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九、内弁慶たち

ピセゴリス属のペンギンは全体的にモノクロで、日本人がイメージするペンギンの姿に近い。

 大分南へ来たような気がする。冷たい水分を含んだ風は、どきどきするほど心地良かった。ふと見上げた太陽は、でもそれでもぼくが憶えているそれより、ほんの少しまだ明るい。もっと地平線すれすれの太陽が、ぼくの憶えている一番最初の太陽だ。ご飯の魚やタコ、イカ、オキアミなんかをぱくぱく食べながら、ぼくはどんどん進んだ。ぼくが生まれたであろう、大きな南の島へ。そこに何が待っているかは判らないけれど。

 何度目かの島を見つけて、ぼくは上陸した。見渡すと、地肌が露出した岩だらけのところに、ペンギン族がいるのが見えた。ぼくは驚かせないように近づいて、声をかけた。そう、驚かせないつもりだった。

「あの、すみません」

 顔がとっても白い、本当に白いペンギン族だった。嘴は黒に近い灰色で、頭の天辺は黒。赤い目は横に細くて長い。それからとても綺麗なピンク色の足。そして何より特徴的だったのは、顎紐みたいな黒い一筋の線だった。今までに会ったことがない、ペンギン族だった。でもそのペンギン族はぼくを見るなり、細長かった目を思いっきり見開いて、口をパクパクさせている。何か驚かせるようなことをしてしまったのかも知れない。

「ぼくみたいなペンギン族を…」

 とりあえず話してみるだけでも。と続けてみたのだけれど、それは無意味だった。だって、ぼくの話を聞く前に慌てて海に飛び込んでしまったから。流石にちゃんと全部聞いて貰う前に行かれてしまったのは初めてだったので、とっても落ち込んだって仕方ないと思う。もしかして、ぼくの風体がとてもあやしくおかしく見えたのかな。一瞬そんなことが頭を過ぎったけれど、とりあえず、ぼくは島を探検することにしたんだ。初めての島でどきどき。でもちょっとだけ足を引き摺るような気分になったのは、さっきのことが頭にあったからだ。ぼくのどこがいけなかったのかな。ちゃんと友好的にお話するようなペンギン族には見えなかったのかな。怖いペンギン族に見えたのかな。そんなことを考えて歩いていたら、さっきのペンギン族と同じ種族らしいペンギン族に出会った。

「すみません、ぼくはホワイティと…」

 今度のペンギン族はちゃんと話を聞いてくれるといいな。そう思いながら声を掛けたんだ。細長い目はそのままだったけど、大きく嘴を開けて、ほんのちょっと止まったかと思えば、急に後ろを向いて猛ダッシュで走り始めたんだ。岩だらけの足場が悪いところで走るなんて、とても無茶だってぼくは思ったから、慌てて、でも吃驚させないように叫んだんだ。

「すみません、驚かせるつもりはなかったんです。話を聞いて貰えませんか?」

 それだけじゃ駄目だって、ぼくはそのペンギン族をおっかけて走り出した。でも却って怖がらせてしまったかも知れない。途中、何度も引っくり返りながら、そのペンギン族はどんどん走っていってしまうんだ。

「待って、お願い」

 次にペンギン族に会えたとしても同じような反応を示されるかも知れない。ぼくには何となくそういう危機感があって、一所懸命追いかけたんだ。多分、今までの中で一番早い走りだったってぼくは自負してる。でも顎紐のペンギン族の方が、きっと島の土地に慣れてるせいだと思うんだけど、どんどん走っていって、ぼくは何時の間にか置いていかれてしまったんだ。結構歩いたつもりだったんだけどな。次にペンギン族に会えるのは、いつになるんだろう。そう思ってペンギン族が消えた方へそのまま歩くことにした。

 暫く歩いて、岩の山を見つけた。今回も手がかりゼロか。とそんなことを考えながら、ぼくはそこによじのぼった。そして、とっても吃驚したんだ。一面に広がる、ペンギン族のコロニー。かなり大規模なコロニーだ。それも、さっきぼくが声をかけたペンギン族と同じ種族の、顎紐が特徴的なペンギン族。さっきは怯えてすごい勢いで逃げていったペンギン族が、ここでは仲間同士喧嘩をしてる。突き合ったり、体当たりをしたり。このペンギン族はとても仲が悪い種族なんだろうか。ぼくは目の前で展開してる喧嘩に唖然としてしまったんだ。だって、コロニーにいるペンギン族、それも同種族が喧嘩をしてるんだ。それもその大半が。流石に怪我をするほど手酷く突き合ったりはしないみたいだけど、なんでこのペンギン族はお互いに喧嘩をしてるんだろう。巣を守るために、近づくペンギン族を威嚇したりっていうのは今まで何度も見てきたし、ぼく自身が威嚇されたことだって何度もあった。でも、これはちょっと異常だっていうのはぼくにだって判る。

「お前、何者だ?」

 不意にすぐ近くから声をかけられて、ぼくは文字通り飛び上がった。見ると、黄色い眉をとっても素敵にキメた、ペンギン族がすぐ傍に居た。ロイさんの顔が黒くなったみたいなペンギン族だった。多分、大きさもあまり変わらないと思う。

「あ、あ。すみません。吃驚してしまって。ぼくはホワイティ。仲間を探す旅をしています」

 今までみた黄色い眉のペンギン族の中で一番眉がしっかりがっしり付いていたのは多分テッドさんたちだと思うんだけど、もっと少なくて、バラけている感じ。でもそれが恰好よく流れて見える。

「ん? お前、若鳥か。流鳥だな?」

「りゅう…ちょう?」

「なんだよ。そんなことも知らねーのか。流れもんの鳥ってことよ。繁殖にはまだ若いペンギン族が旅をすることさ」

 ぼくはへええ!って感動して、そのペンギン族をじっと見つめた。

「物知りなんですね!」

 そういったら、すごく照れてるみたい。足で首の周りを掻いてる。

「ロニーだ。宜しくな」

 ロニーさんは、フリッパーを差し出してくれた。ぼくは、同じようにフリッパーを差し出しながら、何か温かいものがほっぺたをつつー。って伝っていくのに気付いたんだ。

「宜しくお願いします」

「お、お前どうしたんだよっ!?」

 今度はロニーさんが飛びあがって驚いてる。どうしたんだろう。

「え?」

 ぼくは不思議になって、首を傾げた。

「一体何で泣いてるんだよ?!」

 あ、これ。そうか、これって泣いてるっていうんだ。

「判りません。ただ、すごく胸のあたりがぽわーって熱くなって、そうしたらつつつーって。ぼく、どうして泣いてるんでしょう」

「お前…、マジかよ」

 どうしてだろう。って良く考えて、ぼくは気付いた。「宜しく」って言われたのって、初めてだったんだ。何か、その一言だけでとっても温かくなったんだ。

「良く判らないんですけど、『宜しく』って言われたの、生まれて初めてだったんです。そしたら、こう。胸のあたりが、ぼわーっ。ってあったかくなって」

 暫くあっけに取られてたみたいだったけど、ロニーさんはぼくが泣きやむまで、静かに待っていてくれたんだ。そっと、隣で。


「ありがとうございます」

 ロニーさんはぼくがそういうと、優しく微笑んでくれた。黄色い眉みたいな毛が、そっと風になびいて、とってもきらきらして見える。

「仲間を探す旅か。さぞ辛かったことだろうな」

 包みこんでくれるような声が温かくて、ぼくはまた泣きそうになった。でも。

「いえ、楽しいことも吃驚することも沢山の、素敵な旅でした」

 威嚇されたり、しっしって追い払われたこともあったけど、でも大半のペンギン族はみんなちゃんと話を聞いてくれたし、手がかりをくれた。

「素直な、いい心がけだ。だが、それだけではうまくいかないこともある。さっきのやつらを見たろう? コロニーで大喧嘩してた奴ら、顎紐のやつらを」

 ぼくは深く肯いた。仲間同士で喧嘩なんて、良い事だとは到底思えなかったから。

「あいつらは、単体だと臆病で、何かあるとすぐ逃げる。だが、仲間同士で集まると、気が荒くて良く喧嘩になる種族だ。集団に戻った途端に喧嘩っ早くなる面倒な種族でな。それで、他のペンギン族との関わりは皆無なんだ。だからこの近くにいるペンギン族は、あいつらのことを見て居ない」

 そうか、だからさっきぼくが声を掛けただけで逃げちゃったんだ。

「ところで。お前の種族だが」

 首のあたりを足で掻きながら、ちょっと考えこむような顔をしてる。何か、手がかりがあるのかな。そうだったら嬉しいな。

「ペンギン族の中でももっとも大きな種族が、『最果ての氷の島』にいる。それは、さっき出てきたキンという奴に良く似た色をしているが、もう少しでかい。サイズからいえば、お前はその種族の若鳥くらいだ。しかも、『最果ての氷の島』なら、お前の言っていた、地平線すれすれの太陽という条件にもぴったりの場所の筈だ。お前とは色は違うが大きさは近い。行くだけの価値は、絶対にあるだろう」

 それから「お前の仲間が、探してくれていることを祈っている」と笑って片目をそっと閉じた。ぼくはまた胸のあたりが温かくなるのを感じながら、遠ざかっていくロニーさんに深く頭を下げた。

前回南極大陸到着と書いてたんですが、良く見直したら亜南極海沿岸の島の一部あたりの設定でした。

南極大陸の半島部に近い付近をイメージして書いてたんですよね。暫く見直してないと忘れます。


今回登場したのはチンストラップペンギンとマカロニペンギンです。

チンストラップペンギンは前回のアデリーペンギンと同じピセゴリス属で、モノクロな体なので所謂ペンギンのイメージには近いかもですね。


内弁慶で臆病なので単体だとささっと逃げますが、仲間同士だと気性が荒く喧嘩をする種類だそうです。

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