2-31 オンリーワン・リローデッド
カエルレウム連合公国の地下に広がる広大な血管はかつてブリタリア地下霊脈、そう呼ばれていた。
神性がまだ人々の眼に視えていた時代において、魔境とさえ称されたこの西の孤島をルフェイの血族が開拓した際に最初に発見されたのが、この神々が生きるに値する濃密なマナに支配された地下空間だったと云われている。
島国という限りある大地の中に、息をするという形で体内に取り込むには余りある毒と化した見えない魔力の世界があるため、今日もカエルレウムは地下開拓は国家成立以来万全に行われていない。よってファルレオールの避難所は貴重な地下施設だ。
────染み出した地下水が滴る音がする。
廃坑となった洞窟から潜行してすでに一時間が経過した。
人の手が加わったことのない石の山や崩れた崖ばかりの真っ暗闇を手元の発光の魔法だけを頼りに歩む。
数百どころか数千年単位で放置されたせいでそりゃあ酷い有り様だと思っていたが、水溜まりこそあれど水没している等の約一名に刺さりまくる致命的な障害はない。それでも人の手が加わった形跡は邪魔な岩を退かす程度でしかなく、ほぼありのままの厳かな大自然が広がっている。
パキリとブーツの底が石を砕き、砂を踏みしめる音と固い地面の冷たい感触が足から全身に伝わってきた。
無音ならざる反響空間でたった二人の間に言葉はない。ここがいつもの街道や屋敷ならともかく、なにが潜んでいるかすら未知数の世界では慎重にならざるを得ないからだ。
ただ、ここに来て彼の足が止まった。
「リオン?」
レオンが持つカンテラに照らし出されたリオンは黄金色の目を細め、周囲の様子を窺うように泳がせている。
洞窟内は思った以上にただの道でさえ広い。
普通に歩くだけでかなり公範囲に反響もするし、大声を出そうものならしばらく残りそうなほどだ。
そんな状況下で警戒心が人一倍強く働くリオンが立ち止まったとすれば、次に言うことはおのずと予想がつく。
「……先程から後方に足音が聞こえる。俺達から100m以内に何かがいるはずだ」
「異形か? それならリオンの魔法でなんとか」
「相手は少なくとも二足歩行。……この場合、人間である方が幸運かどうかも疑わしいが」
廃坑内ならまだしも間違っても盗掘者がこの地下霊脈に降りてくる可能性はゼロだ。
二人はマナを循環させる石を噛み砕いて約五時間程度潜ることができる。しかしこれが銀腕・アガートラームの限定開花がベースとなって作られた時点で、ただの盗人が同じ作用かそれ以上を用いるのは不自然と断定してよい。
であれば異形。通常体やノーマル変異体なら死あるのみだが、神話級変異体の幼体のようないずれ不可視に消える存在ならまだこの辺りを根城にしててもおかしくはない。
なにせこの地は神の時代の残滓。普段はお目にかかれない絶滅危惧種と巡り遭えたら災難と同時に学者達が寄って集ってくる場所だ。
もし異形でないのなら……まぁ人間だろう。それも敵意のある何者かと仮定せざるを得ない。
ヴェルメリオ帝国が「いつ」「どこで」「どうやって」動いているかも分からない現状、入国許可審査をいくら厳格化しても奴らがカエルレウムの大地を踏んでいる可能性そのものは捨てきれていないのだから。
とはいっても、できれば何者にも接触したくはないのが二人の本音であり、安全に宝玉を持ち帰れるならファレルの陣営自体にとっても万々歳なのだが──。
「よし、じゃあやっぱり撃ち抜こう。魔力の塊を判別するなんて難しくないはずだろ?」
「はぁ」
「なぜそこでため息!?」
お手本のようなため息を漏らす弟に目を丸めたレオンは多分、絶対、なにもわかってない。
確かにリオンの感知能力は人間としては非常に高く、優秀な方に分類される。それのせいで明世界では何度真夜中にたたき起こされたか思い出せないくらいに。
ただ、ここはマナが満ちすぎている。
「魔力感知だけで探すとなると、俺は今、兄上の魔力すら識別できない。……まさか色までぐちゃぐちゃにされるとは、恐ろしいな」
通常の場合、魔力にはその生物の性質に見合った「色」が振り分けられる。
強力な魔法を詠唱した際にオーラ状に魔力が可視化した時や体内に含まれるそれを感知した時にしか見えないので、本職が魔術師ではない人間にはあまり知れていない雑学だ。
ちなみにリオンは宵の海ような瑠璃色に、レオンは鮮やかな宝石に似た瑠璃色に見えるらしい。
そして「銀弓の魔術師」の異名にもある通り、魔術師でもあるリオンもまた、瞳を閉じて感知に集中すれば身体の熱を視るのような形で「色」を認識できる。
しかし「色」とは人間が魔力の流れを視るために脳が生み出した知覚の一種にすぎない。
何度でも言うが、この霊脈には大気中の魔力──即ちマナが満ちすぎている。空気を1m四方の立方体に切り取って測っても魔術師一人の体内に含まれる魔力の量を遥かに越え、しかも「色」まで視えるとなれば感じる世界の景色はごっちゃごちゃのめちゃくちゃ。
本来青いはずのレオンの姿さえ、今のリオンの感知能力では子供がクレヨンで乱暴に描き殴った痕にしか見えない。
……恐らく、オリオン・ヴィンセントならもっと鮮明だったのだろうが、人間が半魔と並ぶのは無い物ねだりだろう。
ということでリオンは二足歩行の足音の反響具合で生き物が迫っているのは理解していてもそれがどんな生体なのか知るまでには及んでいない。
魔法の弾で的確にスナイプしようにも狙い定めるための照準装置が役に立たないなら、外した場合の損失を考えてもこちらが先制するのは愚作に値する。
「ここは進むぞ。拓けたところまで抜けたら──っ?」
「あれ、消えた……」
フッ、とレオンの手元のカンテラに灯った光が消えた。
魔法で発光させていた小さな石は大気のマナを吸っていつまでも輝き続けるはずの代物。早々簡単には消えない、それこそこの辺りのマナが尽きない限りは。
魔法の精度だけが自慢のリオンが中途半端な失敗をするなんて珍しいこともあるものだ。
「まぁ失敗はよくあるから、次こそ頼んでもいいか?」
「……仕方ない」
今回も落ち度があるのはリオンの方。
ここでレオンに罵詈雑言を飛ばしたら八つ当たり以外の何物でもない。
言われてみるとちょっと光らせるだけの魔法に失敗するなんて上位魔法を身に付ければよくあることだと言えないわけでもないし、しばらくは初歩の初歩を磨き直すのも視野に入れよう。
人差し指をカンテラの中の石に近付けて、マッチの火を蝋燭に渡す要領で触れる。
その直前。
「────」
見えた。見えたのだ。
迸る白い閃光が、暗闇を焼く極光が、狭い世界を駆け抜けて目の前の彼の身を焦がし血を噴くその瞬間。
黄金色にぼんやりと輝いた瞳が確かに捉えた光景は今起きたのではない。たった少し、そう遠くない、ほんの数秒先に起こる────未来の描写。
「ぐ……ッ!?」
肩を押すなんてそんな生易しく安っぽいことを彼はしない。
闇の中で灯火を求めて距離を詰めた兄の腹を無言で容赦無用に蹴り飛ばし、本来はレオンがいたはずの弾丸の射線上に躍り出て銀弓を左手に握り締めたところで未来視した"いつか"は現実のものとなる。
右の肩口に走る衝撃は容易く全身を宙へと浮き上げる。
赤い血飛沫が黒の中に消えるのを自分自身の目ではっきり捉えながら、短い一瞬を長く感じながら地面に突き落とされた。
これは間違いなく敵意ある攻撃だ。
異形が洞窟内の障害を破壊するために放った本能的な一撃を偶然食らってしまったのではなく、紛れもないレオンを狙って放たれた人間による殺意が襲いかかってきたのだ。
痛みの叫びをあげまいと歯を食い縛り、眼前に広がる暗闇を睨み付けて銀色の弓に矢を番える。
明かりがないので敵の姿は見えない。視界には岩、石、土、砂利くらいのもの。背後でまだレオンが蹲っているだけで、敵を射抜くには聴覚だけが頼みの綱だ。
「そこか……!」
右手で引き絞った弦が弾かれ、瑠璃色の魔を彩る矢が放たれる。相変わらず矢にあるまじき軌道を描きながら星の速さで洞窟内を疾駆する。
ぼんやり発光する刃が見えなくなって間もなくすぐ側にある壁面に背を預けた。
前後が空いていれば付け入られる隙になるが、真後ろが壁なら少なくとも左右か前からしか敵は来ない。尤も、奴さんが岩壁をブチ抜きながら進んでいるなら話は別だが。
先程の時点で100m圏内に敵はいると認識した。
当たっていればその場に確認に行きたい。しかしそう簡単に倒せたなら、の話になる。
銀の腕に魔力を吸われているということは白光に射抜かれた肩の傷は間もなく塞がるだろう。あちらはともかくこちらは万全だ。
「り、リオン!? なにして」
「黙れ兄上。敵の狙いは兄上だ、死にたくなければ剣を構えて壁にすがり付いていろ」
「は、ぁ……あぁ」
さりげない暴言にツッコミ入れようにも状況が許してくれないことを察したレオンが曖昧な返事を返したのも束の間、砂利が擦れる音に耳が反応した。
どうやら仕留めるのは失敗したようだ。
「オイ、オイオイ、オイオイオイ。どっちも生きてやがるとはどういうこったァ? オォイ!!」
いかにもすぎる乱暴で粗雑な口調の男の第一声が洞窟内を一気に巡る。
目が慣れてうっすら見えてきたソイツの全容は口調に伴ったまさに"いかにも"な容姿で思わず口元が緩んだ。
右頬から鼻の頭を跨ぐように刻まれた十字の傷は歴戦の猛者たる証。無作法な着込まれ方をした騎士装束からは血生臭さが残り、同じ騎士たる彼とは同じとも言い切れない戦士の獣性を放つ。
なによりも、奴の双眸に埋め込まれたシアンが殺しと戦いに飢えた狂気を宿している。
危険性の高さは見た目からすでに折り紙付き。まともな会話が期待できるとは思えないが、こうして姿を見せたなら卑劣な暗殺者ではなく武人であるには違いない。
ならばとリオンも壁際から離れ、立ち塞がる形で前へ出た。
「貴様、赤き騎士団か」
「おうよ。ヴェルメリオ帝国赤き騎士団──つークソみてェな皇帝信者共のお仲間扱いは気に食わねェがなァ!」
リオンもレオンもこの発言には驚きを隠せなかった。
赤き騎士団を率いるエタンセルがある意味最もな例であるが、彼らはヴェルメリオ皇帝を最上と仰ぐ者達。良く言えば忠実な臣下、悪く言えば信奉者だ。
だから目の前の彼も血に飢えた獣の表情をしながらも皇帝のために任務を遂行しようとしているのだと思っていた。
なのに口から出た言葉はコレだ。
これでは本当に──ただ殺し合いに来たかのようではないか。
「この地はカエルレウム、ひいてはファレルの大地。貴様らヴェルメリオ帝国の狗どもが汚泥を踏んだ靴で足を運ぶことを許した覚えはないぞ」
「許す許さねえとかクソみてェな拘りでギャーギャー喚いてンじゃねえよ。……ンで、テメェはどっちだっけか?」
「……どっち、だと」
「応。兄か、弟か。俺ァ顔見たことがねえからよォ? どっちなのか教えてくれや」
なにを考えているのかさっぱりわからない。
兄ならエタンセル絡み、弟なら魔光の宝玉絡みでどちらも帝国と因縁があるが、この男の場合はリオンの銀弓の魔術師としての戦闘力を求めている可能性がある。
であれば嘘を言う理由はない。存分に叩きのめしてやろう。
「……弟、と言ったらどうする」
「用なしだ。ブッ殺す」
獲物を選別する獣の目が、獲物に食らいつく獣の目に切り替わる。
そして布の中から刃物の擦れる音と金属になにかが填まる音が同時に聞こえ、銀弓を自動照準で眼前に振り上げた次の瞬間──男が動く。
「銃剣……だと!」
男が手にしていたのは歪な形状だが紛れもなく銃、更に先端に取り付けられていたのは槍の穂先にも似た鈍色の刃。
大きめのマグナムらしき銃は明世界ならいざ知らず、宵世界では初めて目にする艶やかな黒いフォルムに加えてなにやら見たことのない機構部分が目についた。
だがこれ以上は観察している暇は与えられていない。
迫り来る眼前の殺意をフェイルノートで払うように拒み、意のままに引き絞られた弓矢の初撃が無防備になった心臓を狙い定める。
いくら自動射撃の精度に自信がなくてもたかが1mちょい程度の至近距離なら当たる確信くらいはある。いや、今だけは絶対に当てなければならない。
「殺さなければ殺される」。
本能でそれを感じさせる男を前にして、外すことへの臆病など出てこなかった。
カチリ。
歯車が噛み合うような音が静寂を裂いて矢は放物線を描く。
目の前の男の心臓を寸分違わぬ位置取りで貫かんと迫ったリオンの魔力で形成されるその光が届くまで、一秒もない。
「ニィ──ッ!」
まるで口が裂けたみたいな笑みを浮かべた男は守ることも、避けることもしない。いいや、あまりにも速い展開にそれさえもできないのだ。
──と、彼は思っていた。
だが違う。男は初めからリオンを敵と認識していない。
何故ならこの男はリオン・ファレルの攻撃を相手する必要すらないのだから。
「な、に……!?」
消えた。
矢が男に到達する前に消え失せてしまった。
「オラァ! くたばれェ!!」
これで無防備になったのはリオンの方。
一気に距離を詰める男の手にはやはりあの見たことのない銃剣で、よく見れば無造作にしか汚れを拭ったことがなさそうなこびりついた誰かの血が付着している。
首を容赦なく狙う物体から身を守ろうと後ろに飛ぶが、奴だって走って向かってきているのだから一歩下がったところで無駄足というやつだ。
別に首を少し切られた程度なら治しようがないわけではないが、後ろには明かりを失ったレオンがいる。しかもその明かりを再点灯させられるのはリオンだけ、倒れてから暗闇で未知の敵と戦わせるのは全滅の危険すらある。
とどのつまり自分の身を守らなくてはならない。
声が出ない張りつめた空気を吸い込み、魔法のイメージを展開する有限が────彼にはなかった。
もうそこに、時間などありはしない。
「させるものかッ!!」
不愉快な金属音が鼓膜を劈く。
目の前でぶつかり合う銃剣の刃先と銀剣・クラレントは確かにリオンの間に割って入ってきた。
体勢を崩したリオンはそのまま地面に倒れ、突っ込んできた男は割り込みの当事者によって蹴りの牽制を受けて後方に飛び退く。
あと僅かで邪魔が入った赤き騎士の表情は先程からの狂気に加え、怒りといったものも感じられる。
ふるふると拳を震わせて一歩前に躍り出た男はその怒りのまま狂乱の叫びを上げた。
「テメェ……邪魔してくれてんじゃァ──」
「兄、レオン・ファレルだ! どうだ。弟に用がないなら俺にはなにかあるんじゃないのか!」
またも遮ったレオンが発した自身の名に男の動きは止まった。
そして再びふるふると拳を震わせて、今度は歓喜が彼の欲望を刺激する。
「テメェ、テメェがレオン・ファレルかァ! エタンセルの野郎をブチのめしたっつーファレルの騎士ィッ!!」
「ぶ、ぶちのめし……たかは想像に任せるが、確かに俺は騎士。騎士の誓約を果たさんと、その銘を冠した騎士だ!」
男の狂気に当てられそうになるのを必死に堪えて刃先を男に向ける。
彼が手にするのは反逆の剣クラレント、大切な人を守る銀剣。それが彼を騎士たらしめる要素であり、もうひとつの見えない剣を呼び起こすトリガーでもある。
「応! 応応! おもしれェ! ならよォ、エタンセルを殺せるテメェをブッ殺す!! オンリーワンのクラシャ様にできねェことはねェ!! そこのガキ纏めて転がしてやっからよォ! かかってこいよなァ!!」
男──クラシャの歓喜を含んだ怒声が霊脈の隅々を駆け巡った。
五人の精鋭が取り仕切る赤き騎士団、その最後の五人目が今ここに立ち塞がる。
だが敵は一人、リオンとレオンは限りなく万全に近い状態。とてもじゃないがクラシャに勝ち目があると二人には考えられない。
「ならばその宣言飲み込むなよ。俺たちは貴様に負ける道理なんてない。血の繋がった兄弟を相手取ること、後悔させてくれる────!!」
威風堂々たる宣言を言い終わるのを自分で待たず、レオンの足は直線距離を埋めるために動く。
クラシャが左手に構える銃剣の刃を止めるべく差し出された白銀の煌めきは暗所でも輝きを忘れることなくまっすぐに弧を描いた。
キィンと金属が弾き合い、鍔迫り合う両者の筋力に大きな差はない。
拮抗し、互いが互いを譲り合わずに詰め合う。
一対一ならそれも長く続いただろうが、生憎レオンにはリオンがいる。極上のパートナーにして最高の弟だ。
「リオン!!」
呼び込んだ声にクラシャが反応し、上空からの殺気を目視する。
あの時、転んだ直後から背後の岩を足場に跳んだリオンはタイミングを見計らい、高跳びの要領でクラシャの頭上に対して矢をスタンバイさせていた。
さっきは外した──か分からないが、今度こそは────!
「退け、兄上!」
普段なら絶対に出ない優しさを聞き付けたレオンが競っていた銃剣を手首を返すように押さえ込んで逸らし、引っかけながら剣が触れ合わない距離に下がる。
依然としてクラシャはリオンから目を逸らしていないがやはり避ける素振りも見られない。いや、本当に避けられないようにしているのも影響しているんだろうが、ここまで来るとかえって不気味だ。
弦を手放し、突き抜ける矢を前方へ回転しながら見届けるリオンも今回は手応えを感じた。
これで当たらないなんてことはない。
魔術師としての絶対的な自信が彼をそんな確信へと何度でも導く。
────しかし。
「効かねェよ。魔法なんざ、オンリーワンの俺様にはなァ」
呟かれた一瞬、矢はうっすらの姿を曇らせ最終的には霧散した。
初めからそこにはなかった扱いを受けた魔力の矢は、なんの前触れもなくすっかりその存在を奪われたのだ。
呆然とするリオンは現実を受け入れきれない。
衝撃を覚えたレオンは事象を否定すべく声を荒げる。
「そんな、リオンの魔法だぞ……!? 効かないわけが……」
「ないってかァ? ないこたねェよ、俺様はオンリーワンだからなァ」
そう言って両手に持ったのはさっきまで一丁だった銃剣、つまり二丁拳銃。
銃自体が宵世界ではほぼ見られない代物なのは違いないが、驚くべきは銃口に溜まった眩い光の存在。
粒子状に可視化した大気中のマナが吸い込まれていく様が、今ならはっきりと見えるのだ。
「魔法ってのは魔力。魔力ってのはマナだ。俺の銃は世界に一つしかねェオンリーワンなモンでなァ! 魔力が弾丸になりやがる、それは空気中のってだけじゃねェテメェらの分も食い尽くすってわけだァ!」
クラシャが主武装とする二丁銃剣、彼の付けた名は「デートラヘレ」。
リオンがするように魔力を弾丸に変える性能を持つヴェルメリオ帝国が開発した唯一無二の魔道具だ。
「さァて、仕組みは教えてやったんだ。ブチ殺されても悔いはねェよなァ!」
魔力の矢が無意味、必然的にクラレントの幻想剣も無力化。なによりもこのフィールドにはマナが溢れている。
クラシャに弾切れの概念はない。逆に二人の手数は二人分に減った。
どうするか。
一旦路を戻って外に戦いの場を移せば二人はギリギリ優位性を取り戻せるが、相手の目的が知れないままではほいほいと付いてくるとは限らない。
だが戦いながらも魔光の宝玉を狙っているとしたらここで捜索を続行して奪われる危険もある。
どちらがより二人にとって正しく最善の選択なのかを考えろ。
そして、思い出せ。
二人が探す宝玉に秘められている力を。
この場を切り抜ける唯一無二の方法を。