第15軽巡戦隊 2
話は数日前にさかのぼる。
場所は、大日本帝国航宙軍が誇る超巨大宇宙要塞。〈奉天〉。そこでの出来事。
〈奉天〉は、直径100キロメートルの球体をしている。その表面は流体金属装甲。深さ百メートルにも達するその金属でできた海は、大抵の攻撃を跳ねかえす強靭さと柔軟性とあわせ持っている。
そんな金属の海のうえには、無数の人工島がうかぶ。人工島は大小さまざま。形状についても、菱形のモノや六芒星型のもの。円形のものなど多様。
そんな中でもっとも多いタイプの人工島は、一辺百メートルの六方形をした型である。そのタイプには、無数の設備が設置されている。砲塔、機銃座、魚雷発射管といった、戦闘装置。索敵電探、目標照射用電探、艦船管制用電探といった各種レーダー設備並びに、管制指令塔。
また、一部の人工島(大型のもの)には、小規模な舟艇用港湾設備も備えている。そこには、交通艇や救難艇、輸送艇に魚雷艇といった小型船舶が係留されている。
なお、大型艦船を係留するための設備は、要塞表面には存在しない。この要塞の主要宇宙港および、副主要宇宙港は、要塞内部に配置。
大型艦船については入港に当たり、流体金属の海に開いた“穴”から侵入するようになっている(当然ながらその“穴”には、有事において流体金属が流し込まれ、閉鎖されることになっている)。
その巨大要塞内部には、要塞を維持管理運用するために必要な、多数の自動機械が配置されている。その数は、人間サイズの自動機械だけでも、数千万のオーダーに達する。一部の自動機械に関していえば自己増殖機能もある事もあって、その正確な数は要塞管理用中枢人工知性回路でさえ把握しきれていない。
肉眼では見ることも出来ないほどに小型な微細機械の類まで数えれば、数百億を超える数の機械が蠢いている。宇宙に浮かぶ機械のとりで。
それが〈奉天〉だ。
だが、この〈奉天〉。機械しかいないという訳ではない。要塞が正常に管理されているかを確認するため、千人からなる人間達も乗り込んでいた。
さて、そんな人間達の一人。
大日本帝国航宙軍、第3艦隊司令長官である柳田 重蔵中将は、要塞内の通路――司令部区画通路第33号と命名されている――を歩いていた。
彼の向かう先は、CS001区画。その大部分をしめている異界方面艦隊司令部だ。ちなみに、普段柳田中将が勤務している第3艦隊司令部はCS015区画に存在。危機管理上の問題から、この二つの司令部は離れて設置してあり、直線距離にして10キロメートル以上も離れている。
巨大すぎて移動が大変というのが、この要塞の数少ない欠点の一つ。要塞内で運行される無軌道電車が無ければ、将兵の中には反乱を起こすものも出てくるのではないか。等とまことしやかに語られる(幸いにして、反乱をおこしたものなどいないが)。
さて。柳田中将は、宙兵隊が行っているいくつかの検問を抜けたあと、目当ての司令部に到着。案内役の中佐に導かれ、司令長官公室を訪れた。要塞管理用中枢人工知性回路はこれを、帝国標準時2886年3月3日11時12分35秒のことであると記録した。
長官公室に入った瞬間。柳田中将はおや、と思う。部屋の主である異界方面艦隊司令長官のほかに、そこには二人の人物がいたからだ。
先客の内の一人の服装は、憲兵隊のもの。濃緑色の制服に、黒のコートを羽織っている。襟元の階級章には星が二つ並んでいる。つまりは憲兵中将だ。
柳田は、網膜に張りつけた情報端末を操作。その憲兵中将の個人情報を探る。それによると、相手は初瀬 利吉中将。憲兵総監部副総監。中将への進級は、柳田の方が一年ほど早いようだ。
もう一人の先客は、航宙軍の将官。開発・実験艦隊司令長官。遠坂 佑二中将。ほっそりした長身の男性。帝国理科大学を首席で卒業したあとに、軍に入ったという変わり種だ。
彼が中将に昇進したのは、ごく最近。半年前だ。普通、帝国航宙軍においては、中将昇進から一年以上が経過しないと司令長官には補されないのが通例となっているのだが、前任者が新型艦開発にまつわる汚職事件のあおりを受けて辞職したため、急きょ司令長官に新補されたばかり。
中々に異例の人事。一時期話題になったため、覚えてはいた。
だが、面識はない。開発・実験艦隊は一種独自の風土を有する奇妙な部署なのだ。いちどでもこの艦隊に配属されてしまうと、他の部署に異動することはまれ。開発・実験艦隊はある意味、人事の墓場なのだ。
しかし。と、柳田は思う。憲兵総監部にしろ、開発・実験艦隊司令部にしろ、その所在地は遠く離れた土星。その帝都だ。はるかかなた、数百光年も離れている。
なんだってまた、こんな辺境に?
そう、疑問に思いながらも柳田は敬礼。これに、異界方面艦隊司令長官をつとめる松本大将がおざなりな答礼を返したあと。
松本大将は二人を紹介した。
「柳田提督。もう知っていると思うが、こちらは憲兵総監部副総監の初瀬中将と、開発・実験艦隊司令長官の遠坂中将だ」
その後に続く、あたりさわりのない会話。暫く世間話をしたのち、松本大将は本題を切り出した。
「提督、夕凪星系での拉致事件について君はどの程度しっているかね?」
松本大将の問い。
柳田には無論、夕凪星系について聞き覚えがあった。
数日前、拉致事件が発生したのだ。召喚されようとしていた少年は、たまたま通りかかった機械兵に救助され何とか無事だったものの、肝心の機械兵の方はそのまま魔法陣に取り込まれてしまったというもの。
拉致された機械兵の救出と拉致実行犯らの逮捕のため、異界方面艦隊隷下の第115偵察警戒隊が時空歪曲現象の追跡調査を行っていたはずだ。
因みに、拉致された機械兵を、所詮は機械だから放置しておく。などという選択肢は、帝国軍には存在しない。放置しておけば第二、第三の召喚魔法を行使し、帝国の安寧を脅かすのは確実だからだ。
そして、ここで夕凪星系の話題を持ち出すということは、追跡作業が完了したということだろうか? 柳田はそう推測し、応じる。
「まあ、表面的なことは存じております。犯人の居場所が判明したのですか?」
だが。
「いや。まだだ」
松本大将の答えは無情。否定的な答えが返ってくる。
「はあ」
おや、と。柳田は思う。では何だろうか?
彼の派閥は皇道派。悪逆非道の拉致犯罪者など皆殺しにすればいい、というのが皇道派の主張ではある。しかしだからといっても、犯人の居場所が分からないのであれば、どうしようもない。
犯罪者たちの居所を突き止めるのに協力する。というのはむろん、帝国軍人としてやぶさかではない。
だが、第3艦隊は戦闘部隊である。その情報収集能力は限定的。犯人探しにどの程度協力できるかと言われれば、はなはだ心もとない。
柳田が当惑しているのを見て取ったのか、松本大将が説明を始める。
「犯人の居場所は分からない。だが、大体の方位は判明した。第十一象限だ」
「ふうむ。第十一象限ですか」
柳田は唸る。第十一象限。それは数ある宇宙外宇宙の中でも最も調査が進んでいない領域の一つ。
ただし調査が進んでいないとは言っても、政治的問題があるとか、航海上の難所があるという訳ではない。単純に、今まで一度も第十一象限方面からは拉致が行われていなかったというだけだ。
帝国臣民を拉致しようとする犯罪者たちが生息しているのは、主として第一象限から第五象限にある異世界ばかり。
帝国航宙軍の有する艦艇と人員は有限である以上、限られたリソースはそちらに振り分けられるわけで。当然の結果として、航宙軍としてはそちらの対応に奔走される。
第十一象限方面に関しては、大雑把な調査が行われた後は放置気味。
情報収集拠点が、一つも設置されていない状況だ。(これが例えば第一象限であれば話は別で、無数の根拠地隊が網を張っているので、拉致が行われればすぐに逆探知できる。)
「では……偵察警戒隊を派遣するのですか?」
柳田の問い。だが。問題もある。偵察警戒隊は何かとオーバーワーク気味なのだ。第一から第五の象限に配置している部隊は、そこに必要だ。彼らを動かすことはできない。
それに、恐るべきことに、偵察警戒隊には予備隊が存在しない。これはべつに予算の問題ではなく――というか、予算だけは潤沢に用意されている――工業生産能力の問題だ。
宇宙外宇宙からの〈門〉を逆探知するには、精巧な探知機が必要なのだ。したがって、大量生産は困難。膨大な予算が投じられているにもかかわらず、本格的な生産体制が確立していないのだった。
「いや。偵察警戒隊に余裕はない」
そこで松本大将は一瞬くちをつぐむ。ちらりと遠坂中将を見やった後、説明を再開した。
「そのかわり、第十一象限には〈阿賀野〉型軽巡を派遣する」
なるほど。と、柳田は思う。〈阿賀野〉型は帝国航宙軍の最新鋭艦。最新鋭艦なだけあって、各種の探知装置も高性能なものを搭載。
それになにより、新開発の外宇宙跳躍機関を搭載。旭日門03の名称を与えられた、外宇宙へと繋がる自然現象『門』。それを解析。人工的に再現したのが、外宇宙跳躍機関だ。
この新型跳躍機関の実用化は、今まで一々、旭日星系経由で異世界へと派遣していた艦隊を、より効率的に展開運用出来るものにすると期待されている。
だが。
「しかし、長官。〈阿賀野〉型は開発・実験艦隊の所属です。まだ公試中のはずでは?」
「公試は切り上げられた。〈阿賀野〉型四隻からなる第15軽巡戦隊は、明日1200時をもって、開発・実験艦隊より転籍。第3艦隊の所属となる」
こうして、異世界へと飛ばされた哀れな機械兵を捜索すべく、第15軽巡戦隊が派遣されることとなった。
******
そんな第15軽巡戦隊が母港である戦略機動要塞〈奉天〉の主要宇宙港を出港したのは、帝国標準時2886年3月8日12時00分のこと。
それから三十分もしない内に戦隊は、戦略機動要塞の浮かぶヴァルカン星系第三惑星〈キャップテン・スポック〉の重力圏から離脱。
その後、戦隊は直ちに(通常)跳躍航法に切替。恒星ヴァルカンから10光年の距離にまで移動。その名の由来となった、赤茶けた光を放つ赤色巨星から距離を取る。
跳躍終了は帝国標準時3月8日12時45分のことだった。
ヴァルカンを含めた周囲の恒星から十分な距離を取ったことを確認した戦隊は、周辺宙域を入念にスキャン。付近に不審な船影が存在しないかを調べる。
結果は良好だった。
戦隊から半径5光年以内には、水素分子や電子、中性子のようなものしか存在しない。探査範囲を半径8光年にまで拡大しても、周辺にいるのは友軍艦艇のみ。
情報連結によってもたらされる、友軍艦艇が捉えた周辺宙域情報。そちらでも、不審なデブリや、航宙船の存在は探知できなかった。
周囲には、大日本帝国航宙軍に所属する数隻の実験支援艦や情報収集艦、雑役船だけしか存在しない。
民間船の姿が見えないのは、主要航路から外れているためだ。うっかりと航路を外れた間抜けな民間船のために、交通艇が展開。優しく(帝国軍の基準では)航路へと誘導していた。
そして、13時02分
戦隊は外宇宙跳躍を開始。
拉致された機械兵たちを救出し、不埒な誘拐犯たちに鉄槌を下すべく、第十一象限へと向かう。