2-29 瑠璃色は踊る
『GurAaaaaaaa────!!』
怪異が猛り、叫びを上げる。
大地には腐臭が優しく感じるほど鼻を突き刺し中身をぐつぐつと煮詰める毒素が拡がり始め、逃げ惑う人々の退路を阻んで溶かす殺す。
竜が結界の穴を越え門番を引き裂いてから間もなく、中立都市には混乱が舞い込んできた。
そこにいるのは街に暮らす分には有り得ざる存在。
外に出るならいざ知らず、魔を阻むモノによって守られてきた都には決して縁のない外敵は、平和な場所で生きてきた住民たちを恐怖させるには十分すぎる要因となった。
兵士による避難誘導は順調と言えない。
押し寄せる人の数が半端ではないせいで橋の上で立ち往生しているのはもちろん、敵が空から来るので建物内に隠れてしまう者もいる。
防衛の方もやはり毒という壁が立ちはだかり、上手くいくことはない。
円形に切り取られた都市の隅はすでに魔術師や衛兵の大半が倒れ、異形による襲撃で被害が出始めている。
宵世界の人々であろうとも一般的な市民では知識として異形が危険であると分かっていても実際に鉢合わせた時に自力で対処ができるとは限らないのだ。
『Fuuuu……』
毒竜が地上を睨む。
眼光の先には少年少女がまだ遠い物見塔ものみとうに向かって全力疾走している姿。
────ちょうどいい獲物だ。
『GAaaaaaa!!』
牙を剥いた竜はすぐさま急降下。地上の二人に狙いを澄ませて空から槍のように落ちて地面のスレスレを巡る。
「あっ────!!」
彼らがそれに気付いたのは目の前に異形が迫った時。
どちらかがどちらかを突き飛ばせばあるいは助かるかもしれない、そんな状況も子供である二人には判断しかねるだろう。
恐怖で少女の体が動かなくなり、走る足が止まりかけたその瞬間────翼竜は跳ねられたみたいに横から強い衝撃を受けて全く意図しない壁面へと突撃していった。
「えっ……?」
目を丸くした。
土煙が晴れて瓦礫の山に埋もれた竜の頭には塊でも投げつけられたような穴ぼこが開き、即死なのかぴくりとも動かない。
泣きじゃくる女の子を抱きしめ、少年は一体なにがどうして助かったのかも分からず周囲をキョロキョロと見回す。
「大事ないか」
声をかけられて建物の上をよく見てみると、黒い髪の彼はそこにいた。
「お兄ちゃん……助けてくれたの……?」
「あぁ、早く逃げた方がいい」
「あ、ありがとう!」
青年──もとい、リオンのおかげで命の危機を脱した二人は街の中央へと消えていく。
リオンの方は未だ侵攻の止まらないバジリスクの群れに盛大な舌打ちをかまし、番えた白銀の弓を引き絞る。
空から彼を捕捉して来襲する数は三つ、これから十秒後に現れる未来はもう見えた。
毒竜はなるべく頭を狙って殺せ。
腹や尾に当ててはならない。毒袋は大抵そういった箇所にあるものだ。
一体目を撃破した際に臓器から毒素の匂いが漂ったのを思い出してある程度の狙いをつけると決めている。
大空の彼方を睨み、未来の光景を視ろ。
冷静な判断と広い視野さえあれば奴らの動きなど手に取るように判るはず。
呼吸を整え五秒。そして。
────十秒。
矢はすでに放たれた。
弾丸のごとく空を貫いた魔の結晶体は、天を駆け抜ける魔性の分厚く硬い額を一寸違わぬ精度で捉えて撃ち落とす。
『uu……!』
先頭が落とされたことで突撃直前になって左右に回避行動を始めた二体も逃がさない。
魔力で精製された矢は本来のしなった弓のような放物線ではなく直線的かつ無軌道あり得ない動きで怪異の正面へと回り込み、勝手に突っ込んでくる頭を穿つ。
ベシャリと音を立てて死骸が墜ちたのを耳で確認、臭いがしてこないので毒袋は無事の様子。
とりあえずこの周辺の掃討と避難は完了できたらしい。
隙を見て中央へ飛び去ったことを目視で把握できている数体にその場で矢を撃ち込み、未だ穴から侵入を続けるバジリスク共を睨み付けた。
結界全体が破壊されたのではなく一部に穴が開いているこの状況。
話を聞いただけなので経験とも言えないが、現状はふたつの世界を繋げた邪竜ヴォーテガーンの手法に近い既視感を覚えた。
これは異形が今さっき物理的に破壊したんじゃない。
大規模な結界には必ずどこかに見つかる綻びを何者かが時間をかけて壊したか、あるいは設置しておいた遅延発動型の解除系魔法を利用してそこだけ無力化したか。思い当たる原因はこの辺りだろう。
今も侵入を許しているということは今すぐ補修も行わなければならないということ。
だが開いたそこは遥か上空。
銀弓の魔術師と謳われるリオンとて人間である以上は空を飛ぶなんて芸当は本来はできやしないのだ。
しかも敵を仕留めるのに毒を一々気にかけねばならない。本当なら花を握り潰すよりも簡単に殺せるというのに。
「それでも行くしかない……か」
せめてポイントに近付いて迎撃と威嚇が成功すれば後続も怯んで足が止まる…………と信じたい。
再び街中を駆け出せば動く生き物を狙い定める竜の群れが上空から襲来する。
毒と炎のブレスが都市を焼き、侵し、人の営みの痕跡を奪い去る中をたった一人で交わして頭蓋を砕く。
集団で現れれば降る異形の頭はその弩で殴り付けられ、彼が足で潰した後に撃ち放った雨のような輝きが残る敵を殲滅し尽くして屍の山は築かれよう。
それでも敵の数は減ったようで減っていない。
このまま行けば避難完了からレオンが合流するまでの間に魔力を使いきるか否かの耐久戦に突入する可能性すら出てきた。
なにが五十だ。ふざけている。
主観でも優に百は越えたに違いない、いや越えた。絶対に越えた。
撃って殴って叩きのめして──まだ疲労らしい疲労には苛まれていないのと、毒にやられていないのが唯一精神に余裕が持てる要因か。
優位はこちらにあるはずなのに全く勝ち筋が見えてこないのだけは腹立たしい。
魔力から判別するに敵性体の数は都市内にまだ三十、外に二十はいる。やっぱり当初の捕捉なんて宛にしたのが間違いだった。
「────臭い。最悪だ」
相も変わらず突っ込んできた一体に魔弾をブチ込んで三秒。
駆けた足はゆっくりと止まり、皮と骨と臓器が焦げた臭いと腐臭が交わり最悪で醜悪なテイストを堂々と漂わせるパーティー会場に到着した。
……こんな風景を目の当たりにしていると嫌な未来が視えていないのに見えてしまう。
もう当たり前の事実になってしまうが、人間の魔力反応より異形の気配の方が多いのは都市が形成されている時点で異常だ。
本来であれば人間が集まり、土地を開拓して村ができた段階で異形の存在自体が対策されて生半可な変異体すら近付いてこなくなる。
文明がある程度栄えれば定期的に対策法を変えたり新調したりする術士も現れ、次第に巨大な町に姿を変えて行く。
そうした変遷に失敗したならどうなるか。
人間との食物連鎖に少なからず勝利している怪物達が血肉を求めて雪崩れ込む。
生存競争に敗北しねぐらを奪われるだけでは飽きたらず、侵奪者に喰らわれたなれの果てこそが旅の途中でシスターマリアと出会ったあの寂れた廃村と同じ結末なのだ。
忘れがちだが連中は頭は悪いと同時に良い。
知性がなくても理性がある奴がいる。
理性がなくても能力がある奴がいる。
異形そのものは「人間」が「人間」という固定された哺乳類に進化するよりもよほど高度な進化を遂げた。
故に、ほんの少しの隙を見せれば狡猾な種族やより生存能力の高い種族は群がりながら攻め入ってくる。
そう────今のように。
本来なら数を相手に食い止められずに崩壊、全滅の流れがお約束だろう。
しかしここにはまだファレル最強の二柱が健在。
突然の初撃から身を守ることができなかった憐れな住民たちの死体が燃え盛る炎に巻き込まれ、先程まで盛況だったのが窺えるバザーの一角は無惨にも壊滅状態に追い込まれている。十分な被害だ。
レオンがエレリシャスとルミエールからどんな責任を問われるか今から楽しみでならない。
…………さて、これからどうするべきか。
『Gurrr……!!』
「遅いッ」
ただ一人の人間に鋭い牙を突き立てる怪物の頭部をそれごと潰して地に叩きつける。
異形が灰と化し、残ったのはクレーターの中央に刻まれた血の跡。
最早テンプレ以下の撃退の光景をご覧の通り、ここで待ち構えていれば否が応でも敵は降ってくるだろうが埒は開かない。
…………脳にとある考えが過る。
原理がよく分からない「飛行機」なる乗り物がある世界に数年住まい、空飛ぶ戦艦に一ヶ月囚われていた男が言うべきではない言葉だとしてもあえて言おう。
ただの人は、飛べない。
飛ぼうにも羽根はない。
羽ばたけるような骨組みもしていない。
………………。
「────飛ぶか」
宣言と共に、擬態した銀色の腕が白い輝きを放つ。
輝きは光を束ねて両足に集まってゆき──筋肉が破れるような感覚で顔を歪めてから数秒、足元に集束した光彩はやがて波紋と化して空気に解け消えた。
ちなみにふわりと浮くような魔法をかけたわけじゃない。
彼がもたらしたのは銀腕・アガートラームの自律発動型限定開花の一端を利用した概念定義に当たる祝福。
魔力の続く限り、この守護が続く限り、リオンの足元は常に地面と定義される。
別に空に土とか草が生えてくるとかそんな頭の悪い空想ではなく、空を自由に歩けるようになると言えば簡単で分かりやすい。
まさに地の利を得たわけだ。勝ったも同然と言えよう。
────と、言いたいところだが弱点が二つ。
使用可能な魔力がガス欠を起こせばその段階で足場は失われる。
件の結界を補修中に限界が来たら天空からまっ逆さまというアレだ。地上で抱き止めてくれる運命の人も当然いないので待ち構えるは死あるのみ。
更に、概念を付与したところであくまで遺装を介した擬似的な概念──うまいこと実体化した屁理屈に過ぎない。
本来は強化魔法であるこの術を、ちょっとだけ自分を騙して高度な空間魔法に仕立てているため些細なことで術式そのものが消えてしまう。
なので、集中を切らして魔法が停止すれば魔力切れと同じく紐なしバンジーへご招待案件。
イニシアチブを取ったと同時に死と隣り合わせの賭けに出たとも解釈できるのがこの特殊な空中歩行である。
とか言ってもこの程度はすでに慣れっこのリオンがやるのだから、空中を滑ったりジャンプしたりもお手の物。
あとは攻撃を食らいすぎないように心眼をフル活用しつつ、残存魔力を様子見するだけだ。
軽快なステップと共に空へと繰り出した身体は瞬く間に突風と毒竜の洗礼を受けることとなる。
強風で思うように足が進まないくらいならまだ生易しい。全身に打ち付けるような暴風だってまだ大丈夫。
問題が出てくるとすれば…………。
『GurAAaaaa!!』
『UaAAA!!』
こちらから空に躍り出たせいで本格的に敵の注目の的にされることだ。……的側なのは奴さんだろうに。
ありとあらゆる方向からメチャクチャな動きで飛ぶ異形が自らの領空内に入ってきた不埒者を啄まんと血眼になって食らいついてくる。
下にいた時よりもあちらの方が有利なフィールドに立ち入ったのだから優位性を譲っても仕方ないが、それを言い訳に撃墜されるわけにもいかない。
リオンの手に再び可視化された白銀の弩弓に番えられた矢は一息の後に弦から離れ、なんの躊躇もなく青を巡って頭蓋を射つ。
キュゥ、という甲高い断末魔を聞いて仲間達がリオンの周りを囲うように飛び回り、上下左右斜め一切関係なく突進とブレスによって動ける範囲を侵略されていく。
しかし未来視は十全に作動している以上、これから起きるいつかを知れば現状に不安はなく、受けた傷も大したものじゃない。
とにかく魔力。魔力さえ間に合えばあとは────。
「……! そこか」
本来は視覚として確認できない結界を空気中の魔力を「視る」ことによって照らし合わせる特殊な眼で見れば、異形避けの欠損具合は一目瞭然だった。
綺麗な円形。割れた、というよりはやはり開けたという表現が相応しい見事な丸い穴がそこだけばっちり外界を繋げている。
逆にこれだけ綺麗に切り取られたなら補修は難しくない。同じような形を別の箇所からコピペして貼り付ければいいだけ。
今空を歩いている技術を産んだ銀腕さえあれば簡単な仕事。
……ただし、銀腕で強化できるのは二つまでという欠点さえなければ。
具体的に言うと、結界を直そうとした段階でリオンは落ちることになる。
地上から約800mは離れただろうか。
さすがの彼でもそんな高さから落下したらミンチじゃ済まない。
「…………落ちるか」
まぁ落ちるのだが。
正式な魔術師が直しに来るまで自分一人で耐えるなどできない。やる気があっても魔力の方が追い付いてこない。
だったら命を賭けても都市に住まう多くの民を守るのが国を統べる一族に生まれた自らの役割だ。
それにリオンは信頼している。
なにとは言わない、ただただその存在を信じて頼っているから期待を寄せた。
さぁ始めよう。
銀の腕に光が溢れ出す。満たされていた器から反乱する瑠璃色は彼の手のひらで弧を描き、はじめは小さな輝き────それがだんだんと太陽の如く燃え盛る。
────ふと、足元の感覚が失せた。
身体は重力を受け入れて仰向けに落下が始まる。
そして手のひらの魔力をしっかりと握り締めた彼は白銀の弓に集束した光を束ねて矢に変えてただ一点を狙う。
獲物が自由を失った今、異形も黙ってはいない。
高速で空を駆る怪異共は止める意思はなくともリオンへと集中し、毒牙が迫る──その前に。
「往け────ッ!!」
閃光で造られた矢は天に昇っていく。
そうして真っ直ぐと結界の穴に直撃し、煌めくそれは粒子と化して更に姿を変えた。
元の状態……ではないが、穴は青い膜を張られて見事に塞がれた。
街に攻め入ろうとしたバジリスクが頭から突っ込んでいけば、拒むモノは雷を放って敵を焼き殺す。
その姿に怯んだ後続が蛮勇を発揮することもない。
都市の外を周回していたバジリスクの影は遥か彼方へと消え、残るはただ今現在進行形でリオンを狙う十数体のみとなった。
地上まであと400m──着地のその前に、やるべきことを成し遂げよう。
リオンが歯を食いしばったのを合図に銀腕・アガートラームに接続された銀弓・フェイルノートに魔力色の光が灯る。
深海のような仄暗いラピスラズリの色は次第に血染めの赤へと換わり────、現れた真紅の矢が空に向いていた。
「餞別だ、くれてやる」
真っ白な太陽と雲ひとつない青空に対し、不安定な姿勢から三度目の矢が放たれる。
リオン・ファレルが得意とする転換の大魔法であり擬似的な限定開花「銀弓操作」。自らの血を直接矢に換え、フェイルノートで射ち放つ破壊の絶技。
その中でも切り裂くことに特化し、広範囲の敵を切り刻めるのが今彼が発動させた──薔薇舞である。
矢として空をさ迷った紅い蕾が咲いた瞬間、散り散りに舞う花弁は突風によって美しき刃の一面を見せつけながら、不運にも銀弓の魔術師を狙った毒竜の首を掻き毟った。
『AAaaaaaaaaaa!!』
悲鳴があちこちから聞こえる。
……のは一瞬で、今は落下速度の影響で風のゴォッという音以外なにも聞こえないし目を閉じてしまったので風景さえ見えない。
そろそろだ。
死ぬか生きるか、もうそれはリオンの手から離れて運命は委ねられた。
地上まで間もなく100──────50────10──。
1m。
滑り込んできた何者かに抱き止められるような形でキャッチされ、込み上げていたアドレナリンと肩の力が急激に抜けた。
普段は忌まわしい真っ白な装束が今だけは安心すら覚える。
「さすがだ、兄上。タイミングはバッチリだな」
「…………金輪際こんな真似はしないでくれ……」
眉を八の字にしたレオンの懇願を聞いているような無視しているような表情で聞いた後、本格的な疲れを感じる。
辺りに散らばる異形の死体が一様に首を裂かれて死んでいるのを寝ぼけ眼で確認し、毒が蔓延した様子ではないようでまたも肩がふにゃふにゃになっていく。
「おいどうしたんだ? また、具合が悪いんじゃないか?」
「黙っていろ……」
銀弓操作は直接生命力を叩き込むため破壊力がある分、その生命力の源たる血液を消費する点がデメリットでもある。
原点の血流放出で四分の一、薔薇舞は五分の一ほど消費していると見て妥当だとリオンは言うが、実際にどれくらい減っているかは計り知れない。
普段なら屁でもなさげに立っているのが今日はくたくたになって動けないのも魔力を消費しきった後の発動だったから、もう余力がないのだ。
友人たちに銀弓操作の精度が鈍ってないかと何度も心配された記憶はあっても実際に鈍った覚えなんてないのに、この体たらくは地獄で親友も笑ってるに違いない。
「避難は」
「終わったよ。あとは修復と、遺体の回収か」
「全部任せる」
「子供か。……まぁいいけども」
百にも及ぶ異形相手に大立回りをしてみせた見事な弟のわがままも今日ばかりは許してしまう。いや、毎日許してるけど。
あぁ──瞼が閉じる。
眠くないのにすごく眠たい。不思議な睡魔が誘っている。
こんな場所で昼寝なんてはしたないからせめて部屋に戻るまで──そう思っても身体は正直なもので、レオンが気付いた時にはぐっすりだった。
とりあえず当主側も事後処理はともかく、二つの一族への説明に困るだけ。
被害が最小で済んだことを今は喜ぶべきだ。
◇
「彼は無事ですか」
動き出そうと立ち上がったレオンを後ろから呼んだ声は聞き覚えがある人間のものだった。
そのままの姿勢で振り返り、姿を確認すれば声の主はやっぱり覚えのある人間────カンナ神父そのひとだ。
大司教フォルトゥーナの護衛のために付いていたので、真っ先に避難所へと案内したはずだが……。
「憧れて、しまいますね」
「……なに?」
返事を待たぬまま更なる言葉を重ねる彼は、砕け散った残骸を眺めて一呼吸をした後にまた語り出す。
「顔も知らない誰かを守り、顔も知らない誰かから称賛される──彼は無自覚でありながらもそれらを体現している。本来は水を与えずともよい、道に咲く花を同情以外の感情で慈しむ心の在り方は、紛れもなく英雄のそれに他ならない。……私は、そんな英雄に憧れているのです」
英雄。
そんなことを言えばリオンは嫌な顔のひとつやふたつしそうだが、銀弓の魔術師たる彼は誰かにとっての英雄になるなんてないことない。
……ただそれは、本当にリオンが起こした自発的な行動の結果なのか──あるいは。
言葉を返そうと口を開く。
ところがカンナは遮るようにレオンを物見塔に帰ることを促し、元来た道を歩き去る。
なにが言いたいのか分からないことだらけで、正解の返事を考えるのも馬鹿馬鹿しいやり取りだったが、これでまた神父の内情を知ることだけはできた。
……それがなんの意味に繋がるか。
そこだけは分からないままに。