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ロオイカニア物語  作者: キューロッド
第1章 仇討ち
6/6

第1章第6節 アルトゥス

 先生、と呼ぶ声にアルトゥスは足を止めた。

 帝王学という言葉がある。これは、何かしらの学問の体系を表すものでは無いことを、その声の主はつい最近になって知った。

 曰く、それは家中の一員たる者の心構えや明文・不文のルール、どの地域においても貴人たるを損なわない振る舞い、教養。人との交流、つながるべき人間の選別・・・挙げれば限度を知らない。いくらかの伝統を持つ家柄であるならば、多少の差は有っても、各家庭に受け継がれてきたポリシーが存在するものだ。彼にとっての師匠、アルトゥス自身も、エーデルハイアットの家訓を知らず知らずのうちに教え込まれていたと言う。同じように、名門貴族の家柄に生まれた者たちは己らが生きる世界にチューニングされた知識を、早ければ幼少のころより植えつけられる。こうして作り上げられた人格が良い意味でも悪い意味でも一個の人間をその家の部品として機能させ、特に「あの家は…」と語るための重要なファクターとなる。

 ではなぜ、そのような独特な基礎教育、局所的なルールが家ごとに色濃く存在しているのだろうか。脱線にはなるが、その背景を語るために、ロオイカニアでの教育体制の話を少しだけ解説する。

 この国には、所謂、学校のように集合的な教育を施す場所は数少なく、しかも、それらは"魔法"と呼称される技術体系の教育指導に限定される。だがこの国に教育という文化が無いわけではなく、各家庭で父母や兄姉ならびにその代わりとなるような血縁者から学ぶ事が一般的である。或いは縁の深い他家から家庭教師を依頼することもあり、親や自らが指定した者を師と仰ぐ。ややこしい部分ではあるのだが、この師弟関係に対する画一的な取り決めは存在せず、家の力関係にそのまま左右されることもあれば、本来の権威を無視して、師匠と弟子の関係に徹するケースもある。どちらが良好な関係かを論ずるには、各家庭の背景が複雑に入り乱れているために最適解を導き出すことは難しく、前例に従い、踏襲するのが常である。

 さて、ロオイカニア帝室の教師といえば、家庭教師を外戚に依頼することが通例で、それも、帝国でもトップの家柄を誇るビルバーンの一門から輩出されるのが常識である。だが、その任を指定された当の本人である『魔法界の貴公子』オルドゥフ・・・本名、スデルファイン=ケヤ=ヴォルクリア=ビルバーンがこれを辞退したというのだから宮中は騒然とした。

 今や一般名詞として定着したが、魔法とは本来、彼らの扱う技術体系を蔑んで呼んだ物である。その不可解な現象を、魔の者の仕業として忌避した時代があり、この頃には多くの魔法使い達が弾圧の憂き目に遭った。その弾圧も、戦乱の世を迎えて一変し、魔法が軍事技術として無くてはならない存在として定着してからというもの、功績を上げた魔法使いたちの地位は議会にすら影響を及ぼす程に向上した。

 しかしながら、上級国民が伝統を世襲する帝国社会においては、そう簡単に過去の歴史を払拭することはできない。古い世代の老人たちを始めとして特に家の上下の結びつきが強い者たちから直接的にも間接的にも批判を浴び、オルドゥフはこの任を辞する決意に至った。

 いかに批判が多かったといえど、魔法界のトップである「ヴィンガス院」の長を務め、ビルバーン公軍の顧問を兼任するオルドゥフがこれをねじ伏せることが不可能であるはずが無い。むしろ、その気があれば容易と言っても良かった。一連の騒動は、彼自身に魔法という技術に対する負い目が有ったことが巻き起こしたのだろうと言える。彼を批判した老人たちと同様に、オルドゥフもまた、年老いた人間であり、ビルバーンの伝統を継承する貴族であった事がすべての不幸の原因であったのだろう。

 各所の思惑はともあれ、オルドゥフの代人を探すことが急務となった。しかも、実質はどうであれ、その面目を保つために形式上は王室から「不適格」として扱われたのだ。ビルバーン家から再選されたのであっては辻褄が合わない。ビルバーンの一族の近縁から外れ、それでいて名門の家柄で議会にも大きな影響力を持つ者として、エーデルハイアット家のジグラに白羽の矢が立てられたのは必然の流れであった。そして、ジグラが高齢であることを理由に公務を辞すると共に息子を推薦することは、アルトゥスにとっては火を見るより明らかであった。長年の激務が祟り静養と服薬を繰り返していたのだから、家中のものにとっては公然のことである。

 こうして、アルトゥスは反ビルバーンの熱に乗じて、晴れて皇太子の教師、つまりは未来の帝王の後見人という重要な地位と肩書きを得たのである。アルトゥスにとっては初めての大きな成果であり、白熱する万能感を裏打ちするような実績であった。そんな満足感を胸の内に巧みに抱えながら、アルトゥスは君子然とした笑みを湛えて声の方へと振り向き、頭を垂れた。

 「殿下。ご機嫌麗しゅう存じます」

 アルトゥスは内心、若造と侮る皇太子の機嫌など知りもしない。彼にとって、それは道具でしかないのだから。

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