森にて 2
森の中。木々の枝や根、下草が乱雑に伸び、地形も凹凸がはげしい中。
六人のオークは王を先頭にして歩いていた。最初、戦士たちは、何が前方で待ち構えているか不明であり危険であるとして、王を後ろに下がらせようとした。だが、王はその提案に聞く耳を持たなかった。王たる者、常に先頭にあるべきだと考えたからだ。
一体、誰が従うというのか? 戦士の陰に隠れ、こそこそと自分の身の安全を守っている王になど。そう宣言する王を前にしては歴戦の戦士たちもまた、王を先頭に立てざるを得なかった。
と、王が急に停止する。つられて、その後ろを歩くオーク達もまた停止。オーク戦士たちは、一体何事かと、王の視線をたどる。
その先にあったのは開けた空間。そこには一本の太い幹が倒れている。恐らくは古くからの大木が、倒れてできたのだろう。大木は太陽からの光をさえぎるため、その下には植物が生えない空白地帯が出来るのだ。そうしてできた広場は森のあちこちに点在していた。
だが、問題は空き地ではない。その中心付近。そこにある大きめの岩の上に、二人のオークが腰を下ろしていた。
「!」
彼らは歓喜した。その二人のオークは、彼らが捜しているもの。行方不明のパーティーに所属している者達だからだ。
そして、歓喜の中で気付く。オークだけではないことに。ニンゲンも二人いる。一人は大男。屈強なオークの戦士が子供にしか見えないほどの巨躯の持ち主。オーガ並みの巨体だ。いっそオーガといわれても違和感がない程だが、その見た目はオーガのような鋼の皮膚に守られてはおらず、ニンゲンに思われた。
そして、もう一人のニンゲンは女。大きさから言って、子供か、成人一歩手前のメスのようだ。
女を見て、オーク達の顔が欲望に歪む。オークはその種族の特性上、オスしか生まれない。その為、子供をもうけるには他種族のメスに種付けする必要があった。エルフ、ジュウジン、ニンゲンと、オークが生殖可能な種族は限られている。
この内、雌エルフは生殖能力に問題を抱えていることが多く、中々妊娠することが無いため繁殖には向かない。その為、その美しい外見を目当てとした愛玩用としては大いに役立つのだが、繁殖向きではない。
ジュウジンは簡単に妊娠、出産するため生殖向き。ただし問題があって、全身が毛むくじゃら。おまけに、顔も不細工である。幾らオークが性欲の塊の様な生き物だと言っても、不細工なメスと小作りしたいと思うものはあまりいない。できれば、可愛い娘の方が良い。男にだって、雌を選ぶ権利ぐらいはあるべきというのが、オーク達の見解だ。この為、ジュウジンは人気がなかった。ジュウジンと子をなすのは、最低の身分に属するようなものだけだ。
一方のニンゲン。こちらは大いに人気があった。生殖能力ではジュウジンに劣るが、顔はそこそこだからだ。ちょうど、エルフとオークの中間のような存在だ。
特に、この目の前にいる女。これはかなりの美少女だ。何より、そのふくよかな胸のふくらみ。こんなメスに子種を植え付けたいと、オーク達の瞳に欲望の炎がともる。
だが、それには障害があった。オーガのような大男だ。様子をうかがう限り、どうやら、この集団のリーダーはこの男のようだ。
状況を見て、王は素早く結論を出す。攻撃すべきだ。敵の戦力は大男一人のみ。メスは戦力外だし。二人のオークは単純に男に従わされているのだろう。仲間が救出に来たとなれば、反旗を翻し、逆襲に転じるはず。
こちらにいる六人と、向こうの二人で挟み撃ちにする。相手がオーガのような巨体である事が不安要素であるが、所詮は一人。八人でかかれば負けるどうりが無かった。
「GUAAAAAAAAAAA!!!」
王の咆哮。森全体に響き渡るようなその咆哮と共に、オーク達は一斉に駆けだす。狙いはただ一人。人間のオスのみ。
~~~~~ ~~~~~
テッドは横目でオーク達をちらりと見る。相手は木の藪に隠れてこちらを窺っている。数は六人。
『どうやら見つかったようだな』
通信回線を通して、ステラへと話しかける。
『そのようですね』
ステラが返答する。彼らの動体センサーは3キロ以上の遠距離から、オーク達のことを探知していた。そこで、ちょうどいい場所にあった広場を利用して、こうして待っていたのだ。
『ねらい通りだな』
テッドはそう呟く。新手のオーク達の視線がステラへ向き、心拍数が上がり、呼吸も荒くなったのだ。テッドの複合センサーは、そんなオーク達の状況を余すことなく把握していた。予想通り、ステラの外観を見て興奮したのだろう。前回の遭遇時にも見られた現象だ。
『もう……だれもかれも、なんで……』
ステラが落ち込んだ様子でそんな弱音を吐く。
『お前は元々このような心理的効果を狙って造られているはずだ。落ち込む方がおかしい』
テッドはそう指摘する。
『それはそうなんですけど……』
ステラが言い返してくる。テッドには理解不能だった。テッドのような33年式機械兵が武骨な外観をしているのは相手を威圧するためだ。一方のステラは、相手の油断を誘うべく美少女風な外見をしている。
彼は自分の外観が武骨であることに誇りを持っていた。恥などと思ったことはない。創造主である軍がそうあれと願って、造った形だからだ。
なのに、なぜ? こいつには忠誠心がないのか?
いや、ない筈がない。ステラもまた機械兵なのだ。もしも、軍に対して忠誠心が存在しないなどと言う深刻なバグが存在した場合、定期整備の際に見つからない訳がない。
……むう。
テッドは内心で呻き声をもらす。おそらくは、年頃の女の子の性格を忠実に再現しすぎているのだろう。軍需省造兵廠技術開発局の技術者たちは優秀だが、鈴木大佐のような奇妙な人間でも出世できてしまうあたり、性格的な問題が多々あった。マッドサイエンティストが多すぎるのだ。
そこまで考えて、テッドはかぶりを振る。意味のない思考だ。機械兵の仕事は、脆弱な生身の人間にかわって、銃砲弾雨のなかで戦うことにある。機械兵の性格設定に関して、彼はどうこういう立場になかった。
オーク達が突撃してきたのはそんな時だった。
「GUAAAAAAAAAAA!!!」
森全体に響き渡るかのような咆哮。それと共に、オーク達が疾走してくる。彼らが持っているのは金属製の棍棒や大剣。胴体全面を皮鎧でまもり、要所要所には金属鎧を身につけている。
最初に遭遇したオーク達よりも、目に見えて装備が良好。それが六体。恐らくは精鋭と考えてよいだろう。
先頭を走るのは棍棒を持ったオーク。大きく振りかぶって突進してくる。テッドはその攻撃を、斜め後方にステップして回避。がら空きになったなわき腹に、ストレートを放つ。
「g!」
テッドの左腕はオークの皮鎧を易々と粉砕。そのデップリと飛び出る腹部に深々とめり込み、口からは内臓が飛び出る。この一撃で生命を失ったオークは、力なく倒れ込む。
テッドはそんなオークから棍棒を奪い取ると、後方から続く別のオークに向け棍棒を振る。
「!?」
その一撃はオークの頭部を直撃。驚愕の表情を浮かべる間もなく、頭部が破裂。即死する。
「AAAAAAAA!」
短期間に仲間が二人も死んだことに憤怒したのか、次のオークは顔を真っ赤に染めて剣を振るってくる。その一撃は中々に速く、この世界で遭遇したどのオークよりもスピードがあった。
だが、それだけだ。テッドからすれば余りに遅い。テッドの人工知性回路は攻撃の軌道を正確に予測。ひらりと躱す。そして反撃。
渾身の一撃を躱され、体勢の崩れたオークの頭部に一撃を加える。
バゴッ!
冗談のような音と共にオークの頭部が潰れ、脳が飛散する。そして無論、飛散するのは脳味噌だけではない。脳を守っていた頭蓋骨もまた、四散していく。そして、そんな頭蓋骨の飛行進路上には後続のオーク。偶然ではない。そうなるよう、計算して打撃を加えていたのだ。
「GYAAAAAAA!?」
頭蓋骨の破片が目を潰したのだろう。そのオークは顔面をおさえてのたうち回る。テッドはそんなオークには目もくれない。仲間たちを大きく迂回し、背後に回りつつあった別の一匹へと狙いを付ける。
「GUOOOOOOOO!」
オークの咆哮。奇襲に失敗したそのオークは進路を変更。一直線に向かってくる。
「ふっ」
テッドは嗤う。正面から挑もうとは、なんと愚かな。すでに、彼我の戦力差は明白だった。テッドは金属でできた頑丈な棍棒を振り上げ、目にもとまらぬ速度で振り下ろす。
バゴンッ!
頭頂部に一撃を受けたオークの頭部は、胴体の中にめり込み消滅。製作に失敗した不細工人形のような哀れな姿になって、即死した。
そして、目をおさえて地面を転がるオークを足で踏みつける。ボキという音と共に首が折れ、そいつも死だ。
「さて、まだやるかね?」
残った最後のオークへと話しかける。そのオークは、他の五体のオークとは少しばかり格好が異なる。皮鎧に青い塗料で文様なものを描いているし、首からは装身具のようなものをぶら下げている。少なくとも、あの六匹のオークの中ではこいつがリーダー格。そう考えて差し支えないだろう。
「GYU?! GYA!?」
そのリーダーは目を白黒させている。どうやら短時間の内に五体もの仲間が死んだのが理解できないようだ。焦ったように左右を見渡す。そして、
ニイッ。
口の端が上がる。オークの見つめる先。そこにいるのはステラ。オークは棍棒を捨て、腰からナイフを取り出すとステラに疾走。どうやら、一見ただの少女に見えるステラを人質に取る気のようだ。
「え? 私?」
ステラが困ったような声を出す。どうやら、自分に向かってくるとは思っていなかったようだ。
『二等軍曹。全部やっつけて下さいよ。ちゃんと責任をもって』
通信回線越しに、そんな理不尽なことを言ってくる。
『知らん。自分で何とでもなるだろ』
テッドは一蹴する。別段、オークの相手をテッドがするなどと言う取り決めなど結んでいないからだ。実際、ステラにとってオークなど物の数ではない。彼女は新型の73年式機械兵なのだ。その戦闘能力は――少なくともカタログスペックの上では――旧式機であるテッドと比較して、圧倒的だ。動力炉の最大出力には優に十倍以上の差があるし、人工筋肉の性能も段違い。人工知性回路の演算速度には悲しいほどの開きがある。
自棄になったオークなど、一蹴されて終わるりろう。テッドはそう考える。
だが、次の瞬間、予想外のことが起こった。先ほど捕虜にしておいた二体のオークが、バタバタと慌てふためきながら間に割って入ったのだ。
「◇●▽*◎▲! ☆#¥☆彡■$!」
「▲◎●◇☆彡#+△●#!」
二体のオークが妙な鳴き声を上げる。
否。
あれは鳴き声というよりも、
『言語でしょうか? あれ?』
ステラの指摘。
『おそらくはな』
テッドも同意する。意味が無いようには見えない。おそらくは、何らかの言語だろう。テッドは言語検索機能を始動。似たような言語が記憶結晶に収められていないかどうかチェックする。
〈該当なし〉
出てきた結論は予想通り。そもそも、未知の異世界で既知の言語に出会うなど稀だ。検索結果には初めから期待していなかった。
サンプルが増えればその内解析できるだろうと、テッドは楽観することにした。テッドがそう考えている一方で、オークの話は進む。
「GYA?!」
オークリーダーは目を白黒させている。そしてオークリーダーは、なぜか膝をつくと頭を垂れる。その横では二体のオークもまたリーダーにならう。
その一方、三体のオークにひざまずかれた側。ステラの方は困惑気味だ。
『え? これってどうなったんですか?』
ステラの疑問。いきなりオーク達が頭を下げたことが理解できないのだろう。キョトンとした顔をしている。
『さてな。俺にも分からん』
テッドは肩をすくめる。オーク達の行動は謎だった。
『いや、二等軍曹。もう少し考えてくださいよ。私は困るんですが……』
実際、ステラはかなり困っている模様。泣きそうな顔でこちらを見てくる。だが、テッドにはどうでも良いことだ。そこで、切って捨てることにした。
『そうか? 俺はべつに困らんが?』
やれやれと言った様子で、テッドが肩をすくめる。
『いやいやいや! おかしいですよね、それ!? 何でそんな小学生みたいなことを言いだすんですか?!』
ステラがそう喚き散らす。
『そうカリカリすることもあるまい。何だか良く分からんが、これは好都合だ。オーク達を傘下に収めて悪逆非道の異世界召喚主を叩き潰す。全くもって完全に、当初の予定通りに事が進んでいるではないか?』
テッドの断言。その言葉には、一片の曇りもない。テッドが心からそう思っていることは、明白だった。
『え? そんな計画でしたっけ?』
召喚装置を乗っ取って帰還した後は、航宙艦隊に任務に引き継ぐはずだったんじゃ……。そんな少女の呟きに、テッドは反応を返さなかった。彼は当初の機体寿命を超えて運用される老朽機械兵なだけあって、重度の難聴の持ち主なのである。