどえげつないあれやこれやを駆使して見事に男から情報を奪い取ったリオンと共に精霊の森を脱出し、大気中の魔力で動くらしい列車に揺られてやっと最初の目的地──アルブス王国に到着した。

 アクスヴェインの一手の早さを鑑みても、真っ先に向かうべきなのはアーテル王城だと考えていた一颯は、ヴェールを離れた際にリオンに提案した。しかし彼は「具体的な策もなく乗り込むのは馬鹿のすることだ」と正論の下に一蹴し、隣国でありながら備えた戦力が申し分ないため安全なこの国に一旦落ち着くことに決めたのだ。

 アルブス王国が誇る天才剣士と魔術師の双璧がいればヴェールのように城自体が襲撃を受けたとしても問題なく撃退できるはずだ、とここで起きた事件をなにも知らぬまま信じて。


「色々あったみたいだし、まずは君らの話を聞こうかな」

「その前に私も自己紹介を……」

「知ってるよ。月見一颯さん、だよね。キャロルから話は聞いてる」

「キャロルくんから?」

「あれっアイツなんも話してなかったんだ。……まぁいいや、関係ない話は後で"オンナノコ"だけになったらってコトで」


 スカートを身に付けていなかったら少年にも見える中性的な外見と声をしたシキから「女の子」なる台詞が出ると一人称も相まって何故だか違和感がする。

 ともかく、応接室の高級そうなソファーに腰掛けてシキが淹れる紅茶の香りを楽しみながら早速リオンは本題を切り出した。

 アルブス側もアーテルやヴェールで起きた非常事態を知っているので、内容はいたってシンプルかつ誇張や不明瞭さもナシだ。わざわざ明世界に空間魔法まで使って罠を張り、一颯を餌にオリオンを嵌めたこと。そのオリオンを利用してヴェールを襲撃したこと。ヴェールが壊滅したことで七の意思が動いてしまったことの三点を分かりやすく説明した。

 話を聞きながらうんうんと細かに頷き、時折一口大のマカロンらしき菓子を頬張ったシキはしばらく聞き手に回っていたが、リオンがアルブスに来たワケを話した途端残念そうに眉を落としてティーカップを戻した。


「ごめんよ、キャロルを頼りに来たとは思わなかった。てっきりファレル領への中継地にするのかと……こりゃあ()()()()だな」

「別に頼ってはいないが……どういうことだ」

「実はね、キャロルはいないんだ。行方不明。君らが明世界でゴタゴタしてた間アルブス(ここ)も厄介な事件があってねぇ……いやぁ参った参った。ま、これ見ながら僕の話を聞いてくれたまえよ」


 そう言ってシキが指を鳴らすと、部屋の明かりが全て消え、テーブルと扉の間にある空間にホログラムのような像が浮かび上がった。

 宵世界の機械文明は明世界より遥かに劣るのではなかったか。いや、あちらの世界でも機械類を用いず細工なしで映像が宙に浮かんだりしない。


「これ……魔法ですか?」

「うん。時操作魔法で僕の記憶を再現し、幻想魔法で映像化。最後に空間魔法でそれを固定したものだよ。──世界が文明レベルで負けていても個人の技術力は別さ。僕の魔法はあっちの科学者や発明家なんて敵じゃないもんね」


 得意気に鼻を鳴らしたシキはちらりと覗いたリオンの「それがどうした」といった感じに曖昧な表情に少し不満げな顔で話を続ける。

 まず語られたのはこのアルブス王城で起きた殺人未遂事件だ。魔法で召喚された剣を投げ飛ばし攻撃を繰り出す女によってシキ、そしてキャロルが狙われた。その際先に倒れたのは突然の奇襲に気付けなかったシキで、キャロルと女の戦いの顛末を見届けることはできなかったが、次に目が覚めた時には現場となった庭園にあったはずの魔力残滓は(ことごと)く失われ、キャロルが行方不明と扱われていた。


「そんな……キャロルくん……」

「行方不明って言っても、庭園に残ってた血痕がキャロルのものと判ってるから最悪の場合も僕は想定してるけど」

「女とやらはアクスヴェインの?」

「だろうね」


 当時の二人は変異体についての情報に生じた"矛盾"を話し合っていた。そこに割って入った女は矛盾を引き起こした張本人──アクスヴェインを知っている様子だったため、関係者の可能性が高いだろうと確信に変わる今日(こんにち)まで思っていたらしい。


「で、映像(これ)が女の顔と持ってた武器だ。見たことはあるかい?」


 シキの記憶から再現された女の姿は遠い場所にいたのかひどくぼやけていたものの、空の色と対比する赤と雲と被る白がやけに目立つのが分かる。着物によく似た黒い帯やスカーフ、手袋が全体的に白で構成された魔装束(スペリオルメイル)を引き締めていて、垂れ下がった金色の瞳に既視感を感じた。

 武器の方はと言えば刀に似た片刃の真っ白な剣だ。ただし全てが白塗りではなく、鍔にはラピスラズリのようなダイヤ状の宝石が埋め込まれ、刀身にも同じ青が中央部と刃先を割いている。

 一颯が見てきた武器はオリオンの剣やキャロルの蒼剣・ガラティン。杖を武器に含まないならあとはリオンが持つ弓だけのため、当然だが見覚えはない。────が。


「……銀剣・クラレントだな」

「まさか、分かるの?」

「────と思ったんだが形が違う。アレは片刃じゃない」


 銀剣・クラレントと呼称された剣はその名から想像するに遺装(アーティファクト)の一種だろう。

 "クラレント"と言えば『アーサー王伝説』の登場人物"モードレッド"が聖油王の戴冠用にアーサー王が保管していたそれを持ち出し、反逆の折には()の王を殺したとされる白銀色の剣だ。

 リオンが何故そのようなモノを知っているのかは不明だが、すぐさま名前が出てきたということは彼が知る人物の中にその遺装を扱える者がいるのではないか。


「女の子は知ってる人?」

「知らん」

「じゃあ結局進展はないね。とりあえず情報交換はできたわけだし、もう少し僕から話をさせてよ」

「分かった、続けてくれ」

「ありがとね。一颯さんもいいかな、長くなるけど大丈夫?」

「ええ、お話の続きお願いします」


 にこりと微笑んだシキはホログラム映像を消し、部屋の明かりを付け直す。紅茶を一口飲んで息を整えた。

 彼女は現在の状況を纏めると、そこに再び生じた矛盾に近い疑問を並べた。これは全て前提にキャロルが生きていて、なおかつアクスヴェイン一派に連れ去られたものと仮定する。

 まず森聖領域ヴェールという攻め入るには捻りを必要とする地を最初に選んだ理由だ。オリオン・ヴィンセントという曲者(くせもの)を仲間に引き入れ、協力させねば見つけることもできない森の奥の国をわざわざ一番手にするだろうか。しかもヴェール襲撃によって近隣国のアルブスとカエルレウムを余計に警戒させてしまっている。


「戦争するつもりかは知らないけど、もし僕が攻めるならまずアルブスにするよ。最初に片付けてしまえば警戒されたり兵力を増やされる前に無力化できる。オリオンくんがいるならキャロルはどうしてもそっちにしか手が回らないし、異形が多すぎるとさすがの僕も対応は難しいや」

「同感だ。アルブスもだが、今のカエルレウムにはアーテルの襲撃に耐えられるほどの力はないだろうしな」


 他にも強力な兵士を備えている国があるらしいが物量作戦に出られた場合にどこまで対応できるかは未知数だ。それに今までアーテル王国がヴァルプキス西地方最強と言われてきた風評もある。攻め込まれたら案外どこもひとたまりもないかものしれない。

 もしかしたら本来の予定では女の事件後すぐに戦力を削がれたアルブスを攻める予定だった可能性は捨てきれないが、今はこの説は違うとしよう。

 では、どうしてキャロルは連れ去られたのか。オリオンを戦力にするならそれだけで他は相手にならないはずだ。


「さて、ここで問題(クエスチョン)だ。オリオンくんがいるのにキャロルが必要なのは何故だと思う?」

「何故って……キャロルくんも戦わせるつもりなんじゃないですか」

「うーん……その可能性は低いかな」


 シキ個人はキャロルが彼に劣るとは思っていないが、正直魔法を使いこなす剣士がいるなら知恵はあれど不適合者の脳筋など全く必要ない。


「オリオンを捨ててキャロルを使う、か」

「はい大正解~! 花丸をあげよう!」

「それって!?」

「ごめん、僕らの配慮が足りなかった。でもこれが一番有力だと思うよ。だって──彼はアクスヴェインを()()()()んだもん」


 シキは召喚魔法で鳥型の使い魔を喚び、ヴェールの惨劇を伝え聞いていた。何故オリオンが味方をしていたかまではこの場で話を聞くまで知らなかったが、そこで異様でささやかな反逆が起きたことも知っていた。

 操られるように動いていた彼が唐突にいつものやかましい動きを始め、近くにいた兵士へ斬りかかりアクスヴェインにも襲いかかったそうだ。

 狡猾なあの男は操り人形だったとはいえ裏切り者の存在を許して放置するほど馬鹿ではない。

 恐らく、現在の彼は肉体への操作魔法以外にもなんらかの方法で拘束されているだろう。一颯の持つ追想武装が彼の魔力に呼応しているので死んではいないはずだ。

 使い物にならなくなったオリオンの代用品として魔法抵抗力(マギアプロテクト)の低いキャロルを使う気なのが薄々分かってきた。


「理由があって生かしてるとしても近々殺すだろうね。それも上手く見せしめにして、僕らの戦意を削ぐ気かな」

「……なんでオリオンが、そんな目に遭うんですか。なんにも悪いことしてないのに……」

「善悪の基準っていうのは法だけで縛り付けられない。人によりだ。"彼"は大衆から見た善だろうけど、"彼ら"にとっての悪なんだよ」


 加えてオリオンには夢魔(インキュバス)という人間とは絶対的に異なる血が流れている。彼の行いが善行でも、彼自身は許されざる害悪の一種だしアクスヴェインにとっての不都合は結果的に"悪"と定義されてしまう。

 押さえた両目に大粒の涙を溜めた一颯を慰めるようシキはソファーの後ろにまわり、背中を撫でる。


「──そんな最悪の結末を防ぐためにこうして来てくれたんだろ? 僕は全ての力を貸すよ。だから一颯さん泣かないで。ここにいる僕らは、君の大切な彼を失わせはしないから」


 静寂が辺りを沈め、啜り泣く少女の声と擦る服の摩擦音だけが小さく響く。

 シキがキャロルに対しどんな個人的感情を背負っているか不明だが、信頼している彼が消えたことを少しくらいは不安に思っているかもしれない。だとしても一颯を慰めたり冷静に分析ができるほど気丈に振る舞えるのだから、彼女もこの世界の住民だ。

 彼女は心底この世界には馴染めない。しかし、そんな非常識的常識の蔓延(はびこ)る世界でもまだこうしてマトモな精神のまま立っていられる。────だったら、もう少し立っていたい。

 自分を奮い立たせ、無意味に三回ほど頷き涙を飲み込んだ。


「私、オリオンを必ず助けます。どんなことがあっても死なせたりしません。だから──お願いします」


 直前まで嗚咽を漏らしていた喉から出た震えた声が強い決意を示す。

 シキは一颯の力強い紫色の瞳に正気が宿っていることが解ると、肩に入った力を抜き、優しい笑顔で再び力を貸すことを承諾した。


 その後、作戦会議という体のティータイムに引きずり込まれた一颯はシキから城を見て回らないかと提案され、話し疲れたリオンを残して一緒に応接室から退出した。


「……明日、だな」


 生かしていることに理由がある場合、見せしめ処刑のため以外にももう一つ推測できる。それは夢魔が持つ膨大な魔力だ。その尋常ならない量を吸収し、別の用途に利用する──そう、似た魔力を帯びた異形・融合体に。

 敵がいつまで処刑を待つか分からないが、絞り尽くした後だとすれば遅くても限界は近々やってくる。マーリンなら正確な予知をしているので、もしかしたら一颯に教えようと夢を展開するかもしれない。

 短い時間で上手に休息を取り、作戦の精度に磨きをかけるとしよう。

 ──ふと、リオンは何者かの魔力を感じた。自分と少し雰囲気が似ている気がして、扉の先の廊下から漏れる声に耳を澄ませる。


「────様、おやめください。どうかお部屋にお戻りを──!!」


 バンッ!! と破裂音じみた木の軋みに応えた扉が瞬時に開かれた。

 ──目に入ったのは高い背。そう、リオンより20cmは高いだろうか。黒い髪を後ろに流し、隙間を通る深海より濃いダークブルーは同じ血を流す者の証。くすんだ黄金は鋭い眼光を放ち、まるで敵対者を見たような恐ろしい威圧感を周囲に振り撒きながら拳を握り、ずかずかと部屋に侵入して近付いてくる。

 その男の正体を思い出して口を開いた瞬間、──リオンの視界は真っ黒に塗り潰されることとなった。


「────よくもいけしゃあしゃあと帰ってこられたものだな、()()()()よ」


 男の重低音が耳に入らないほどの痛みが頬骨を通じて全身に付きまとう。さっき男を制止していた侍女の悲鳴も少し聞こえた気がしたが、きーんと鳴る脳にやられて止める気にもならなかった。


「ちょっと何事かな!?」


 常に飄々としているシキの珍しい怒声が響いて、ようやくリオンは男に殴られたという事実を把握した。

 慌てて入ってきた一颯がリオンの元に駆け寄り、二人をシキが庇うように男の前に立つ。


「ファレル公、ここは我らの城で彼は客人だ。流血は控えてもらおう」

「ディートリヒの娘よ、客人である前にアレは我が愚息だ。それが分かっているのであれば下がれ」

「やめろと言っている。このまま彼が血を流すだけならば、我々は貴方の滞在を許可できなくなる」


 金色の輝きと二色の煌めきが交差し、互いの主張を認めないと叫んでいた。


 男の名はエルシオン・ファレル────リオン・ファレルの父親(トラウマ)である。


 

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