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ANASTASIA  作者: 桜依 夏樹
Dear Moonlight 明世界編
27/133

1-18 胎動 3




「────はい、これで動く?」


 左肩をグルグルと回し、痛みの度合いを図るために何度か叩く。内側から響かないということはもう痛くはないし、もう痕跡からなにまで見当たらない。つまり完治した。

 彼女は治癒魔法を使ったことはなかったが、どうやら追想武装がもたらすマーリンの知識が魔法の詠唱の手助けになり無事に成功したらしい。

 一人の人間としてはクズ以下だが神域に名を連ねる魔術師としては一流の腕を持つ男から借り受けた力だ。術者が素人でありながらも重傷を即座に完全回復させられるとは、オリオンにはとても羨ましい力だった。


「悪ぃ、助かった」

「全く……帰ったかと思えばとんぼ返りしてきて、大変なことってなに?」

「あーちょっと待ってくれ。細かく話したいんだけどもう一人交えたい」

「もう一人?」


 彼はその反応を確認すると、赤と黒の魔装束(スペリオルメイル)を魔力に置き換え、居候中に着ていた特徴的な紅色のパーカーを羽織ったラフで現代的な姿に変身した。

 わざわざ着替えたことが指し示すのは"出掛ける"の意だろう。

 しかしどこに行くつもりか。お腹が空いたからファミレスやファストフードに行きたいなどではなく、もう一人を加えた三人で事の詳細を話し合いたいなどと言い出すとは一颯も予想外だ。

 さすがに彼女だって寝間着のまま出掛けるのは女子として多少の羞恥心があるので、二階の自室で特にテーマのない軽装に着替えて彼と合流する。


「お待たせ! それでどこに行くの?」

「どこって"あそこ"しかねえだろ」

「"あそこ"じゃわかんないわよ」


 アレとかコレとかあっちとか、本当に彼は抽象的な表現が大好きだと思う。

 ちゃんと口に出してくれれば一颯だって簡単に理解できるのにそれをしないのは最早一種の悪癖だ。


「ンなのもちろん、リオンの家だ」


 見せつけるようなドヤ顔。思考停止したぼんやり顔。

 二人の間に微妙な空気が流れる。

 へぇ~りおんのいえかぁ~、と曖昧な考えが脳裏を過り彼が言うその"リオン"なる人物が誰であるかを理解した瞬間、またもや一颯は目を丸くさせることとなった。


「ま、まさか!! 黒弓先輩のお家に!?」

「だからそうだって。ほら行くぞ、一颯は分かるんだろ」

「そりゃ華恋のお隣さんだから当然────って私に道案内させるつもり!?」

「おう、よろしく!」


 高々半日ぶりだというのに懐かしく感じるほど相変わらずのマイペースぶり。

 学校ではよもや禁忌だとか七不思議だとか言われているあの黒弓さんのお家に突入せよ、と言うのだから学校での彼の事情を知らないマブダチ (自称) はとんだじゃじゃ馬だ。

 と、彼を困ったちゃん扱いしたところで一颯も黒弓璃音の正体は知っている。オリオンの事情も知りたいので、ここは腹を括るしかない。


「わかったわよ……」


 こういう反論したらややこしくなりそうな時は大人しく彼に付き合うのが正解だ。

 魔力感知がなんだとか普段から言っているなら最初の夜の時点で家の場所も把握していると彼女は思うのだが。


 一颯が住んでいるのは梓塚市尾野川町。

 では彼や華恋が住むマンションがどこにあるかと言うと、一颯の家から約5分ちょっとの尾野川駅から更に歩いて15分の位置にある。笹口までは行かないがだいぶ遠い。最寄り駅やバス停もないので高齢者や子供連れにはかなり不便な地域だ。

 必然的に気温36度の炎天下を約20分歩く羽目になるが、そこは若さゆえのパワーで乗り切るに限る。途中で割るタイプのアイスを買うのも悪くない。

 というかなんのアポもなくいきなりお邪魔しても大丈夫なのだろうか。明世界では常識的な問題が一颯の前には立ちはだかっているのに、悠々自適にステップ踏むオリオンはその辺気にしてなさそうで、彼が明世界の住民だったら突然友達の家に来て「ゲームしようぜ!」と言って三時間くらい居座るタイプに違いない。

 そうやって一颯が常識と非常識の狭間で揺れている間にも尾野川駅前の交差点を抜け、彼女がそこにいる剣士と出会う前日破壊されたという松田屋前の電信柱付近までやって来た。


「そういえば、この辺りいつの間にか元通りになってたわよね。工事現場なんてまだぐちゃぐちゃなのに」

「あん時はまだ王サマに言えば直してもらえたから。……毎日色んなモンぶっ壊して色んなヤツに怒られたよ」


 明世界へ異形を退治に行くアーテル王国の剣士のため、国王は明世界の建造物や自然を元通りに直せる最上位の空間魔法と治癒魔法を会得した。異形を殺すためとは言え本来不可侵の世界に侵入するのだから、その世界を壊してはいけないというのが王の言い分だ。

 なので半ば開き直りながら毎日のように修復を依頼し、その度にアクスヴェインや先輩兵士たちにイビられることは定番にもなっていたし、それが理由で喧嘩ばかりしていたのも彼にとっては大事な日常の一枚絵だった。

 ───それももう過去の話。


 途中からは目的を忘れて探検気分。昼間なら平和な町をゆっくり見て回ることができる。

 ここは夜中の薄暗さに比べて昼は活気があるとか、お土産を買うために入った営業時間21時までのデパートの中はオリオンにとって目新しいものばかりだとか、公園で遊ぶ子供たちやそれを眺める親を見て物悲しげな顔をしていたこともあった。

 気付けば午後の太陽がおやつの時間を告げていて、彼らもまた暑苦しい熱の猛威の中、目的地へと辿り着いた。

 マンションには必須とも言えるセキュリティが完備された正面入り口には呼び出し用の操作盤がどっしりと鎮座し、ガラス張りになった両開きの扉は侵入者を阻んでいる。

 一颯は華恋の家の部屋番号を知っているので必然的にお隣さんも知っているわけだが、用心深さが異常に強い彼が簡単に開けてくれるなんて思っちゃいないオリオンは操作盤の数字パネルをじーっと睨み付けたかと思うと……。


開始(Anfang)───操作(Bedienung)(Aufsc)(hließen)


 魔法で扉をこじ開けるという彼の世界のご法度ギリギリの恐ろしい一手を繰り出した。

 容疑者曰く、この程度の鍵では用心にすらならないらしい。解除系の操作魔法を無効化する防護魔法を錠にかけておくのが宵世界では一般的な家庭の必須条件だとか。

 一颯の家の扉を開けなかったのは本人も恥ずかしがって口にしなかったが、一颯の推測では「怪我していて余裕がなかったから」に落ち着いた。


 エレベーターを上がり、ようやく見えてきたのは白鐘さんのお宅の先にあるカーテンの閉じきった部屋。

 自転車やスケートボード、植木鉢が置かれている部屋が多い中であまりにも私物がない玄関前だけ見たら人が住んでるとは到底思えないが、表札にはしっかりと名前がある。やけに溜まったチラシの束にリアルな生活感を感じた。


「よし、呼び出すぜ」

「ねえ本当に大丈夫?」

「大丈夫だってほら行くぜ!」


 オリオンの指先がチャイムのボタンに触れ、機械的な音が周辺に響く。────反応はない。


「やっぱり出ないわよ……」

「いいやもっかい!」


 無機質なベルの音。────反応はない。


「三度目の正直!!」


 ────反応はない。

 夜中の戦闘は彼も相応の魔力を消費した。右腕が切り傷だらけになったのも一颯は見ている、それ自体はいつの間にか治っていたけど魔法で癒したなら疲労困憊でもおかしくない。

 こればっかりは仕方ない、帰って大人しく二人で話をしよう。そう決めて四回目を押そうとするオリオンの腕を掴みかけた時だった。

 ぎぃっと軋みをあげてゆっくり開いたその先、寝ぼけ眼の黒髪が目をごしごしさせながら静かに覗いてきた。


「華恋……入るなら鍵を使えと何度言ったら────」


 まだ夢の中にいた金色が扉の前にいた姿を捉えた途端、すっかり目覚めて無言で見下ろしている。

 そしてまた無言のままぎぃっと扉が閉まりかけて────。


「よっしゃ開けたなリオン!! もう三時過ぎだそろそろ起きてお話でもしようぜ!」

「帰れ、一刻も早く。俺はお前に用はないぞ、だから扉から手を離せ下郎おのれなにをする」

「離すわけねーだろ! イブキ、アイツの弱点は脇腹だ! くすぐったらすぐ笑うから!!」

「えぇっ!?」

「くっ! 月見を使うとは卑怯な真似を……!!」

「勝てばいいんだよこういうのは!」


 ……どうすればいいか。

 扉の取っ手を掴み合って一歩も引かぬ好勝負を繰り広げる二人はとにかく全力で己の目的を達するために両手を使っている。なので、オリオンの言う通り今の璃音はとても無防備だ。

 だからと言って先輩の脇腹を擽るなんて不躾な行為が後輩である一颯にできるわけもなく悩み、首を傾げていた。

 今彼女の天秤には大人しく帰るか、先輩に無礼を働くかの二つがかけられている。

 しかし相手はあの鉄仮面とまで呼ばれている黒弓璃音。笑わなすぎることは学校でも有名な人物を簡単に笑わせる手段をオリオンが教えてくれたのだ。


 実践できるのは今しかない────。


「…………」


 静かにしゃがみこみ、部屋着と思わしきカジュアルなTシャツの裾を見つめる。

 呼吸を整えて両手の感覚を確かめた後、腰の辺りに狙いを定めて標的に向かって堂々と宣言した。


「先輩、どうかお覚悟を───!!」


 璃音のむなしい制止の声が一瞬聞こえた気がしたが、それが彼女の好奇心に勝ることはできなかった。


 ────その後どうなったかは彼らだけが知るところだ。 

 ただひとつ言えるのは、完全無欠の黒弓璃音が弱点への一点集中攻撃によって惨敗したという結果だけ。きっと誰にも話すことはできないくらい恥ずかしい思いをしたのだろう。かわいそうだが慈悲はない。


「それじゃあ邪魔するぜ!」

「お、お邪魔します……」


 扉の前で噎せている璃音を尻目に、こうして二人は無事に彼の家への侵入を果たしたのだった。


「───全く……とんだ恥さらしだ」

「まぁまぁキレんなって。つかホント弱いよな、そこ」

「決して弱くはない。月見に擽りの才能があっただけに決まっている」

「なんですかその特殊性癖っぽい才能?! 嫌ですよ私!」

「負けず嫌いだなぁ……」


 簡素な室内には日常的な娯楽の品どころかテレビさえ置かれていない。広いリビングルームに釣り合わない足の短いテーブルとソファー、あとは華恋が置いていったに違いない女性っぽい小物がちらほら。

 今もオリオンと一颯はクーラーに直で当たっている床に座っているせいでおしりがひんやりしている。

 余談だが、本来家族四人向けの3LDKに独り暮らししている彼の生活はかなり贅沢だ。逆に言えば部屋は使いきれないはず、一体どんな風に物を配置しているのだろうか。

 気にはなるが────触れてはいけない闇の部分が見える予感がしたので一颯は黙っていることにした。


「それで、なんの用だ。俺や月見はお前の任務とはもう無関係のはず、なにがあった」

「あー、実はさぁリオンは無関係じゃなくなりそうなんだよ」

「は……?」


 崩れた姿勢を一度戻し、先ほどまでの楽天的な目付きを鋭く変えて太陽を一身に浴びながら、陽の当たらない世界で起きた最悪な出来事の全容を語り出した。


「アーテル王国が滅びた。反旗を翻したのはアクスヴェイン・フォーリス、非人道的実験で人間と異形の雑ざりモノを造り出した至上最低のクズ野郎だ」


 全てを見たわけではない。

 しかし彼は目撃した、その恐るべき存在を。

 人間は異形と雑ざったことで自我が壊れ、満足な精神状態ではなくなり、破壊衝動のまま目の前の生き物を殺す。

 そんな異形・融合体を造ったアクスヴェイン・フォーリスは三年前から自分に従う兵士たちを次々に揃え、アーテル国王への反逆を企てていた。

 五日前に主要貴族と家族を含め国王が暗殺されてから国には加速するように混乱が巻き起こった。子供を融合体の材料にすべく、アクスヴェインが指示を出したからだ。

 親を殺してでも子を奪い取り、恐怖を敷いた悪魔は玉座で一人王様気取りだったのがオリオンの記憶にも新しい。

 聞く側の二人も関わった変異体ゼピュロスすらオリオンを殺害するために用意された木偶であったとヤツは言っている。


「なによそれ……」

「あのいけすかん男が……か」

「俺は城で融合体に襲われて、今の状態じゃどうしようもないからって逃げてきた」

「だからあんなにぼろぼろだったの?」

「うん」


 花の楽園に逃げることもできたが、何故かオリオンは意識することなく明世界に翔ぶことを選んだ。一颯のところに行けば安心して次の策を考えられる、──気がした。

 彼に巻き込もうという気は一切ない。

 宵世界に明世界の人間を連れていくことができない時点で彼女も解っている。


「俺が無関係ではないとはどういうことだ」

()()()がアクスヴェインの仲間だったんだよ」

「アイツ?」


 オリオンがアクスヴェインと融合体以外に見たのは白銀色の剣を振りかざす白いローブの男だけ。

 特徴だけで名前を伝えなかったが、璃音は男の正体に覚えがあるらしく、複雑そうな表情を浮かべて目を伏せた。

 そこにどんな事情が含まれているのかを一颯が知ることはできない。これはあくまでリオン・ファレルという宵世界の魔術師しか関わることを許されない過去との邂逅だ。


 変異体をようやく倒したのに、次は異形を従えた反逆者との戦いになるとは予想外にもほどがある。


「早く戻ってアイツをブッ倒さないといけないのはわかってる。バルトの仇は必ず取ってやらねえといけないしな」

「でも規模が大きすぎて一人じゃどうにもならないでしょ? どうするのよ」

「そこなんだよなぁ……兵士の配置はまだ城下町だけっぽいんだけどさ」


 城下町だけでもオリオンにとっては帰る家があり、活気溢れる街であり、大事な人がいる場所だ。

 この瞬間にもなにか新しい一手を企てて住民たちは苦しんでいるかもしれない。だからこそ今すぐにでも取り返しに戻りたい気持ちは物凄く強いが、融合体の能力が揃ってバルト並みかそれ以上だった場合、一人で乗り込めば一瞬で殺される。一人なら……。


「とりあえずこちらの戦力は二人、十分だな」

「まさか!」

「やるべきことがあったから付き合うだけだ、決して協力するわけじゃない」

「いいやすげえありがたい!! さっすが銀弓の魔術師サマだ!」

「その名で呼ぶな」


 たった二人だが一人の時に比べればその戦力差は凄まじい。片や片腕を負傷しても平気な顔で斬りかかってくる剣士、もう片方も超遠距離射撃で100人以上を相手取れる魔術師。

 作戦をちゃんと組めば負ける要素がない。


「私は……宵世界には行っちゃダメだから、どうしようかな」

「イブキは俺たちが無事に帰ってきたら旨い飯でも作ってくれよ」

「それだけでいいの?」

「それだけでいいんだよ」


 戦う力、癒す力あれどあくまで明世界の人間。本来出会うことのなかった彼女とはまたすぐに来るであろう異形退治の日々の合間に会えるだけでいい。

 アーテルを取り返した暁にはご褒美の体で美味しいご飯をたくさん作って用意して待っていてくれれば食べ盛りのオリオンとしてこれ以上嬉しいことはない。

 ────実際のところ彼女はやると決めたら強行してでも付いてきそうなので、なんとしてもこの世界に留めておく理由を作らなければならなかったのも事実だ。もし亜空間に入った後を付けられたらアーテル王国とか言っていられないくらい大変なことになる。


「じゃあちゃんと待ってるわ」

「おう!」


 話は纏まった。

 オリオンと璃音は近日中に宵世界に戻り、アーテル王城都市に突入。アクスヴェインとその一派を倒し、王国を奪還する。


「リオン、今夜付き合えよ」

「またか」


 変異体がアクスヴェインの息のかかった存在だったと判明した以上、今夜からはなにが起きるか分からない。

 先の戦闘で魔力も足りていないし、璃音を利用して遠距離から観察したかった。


「頼りにしてるぜ」

「……分かった」


 ため息混じりに拳を重ね、赤と青の協力関係が繋がれた。


 彼らは別々の思惑を持って戦う。

 一人は元あった日々を守るため。聖人や勇者ではなくとも、悪を討ち滅ぼし人々を救うことを願っている。

 一人は─────。


「りーおーんっ! 明日のお話なんですけど、って……あれれ?」


 彼女の訪れは無色の世界を花も羨む恋の色に一瞬で変えてしまうほど鮮烈で華々しい。


「一颯先輩じゃないですかー! 来るなら言ってくださいよぅ!」

「あ、ごめんごめん……急な用事だったから」

「そっちの子ってウワサのカレですか!? 学校に忘れ物届けに来てくれたっていう!」

「そうそう───ってなんで知ってるのよ!?」


 一颯をガン無視して隣のオリオンに「わぁ外人さんだぁ!」と大喜びで挨拶する華恋は一体なにが理由で突然現れたかも言わないまま我が道を突き進む。

 一方でオリオンは自分より小柄な人物の登場に少しテンションが上がったのか彼女のノリに同調している。


「華恋……」

「あっはい!! 明日なんですけど、ここに行きたいんです!」


 華恋はそう言うとぐるぐる巻きにされたチラシをテーブルに大きく広げた。

 全体的にファンシーな色合いに染められた紙には雰囲気に負けないほどふわふわで美味しそうなパンケーキの写真が掲載されていた。いちごや生クリーム、ブルーベリーがふんだんに使われたそれがいかに美味しいのかは"オススメ"の字が表している。


「ちょっと遠いんですけどダメですか……?」

「構わない、たまには遠出もいいだろ」

「やったー!」


 どうやらデート、というやつらしい。

 一颯から見た璃音はここ最近だと宵世界から来た魔術師の側面ばかりで華恋の恋人というイメージが完全に消し去られていた。

 が、どうあっても"黒弓璃音"という彼はこちらの世界の住民で、そこにいる淡い色の花を愛している。

 綺麗な薔薇には棘があるという言葉があるが、彼を表す場合は毒針を仕込んだビターチョコが相応しいだろう。


「せっかくだったらお二人も一緒にどうですか?」


 華恋が名案だとばかりに頷き、三人まとめて絶句させる超弩級のトンデモ発言がぶち上がった。

 普通その考えには至らんだろうと彼女以外の全員が思っているが、悪い意味ではない。彼氏との二人きりの時間を己の手で破壊できる発想の柔軟さはむしろ称賛に値する。


「みんなで食べたら美味しいですよ、きっと」

「そうかなぁ?」

「俺は賛成だな、うまいモン食って体力つけねえと」

「じゃあ私も……」

「はい決定です! 璃音もいいですよね?」

「好きにしてくれ……」


 戦いを控えた彼らの心中知らず、嬉しそうに跳び跳ねる華恋は愛らしく可愛い。


 意図せずして決定したお出掛けは明日の10時に尾野川駅前に待ち合わせで決定。

 ついでに女性陣はショッピングも計画し始めた。大半は華恋の行きたい場所に付き合う形だが一颯も彼女が挙げる中に気になる店がいくつか見つかったのが決定打になったようだ。

 やるべきことはとにかく多く重たいが、明日は体を休めて楽しむとしよう。


 まだ陽も落ちない夏場の夕方に彩り豊かな四人の影が残る中、新たな戦いの炎は宵の世界で静かに揺らめいている。





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