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ANASTASIA  作者: 桜依 夏樹
Dear Moonlight 明世界編
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断片 ある男の末路




 大昔、原初の罪によって二つに分かたれた世界がありました。

 人々は二つになった世界を太陽が差す人々の世界を"明"、仄かに光る月の世界を"宵"と名付けました。

 二つの世界は同じ形の宇宙、同じ形の星でありながら、それぞれが独自の技術と発展を積み上げて全く異なる文明が栄えました。


 ところが、二つの世界のどちらにも属さない世界が点々と世界の狭間に生まれ始めました。

 その中でも一際存在感がある世界がまた二つあるそうです。

 生者が死後辿り着く冥界──白命界。

 人が際に見る夢の理想郷──花の楽園。

 宵の世界に近いそれらには神々が選んだ駒が一人ずつ主となりました。


 これは花の楽園の主となった魔術師が見た永遠の中の一瞬の出来事。


 彼の名はマーリン。

 かつてアーサー王に仕えた宮廷魔術師にして予言者。夢魔と人間の混血でありながら人間として振る舞う努力をした非人間。

 ブリテンの崩壊に伴い、彼はある女性の罠に嵌められて花の楽園に突き落とされた。楽園は魔を嫌い、システムが自動的に排除しようとするためだ。

 ところが彼は死ぬことはなかった、それは神々によって楽園の主に選ばれたためだった。

 しかして不老不死となった泡沫の異形は千年の時間を気ままに過ごし、いつの間にやら自分が元々いた明世界からは魔術の概念そのものが失われ機械文明が栄えていた。

 暇になった時は──元はと言えば女癖の悪さが引き起こしたトラブルが原因だし、まぁこれでもいいか───と笑うのが彼のお決まりになっている。


 ある日、そんな退屈に塗られた楽園での生活は急に終わりを迎えた。

 いつまでも同じ青が続く空に星が流れたのだ。

 マーリンは見たこともない流星の訪れに興奮し、珍しく花畑の先にある森を抜けて湖へと足を運んだ。


 透明な水が流れることを忘れた伝説の終焉の地。

 いつかに騎士が剣を還したとされる湖にはその頃となにも変わらない美しい刃を光に翳す聖剣と─────赤ん坊が泣いていた。

 一体これはどうしたことか。

 人が生きながら訪れることはまずないと云われていた楽園に生まれたての幼子が現れるなんて。

 しかも小さな身体に目立つ大きな耳はマーリンと同じ夢魔の証。魔を退ける楽園が赤ん坊を受け入れた理由が解らない、今までだって一度たりともこんな事例はなかった。


「久しぶりだな、マーリン」


 疑問に戸惑うマーリンの前に同じ白い法衣の男が薄い光となって現れた。

 ───男はユーサスという。

 マーリンと同じ夢魔だが、マーリンと違い純粋な血が流れる者であった。

 かつて彼らは友人であり、花の楽園に落ちる前は魔術師として相談もし合うほどの仲だったが、重ねられていく時間の中で彼らは疎遠になり会うこともなくなった。

 

「────君はまさか」


 ユーサスの微かな気配から漏れ出す死者の香り。

 そう、彼はすでに死んでいた。

 何故死んだのか?───決まっている。花の楽園が拒んだからだ。

 純正の夢魔たる彼は完全な異形・変異体。楽園はどんな事情があろうと絶対に彼を通しはしない。

 ではこの赤子は……?


「ユーサス……この子は君の子だね」

「───その通りだ」


 赤ん坊でありながら顔つきには父の面影がある。

 ならば母親はどうしたのか、どうして楽園入ることができたのか問わねばならない。


 ユーサスは全てをマーリンに吐露した。

 自分がなにをし、どんな過ちを犯して赤子を抱いて逃げ出したのか。夢魔としては仕方がない───だけでは済まされない彼の罪悪は一方的な愛ゆえに重いものだった。

 産み落とされた赤ん坊だけは助けたくて彼は駆けた。

 楽園に向かって、森の湖に沈められた剣を拾い上げてその持ち主を赤ん坊に定めて───。


「待ってくれユーサス、それじゃあこの子は」


 赤子はマーリンの眼前に満ち輝く聖剣の加護に守られた。

 しかし同時にそれは残酷な死刑宣告でもある。


「君なら理解しているだろう、その子の未来を」

「あぁ、予知しろというならできるとも。でもこれは────あまりにも残酷すぎるよ」

「それでも私はその子を守りたかったんだ。頼むマーリン───我が友よ、いずれ世界を越える暖かな星の命を育んでくれ」


 ユーサスは身勝手な願いを口にして消えていく。

 返事を聞く時間もなく、彼は罪に彩られた最期を遂げて死に果てる。

 取り残されたのはマーリンと赤子、呼応するように光を放つ黒き夜の遺装(アーティファクト)だけ。


 腕に抱かれて泣き止まない小さな小さな命を見つめ彼は思う。

 親愛なる友は、どれだけ種の血から足掻こうと結局は夢魔(インキュバス)だったのだと。


「分かった。その願い────確かに聞き届けよう」


 これは原初の記憶ではない。

 彼にとって始まりという名の終わりの記憶。


 いつか剣士になる彼はまだその事実を知らないまま生きている。


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