第15軽巡戦隊 1
久々の更新です。
漆黒の闇。一切の光源が存在しない虚無領域。宇宙と宇宙の狭間。次元境界面の外。そんな中を、その艦隊――大日本帝国航宙軍が異界方面艦隊、第3艦隊に所属する第15軽巡戦隊――は進んでいた。構成艦は全部で四隻。〈阿賀野〉〈最上〉〈鈴谷〉〈矢矧〉だ。
この四隻はいずれも、帝国航宙軍最新鋭の〈阿賀野〉型軽航宙巡航艦だ。全長660メートル。基準質量は標準トンにして約900,000。
主砲として搭載された艦首軸線砲は、口径300mm。時間流反転炉で生み出される重密度超光速粒子を直射するこの砲は、当たりどころが良ければ、一撃で戦闘巡航艦を無力化することも出来る。非常に強力だが、艦首に固定されている関係上、使い勝手に多々の問題がある。
その欠点を補うべく、副砲として、150mm破衝砲を連装四基で計八門搭載。この四基は艦首艦尾の上甲板及び下甲板に各一基ずつ設置されており、全方位に対して死角をなくしている。
また、近接防御用の40mm機関砲を四基搭載。これは主として、副砲の最低射程距離内に潜り込んできた、小型艇や魚雷を迎撃するのに使用される。
砲填兵器だけを見た場合、〈阿賀野〉型は90万トンもの巡航艦とは思えないほどに軽武装だ。だが、これには理由がある。本級の主兵装は、砲ではなく魚雷なのだ。
三十二連装垂直魚雷発射装置を艦首、艦尾両舷に計四基、埋め込み式で設置。これは最大で128発もの輝煌魚雷を装填できることを意味する。
もっとも、搭載魚雷すべてを輝煌魚雷にするなどということは、普通ならあり得ない構成だ。敵の雷撃に備えて、対魚雷魚雷も搭載する必要があるからだ。
また、そもそも輝煌魚雷は威力が大きすぎる。〈阿賀野〉型が搭載する八〇式輝煌魚雷は最新鋭であり、その弾頭は威力可変方式を採用しているとはいっても、その最低威力はTNT換算で1500kt。これは、広島型原爆100発分に相当する。とてもではないが、精密攻撃には向かない。もっと威力が低く、使い勝手のいい魚雷も搭載する必要がある。
実際、このとき、四隻の巡航艦は複数種の魚雷を搭載していた。
輝煌魚雷、量子魚雷、各射程対魚雷魚雷、幻影魚雷……。
そして通常ならあり得ないことに、このときの第15軽巡戦隊各艦には、全ての魚雷発射管に魚雷が装填されていた。
一般論として、戦闘艦が武器を満載することはあまりない。訓練やら定期整備――そして何より予算上の制約により――何割かの魚雷発射管は空になっているものだからだ。
このことを軍事常識として知っているものなら誰しも、戦隊が作戦行動中にある事を推測するだろう。
……実際、そのとおりだった。
そんな第15軽巡戦隊。その旗艦〈阿賀野〉に搭載された艦制御用中枢人工知性回路〈あがの〉――80年式人工知性回路A1型068号は頭を抱えていた。……まあ、人工知性回路に頭など存在しないが。
『なんだかなあ……』
たんなる呟き。誰かに聞かれることを意図したものでもない。だが、その呟きに返事が返ってきた。
『どうかしたんですか? 悩み事でも?』
返事の主は、71年式人工知性回路B3型1018号――〈しずく〉だ。
『へ?』
〈あがの〉は焦る。通信回路に流しているつもりはなかったのだが……。慌てて、通信回線を確認。そして、原因を発見。どうやらうっかり、指揮官回線をつないだままにしていたようだ。
『なんでもありません、司令官。ただの独り言です』
『本当ですか?』
〈しずく〉は気づかわしげだ。
『餅のロンです』少々ふるくさい慣用句を用いて、〈あがの〉は回答する。『それとも何ですか、私が嘘をついているように見えるんですか。司令官には』
『別段そういう訳ではありません。単に心配しているだけです。何か悩みごとでも?』
悩みごとって……。そんなこと言われてもなあ、と〈あがの〉は思う。彼女の悩みの種。それは、司令官の〈しずく〉なのだ。何をどう考えても、当の本人――人ではなく知性回路だが――に向かって、「あなたが問題です」などと言えるわけがなかった。
うーむ。どうしたものか。と、〈あがの〉が悩んでいると、通信に割り込んでくるものが一人。
『ちっ、ちっ、ちっ。分かってないなぁ。しずくっちは』
うげっ、と〈あがの〉は思う。この声の主は、〈すずや〉だ。
彼女は、軽巡〈鈴谷〉搭載の艦制御用中枢人工知性回路――大日本帝国航宙軍は伝統として、艦搭載の中枢人工知性回路には艦の名前をひらがなにした愛称を与えることにしている――だ。
〈あがの〉は、無駄に性格のかるいこの妹が苦手だった。いつもいつもトラブルばかりを起こすからだ。
『……分かってないですか?』
〈しずく〉の問い。
『そう! 分かってない! 全くもって分かってない? 何を隠そう、あがネエの悩みの種は、しずくっち何だからね!』
『ぎゃああああああああ! 何故にバラスううううう!』
〈あがの〉は焦る。予想通りに〈すずや〉が爆弾の種を投下したからだ。彼女に手足があれば、ワタワタと意味も無く手足を振り回していただろう。幸いにも(あるいは不幸にも)、彼女には手も足もなかったが……。
『わたしが問題ですか? えーと、わたし、何かしましたっけ?』
一方、〈しずく〉の方は当惑しているようだ。身に覚えがないのだろう。
〈あがの〉は思う。こいつに体があれば、コテンと可愛らしく首でも傾げてるんだろうなぁ、と。
そんな様子の〈しずく〉に、〈すずや〉が断言する。
『うん、やってるね!』
『と、言われましても……。具体的には、わたしの何が問題なんです?』
〈しずく〉が、当然の疑問を口にする。
『ちっ、ちっ、ちっ。純真な乙女心が分からない天然肌のしずくっちに、アタイが教えてしんぜよう』
などと、〈すずや〉がのたまう。
『あんたにも分かってないでしょ!? 純真な乙女心なんて!』
〈あがの〉は焦り、あわてて会話に割りこむ。何だかマズイ気がしたからだ。
『失礼な! アタイのハートには、繊細な乙女心がぎっしり詰まってるんだぜ!』
『ウソ! 絶対にウソ! あんたが乙女なら、あたしは鉄腕アトムよ!』
『何世紀のネタだよ! 200年以上も前だろ。鉄腕アトムなんて!』
『なによ! あたしがオバサンだって言いたいの!』
『あのー?』
『アタイはオバサンなんて言ってない! 勝手な言いがかりは止めてくれ!』
『えーと?』
ん? 何だろ? と、〈あがの〉は思う。変な声が口論に割り込んでくる。でも、ま、今は無視。こっちはそれどころじゃないのである。
『言ったじゃない! たった今!』
『もしもし?』
『それは被害妄想! 空想でキレるのは止めてくれ!』
『メンヘラですってぇ! きっー!』
『しくしくしく』
『だからメンヘラなんて言って、あれ? どうかしたの、しずくっち?』
『……いえ、何でもありませんよ。鎮守府に帰還したら、お二人の解体を上申するつもりなんてことは、鼠の額ほどもありません』
『いや、しずくっち……。鼠の額なんて慣用句は、いまどき誰も使わないんだけど』
〈しずく〉の微妙なボケに対して、〈すずや〉が突っ込みを入れる。
『問題はそこじゃないでしょ!』
これは〈あがの〉の発言。
突っ込みに対しての、さらなる突っ込みだ。一体なにをどうすれば、解体などと言う話が出てくるのか。全く意味不明だった。
『そう、問題はそこではありません』
〈しずく〉も〈あがの〉に同意する。
『うん、うん。まさにその通り。解体なんて唐突過ぎるし。〈しずく〉からも〈しずく〉に言ってやって、あれ? あれれ?』
〈あがの〉は混乱する。そんな彼女の混乱など素知らぬ顔で、〈しずく〉が話を進める。
『問題点は、私の何が悪いのかということです』
あ。やぶ蛇った。〈あがの〉は思う。折角話題をそらしてたのに、元に戻ってる。彼女は何とか軌道修正を図ろうとする。しかしそれは〈すずや〉に阻止される。
『しずくっちが司令官をやってるのが気に喰わないんだよ! あがのネエは』
『おいいいいいいいいい! 何故にバラスううううう!』
『そして、もっと重大なことが』
『ちょ! すずや! それはダメッー!』
〈あがの〉は慌てる。だが、そんな彼女を無視して会話は進む。
『もっと重大なことが?』
〈しずく〉の問い。
『えっへーん! それはねー』
〈すずや〉が無駄に勿体つける。
『だからダメなんだって!』
〈あがの〉は何とか会話を終了させようとするが、生憎そうはいかない。〈しずく〉は律儀に問いを発する。
『それは?』
『あああああああ! 止めてー!!』
〈あがの〉は絶叫。むろん、それで〈すずや〉がとまる道理もないのだが。
『しずくっちが重いことなのだ!』
断言する、〈すずや〉。
あ。終わった。
〈あがの〉は灰になった。