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ロオイカニア物語  作者: キューロッド
第1章 仇討ち
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第1章第3節 熱き原動力

遅筆。本日の最終投稿。

 「神殿へのご出仕は、ご苦労でございましょう」

 初老の男が朗らかに語りかける。

 顔に刻まれた皺の割に、垂れ下がった瞼や、白く色の抜けた口ひげが柔和な印象をもたせている。それは外見通りで、彼は今の言葉のように常から人の事を気にかけてくれている上、口調も穏やかで話しやすい。

 「オルドゥフ様にそのように仰られては、つい、本音を言ってしまいそうになりますね」

 「お若いうちはそれでよろしいでしょう。魔法ばかり弄んでおる老人などには、貴方との何気ない会話が何よりの楽しみですからな」

 柔らかい姿勢を崩さず、年長者特有の高圧的な態度も見せず、オルドゥフ…ビルバーンの貴公子は朗らかに笑いかける。

 堅苦しい神殿の生活のなかで、彼との交流だけは気を置けずに過ごしている。厳格に接しても却って失礼となるだろうし、何より、私自身が彼の事を好いているという事もある。年は離れているが、この数年来の知己は、私にとって重要な友人であった。

 「そのように仰られては、恐縮してしまいます。私にとっても、公との会話だけが安息ですのに」

 「それは大変嬉しゅうございますな。貴方には刺激の足り無いことでしょうが、安らうというのであればこの上ない」

 テーブルに置かれた菓子をひとつまみ、口元に持って行く。オルドゥフの声の響きと合わさり、とても心地よい甘さが口内から頭へ広がっていく。そこにお茶を一口するだけで、何にも変えがたい貴重な時間を過ごしている実感を得られるのだった。

 「毎日が学ぶばかりです。エルケとは言え、私に魔法の心得はありませんから」

 世辞ではない。事実、オルドゥフがいなければエルケの祭事は成り立た無いのであるから、公の存在は私の感情以上に大きい。

 彼の専門とするのは魔剣術、祭術、そして歌術である。そのどれもが、エルケの祭りには欠かせ無い。

 エルケの役目とは、ハリの教えを分かりやすく広め、そして、忘れぬように生活に根付かせることだ。そのためには、物語に意味を乗せて、あるいは演劇のように人へ訴えかけることもある。ハリが教えようとする感情の高ぶりは、字、言葉だけでは到底表す事ができないからである。

 魔剣術は、今は廃れてしまったが、かつてはこの地域の国家はこぞって術を開発したという。鉄器と相性が悪いために実用の第一線からは退いたものの、青銅でできた武具を強化する立派な軍事技術であったのだ。何よりその見た目の美しさは、扱うものの士気を高める。故に、今でも儀礼的には重宝される技術だ。

 祭術でエルケに神を降ろし、歌に乗せてその教えを言葉として紡ぐ。流れる歌の響きは、歌術の担い手の、腕の見せ所である。この術の成否が、祭歌が澄明に響くかどうかを左右するのだから。

 「積み上げた技術がいずれ廃れようとも、このような形で細々と生き永らえるのであれば報われる…そうでしょう?」

 「ええ、そう思います」

 そう答えると、彼は口元の髭をわずかに揺らして笑った。そして抜ける息に乗せるように、言葉を続ける。

 「貴方はいい人だ。…だが、いずれ分かることでしょう。」

 そう言うと公は、少しだけ表情を硬くして、お茶を口にする。

 「若輩者につく分別など取るに足らないものですが、それでもオルドゥフ様の重要性が分からないほど幼稚ではありませんよ」

 だが、私の言葉が的を外していたのだろう。公は頬だけで笑うと、溢すように言葉を続けた。

 「学に…そう、尽くすことが盲目的に良い事ではないのですよ」

 「あるいは取るに足らないつまらない事が国の大事を分ける事もある。そういったとき、長年に渡って信奉し、身を捧げてきた学問というものは、なんとも儚く頼りないものです」

 「所詮は、世は常ならないもの。ハリの教えとて、必要であれば新たな言葉を神から授からねばならない」

 「ハリの祝福…ハサハリアロムとはそういうところに強かさがある。それは人間的な強さ」

 「そしてその強かさは時に、人の心に様々な感情を導くのでしょうな」

 「感情…ですか」

 そう、と短く言葉を切って、公はお茶をテーブルの上に戻す。その仕草に、何か大事な事を伝えようとしているのだということを肌で感じた。

 「貴方は、教えに身を投じている。それは、若い頃には、それはそれで良いでしょう。ただ、老獪な意思は、その若さをただの原動力としてしかみなさない。そのような思想の下で発せられる熱は…」

 途中、大きな鐘の音が談話室にも響いた。外の塔に取り付けられた時報の鐘だが、これも歌術の一種で、ここにまでよく聞こえる。それこそ、溢れ落ちる言葉を遮り、かき消すほどには。

 数回、重厚な音が鳴り響き、声を発して聞こえるようになる頃にはすっかり無言となってしまった。途端に居心地が少し悪くなる。まるで、何か粗相をしてしまったかのように申し訳ない気持ちが染み出してくるようだった。

 落ち着きのない心を覆い隠そうと、お茶に手を伸ばすと、先に静寂を破ったのは公であった。

 「無用な事を語りすぎましたな。」

 ただそれだけをいつもの笑顔で短く言うと、公も同じようにお茶を口にした。

 それからとりとめもない話を少しだけ続けたが、私の心はまるでその場にないもののようであった。

 公の言葉に、頭の中はすっかり支配されていた。

 学に身を捧げているだけでは、所詮は稚拙な活動から脱する事はできないのだと。

 若さを原動力とする意思。

 その熱を、いかに発するか。

 私はそれを、重大な使命として考えなければならないような気がした。

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