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七、良き隣人の島

オーストラリアと南極大陸のほぼ中間に位置するマッコーリー島にはロイヤルペンギンとキングペンギンが生息している。

ロイヤルペンギンは基本的に顔が白いが、顔がグレーで生まれてくる個体もいる。マカロニペンギンの変異個体か亜種とする説もあるもよう。

 アイさんと別れて、ぼくは泳ぎながらまた考えてた。話を聞けばきくほど、「ヒト」って「人間」とすごく近い種族であるような気がする。他の生物は別の生物を連れて来ないけど、「人間」と「ヒト」はぼくらペンギン族の脅威になるような生物を連れて来ている。そう、例えばクレスさんが教えてくれたネズミ族。他にもネコ族、イヌ族、イタチ族など、いろんな生物を連れて来ているみたい。何故「ヒト」や「人間」がそいつらを連れてくるのかは判らないけれど、結果的にぼくらは迷惑してる。辞めさせることが出来ればいいけれど、話が通じないような相手なんだろうか。アシカ族みたいに、勝手に絡んできたりとかするんだろうか?


 泳いでいて、ふとフリッパーが重くなったような気がした。それに、変な匂いがする。アズさんのいた島あたりも変な匂いがあったけど、海が荒れてたせいか、そこまで気にはならなかった。こっちは匂いだけじゃなくて何となく海の水がべたっとしてフリッパーにまとわり付く感じだ。水が切りにくい上にスピードが出ない。ぼくらペンギン族は皆、尻尾の尾脂線から出てくる脂を丁寧に嘴ですくいとって体中に塗ってる。これは水鳥であるぼくらにはとても大切な脂だ。でも海水に混じってるそれはもっと油っぽくて、ぼくたちの脂とは大分タイプが違うみたい。泳いでいるうちにどんどん体が重くなっていく。手近にあった島は砂浜が広がっている。これなら、体力もそんなに使わなくても陸に上がれるし、ちょっと休憩出来そうだな。そう思ってぼくは島へ近づいていった。そこでぼくはほんのすこし、吃驚したんだ。

 明らかに違う種族だと思うペンギン族が、並んで歩いてる。仲睦まじい恋人同士のように、とまではいかないけれど、とても親しそうだ。勿論、リルさんとフィリップさんたちみたいに違う種族でも交流のあるペンギンはいるみたいだけど、でもリルさんとフィリップさんの種族はとても近いからお互いに親近感を持ってもおかしくないと思う。だけど、このペンギン族は、明らかにタイプが違うんだ。小さい方は朱色の嘴にとても白い顔、そしてテッドさんたちみたいな黄色い眉がある。ピンク色の足はとても可憐で、全体的にスリムな感じだった。そして大きい方は、エレガントな濃いグレーの背中に、白いお腹。黒い嘴にはとても印象的なオレンジ色が入って、首の辺りにはそれにグラデーションがついたみたいなオレンジ色。首とお腹の境目の辺りにもオレンジ色。足は黒くて、しっかりしてる。そして、ぼくはドキドキしたんだ。だって、今までに見たことがあるペンギン族の中で、一番このペンギン族がぼくに近い大きさだって、すぐに判ったから。もしかしたら、このペンギン族がぼくの仲間なんじゃないだろうかってぼくは本当に思ったんだ。重くなったフリッパーも、今は軽い。ぼくは心の中に期待を閉じ込めて、このペンギン族たちに近寄って行った。

「あの」

 それまで和やかに話をしていたペンギン族たちは、ぼくの声を聞いて立ち止まった。良かった。話を聞いて貰えるかも。

「仲間とはぐれてしまったんですが、ぼくみたいなペンギン族を見かけたことはありませんか」

 ペンギン族たちはぼくの話を聞いて、小声で話し合ってたみたい。それからぼくをまじまじと。それこそ、頭の天辺から尻尾の先っぽまでじろじろと観回して、小首をかしげた。

「誰かに何かを聞くときはまず名乗れって言われなかったか?」

 大きい方のペンギン族がぼくにそう声をかけた。ああ、そうだった。つい気が焦ってしまったぼくは名乗ることを忘れてたんだ。

「すみません、ぼくはホワイティと言います」

「ふむ」

 それからまたぼくのことをじっと観察してたみたい。ぼくはどうしたらいいのか判らなくて、思わずモジモジしてたんだ。

「ロイ」

「なんだ? キン」

「コイツと俺と、どっちがでかい?」

 声をかけられた小さい方のペンギン族はロイさん、大きい方はキンさんというらしい。ロイさんは突然そう訊かれて、戸惑ったようにぼくとキンさんを交互に見ていた。

「お前は嫌がるかも知れんが。この、ホワイティっていう方だな」

「ふん」

 目障りなものでも見るような目が、ぼくを斜めに見ていた。ぼくは一層落ち着かなくて、思わずあたふたとフリッパーをバタつかせた。

「おい」

 鋭い視線に見つめられて、竦みあがったのは、しょうがないと思う。

「お前、あの油の海を泳いできたのか? そんなにフリッパーにつくほど?」

「えっ?」

 ぼくは驚いてフリッパーを見た。海から上がったばかりで、まだ手入れもしていないフリッパーには、べっとりと黒い油がついていた。

「ああ、はい。良く判らなくて」

「……なんてやつだ」

 ロイさんとキンさんは顔を見合わせて、それからまたぼくの顔をまじまじと見た。

「おれが思うに、だけどよ」

 ロイさんが首回しをしながらそう言った。

「体格的にはキンの種族とお前の種族は近い。だが、お前の方がもっとでかい。それにお前、若鳥だよな?」

「若鳥?」

 思わず聞き返したぼくを、ちょっとイラついたような顔でロイさんが睨む。

「たとえば。そうだな。繁殖したこと、ねえだろ?」

「はい、多分」

 あの暑い島で目が醒めたときより前に繁殖したことがあったなら判らないけれど。

「多分ってなんだよ。手前のことだろ」

「いえ、ぼく気を失って倒れていたんですが。それより前の記憶がないんです。でもきっと多分、ないと思うんです」

 ロイさんとキンさんは、また顔を見合わせてる。ぼく、何か変なことを言ったかな。本当のことだけど。

「お前、もしかして仲間に捨てられたんじゃないか?」

「えっ…?」

 なんていうのかな。ものすごく気の毒そうに、キンさんが呟いた。どうしてそんなことを言うんだろう。

「端的に言ってしまえば、お前のような白っぽいペンギン族なんざ、俺達は見たことがない。同族からあまりにも違うペンギン族が生まれたとしたら、それは追い出されるか、村八分にされるか。運が良ければロイたちの仲間みたいのもいるにはいるが」

「それは、どういう?」

 ロイさんは丁寧に付け加えてくれた。キンさんの説明だけでは、ぼくにはちんぷんかんぷんだと思ったからだろう。ロイさんは顔が白いけれど、同じ種族の中に時々顔が黒っぽいペンギンが生まれるということだった。そうすると、多分テッドさんたちみたいなペンギンになるのかも知れない。でもそんなに模様が違ったら、普通は違う種族だ。だから、本来は生まれた場所を追われるか、群のすみっこにひっそりと暮らすことが多くなるのだという。でもロイさんたちの種族は、そういうペンギンが居ても遠ざけたり追い出したりはせずに、同じコロニーで過ごすのだという。

「だが、大抵はそういう異分子を嫌うものだ。だから、普通のペンギン族は自分たちと極端に姿が異なるものを排除したがる」

 ぼくは背筋が凍りついた。追いたてられて、そしてあの北の島へたどり着いたんだろうか? だとしたら、ぼくが南の島へ戻るのは、寧ろ望まれていないことなのだろうか? ぼくは自分の故郷を探してはいけないんだろうか?

「いや、だが、もしお前の仲間がおれたちの種族みたいなペンギン族だとしたら、お前が戻る価値はあるさ」

 でも、自分自身が信じていないことを他の誰かに信じさせようと思っても、それはとても無理がある。ぼくもそんな話を聞いたって、そうだとすぐに信じることは出来なくなってた。ぼくが帰ることが出来たら、仲間たちは本当に喜んでくれるのだろうか? それとも、「何故戻ってきやがった」って蹴飛ばされたりフリッパーで叩かれたりしちゃうんだろうか。厭な考えが次からつぎへと頭の中に浮かんでくる。でもぼくにはそれを消してしまうことは出来なくなっていた。

「迷いはあるかも知れないが。お前は、故郷を探すべきだ。そこで仲間達が受け入れてくれなくても、お前がそこへ戻れない理由がはっきりした方がいい」

 ぼくはちょっと落ち込んで、離れていくロイさんとキンさんを見つめていた。打ち寄せてくる波の音が、ぼくをそっと慰めてくれるような気がした。ぼくは、油がみっしり付いたフリッパーにそっと嘴を寄せて、手入れをはじめた。また、故郷へと旅を続けるために。もしぼくが嫌われていたら、故郷を出ればいい。ただ、真実だけを求めにいくんだ。そう自分に強くつよく言い聞かせて。


 油は、中々取れなかった。アズさんたちの島でもいっぱいついてしまった油を何とかとったけれど、こっちの方がしつこいみたい。黒くて重くて、本当に臭くって気が滅入ってしまう。また海に入れば同じ油が待っているかも知れないけれど、それでも泳ぎのキレを少しでも戻せるなら、頑張って綺麗にしたい。

「よう、精が出るな」

 ロイさんとキンさんが、また今日も連れ立って歩いてきた。どうもロイさんたちはそれぞれの種族のリーダーみたい。両方の種族が喧嘩をせず、仲良く共生していくために最初はリーダー同士が仲良くならなくちゃってことだったけれど、何時の間にかお互いペンギン族として仲良くなってたんだ。って言うんだ。それはきっと大変なことだったんじゃないかなって思う。種族が違えば餌も違うだろうけれど、完全に競合しないで生きていくのは難しいから。同じ時期に繁殖して雛が孵ったら、同じように餌が必要になってしまう。そうしたら、競合したくなくたって、競合せざるを得ないんだから。

「まあな」

 そういってキンさんは首を竦めた。でも、そうしながらそっと視線をロイさんに向けてる。なんていうのかな。心を配ってるのが、とても良く判る。

「ホワイティ、お前に一つ情報をやる」

「えっ」

 キンさんはぼくの反応を楽しんでるみたいに笑うんだ。

「南の方の、本当に寒い寒い氷だらけの大きな島に、俺と良く似た種族がいると聞いた。体格はお前より大きいらしい。お前の体の模様は矢鱈と白っぽいが、行ってそれを確認するだけの価値はあるだろう」

 隣に控えていたロイさんが、にっこり笑った。

「おれもひとつ情報をやろう。油の海は人間どもの仕業だ。やつら、自分で大海原を渡れねえもんだから、道具を使っていやがるんだ。その道具が垂れ流した油が、あれよ。それを避けるには、なるべく浅い、岩場が多い海をゆっくり行くといい。人間どもが使う道具は、ある程度の深さがないと使えねぇらしいからな」

「すごい。詳しいんですね」

 そのとき、ロイさんの表情が暗いものになったことに、ぼくは気付いた。

「厭でも詳しくなるさ。あいつらのおかげで、おれたちの種族は…。仲間はこんなに減っちまったんだ」

 ぼくは思わず聞き入った。それは、とても辛い過去だったんだ。ロイさんの仲間たちが大量に人間たちに捕まって、ぼくたちの素敵な脂を採っていたってこと。大きな丸いものに沢山のペンギンが次々に放り込まれて、殺されていくなんて、なんて酷いんだろう。ぼくたちペンギン族が彼らに何かをしたっていうんだろうか?

「しみったれた話になっちまったな。今はそういうことも減りはしたけどよ。今度は脂を採りに来るんじゃなくて、油を落としにきやがる。それに、人間が連れてくるやつらはおれたちの雛や卵、下手するとおれたち自身を狙ってきやがるからな。おれたちは連携プレーでお互いに協力し合ってるって訳さ。ま、それに時々旅ペンギンには有益な情報を与えてやることも出来るしな」

 そっと片目をつぶる。合図なんだか目にゴミが入ったんだか判らないような感じだけど、でもそんなことはどうだっていい。

「ロイさん、キンさん。ありがとうございます!」

 ぼくは遠ざかっていくリーダー達に深く頭を下げた。キンさんとロイさんは連れ立って海へと歩いていき、やがて白い波頭の向こうに消えていった。ぼくは、教えて貰ったことを頭の中で反芻しながら、遠い南の大きな島のことをあれこれと考えていた。

主人公、海洋油汚染で苦労してます。


ロイヤルペンギン、キングペンギン登場です。

キングペンギンは他にも生息地がありますが、ロイヤルペンギンはマッコーリー島の固有種です。

ここでは20世紀初頭までペンギンオイルが作られていたという悲惨な歴史があります。

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