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ANASTASIA  作者: 桜依 夏樹
Prologue
3/133

0-3 Prologue.3



「…最悪だ」


 時刻は深夜12時。

 結局その後も紆余曲折あり、ほとんど眠れなかった彼は睡眠時間たったの2時間でこちら側にやってきた。体が痛い、夢見が悪い以外の理由で寝不足なのは久しぶりだ。

 最新技術で造られた明るすぎる外灯だけが照らす住宅街を丘から見下ろし、酷い眠気と憂鬱に襲われながら道行く存在を監視する。敵影や人の姿はない。


 ここは彼がいたアーテル王国の都市部ではない。

 アスファルトでしっかりと舗装されていた道の両側には何軒も建ち並ぶ一軒家やマンション。閉店後のショッピングモール、コンビニとスーパーマーケット。電灯に集る蛾が目立つ自動販売機など。アーテル王城の中世の雰囲気とはだいぶ異なった近代的な街並みは紛れもなく現代日本のもの。


 つまり今オリオンがいるのは、彼らの言う"向こうの世界"。2015年7月の日本なのだ。


 日本に怪物は存在しない。最初に誰もが思う。存在していたとしてもそれは現在からは遠い遠い過去の話、未だ人々が鬼や怪の存在と近かった時代の話だ。

 だが異形の怪物はこの世界にたしかに現れる。それも25年間ずっと、深夜12時以降のこの地…梓塚市に限って。

 25年前まではどの地域とも変わらない夜だった梓塚には、ある日を境に異形が出現するようになった。

 深夜12時を回ると異形は行動を始め、朝日が昇る時間になると日の光を浴び、灰と化して消滅。なぜか家の中には侵入せず、外にいる人間は見つけ次第補食する。

 17年ほど前までは嘘っぱちだと豪語した若者やサラリーマンたちが深夜に徘徊し犠牲になることがとても多かったらしいが、現在では命知らず以外に深夜の梓塚を歩く者はいない。


 この非常事態にアーテル王国のある異世界側が気付いたのは15年前。

 異世界と現代に"歪み"が発生したことで異世界の異形たちが現代に流れ込むようになったようだ。

 アーテル王国は率先して解決のために取り組み、『剣士』の称号を持つ兵を派遣し始めた。

 ところが10年以上経とうと"歪み"の直接的な原因は判明せず、異形を狩るだけの日々が続き、一部の兵士には「我々の世界と関係のない連中を助けるなんて面倒だ」と宣う者も増えてきた。それもそうだ、こちらの世界に行くためには制約も多いのに奉仕する理由が見当たらないのだろう。

 オリオンがこちらでの異形狩りを任されて約2年半経っているがその辺を気にしたことはない。むしろ周囲との距離感を考えなくても良い点はとても良い任務だと思っていた。

 ひとつだけやって後悔したことはあったが、それもその人物のためだった、だから結果的に敵を作っても大したことはないと言い切れる。


 難しいことは考える時間が惜しいしすぐに忘れてしまう。ので、ここで一旦仕事モードに切り替えだ。

 異形を狩るのはもちろんだが変異体が発見できれば万々歳。

 今日も前向きに始めるとしよう。


「あれ、なにしてんだ」


 寝惚け眼が見つけたのは集団の男女5人。顔までは認識できないが、明かりを持って騒ぎ歩く姿が確認できた。恐らくだが肝試しだろう。

 命知らずの相手をするのは厄介だが、帰らせるのも一つの役割だ。ここは怪奇現象っぽいことを起こし脅かして強制帰宅させることにした。


 転落防止の柵を乗り越え、夏の深夜に吹く生暖かな風を全身で受け止めながら降下する。

 他に人影はなかったが、5人組に近づくにつれてかなりの大声で話しているのが判った。異形が現れればこの声に必ず気づく。危険すぎる、早く家に帰ってもらわねばならない。

 少し外れた位置にある青いコンビニの影に姿を隠す。

 小声で発火の魔法を詠唱し、よくあるヒトダマの形状でふわふわと浮かせておく。きっと幽霊だと勘違いして逃げてくれるだろう、なんて難しいことを考えない安直な発想だ。


「ったく、こっちは後先考えない連中ばっかだな。助けるこっちの身にもなって…」


 隠しきれない愚痴がまた出てきたが、一帯の気配ががらりと変わったことで後の言葉は閊えた。


 ───いる。すぐそこに。


「う、うわああぁぁッ!?」

「なにっ!? なんなのアレ!!」



()()()()()()()()!!」



 悲鳴が十字路の奥から聞こえる。鼓膜が裂けそうになるほどの絶叫に耳がキンキンと痛むがそれどころではない。

 見つける前に、殺す前に彼らと遭遇してしまった。なんて不運だ。


 大慌てでコンビニ裏から道路に出て声の方向に向かう。

 走りながら右手を翳せばどこからともなく現れた紅い剣が収まり、勢いのまま十字路の先に駆け込む。


 すでに犠牲者は二人いた。制服を着た男性が背丈の倍はあるであろう腕の長い異形に四肢を砕かれて事切れている。

 異形どもは彼らが死んだことにも気付かないほど頭が悪い。死体を弄びながらじゃれるように喉を鳴らす。胸糞悪い光景だ。


「ッざけんなっつの!!」


 感情の変化に呼応した体内の魔力が全身に通い電流のように迸り、足に魔力で強化を施し高く跳ぶ。

 魔力を受けた剣がエンチャント魔法で炎を纏い、叫び声に振り向いた一つ目の異形を貫く。

 ぎゃあぎゃあと喧しい悲鳴を上げたそいつが本能的に両腕をじたばたしたのを腕を切断することで無力化し、首をかっ捌く。

 一体目に構っている間に後ろで拳を振り下ろした二体目を、腰に力を入れ剣で受け止め逆に跳ね返す。小柄な身体からは想像もつかないパワーで押し戻された異形は仰け反り、腹が丸出しになったのを燃え盛る剣は確実に切り裂く──!!

 倒れ、叫びを上げている喉を剣で突き刺し、どろどろとした血液を垂れ流しながらどちらの異形も絶命した。


 異形の存在に直前まで気付けなかった自分に嫌気が差す。

 彼らは決められたポイントに現れるわけではない。"歪み"は梓塚全域であるため、いつどこでどうやって現れるかはランダムで、特にこの尾野川町に出現することが多いから彼は広く見渡してすぐ発見できる丘で見張っているのだ。

 今、出現した位置が集団のすぐ近くでオリオンが丘から離れていたのは単純に()()()()()()()()にすぎない。

 そう理解はしていても知能も感情もない怪物に殺された彼らはどんな気持ちなのかを考えるだけで罪悪感に支配されそうだった。

 こういう場面に遭遇することは少なくないが決して慣れることはない。

 だが今はどんなに凄惨な状況でも吐き気を催してはいられない。


 逃げた三人の方向にも異形の気配がある。今死んだ二体、三人を追ったのが更に二体、別の場所から感じるだけで三体、今日はやけに数が多い。


 死体の処理は全て片付けてからだ。あらぬ方向に曲がった四肢の少年たちを壁沿いに横たえさせる。

 塀から屋根に登り、気配のある方向に跳んだ。

 仕切られた道路を走るなんて時間のかかる行為はしたくない。屋根を歩く音は近所迷惑にもほどがあるがそれよりは目の前の人命だ。しかもよくやるので住民たちもとっくに慣れてるだろう。


 まず見つけたのは、背中に深く大きな裂傷のある少女。もう身体が千切れかけていた。


 あと二人はどこに行ったのだろうと探し始めたのも束の間、最初の十字路から500mほど離れた場所で男が死んでいた。首がもげて頭部は見当たらなかった。

 残るは一人、スカートを履いていたので多分女子だろう。


 こんな風に被害者が出るのは月に一度あるかないかだ。大半は仕事で帰宅が遅くなり疲労で判断力が鈍った状態だったせいで逃げられずに死ぬか、今のような肝試しで集団が遭遇してしまうか。どのパターンでも確実に犠牲者は出てしまうので良い気分はしない。

 せめて、どうにかあと一人は救いたいが戦闘に費やした時間を踏まえると望みはかなり薄い。それでも助けられる命があるなら助ける。そのためにこちらの世界に来たのだから。


 自分の力不足に歯軋りしていると、二つ向こうの路地で土煙が舞い上がった。

 騒ぎがあるということはもしかしたらまだ逃げているかもしれない。これはチャンスだ。


 10階建てのマンションの屋上で一度大きく踏み込みを入れ、脚に魔力を注ぎ込み、バネとなった足元から空高く飛び立つ。

 空から見たらだいぶ小さいが、襲われていた集団と同じ制服を着た女性が襲われ逃げ惑っているらしい。足が速いのか、まだ捕まる様子はない。


───間に合う!ここからなら!


 自信が一気に盛り上がる。


 振り上げられた紅い剣は雷の渦を巻き、全身の魔力を纏い流れ星となった身体は標的を確認し、


「いっけええええぇッ!!」


 真っ直ぐに急降下する────!!





 物凄い爆発音と同時に目の前が赤に染まる。

 なにもない。さっきから私がいた住宅地は消えてしまった。


 私はどうなった?

 少なくとも痛くはない。かすり傷はあるけど、お腹に穴が開いたり腕がなくなったりはしてないはずだ。まだ身体も繋がってる。


 というか…この状況はなんだ?怪物に襲われて、逃げて、…そう、なにかが降ってきた。星みたいななにかが、真っ赤な光に包まれて。

 もしかしたら私は星の爆発に巻き込まれて即死したのかも。

 ここは天国に繋がる道、きっとそうだ。


 そうだと、思っていた。


「……人…?」


 人だ。人が怪物の上に立っている。


 突き刺した剣はインターネットの画像検索で出てくるアニメやゲームの世界みたいだけど質感や鋭さはハリボテのようには見えない。

 見た目はよくあるヒーロー漫画の主人公が巻くような赤いマフラー、でも全身スーツとかじゃなくて黒い服。お腹には鉄っぽいものも着いてて、腰に巻かれた赤と灰色がマントみたいにひらひらと風に揺られている。

 髪の色によく似た瞳は月明かりに照らされて、幼い顔は少しだけ険しく、怪物を見る目は親の仇でも見るようだった。


 とても綺麗だった。


 彼? 彼女? は誰なんだろう。


「無事かー?」


 上から声をかけられた。少年にも少女にも聞こえる微妙な声質だ。


 状況を理解しきれずにぽかんとした私はうんうんと頷いた。その返事で安心したっぽいその人は剣を抜いてゆっくり私に近付いてくる。

 目の前に怪物が二体も倒れているのにとても余裕そうだった。

 そもそもこの人は…人なのか、怪しいけど命の恩人だ。あんまり疑うのはよくないのかも。


 近寄ってから分かったことだけどこの人多分男の子だ。…多分だけど。


「えっと…助けてくれたんだよね…?」

「ん? まぁそうだな」


 うん、男の子だ。間違いない。

 キョロキョロと周囲を見渡している姿はなんというか…怪物に慣れてるみたいで、一体なにが理由でここにいるのかも少し気になる。


「近いな…こっから離れるか」


 独り言も少年にしてはやけに大人びいてる。


 それじゃあもしかして彼が噂の…?


「アンタ名前は?」

「えっ?」


 初対面の子にこんな場所で名前を聞かれるなんて大丈夫か、と一瞬考えたけど悪い子じゃなさそうだ。いや、助けてくれたんだから答えた方がいい。別に名乗っても減りやしないし。


月見一颯(つきみいぶき)よ」


 彼は名前を聞いて、ちょっとの間「い、ぶき…?いぶき…」とか発音で悩んでた。とっても流暢な日本語だけどもしかして外国人なの?それなら呼びづらいかも…。


「い、いぶき…イブキ、だな。よし、わかった」


 ちょっとどころかだいぶ違和感のある発音だけど彼の中で一番呼びやすいんだったらそれでもいいや。

 じゃあ俺も自己紹介、と彼が言った時、後ろで倒れた怪物が動いた気がする。


 ねえ、と彼に伝えようとした瞬間──、


『ΑΑΑΑΑΑaaaaaaaaaaaaa!!!!!』


 すでに怪物が悲鳴を上げていた。その胸には彼が持っていた剣。

 さっきまで彼がからからと音をたてて引きずってたはずなのに、いつの間にあんなところに刺さったのか。

 驚き戸惑うを私をよそに、彼は自己紹介を続けた。


「俺はオリオン・ヴィンセント。今夜限りだけど、よろしくな」


 オリオン。


 星のような彼は星の名前を持っていた。




 これが始まり。彼との最初の記憶。

 なにもかも今夜限りになるはずだった私たちの出逢いの物語。

 明けた世界の住民だった私が宵の世界に踏み行って、始まった物語。



 決して交わらない二つの世界の物語だ。

次はキャラクター紹介を挟んでから一颯サイドのプロローグになります。


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