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ANASTASIA  作者: 桜依 夏樹
Dear Moonlight 明世界編
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間章.1 蒼剣の軍師




────宵世界・ヴァルプキス西地方、白の国(アルブス)にて



 彼は積まれた何十枚もの書簡に目を通す。

 じっくりと一行ずつ、見落とさぬようしっかり読み込む。妥協は許されない。これは仕事だ、自分が面倒くさがって疎かにすれば国全体の問題になりかねない。

 しかし、ヴァルプキス西地方の同盟国や各地の駐屯兵、その他外交関係から送られてきたそれらは毎日増えるばかりで減る様子はないので気が滅入るのは事実だ。

 そろそろ休憩しよう、アーテルハルダ王家の紋章がされた手紙を一旦机の隅に置き彼は背筋をグッと伸ばした。


 こんこん、ノック音がする。「どうぞ」と声を上げると軋む音を立てて扉が開かれる。


「おつかれさま」


 高くない、むしろ低いくらいで聴き心地の良い声が聞こえてきた。

 彼が振り向くと彼女は微笑み、器用に扉を閉じる。両手には二人分の紅茶と菓子を乗せたトレイがあった。


「仕事はどうした、今日は忙しいと自分で言っていただろう」

「ははっこれから忙しくなるのさ。キャロルは?」

「ご覧の有り様だ」


 トレイをテーブルに置き、柔らかな革のソファーに座った女性は山になった書簡を見て「わぁ」などと楽観的な声を発した。

 赤髪の彼──キャロルからすれば、洒落にならないほどの量だ。いくら立場が立場と言っても16歳にやらせるとは中々大臣は鬼畜な連中だと常に思う。彼女にだって少しはこの手の手間な作業をさせるべきだ、とも。

 なんだかんだ言っていくら愚痴を溢しても仕方ない。仕事はしっかりと果たすのが国に従ずる者として最低限の務めだ。


 しかし休むのも時には大事なこと。ここは彼女に感謝し、午後のあたたかな紅茶をいただこう。


「シキ、今日の紅茶は?」

「ヴァルプキス東地方で有名なダージの紅茶だよ。砂糖とミルクはいるかい?」

「このままでいい」

「大人だなぁ君は」


 シキと呼ばれた女性は、「僕は砂糖多めでいただくよ」とシュガーポットからスプーン2杯分の砂糖を入れてクルクルと溶かしながらかき混ぜる。

 湯気のたち上るカップを優しく両手で持ち上げ、世にも珍しい二色の瞳をキラキラと輝かせながらまだ回っている中身を眺めている。香りを楽しんでいるのだろう。

 中性的な口調や一人称で時々性別があやふやになるが、こうして一時の癒しを得るとやはり特有の()()()を感じる。

 キャロルも彼女に倣うような素振りをしながら紅茶を啜り、優雅な時間を味わうことにした。


 今は暑く辛い時期のはずなのに、此処では春の日差しのように暖かい。西の海──アトランティカ大海に面し、恵まれた温暖な気候が年中続くこの国は太陽の光こそが平和の象徴ともされている。

 本日もまた窓から射す午後の陽光は日輪の加護を得し大国・アルブス王国に相応しい、民の心と身体を常に清らかにさせるものであった。


 という盛大な前振りはさておき、そんな国の王城の一室を若い二人で完全に借り切っている彼らは一体何者なのか。話はそこからだ。


「しかし……()()()()()様ともあろう君が、大臣が押し付けた面倒事を文句ひとつ言わずに引き受けてるなんて、人が変わったんじゃないか?」

「お互い様だ、()()()()()()。最近の職務怠慢ぶりは貴様が誇りとするディートリヒの名を汚すのではないか」


 軍師と錬金術師。彼らが互いを称した役職はいつかそうなるわけではなく、すでに王から称号ごと賜ったのだ。


 キャロル・アクエリアス、またの名を"蒼剣の軍師"。元は二刀流の剣士でありながら天才的な才能を思うがままに発揮し、齢十六にして平和主義国家アルブスの(ブレイン)となった鬼才だ。

 その彼を隣で補佐し、同時に国の顧問錬金術師として名を轟かすシキ・ディートリヒ。アルブスとアーテル双方の王族に親密な繋がりを持つディートリヒ家の嫡子として最強の魔術師になることを約束されている。


 とにかくひたすらに自らの持つ力を研鑽してきた彼らは、気付けば多くの近隣国に"超有能な若者"なんて良いのか悪いのか分からないことを言われ有名人になっていた。

 二人は国王から絶大な信頼を寄せられ、国の重要な仕事を任されることも多い。だがシキは基本面倒事にはノータッチ。議案の提案や兵全体の訓練等は9割がキャロルの仕事にされている。

 ここ数日は城にいてもほとんど仕事せずにいる。サボりがちというレベルではそろそろすまない。


「ディートリヒの名が誇り……ね。やだなぁ…生まれがたまたまここだっただけさ。それとも、君は僕がグリモアを継ぐ魔術師になれると思うんだ」

「……どうかな。シキほどの腕なら、いずれは創造魔法すら容易いだろう?」

「いや無理でしょ。褒め言葉は素直に受け取るけどさ」


 魔術の祖・グリモアが成立させ、その後誰も完成すら遂げたことのない唯一無二の魔法。それすら手の届く距離にあるなど過ぎた称賛だと彼女は一蹴する。

 乾いた笑いを発したシキを無視して一口サイズの菓子に手をつける。咀嚼しながら「うんうん」と満足げに頷いた彼は喉に通し終わってから一息入れて、彼女に問うた。


「さて、本題は? まさか本当にただティータイムを楽しみに来たわけじゃないだろう?」


 言われてみれば不自然だ。仕事から絶賛逃走中のシキが自身の代わりに働くキャロルの前に姿を現すなんて。

 午後のティータイムは毎日嗜んでいるが、普段は仕事を終わらせた後に廊下ですれ違い、中庭でお茶会開始のパターンだ。

 今日の場合は彼が一息入れようとしてはいたが、あくまで休憩のつもりであって終わらせてからではない。つまり、なんらかの話があるからついでに茶と菓子を用意したのだろう。


「さすがキャロル、よく分かってるね。じゃあ話してあげようかなぁ」

「もったいぶるな。俺は誰かさんのせいで忙しい」

「はっはっはっ誰のせいだか」


 貴様だ、と返したところで彼女は適当な言い訳を述べてはぐらかすに決まっているのであえて無視だ。

 シキは腰を上げて机に向かい彼が隅に追いやったアーテル王国の書簡を手にしてテーブルに戻る。

 そんなに重要な便りだったのか、休憩前に確認した方がよかったかもしれない。


「その顔見た感じじゃ読んでないね。じゃあ僕から先に説明するよ」


 ソファーに座り直して何度か咳払い。テーブルの真ん中に書簡を置き、彼女は静かに語り出す。


「黒の国の剣士……オリオン・ヴィンセント、彼が行方を眩ませて()()()()()()()。魔力探知にも反応がなく、調査に派遣できる者もいないため向こうがどういった状況なのかも不明だそうだ」


 彼の失踪によって、アーテル王国では一部の人間が大騒ぎしているらしく、その中でもオリオンを養子に迎え入れたヴィンセント家は血眼になって彼を探していた。

 しかし彼らの必死の思いと反し、補佐官のアクスヴェインは捜索を拒否。兵士たちの中には命懸けで明世界に行ってまで彼を探す変わり者はいないと切って捨てた。

 怒り狂った公家の長女は国王に頼み込み、結果どうなったか。


「コレ読んでみて」


 キャロルは差し出された薄い手紙の封を丁寧に剥がし、中身を読み上げる。


 内容はこうだ。

 我がアーテル王国の剣士が明世界で行方不明になった。所在は掴めず、生死も知れない。

 どうかアルブスが誇る"蒼剣"の力をお借りしたい。

 彼を見つけ、無事に帰還させてほしい。


「……いや、これは」


 何気なく恐ろしい文面と最後に刻まれたヴィンセント家の紋章は、冷静沈着なキャロルの言葉を詰まらせた。


「君のお仕事だ、頑張ってくれよ」


 彼の引き気味な表情を見てシキは心底愉快そうだった。もう愉悦、他人の不幸で飯が旨いと言わんばかりに。


 間を置かず彼は手紙を衝動的に破り捨てた。

 首を落とされかねない無礼な働きだが、キャロルにはキャロルなりにそれなりの事情があるのだ。


「前提問題だ、俺に扉を開くほどの魔力があると思っているのか」


 彼の身体には致命的なまでに魔力がなかった。


 正確には生命力を魔力に変換するという宵世界ではごく当たり前の出来事すらキャロルにはほとんど起きなかったのだ。

 それは16歳でありながら恵まれた体格、頭脳を持ち合わせ、軍師として名を馳せる彼の唯一と言える弱点、コンプレックスだった。


 もちろん同盟関係の国同士、交流の機会も多い彼の事情はあちら側も把握しているはずだ。


「君の魔法適応力(マギアセンス)が最底辺だってことくらい知らないヤツはいないよ」

「じゃあなんだ、俺を嘲っているのか」

「なんでそうネガティブなのかね君……僕がなんのために来たか、今なら分かるだろ」

「……()()()()()のか」

「はい、大正解~!花丸をあげよう!」


 魔力を自力で作れない人間はキャロル以外にも稀にいる。彼らは"魔法適応力(マギアセンス)"の低すぎる"不適合者"扱いだ。

 そんな人がいざ魔法が必要な場面に直面した時になにをすればいいのか、──単純に魔力を他人からもらい受けるだけでいい。所謂"魔力譲渡"である。


 シキには異質な力が備わっていた。それは魔力を完全譲渡するのではなく、自分と他人にパスを通して路を開く力だ。これならば魔力がなくなる事故はなく、シキがギブアップしない限りパスが通じていれば無限に彼女の魔力を使える。

 これを実際に転換魔法で再現しようとすると、転換に魔力を使うためすぐに枯渇してしまうらしい。

 貴重なその能力の条件も、一人としか繋げない点以外デメリットはない。


 なので、キャロルの弱点もノープログレム。悩む断る以前になんの障害もなかった。


「……どうしても行かねばならないか…?」

「ダメだよ、休んでた分魔力貯めてるから遠慮しないでね。ここから先の仕事は僕がささっと片すから」


 サボっていたのはそういうことだったらしい。

 最早彼女に断らせる気はない、キャロルは強制出張確定だ。


 百歩譲って明世界に行くのは構わない。シキは「休みも兼ねて昼間は観光しなよ」とまで言ってくれた。

 しかし、あの 脳筋馬鹿 (と書いてオリオンと読む)に会わねばならない、と思うとキャロルの気が進まない。しかも探すって、どうなってるんだあの国の内情。


「あとね、これは全く関係ない話なんだけど彼を見つけたら伝えてほしいことがあるって」

「なにを」

「それはね────」


 彼女が淡々と語るそれを聞いてキャロルはまた暗い顔をした。一体どこまで罰ゲームじみているのか彼にはもう分からない。


 もしかしたらこれは、遭遇してしまう可能性すらある。

 オリオン一人を探すのに命をかけられないというアクスヴェインの説明も納得できてしまった。


「でも、君なら問題ないでしょ?」


 詳細を教えたシキはキャロルと反してかなり自信ありげだ。

 だが、その得意気な笑みに彼は思うことはない。事実だ。魔力さえあれば彼はどんな障害さえも斬り捨てることができる。


「君の遺装(アーティファクト)───蒼剣・ガラティンがあればさ」


 今は未だ握られていない伝説に名高き太陽の剣。


 キャロルは静かに、冷めてしまった紅茶を飲み干した。


*キャロル・アクエリアス

宵世界のアルブス王国に属する剣士。

文武両道の美少年。弱冠16歳で国の軍師になる等、その才は計り知れない。

反面持つ魔力は極低量で、魔法は自力では使えない。


*シキ・ディートリヒ

宵世界のアルブス王国に属する魔術師。

顧問錬金術師を務め、同時に指揮官としてキャロルと双璧を成す女性。

召喚魔法を得意とする他、二つの異能力を持つ。



*アルブス王国

通称「白の国」。

自国防衛のみの軍事力しか持たない平和主義国。黒の国とは防衛のために同盟関係にある。

陽光を平和の象徴として扱い、暖かな気候に恵まれている。


*魔術師グリモア

全ての魔法の基礎を創り上げた最高峰の魔術師。

創造魔法を創ったことで神の怒りに触れ、裁きの炎に焼かれて死亡したとされ、残された一族も年月を経て滅亡した。


*遺装(アーティファクト)

神話や伝承にまつわる逸話を持ち、なんらかの理由で宵世界へと流れ着いた武具を指す。

これらには本来正式な所持者がおり、普段扱う際には魔力や性能を抑える外装状態が付与されている。

外装状態を解き放ち、本来の能力を一時的に解放することで"限定開花"し、武具に封じられた最上位魔法を発動させることができる。



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