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ANASTASIA  作者: 桜依 夏樹
Afterglow Restart&Reunion.
104/133

幕間 for you.



 まだ寒い季節の出来事。


 それが産声をあげたのはとある島国、豪奢な内装と偉そうな大人達に見守られながら小さな小さな怪物がこの世に生を受けた。

 ある者は驚愕し、ある者は女を同情し、ある者は怒り狂い、そして女は事実を受け止める瞬間まで産まれてきた愛しい我が子を抱いて泣いたのだ。

 命が産まれることにはきっと大きな意味がある。

 たとえ死ぬまでなにも成さなかった命だとしても、人生というものには誰かの知り得ない大事な意味が必ずある────と、一人の女がそう言った。

 だから、彼の命にも少なからずの意味はあったのだろう。

 もうどこにもいない星の欠片のようなキミ。

 夜空に消えた夢のような現のようなキミ。


 これはまだ寒い冬の出来事。





「ね、オリオンの誕生日っていつだっけ」


 彼女の質問は唐突で、彼は思わずフリーズした。

 普通に改めて考えてみれば別に大した疑問でもないのだが……その時の彼は恐らくどうにかしていんだろう、「はぁ?」と言いたげな表情のままきな粉をまぶした餅を貪っている。


「だから、誕生日よ。前に言われた気がしたんだけど思い出せなくて……」


 少女──月見一颯(つきみいぶき)の急な質問によって始まった普段と変わらない朝は、なぜか妙に鮮明だったことを彼は記憶する。


 というのも、彼女の疑問の理由はリビングのテレビに映し出された朝の情報番組にある。

 誕生日というより生年月日に当たる数字を分けて一桁になるまで足してみるとその生年月日の人物の性格や人生の指針が分かる……所謂「運命数」を導き出す古典的な占いが紹介されていた。

 一颯が占いを信じるような性だったかと聞かれると、どちらかと言えば信じないタチだ。

 であればふと目についたのだろう。

 彼は露骨にため息を吐き、奥歯で餅を噛み締めながら返事を返す。


「1月25日」


 ものを食べながら話をするとはひたすらに行儀が悪い。

 しかし一颯がそれを指摘することはなく、年齢から産まれた年を逆算しつつスマホの電卓アプリに数を打ち込む。

 そしてなにを思ったか──むむ? と不思議そうな声を上げて検索まで始めてしまった。


「んだよ、なんか珍しい数字でも出たのか?」

「……うん」

「よーしさすがは俺だな! で、結果はどんなんだよ?」

「うーん。なんだかオリオンらしいなって感じだったかな」

「なんだそりゃ」


 ちょっとだけ楽しそうな素振りを見せた一颯はなぜか無言でスマホを置いた。

 どういった結果なのかと聞いても先程のような答えしか返しもしない。"らしい"とはどういう意味で"らしい"のか伝わってくることはこれからもなさそうだ。

 つまり憶測か自力で調べるしか気になる答えは見つけられないわけで、インターネットなんて扱い方が未だに分からない機械を彼が手をつけるわけもなく、仕方がないので話題を流すことにする。

 …………今思えばとても簡単な理由だったのだが。


「というかあなた、今月が誕生日じゃない!」

「今ッ更かよ」


 今日は一月二日。

 およそ三週間後に誕生日が訪れるわけで、オリオンもこの見た目と性格にして晴れて二十代だ。

 本当に容姿だけならまだ中学生ほどと言ってもバレないくらい垢抜けていないのに一颯どころか璃音より年上なのが信じがたい。

 まぁ実際のところただ年齢にそぐわない若さを維持しているわけじゃなく、16歳で肉体の成長が止まってしまっただけのようなので、もしも聖剣を抜かない未来があったならどんな人に成長していたのだろうか。

 お母さんはとても美人だったし、マーリンを基準とするならお父さんもきっとかっこいい人だったろうから絶世の美男子になっていたんじゃないか──と思うと、彼女の胸も高鳴ってしまう。


「ね、プレゼントはなにがほしい?」

「そんな急に言われてもほしいモンなんかねーよ。しかも誕生日にこっちにいるかなんてわかんねえしな」

「…………そうね」


 最近といえばすっかり異形退治と元凶の特定が忙しく、お互いに他の考え事が疎かになっていた。

 一颯は明星東以外の元凶の可能性を探し、オリオンは明星東が元凶であるという確証を見つけるために数ヵ月が費やされ、ようやく辿り着いた答え合わせは間もなく迫っている。

 三人で決めた襲撃の日付は明後日の深夜。

 もしこれで敵の正体を暴き出しそして打倒するのが叶ったら、オリオンはこちらの世界にはいられない。

 生きていれば宵世界に帰り、剣も置くだろう。

 死んでしまったらそこまでの話。

 どちらにせよ25日までこちら側に彼がいられる保証はない。

 とても残念なことだが一颯が誕生日を一緒に祝うのは難しくなる。


 悲しげに眉を八の字にする彼女に見つめられ、オリオンの方もだんだんと罪悪感に似た謎の申し訳なさを感じ始めてきた。

 大体、誕生日の話題をあえて出さなかったのはちゃんとした意味があってのことで、そりゃもちろん一颯とご馳走やケーキを頬張りたい気持ちがないわけじゃない。

 だって彼女は悲しむだろうから。

 その日まで生きていられるほど、先は長くない事実を受け止めさせたらまた泣かせてしまうかもと思ったら言えないじゃないか。


「……んだよ。やめろって、そんな顔されたらこっちが困るし」

「別に困らせてないもの。イジワル剣士さんにはこれくらい痛くも痒くもないでしょ?」

「あー、まぁな」

「ほらやっぱり。サイテーよそれ」

「薄情者とでも思っといてくれた方が俺は楽だけどな」


 そう。薄情で、イジワルで、最低で、そんな評価の方がいい。

 たとえ彼女が誰よりも彼を愛していても、軽口を言い合えるだけ気楽な関係でいた方が別れた時に傷つくこともない。


 ────でも。


「誕生日プレゼント、用意するから」


 貴方だけに贈る大切なもの。

 必ず決めて、必ず届けるから。


「…………そっか」


 じゃあ期待して待ってるぜ。


 月見一颯はたしかにオリオン・ヴィンセントと約束した。

 彼はなにも欲しがってないけれど、なにを贈ればいいのか分からないけれど、絶対に用意するのだと。

 本当にその手に渡るのかも分からないお祝いをするのだと。


 約束してから日は過ぎて、星は流れた。





 次は尾野川(おのがわ)、お出口は右側です。


 案内の音声が耳を伝って脳に響く。

 眠っている身体に染み渡る信号が「起きろ」と命じている。

 ここは一体どこだったっけ。

 ……いや、がたんごとんとけたたましい音がするから電車に揺られているんだろう。そんなことも忘れてしまうなんてちょっと眠りが深すぎたのか。

 仕方がない。電車で寝てしまうくらいだからきっと疲れているんだ。

 本当ならまだもうちょい眠っていたいけど、目的地で降りれなかったら面倒だと自分を奮わせて瞼を開く。


「────……夢……」


 ついこの前の夢を見た。

 懐かしいとも思わないほど最近の出来事で、思い出せば「あぁこんなこともあったな」って思うだけ。

 あえて言うのであれば、今更かな、というくらい。


 夕日が射し込む在来線の席の隅は冬だというのに少し暑い。

 眩しさから目を逸らすように見下ろせば、抱えたかばんの中から覗くスマートフォンがメールの着信を告げている。

 そして、「私」は何故かメールのタイトルではなく表示された日付けを見た。


 2()0()1()6()()1()()2()5()()


 ──────あぁ、そういう。



 彼がいなくなってからもう半月以上が経つ。

 あの日を終えてから、仮にもこの世界で生きていたオリオン・ヴィンセントという人間の履歴は抹消され、はじめからいなかったものとして扱われる日常が待っていた。

 無論高町黒枝(たかまちクロエ)明星東(みょうじょうあずま)も例外ではない。

 別世界から現れ、そして根を張るように町に潜伏していた者達三人はこの世からたちまち存在を消した。

 ……ただ一人、黒弓璃音(くろゆみリオン)──もといリオン・ファレルを除いて。

 いまだに生死が明らかになっていない先輩だけはこちら側だと行方不明となり、突然失踪した学校の人気者に関する噂は今も絶えない。

 事情を知っていた私や華恋ですらも今あの人がなにをしているのかは知らないのだ。

 私達は多くの人を失った。

 形は違えど永遠の別れというものを、私は直接、華恋は直感で体験した。

 誰かにオリオンの存在を確認したことは何回もある。もちろん良い返事は一度もなく、記録にも残ったはずの文化祭の出来事さえも正しい歴史は失われていた。

 追想結晶(ついそうけっしょう)も、もうあの紅い輝きを放つことはない。

 私自身もなぜか追想武装や月花礼装を纏えず、それが梓塚と宵世界の繋がりが切れたからだと解釈するきっかけに繋がった。


 そう、私が見てきたのは誰に話しても信じてもらえるはずもない夢物語。

 世界のすべてが時間の中に流されて忘れてしまう一方で、たった一人の私だけが忘れることのできない大切な想い出。

 今日という日にその事実を思い出したのは、まだ夢の中にだけ生きている彼の記憶の仕業なのかもしれない。


 今の梓塚は平和だ。

 数日間は夜中にこっそり町を見に出ていたけど、当然ながらあのおぞましい異形たちの姿はなかった。

 今ではちらほらと帰宅中のサラリーマンや運送トラックを見かけるほど人々は夜に慣れ始めている。

 はじめから怪物はいなかった。

 真夜中に現れる人喰いなんて迷信だ。

 そう考え出すまでおそらく時間はかからないだろう。


 帰宅ラッシュがそろそろ始まるであろう尾野川駅に着いてもまだ眠気からかゆっくりとしか歩けない私は、電車から降りる大勢の不特定多数の波からすっかり外れて改札を出た。

 17年暮らしてきた町の雰囲気はたとえ異形がいなくなっても変わりやしない。

 駅前にはバス停があり、タクシーの待機場があり、喫茶店もファミレスもコンビニも特に変化があるわけじゃない。


 そうだ。強いて言うなら、花屋ができた。


 今時にもよく合うお洒落で暖かな雰囲気の花屋は若い女性が店頭に出ているのを見かけている。

 小学生に話しかけられては切り取って余ったものであろう花を一輪プレゼントしたり、腰を悪くした老人に手を貸したり……人助けが趣味なのかな。


「そっか、花だ」


 そこで一気に覚醒した頭は突然私に「花を買おう」と提案してきた。

 思えば今日になって花屋のことを思い出したのはきっと彼に縁があるからだ。

 花の楽園で半生を過ごしてきた君には見たことがない花なんてないのかもしれないけど、今思い付く限りの贈り物になるのは間違いない。

 もうあと数十分で閉店だろうから、せっかくだし見に行こう。


 花屋は尾野川駅前の雑貨店や八百屋が並ぶ路地に入ってすぐの場所。

 足を踏み入れれば、そこにはもう色とりどりの花達が夕日に照らされてオレンジ色に輝いている。

 正直どれがどんな種類なのか分からない。

 屈んで鉢に書かれた品種名と値段を読み、似合いそうなものを探す。


「こんにちは、おねえさん」


 意気揚々とした声に呼ばれてふと右の方を見上げる。

 私に声をかけたのは同世代から少し下くらいの女の子だった。

 見たことのないような青い瞳がとても綺麗でまるで海のようで、短く切り揃えられた茶髪が勝ち気さを少女の物語っている。

 ……しかし彼女、私より明らかに年下だ。

 これはオリオンみたいに背が低いからとかではなく、顔にまだ幼さが残っているから

 親御さんに頼まれたとかそれこそサプライズで花を買いに来た子供と見るべきか、ここの店主さんもよく挨拶をする人らしいから常連の子供が真似てるのかも。


「……あーもしかしてお客さんとかだと思った? お母さん今いないから店番してるんだ。つまり僕は店長代理、よろしく」

「な、なるほど。よろしくお願いします……」


 ────あれ? ここの店長さん、中学生くらいのお子さんがいるの?

 どう見ても20代前半くらいなのに、すごい若作りされてるんだ。一度化粧とかお手入れとかについても詳しい話を聞いてみたくなる。


「それで、おねえさんの彼氏どんな人?」

「うっえええ!!?」

「あ、そんな慌てるの」


 見破られた!?

 なんにも話してないのに!?

 別に彼氏とかそういうのじゃないけど好きな人なのは変わらないし一応両思いだったから間違ってないかもしれないとか思ったりはするけども!!


 ……………………閑話休題。

 こっちがどぎまぎしているのに反してにこにこしてる少女は口元に手を当てて微笑んでいる。


「僕ってば読心術の勉強してるんだ。それにしたっておねえさん分かりやすすぎるよ」

「と、年上をからかわないで……!」

「ははっごめんなさい」


 しかしこの女の子まったく悪びれていない。

 別に不快だとか嫌だとかは思わないけど、不思議な子だなとは思った。


 案内された店内には店外の鉢植えに挿されていた花とはまた違う小さなもの、木のようなもの、草のようなもの、更には植物の種が所狭しと並べられている。

 花どころかこういった植物類ですら今まで興味がなかったせいで見ただけで分かるものは少ない。

 薔薇や(すすき)、小学校の頃に授業の一環で育てたシクラメンとか、昔お母さんがガーデニングと称して買ってきたマリーゴールドとかなら分かるのだが……。

 とりあえず少女には誕生日プレゼントである旨と花はよく分からないことを伝えてそれらしいおすすめを探してもらう。


「そうだな、冬に贈り物ならこの辺とかはどうかな」


 そう言って用意したのはポインセチアとクリスマスローズ、そして白いシクラメン。

 曰く、クリスマスはとっくに過ぎているがまだシーズンではあるらしい。花言葉としても恋人相手ならまぁお互い嬉しいんじゃないか、とかなんとか。

 というかまだ恋人云々を認めたわけじゃないのにこの図太さはなかなかどうして。


「詳しいのね、お母さんから聞いたの?」

「調べただけさ。それに冬用ギフトのリストを見ればこーんな感じでね」


 少女が広げたカタログらしき冊子に目を通せば、確かに品種の紹介文と花言葉に加えて──「クリスマスプレゼントに最適」とか「お正月飾り」とかそれはそれはもう商魂たくましいお値段の数々が……。

 …………ぶっちゃけそこまでのおこづかいがない。

 やっぱりこういう花屋に入るには高校生だと敷居が高かっただろうか。


「一輪なら値段は大したことないよ。ここのみっつはないけど、まぁおすすめってだけだから好きに見てって」


 また読心術だ。

 困ったような表情だった自覚は私にもあるけど先読みぶりが本当にすごい。


 さて、先ほどからずっとそうだがとにかく花の種類がよく分からない。

 母の日や父の日はいつもお手伝いで解決してきた身としては明確な贈り物を他人にするのが慣れなさすぎる。

 オリオンはどんな色が好きだろうか。

 どんなものを好み、どんな趣味があったのか……あまりにも私は知らない。

 聞いても教えてくれなかった、といっては無責任だと分かっているから彼のせいにはしたくない。

 だから私が自分で決めなくちゃ。

 必ず決めて届けると言ったんだ。

 彼はそれを期待して待ってると笑ってくれた。

 どれだけ悩んでもいいから私なりに選んだものを送ろう。


 唸りながらひとつひとつを見て回り、ふと四色の花が目についた。

 満開になったたくさんの赤、ピンク、白、黄のあたたかな色合いが一輪ずつ水に挿されて買われるのを待っている。

 ……とても綺麗だな、とそう思った。


「ねえ、これはどんな花なの?」

「……ん? あぁ、それは──────」




「おかえりなさい、一颯。あら? お花なんて買ってきたの?」


 リビングから出てきたお母さんは私の手元を見てきょとんとしながら言った。


「駅前のお花屋さんでタイムセールしてたの」

「まぁそうだったのね。部屋に飾るなら花瓶が必要でしょう、あとで持っていくわね」

「ありがと。でも大丈夫だよ」


 店長さんの娘さんが要らなくなった花瓶を譲ってくれたことを話す。ついでに店長さんがとても若くて子供がいると思えないとも。

 お母さんはなぜか首をかしげていたが、そんな説明を聞いて納得するように頷いていた。


 花瓶に水を入れてから階段を駆け上がり、部屋の隅に置かれた勉強机付属の棚の最上段に花を挿す。

 赤とピンクと白と黄の鮮やかな花たちを、黒ずんだ紅い追想結晶のすぐそばに。

 半年の出来事をまるで昔のように懐かしみながら微笑みかけるのだ。


「お誕生日おめでとう、オリオン」


 1月25日。

 今日は君が産まれた日。

 世界が存在を忘れたこれからも、私だけは忘れない。


 四輪の花は笑う。

 君のように、私のように。



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